序章:古龍は赤子を拾う
別な作品の息抜きに書いているので、あちら以上に更新は不定期になります。
エンシェントドラゴンが住まう霊峰。その裾野に広がる森の上を白いエンシェントドラゴンが飛んでいた。
「うう。私たち親友だって思ってたのに、あんまりよ」
人間であれば涙を流しながら徘徊しているだけなのだが、ドラゴンの体躯で空を飛んでいると遠くからでもよく見える。そのために森の生き物たちはドラゴンを刺激しないように息を殺して隠れていた。
「私なんて恋人も居ないのに、結婚して出産ずみって何よ!」
しかもドラゴンが飛びまわっている理由が理由なので、ドラゴンの叫びを理解できる生き物はくだらないことでとばっちりを受けたくないと呆れ半分でいて、理解できない生き物はただドラゴンの叫びに恐れていた。
落ち込んだドラゴンはふらふらと飛んでいるうちに森の外周近くまで近づいていた。普段なら人間を不必要に刺激するのを避けるために近づくことのない場所だ。そこまで来てドラゴンは鼻と耳をひくひくと動かして何かに気付いた。
「血の匂いと金属をぶつけ合わせる音……。人間同士の戦闘ね」
普段なら人間の争い事など気にもしないが、今の気分だと八つ当たりする相手として薙ぎ払ってやってもいいだろう。人の家の前でうるさく暴れている相手なんだから。そう思うと、白いドラゴンは匂いと音を頼りに戦闘の場所へと急いだ。
「ふぅん。ごろつきかしら。あとくされのない相手なんて最高じゃない」
行ってみれば、豪華な馬車を黒い装束の連中が襲っているところだった。鎧を着た死体が転がっているところから、護衛はすでにやられているらしい。金持ちを襲って人殺しまでする山賊や盗賊のようなごろつきを殺しても問題にはならない。そういう意味でもやりやすい相手であることに気付いたドラゴンは、思わず舌なめずりしていた。
もっとも、その場にいる人間からすれば急にドラゴンが現れて舌なめずりなんてしたら食われると思って当然であった。
「ど、ドラゴンだ! 食われるぞ! 逃げろ!」
いち早くドラゴンに気付いた黒装束の一人が叫ぶや、馬車を襲っていた全員が乱れなく逃げ出した。しかも、馬車をひいていた馬の首を切りつけていて、馬車の中に居る人間を逃げられないようにしている。手練れの行いであった。
「……なんだ。つまらない」
何もすることなく逃げ出した賊に毒気を抜かれてしまったドラゴンだったが、馬車の中にいる人間に気付くと人間の言葉で呼びかけた。
「出てくるがよい。あの者達はおらぬぞ」
その言葉に馬車の扉を開けて出てきたのは、使用人の装束の少女であった。ただ、少女は生まれたばかりの子供を抱いていた。
「え、英知あるお方とお見受けいたします。ど、どうかお見逃しいただけますよう……」
震え声ながらも恭しくドラゴンに頭を下げて懇願する少女。だが、ドラゴンは少女の腕の中に居る子供に目が釘付けになっていた。可愛らしい男の子だ。先ほどまで親友が結婚出産した悲しみに捕らわれていたドラゴンにとって、これは正に神の助けにしか見えなかった。そのため最良を得るためにはどうすべきか、ドラゴンの英知を張り巡らせた。
「訳ありのようだな。護衛付きで立派な馬車といえばそれなりの身分の者なのだろうが、我が前から去ったとして行き先はあるのか?」
「それは……」
少女が即座に答えられなかったのを見て、ドラゴンは内心で狂喜乱舞した。しかし、それを表に出さないようにして、あくまで慈悲深い存在の様にして言葉をかけてやる。
「ふふふ。ならば、私と共に来るがよい。人の世とは縁が切れるが、死ぬよりはよかろう?」
「……分かりました。お願いいたします。ですが、若様は……」
「安心するがよい。なにもとって食おうという訳ではない。その子が育つまで面倒を見てやろうとだけさ」
少女に有無を言わせずに馬車に戻らせると、ドラゴンは両足で器用に馬車を持ち上げて飛び上がった。中の人間に振動を与えないように慎重に霊峰を目指して飛んでいく。
「ふふ。我が親友が子を産んだばかりだからな、乳を貰えるよう頼んでやろう。私が庇護するのだ。安心して乗っておれ」
歌うように馬車の中に話しかけながら、上機嫌で霊峰へ向かって飛ぶドラゴン。それを傍から見れば、巣に運ばれる獲物の姿である。馬車を襲った者達はドラゴンに運ばれる馬車を遠くから見ていた。そのため、自分たちの獲物がドラゴンの餌になったと判断して完全に逃げ帰るのであった。
連休でストックした話までは毎日更新します。