観光-2
レインはシュシュを待っていると受付嬢の何人からか視線を感じた。今は仮面を付けているので、怪しまれていると思ったが、そうでもない視線だと思った。それを気にせずにシュシュを待っていると、二階から下りてくる音が聞こえた。普通常人には、聞こえない程の音だったが、レインの聴覚が音を拾っていた。
一階に下りてきたのは、やっぱりシュシュでレインを一瞬探して扉付近で待っていたレインを見つけた。レインは扉の横の壁に背を付けて待っていた。仮面を付けているので、シュシュに気付いたかは分からなかったが、シュシュは近寄って行った。
「行けますか?」
「気付いてたんですか?だったら、声くらい掛けてくれたら良いじゃないですか」
「それは……すいません」
レインは彼女という存在を持った事もなく、女性の扱いに関してはまったくと言っていい程、鈍感であった。そんなレインをシュシュは見てると、少しだけ笑い吹き出してしまった。そんなシュシュを見たレインは首を傾げた。
シュシュの先輩はそれを見て度胸があるな、と思ったが、ギルドに入った時から彼女の性格はあんなものだったという事を思い出した。だからこそ、好かれるのかもしれないが。
冒険者ギルドを出て、最初に向かったのは競売所だった。それは龍が売られる場所であるのは間違いない。そこに入ると、まだ龍は出てもいないのに会場は熱気に包まれていた。大商人、料理人、鍛治師と今回は数多くの名のある者が来ていた。そのせいもあって、席を取れることができなかった、それでも立って見る者は多く、龍がどれだけ凄いのが分かった。
「これ程とは……。いつもこんな感じなんですか?」
「いえ、いつもはもっと少ないですよ。それにSランク冒険者も来ているのでコネ作りとして、来る方もいますから。それでも他の物を買いに来る方も居ますからね!それに、ここまで大きい会場はこの都市にしかないですから!」
「白金龍の鱗……いりますか?」
「……だ…………大丈夫です」
三賢者の師匠から、とんでもない物を渡されかけたシュシュは欲望を押さえ込んで断った。もし、此処でそんな物を貰った時には自分はどうなるのだろうかという考えてしまい、受け取ることができなかった。しかし受け取っていたら彼女は“欲に飲まれた人間”になっていたのは事実だ。人には、それ相応の物というのがある。
そんな中でも、会場の品物は次々と売られていき、最後の目玉商品。龍の素材がやって来た。会場の熱気はヒートアップして、盛り上がってきた。
『さぁ、やって来ました!!今回の目玉商品、豪炎龍の素材、まずはその血液と目玉と皮膚です!』
その素材が欲しがったのは、錬金術師と商人である。錬金術師は、その素材を使って新たな水薬を作ったり、巻物への素材に生かすためだった。商人は、それを他の都市、王都へと売るためだった。簡単な下級魔法〈冷凍〉を使えば効果時間までの距離は腐らせずに持っていけるからだ。しかし品質は多少落ちるという欠点もあるが、商人達は氷ノ魔法を習得する者が多かった。そのせいか、商人から魔法使いに転職する者だっている。
そして、今回その商品を買い取ったのは商人だった。大量の金にものを言わせた買い方だった。勿論これを買ってしまった商人は、次の商品を買うことはできない金額で買った。
『次の商品は、こちらの鱗、牙、爪です!』
これは鍛冶師が買っていった。鱗や爪は、武器を、それも魔力の籠った武器を作るのには適していた。元々魔力を持っている生物から作る武器は強い。その生物の強さによって強化されていくので、自身を強くしたい人物には莫大な金額を提示しても買っていくからだ。その次の肉は、料理人らしき人物が買っていった。龍などの肉は食べたものを――料理人の腕にもよるが――強化していく。そのため、一部の貴族や食通以外にも、高ランク冒険者も食べてくれるのだ。
「金はないですが……参加してみたいですね。シュシュさんはどう思いますか?」
「さん付けはやめてください。その質問に答えるのなら、鱗を売れば良いと思いますよ?」
「そうですね。それにしても、やっぱり護衛が多い。門の警備に、商品を運んでくる人の横にも護衛が付いてますよ。まぁ、倒せないわけでもないですが」
「やめてくださいよ?」
この人本当にやるわけないよね、と考えてレインを見た。顔を見ただけの男だが、何故かやりかねかいという思いが頭に過ってしまった。それが想像できてしまうのが、また怖いとシュシュは感じた。レインの目を見ると、少しずつ闘気が満ちていくようにも見え、それは戦う男の目にも見えた。レインは、それで振り向いて扉の方へと歩いて行った。それを追いかけて行ったシュシュ。
「何処へ?」
「冒険者ギルドですよ。そこでギルドの加工所は見れますか?」
「聞いてみます」
シュシュはレインの後をついて行った。そこからは一言も話すことはなく、冒険者ギルドにへと着いた。そこからシュシュが加工所に入っていき、OKをもらった。
「あんたが三賢者様の師匠らしいな。こんな魔物を切る場所を見に来るとは、暇な方だ。それとも庶民の仕事にでも興味が湧いたか?」
「興味……ということなら、正しいかもしれませんね。こんな場所に冒険者ギルドの最高戦力が居るとは……受付嬢達では、戦力にもなりませんからね」
「…………なんの事やら?」
勿論加工長は何も言わない。いや、それが答えかもしれない。冒険者ギルドの戦力は何も冒険者だけではない、受付嬢やギルドマスターもいるが、それでは高ランク冒険者を止めることもできない。それは〈看破〉で見たステータスの差を見たからでもある。レベルは六十三もある、加工長はその筋肉を服に線が出ていた。
周りを見ると、そこそこの強さの人間もいた。それはBランクにも匹敵する強さの人間に、人数もそこそこいた。
「なんや?加工長と話でもしっとたんか?師匠」
「加工長さん!!ついでに魔物を持ってきましたよ!」
「骨一、そこに置いといて」
「……ん。臭い」
三賢者とシュシュが、加工場へとやって来ていてた。骨一、〈骨の最老兵〉に首川、〈首なし乙女〉が魔狼を持ってきていた。骨一は顎から長い髭を生やし、眼窩に宿る赤黒い炎の瞳は、キョロキョロと辺りを見る。首川は首から上がない、動死体だった。もしも、汚れを落とし、ボロボロになった服を直せば、綺麗になるだろう。貴族にも似た雰囲気があった。
「そこに置いといてくれって、置いてるか。おい、誰か捌いてやれ!」
「分かりました!おい、新入り、出来るか?」
「はい!!」
「うッ、臭いで~」
「臭いんなら、とっとと帰れ!こんな臭い場所にいないで、あんたらも帰れ、帰れ」
加工長は、まだまだ仕事があるため全員を帰らせようとしたが、レインには強烈な視線を向けていた。それは勿論好意的なものではなく、何かを測るようなと言った方が正しい視線だった。手は作業をしているままだが、それでも一寸の狂いもなく出来ているのは長年の経験からきているものが大きいだろう。そんな中で冒険者ギルドという仕組みをここまで見抜かれたレインに称賛した。冒険者には、馬鹿にされ、気付れることもなかった“強さ”を見抜いたレインに恐怖すら覚えた。三賢者や受付嬢は気づいてすらいないが、加工場で囲むように動いているのにも気付いているだろう。
「うぉ!?」
死んでいたと思った魔狼が、蘇ったように動き出してきた。それは雷で殺されたはずの魔狼だった。ショック死、そう呼ばれる死ではなかった。仮死、魔狼がやったのは死んだふりだ、それをそのまま持っていけば金額は上がるが、確実性はなく、それは殺し切れていないということになってしまう。今がまさにそれだった。逃げるために出入口に向かう。
その目の前には受付嬢がいた。三賢者は戦士ではないので動きが数秒遅れる、加工場を囲んでいるとしても、そこまで速いわけではない彼らも一瞬気付くのに遅れる。
「グルゥアァァァ」
魔狼が雄たけびのような声を上げて跳びかかった。と、思われた。
「《止まりなさい》」
魔狼は自分の意志とは違った意思が生まれた気がした。いや、それは事実、魔狼の動きが止まった。超巨大な鎖で縛られているような感じを魔狼に見えた。後ろから放たれる覇気が、存在が、魔狼の毛をチクチクと突くように感じる。超巨大な鎖と言ったが、それは違うようだった。魔王の手で自分が抑え込まれている、それが正しいと言って良いだろう。
コツコツと聞こえる足跡が聞こえてくる。それと同時に自身の意識も急速に薄れていくのを体感していた魔狼。
「帰りますよ?では、弟子達を頼みました」
魔狼は立ったまま死んでいた。
レインが立ち去った後に三賢者、受付嬢と加工場にいた者達だけになった。その異様な雰囲気から一人も動けずにいた。その雰囲気の答えとは、あんたの師匠について聞かせろだろうか。
その出入口から足音が聞こえてきた。振り向くとギルドマスターが立っていた。
「すまんな、立ち聞きしてた。俺はな、沢山の奴を見てきたがあんな奴に会ったのは初めてだぞ?あれは人の限界を超えたとか、そんなレベルの話じゃねぇ。元Sランク?そんなんじゃないよな?三賢者」
ギルドマスターは見ていたのだ、そして感じ取ったレインから放たれる異物感を。限界を超えた人間と言うのはいつも嘆く。圧倒的力とか、周りからかけ離れた漂ってしまう雰囲気と言うものが他の人間とは違う。それなのに、その雰囲気で圧され、小っぽけな人間に過ぎないと悟らされる。そんな雰囲気を一瞬レインは纏っていた。
(あれは……人間か?)
ギルドマスターがそう思ってしまうのも無理はない。それ程までに彼の心が縮こまっていた。
三賢者の一人、エミールが魔狼に触れた。それはゆっくりと――生きた物の動きではないが――動いた。それは魔狼から〈動死骸〉にへと存在が変わった。この異世界へ来て、魔物――従魔――は消えることはなかった。それでも姿が見えなかったのはエミールの異能〈死者の揺り籠〉にあった。その効果は、小さな別空間に死者だけを入れることができるというものだった。イタは、――この世界の者達は使えない――アイテムボックスの中からアイテムを取り出した。そのアイテムは、〈記録する水晶〉と呼ばれるものだった。アメは、黙ってそれを見ていた。
水晶に映し出された画像が空中に浮かび上がった。エミールとレインが一緒に行動しているものだったが、それは人を殺していた。当時まだ弱かった骨一と首川のレベルを上げるためにプレイヤー殺しをしている映像だった。それは残酷過ぎた。強い者の攻撃を止めて、それを骨一が剣で止めを刺し、首川が魔法で援護するといった攻撃の仕方だった。
その映像には今まで見たエミールとはまるで違った。優しさから遠のいた、残酷なまでに残忍な別の何かに見えた。それが彼女の正体、呪ノ魔法を超えた死霊魔法を操るネクロマンサーなのだ。イカレなければ到達しえないそれが、そこにはあった。
「うちらの馬鹿と、師匠がやった殺戮や。この二人はな……モンスター、魔物を狩らんかった理由はゾンビ製作のためって言ったんや。そのおかげでうちらは三姉妹って呼ばれっとったんやけど、三凶って呼ばれるようになったんや」
「……今見ても、酷い……」
「……これがあのエミールさんですか?」
「こいつのアンデットへ対するものは異常だったからな。薄々しかねないとは思っていたが、すでにやっていたか……」
エミールはその顔を赤らめた。それは恥ずかしいという感情だろう、若気の至りと言って良いのか分からなかったが、恥ずかしかったのだろう。骨一はそれを見て首を傾げた、首川は揺り籠に戻ろうとしていた。その後に付いて行く〈動死骸〉は頭だけを空間から出して、キョロキョロと辺りを見てバフッと一声鳴いた。威嚇をしたかったのだろうか、少しだけ腐ってしまった喉では、それが限界だった。
「仕方ないですもん。腐った腐肉が私を呼んでいました!!骨が、腐肉が、霊体が、白い肌が私を呼んでるんですよ~♪」
「これは流石に重病だな。エミール、低ランク冒険者には見せるなよ?」
「それはうちが止めるわ」
「……エミールは馬鹿……部屋に人体模型を飾るほど」
はぁ、とため息を吐くギルドマスター達だった。そこに仕事をしていた加工長が話しかけてきた。
「あんたらの師匠も凄いな、こりゃ化け物だぞ。それにしてもあんたらの師匠に二つ名はないのか?」
「私達の次の二つ名は“魔王の三弟子”ですよ?」
「「「魔王!?」」」
レインがまた魔王という単語で驚かれているのだが、それに気づくことはなかった。魔王とはこの世界では神話の生物と言っても過言ではない存在だ。