観光-1
レインは上空から都市を見つけることができていた。上空から見下ろすレインは門に並んでいる場所を見て〈転移〉で逃げたのだ。別に並んでいても良かったのだが、仮面などのことを考えると侵入した方が簡単だと考えたからだ。もし、侵入がバレたりでもしたら、この国では重罪も考えられる。敵の侵入を許してしまうことになりかねないからだ。しかしそんなことを魔王に言ったとしても意味がない。
彼らのほとんどが“性格破綻者”と言っていいほどの変わった趣味、趣向を持っている。例を挙げるとしたら殺戮の魔王だろう。彼女はPKをやり続けて、そう呼ばれるようになったのだから。
「確か冒険者というのがいるんですよね?そこに行ってみるのが、一番情報を集めやすそうですね」
レインは公道からは見えない裏通りの道にへと転移した。そこでレインを見た者はいなかった。いや、見えなかったと言う方が正しいだろう。魔法という効果での視認不可を掛けているのもあるが、異能による効果がまだ少し残っているのかもしれない。それは威圧の残留というべき残りカス、それでも生物に認識されないようになるには大きかった。
「人が多いですね。この都市で何かあったんでしょうか?」
裏通りから出てきたレインはその人の動きが多かったのに、驚いていた。そこまで凄い何かが起こったのかと疑問に思う。その表通りを歩くのは、ほとんどが大きな荷物を持っていたり、馬車で来ている者もおり、商人だということが分かる。どんな事があったか分からなかったが、レインが来る前に此処では龍と冒険者が戦って、その死骸――素材が今日売られる予定だったのだ。
そのため王国の王都を拠点としている商人も、このジュシラードと呼ばれる都市まで来ていたのだ。
「龍とは……またすげぇな」
「龍ですか……都市では珍しいですかね?でしたら龍の素材を売れば金には困りませんね!」
そんなことを言うレインだったが、こんなことを聞いた商人がいれば殴られるかもしれない。商人は龍をいかに安い値段で買えるかの戦場に向かっていくのだ。大金貨を何枚かの話ではなく、何百枚も出していく、すなわち此処に来ている商人は貴族を相手にしている大商人なのだ。そんな商人達は冒険者ギルドにも、多少の顔が効く者だっている。そんな場所に居るにも関わらずレインは人に一度も当たらずに、冒険者ギルドの扉まで辿り着いた。
「素朴な場所ですね。俺ならもっと綺麗にするのですが、世界観の違いでしょうか?」
何度も依頼を受けて此処を出入りする冒険者達がいるので、綺麗にしていたとしてもまたすぐに汚くなるのだが、中に入れば受付側は綺麗にされていた。勝手に開いた扉を見て困惑した受付嬢だったが、よく見ると人が入ったのに気付いた。仮面を付けていたのに警戒したが、変な動きをしなかったので警戒を解いた。
レインはその受付嬢からくる視線を無視して、壁側にある椅子へと腰を掛けた。机の上に両手を置いて――他の者からすると見えないが――仮面越しでどんなことをするのかを見ていた。
受付嬢の何人かは謎の仮面男を隠れるようにして見ていた。注意をして、この冒険者ギルドから追い出してもいいのだが、もしも重要な客人だった場合を考えると動けずにいた。普段ならこんなにも待たずに注意しただろうが、今日は龍が売られるということもあって、冒険者の誰かが話し掛けてくれないかなと内心思っていた。すでにギルドマスターには報告してあり、何もない限りそっとしておけと言われていた。
「どうするの?」
「知らないわよ、そんなこと。もしも重要な案件で来ているお方ならどうするの?私達じゃ、責任なんて取れないでしょ?だったら、ギルドマスターに言われた通りに、そっとしておくのが一番良いのよ」
「そうですが、あの感じだと冒険者でもないですよね」
「あなたねぇ〜。そんな事を考える暇があるなら仕事をしなさい」
「ぶぅ〜。分かりましたよ!」
受付嬢は頬を膨らませて文句を言っていたが、すぐに仕事スイッチを押して、真剣そのもので仕事に取り掛かった。それでも謎の仮面男をチラチラと見ていたが、一切動く気配はなかった。そんな謎の仮面男を見ていると何故か背筋が凍るような気になって、身体を一瞬震わせた。
「何〜?風邪でも引いた?」
「そんな訳なじゃん。あの仮面男が気になってさ」
「無視しとけば良いでしょ?さ、怒られるから話はここまで!」
そんな話が終わった頃に冒険者ギルドの扉が開く音が聞こえる。依頼を取りに来るには遅すぎて、依頼終了を伝えに来るには――思い出す限りでは簡単な依頼は出されてなかったので――早すぎると思ったが、入ってきた人物を見て少しだけ“尊敬”する者の目で見てしまった。それをすぐに拭い去って受付嬢としての自分を出した。真っ直ぐに受付に来ないということはギルドマスターに用があるのだろうと思い、残念という感情を抱いてしまうが、一受付嬢である私達に話すこともないかと思った。
三賢者が奥へと入って行った後に謎の仮面男が目の前にいることに気がついた。
「何か御用でしょうか?」
「あの三人は?」
「ん?……あ!あの三賢者様のことを言ってるんですか?それなら冒険者ギルドのSランクパーティーですが……ご依頼ですか?」
「いえ、依頼ではないですが……話す事は出来ますか?」
「…………聞いてきます」
仮面男がそんな事を口走ったので怒ろうかと考えた受付嬢は、一度頭を冷静にして聞きに行くという手段に出た。どうせ弟子入りや護衛にしてやるなどの下らない事を言いにきたに違いないと思った。三賢者が女だからと見下してきた者がどんな目にあっているかを知っている彼女達からすれば、すでに止める気さえなく、痛めつけられてしまえという考えを持つ者までいた。
部屋の奥の階段に上がっていき、ギルド長室と書かれたドアの前に立つと二回ノックをした。「入って良いぞ」という声が聞こえると中に入る。そこには三賢者とギルドマスターが喋っていた。
「どうした?」
「仮面男が三賢者様とお話しがしたいと……」
「うちらにか?」
「またですか……」
「メラメラ?」
返答になっていない言葉もあったが、それを無視すると分かったと言って直接話すことになった。そんな三賢者に申し訳なそそうにしていると、ギルドマスターまでもが行くと言い出した。
「今回は何故か胸騒ぎがするからな」
「別に来んでもええわ。それにそんな暗い顔せんでも、断るだけやけん気にせんといてや」
「ありがとうございます!!」
そんな事を話して下に下りていった三賢者とギルドマスターの後ろをついて行く受付嬢は少しだけ幸福感を味わっていた。上司と話すといってもその殆どが副ギルドマスターぐらいで、ギルドマスター、ましてや三賢者と話す機会すらない彼女にとっては嬉しい事だった。そのことに関しては仮面男にお礼をしたが、何者なのだろうかと考えているうちに一階に下りていた。
いざ一階に下りてさっきまで座っていた席を見てみると、そこの机の上に仮面を置いて何かを飲んでいた。緑色の何で作ったかは分からないコップで飲んでいる事よりも、その整った顔立ちを見て一瞬見惚れてしまっていた。そこにチラリと三賢者の顔を見ると青かった。それは比喩などではなく、真っ青になった顔だった。
「何で師匠がおんねん!?」
「いや〜気付かれなかったので、忘れられたかと思いましたよ。次の修行は厳しさ二倍ですね」
「お久しぶりです」
「……鬼」
「「師匠??」」
ギルドマスターと受付嬢だけが、この状況を理解できずに首を傾げてしまったが、“師匠”という単語がこの状況を理解させてしまった。そこから表情の変化は劇的で、感情が抜け落ち、即座にそれが驚いたという顔になった。受付嬢は一瞬気絶しそうになったが立ち直った。Sランクという人類最高峰の魔法使いを育て上げた師匠と慕われる者。その凄さは受付嬢でも分かるほどだ。国に入れば、戦略級の人物と言われるだろう。
レインはコップをアイテムボックスに仕舞うと立ち上がった。
「此処で会えたのは本当に偶然でしたが、俺はこの都市を周りたいと思っています」
「ん?この都市は分かるんか?それに金はゲーム時代のは使えへんで?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
話から伝わる情報量の多さに驚きながら会話を止めた。その理由としては会話に参加したいなどではない。Sランクの師匠という人物の人格確認だろう。冒険者ギルドにとっての危険になりえないかも調べるのは、ギルドマスターの義務だが、そんなギルドマスターですら計り知れない力を持っている彼を恐れた。
それは指輪による効果だったのだが、それがギルドマスターの恐怖を上乗せしていった。
「お前らの師匠だと言うのは分かった。だが、な?この都市を把握してしてないだろうし――三賢者、お前らには後で説明してもらうからな?だから一緒に弟子と説明に来るか、して欲しいのだが?」
「だったら……そこの人?都市を案内してくれませんか?」
「え!?あ、私ですか!?」
「そうか!!なら分かった、頼んだぞ?シュシュ君。俺たちは説明を聞くので」
「ちょ、ちょっと待ってください!?」
三賢者とギルドマスターはそこから逃げるように離れて行った。レインはその場から動かないが、シュシュを伺っていた。そんなシュシュは絶望していた。いや、絶望と同時に湧き上がる感情があった。それは怒り、自分にそんな重大な任務を押し付けてきた馬鹿ギルドマスターに。一度地獄を見せてやろうかとも考えた。
(いや、絶望させてやります!)
「あの?龍が売られてる場所に行きたいのですが?」
「あ、はい!すぐに着替えてきます!!」
シュシュは駆けて、一階から二階へと上がった。ギルドマスターの扉の前で、ちッと一回舌打ちすると、中からゴトンという椅子が動いた音が聞こえた。そこから違う場所に行き三階へと上がった。少し奥へ行くと、そこには自分の部屋があり、そこへ入った。ベットが四つあり、上と下で四つだ。四人部屋にしては少し狭いが、それでもタダで暮らせるならこの世界では広いほどだ。はぁとため息をついて中に入った。
中に入って驚いた、そこにいたのは三賢者と呼ばれる三人なのだから、あまり会うこともないお方だからこそ、胸が高まってしまう。
「すまんな、うちの師匠が」
「いえ、別に!」
「それでもあの人は私達よりも強いので、絡まれても大丈夫ですから。怖いのならアンデットも付けますので」
「……ん」
「大丈夫ですから、アンデットは大丈夫です」
三賢者が自分に気を使ってくれるということに嬉しくなった。それと同時に歓喜したくなる感情が出来た、それは三賢者の師匠に付き添えるということが、Sランク冒険者の師匠と話せるのは古今東西見ても自分だけだろう。
そして後ろから木にもたれかかる音が聞こえた。
「そうだ。だから気にするなよ?」
シュシュは後ろから聞こえた、悪魔、鬼、馬鹿の声は聞こえなかった。後ろで戸惑う声なんかも聞こえないが、三賢者が戸惑うのを見て振り向いた。
そこにあったのは般若と呼ばれる鬼だった。ギルドマスターはSランクになりえる強さを持った者が、一歩後退ってしまった。これが判断を誤った男の最後だ。
「何ですか?」
「いや、あの、すまねぇ」
「謝ってるんですか?何故かは分かりませんが……はぁ、分かりました。今回だけですよ?」
「ありがとうございます!!」
ここまで弱り切ったギルドマスターを見て、シュシュは攻めることができずに今回だけは許すことにした。それとも、三賢者が入る前でこんなことをしてはいけない、という思いが脳裏によぎったためかもしれないが、一度言ったことに責任を感じたシュシュはこれでさっきの件はなかったことにした。部屋の中で着替えるために四人を追い出して、鼻歌まじりに着替えだす。仕事が終わったことに対してか、三賢者の師匠と会えるためか、シュシュの機嫌はより高くなっていた。
出てみると四人はそこに居らず、さっき話していた説明をギルドマスターの部屋で話しているのかと考えた。緩みきった顔に数度――軽く――平手打ちをしたら、三賢者の師匠が待っている一階へと降りていった。二階では、彼女の同僚は羨ましそうな目でシュシュを見て、睨んでいた。もちろん、それは三賢者の師匠と歩けるからではなく、顔を見ていたからであろう。