盗賊と奴隷商
深い森の中、薄汚い――汚いと言った方が正しい程汚い装備にボロボロになった馬車を囲むようにたむろしているのは、盗賊と呼ばれる犯罪集団であった。その中の頭と思われる人物とその横にいる副頭だけは綺麗と言ってもいいだろう装備をしていた。それでも髪はボサボサで盗賊らしかったが、実力派の二人であるのは確かで、他の仲間達もそこそこの腕を持った者達であるのは確かだった。そんな盗賊団の二つ名は〈血啜り〉と呼ばれる名のある盗賊団だった。
この盗賊の頭は大男と言っていい程の巨体で大剣を振り回しながら戦うのが普通になってきていた。その大剣は名のある剣豪、騎士、冒険者すらも餌食にしてきたボスの相棒的と言っても良い程の大剣だった。
もう一人の副頭――副リーダーのような存在をしていたのは髪を肩の辺りまで伸ばした女性だった。彼女の武器は戦棍であり、それを片手で持つ様は異様だった。しかしその女性は筋肉らしい筋肉はなく、どちらかというとスマートと言っていい程のものだが、その本質は異能にあった。〈筋肉強化〉〈握力強化〉〈体力増加〉といったそれは盗賊の頭ですら、その一撃を避けなければ大ダメージを食らう強さであった。
「テメェら!!今日もカモが来たぞ!」
「「「「おおぉぉぉぉ」」」」
今日も此処を通ってきた荷馬車を襲うという日常が始まった。座って居た者は立ち上がり、酒ビンを放り投げて、置いてあった剣――武器を持った。そこには盗賊ながら戦士と言っても過言ではないほど洗礼された動きだった。そんな彼らも元々は一流の戦士だったのかもしれない。
村を出てからすでに朝日が登っている中、レインは遥か上空から森を見下ろしていた。もちろん、新たな村、もしくは都市を探していたのだ。しかしレインは〈遠視〉などの遠くのものを見ることが出来る異能を持っていないため、空から下りようと思っていた頃だった。
そんなレインは今の装備をまた軽装備に変えて、次は指輪と仮面以外の装備も外していた。これから都市などを探すのに仮面を外さないのは、それは単なる気分であった。
「指輪でステータスを隠せるのは良いですが、魔法の効果はどうなるんでしょうか?指輪の効果内で魔法的な何かを隠すのか、それともステータスを隠すだけなのでしょうか?」
レインが考えていたのはフールの持っていた異能の〈魔力の片目〉、それの効果は魔力視だけではなく眼球そのものが魔力の塊、通常の眼球よりも高性能となっている異能だった。その眼は盲目などの効果もあまり意味をなさないだろう。
どんな異能を持っていたとしても〈鑑定眼〉などの異能を持っていなければステータスなども見えずに宝の持ち腐れとなってしまう。もちろん外見に現れる異能などはすぐに分かるが、貴族などではない限り高い金額を払ってまでステータスを見ようとは思わない。どんな力でも使い手次第だが、知っているのと知らないのでは天と地の差だろう。
「スキルも何個か発動してないのが分かりますね」
異能は一度でも発動してしまえば後は自分の身体のように扱える。今のレインは〈看破〉で見ているので頭の中に使い方、発動の仕方の全てがあると言って良いだろう。発動していない、〈魔王威圧〉〈上位魔物支配〉〈魔王の加護〉〈静かなる魔力〉〈侍覇気〉〈魂の格上げ〉などを一気に解放、発動させた。圧倒的な存在感が森を駆け抜けるよりも早く、レインが異能を抑えて存在感が気薄なものへと変化して何も感じなくなった。
しかし一瞬でもあったその存在感を感じ取った者がいた。その者は寝ていた身体をすぐに起こして威風堂々とした姿になり、全身に力を入れた。巨大な、魔王にも匹敵する魔力を身体中に走らせて周りにいた魔物に恐怖を植え付けた。それは遥か遠くの場所にも関わらず、レインの存在感を感じ取った凄まじい五感の持ち主だった。その存在に気づけたのはその者、一匹だけだろう。
「俺の力はどれ程強いのでしょうか?」
多分だが、世界屈指の実力者だろうレインと同じ実力を持った人間、魔物はそうそういないだろう。そしてそれ程の力を試す相手をいない。十連星の一人でも居ればレインと戦ってどの位強いのかは大体分かるかもしれないが、ない事を言ってもしょうがないとレインは言い、都市を探すために歩き出した。
レインがこうしている間に盗賊団〈血啜り〉はターゲット、今回の獲物の周りをゆっくりと囲んでいた。いつもなら囲まずに仕掛けるのだが、荷馬車を囲んだその理由は簡単だった。護衛の不在。何処を見ても護衛は居らず商人らしき男一人だけだったからだ。考えられるのは三つ、護衛が隠れている、護衛を付けれられない理由がある、本人が元々強く護衛がいらない。しかし護衛を隠す意味が分からず、そのまま攻撃命令を出した。
「止まりなぁ!!」
「金、食料、荷物全て置いていきな!!」
「ま、待ってくれ!!俺は奴隷商人なんだ!何も持ってねぇ!」
商人は慌てた様子でそんなことを叫んでいた。奴隷、それは此処から先へ進む――奴隷商人が来た道を辿る――とある王国では禁止されていることだった。もちろん貴族などは奴隷紛いなものに手を染めている者もいるが、王が直々に決めた内容のため厳しい処罰は免れないだろう。最悪の場合死刑が言い渡されるほどのものだ。盗賊の一人が荷台を調べると中から女性と奴隷の死体が見つかった。
その女性は美しく、服から見ても奴隷ではないことが分かったが、血で汚れた両腕を見る限り変わった趣味の持ち主だというのは腕と、奴隷の死体を見ればすぐだった。そして気が強く「離せぇ!」と叫んでいた。
「お頭、どうするんだ?」
「クソ、多少の食料と金だけ奪ったら返してやれ。貴族を敵に回すのはキツイからな」
「了解した。テメェら聞いたろ?さっさとしろ!!」
盗賊団〈血啜り〉は総勢三十人からなる中規模の盗賊団ではあったものの、その実力は盗賊団屈指だろう。そんな彼らに警戒を緩めるということはしない。だからこそ、盗賊団屈指になるのかもしれないが、警戒を怠るはずがなかった。そんな場所に居て仲間の叫び声が聞こえた。そんな中集まってこないのは、此処にいる、頭、副頭と下っ端の六人だけということになるだろう。
「盗賊ですか?この世界は物騒で怖いですね」
出てきたのは仮面を被った奇妙な男、その腰にはこの森深くにあると言われる村の刀と言われる武器に似ていた。装備は軽装だが、歩くごとに威圧させられているような気さえしてきた。残った盗賊達は今の作業をやめて、武器を持った。ジリジリと仮面男との距離を詰めていく。
そして下っ端は駆け出した。先手必勝を胸に秘めて行った攻撃を仮面男が受けることはなかった。横一文字による刀の一閃で首から上が簡単に切り飛ばされた。クルクルと中空を回りながら落ちた頭は、目が見開き、口をパクパクと動かした後に自分がどうなったかを理解した。動かなくなった身体は地面に倒れ、残った二人は武器を構えた。
副頭は、戦棍を持ち上げて力を貯める、頭と呼ばれた男は、大剣を仮面男にへと向けた。お互いに共闘するのは初めてだったが、何故か悪い気はしなかった。お互いの実力を知っている為安心したのかもしれない。
「本気出せよぉ?簡単に死んだら、死んだ奴らに面目が立たん。大剣ちゃん、もってくれよ?」
「あんたの趣味に付き合う気はないが、仮面野郎死ぬ気はあるな?」
「俺を殺すつもりですか?まぁ、自然は弱肉強食。強い者が勝ち生きていけるのですから、何とも言えませんが……勝つ気でいるなら諦めてください」
初めに動いたのは頭からだった。大剣を持ち上げて技を発動させる。それは〈渾身〉〈加速〉〈超加速〉の三つだった。大剣を持っているのにも関わらず、まるで狼のような素早い動きになった。しかし仮面男の頭上から放たれた一撃を刀一本で防いできた。
「なッ!!?」
頭は守備に特化した騎士すらも倒した一撃を、簡単に防げられたことに驚いたが、すぐに後退した。そこへ副頭が攻撃を続けるように仕掛けた。横から戦棍での連撃だった。一呼吸入れるごとにくる攻撃は、パワーの乗った、そのどれもが一撃必殺の攻撃だった。しかし仮面男はそれを容易く刀で防いでいたが、鉄で出来た刀は一撃を受けるごとに形状が変化していった。
「はぁ、もう一本」
アイテムボックスから取り出した刀は、周りから見ると何もない場所から、まるで召喚したようにも見えた。それもさっきの刀ろ同じ鉄ではあったが、妖刀だった。
刀から赤紫色のオーラを出し、そのオーラは人の顔――苦痛の表情を浮かべて消えていく――にも見えてしまった。それは二人の未来を予測しているようだった。
「クソが、ついてないな!!怪物が相手とは!」
「もう一回も同じ戦い方で行くよ!!」
そんな事を言った二人だったが、同じ戦い方で行く気なんて毛ほども無かった。先よりも重ねがけした技に異能を上乗せした動きはまさに人外に到達していた。魔法を使わないのは逃げる手段に置いておく為だったが、それが命運を分けた。仮面男はさっきのスピードよりも速くなったことに気付いて刀を振ったが、早すぎた。
頭は、人生でも三度と振ったことしかない、最高の一撃を放った。大剣が仮面男の右首元へ。副頭は、一撃を放った後に反動で数秒動けなくなってしまう程の異能を重ねがけした技の〈剛撃〉を左腹へと放った。
「う……嘘!!?」
大剣は首元から入ったのにも関わらず、薄皮一枚を傷つけただけで止まってしまい、そこからビクともしなかった。戦棍はその一撃を左腹に直撃させたが、仮面男は不動の姿勢のまま一歩も動かなかった。それどころか戦棍にヒビが入っていた。
その瞬間に仮面男が動いた。それに気付いた頭は人生の中でも一番速く動けたのでは、と思うほどのスピードで後退していった。そして副頭は反動で一歩も動けずにいた。レインは副頭の身体、それも丁度心臓があるだろう場所に刀を差し込んだ。その行為は一秒にも満たない程の速さで、誰の目にも捉えることができなかった。
心臓を刺された副頭は大量の血を口から吐き出した。身体に空いた穴からはドパドパと血液が流れ落ち、全身が白くなっているのが分かった。力という支えを失った足は地面にへと崩れ落ちた。
「クソがぁぁぁぁぁ!!」
仮面男はすでに頭の横を通り過ぎて首を刈ったところだった。その頭には一秒が千もあるかのように、ゆっくりと時が動いているのが見えていた。その妖刀が自分の首にゆっくりと入り込んでくる映像は新鮮で、不思議なことに痛みを感じることはなかった。
その光景を見ていた商人と女は逃げることに必死になっていた。自分達を取り囲んでいた盗賊達の無残な屍の上を走り、少しでも遠くに逃げようと“疲れた”と言っている筋肉を無視して走っていた。
彼の人生は非常に贅沢なものだった。それは腹に溜めた肉が物語っていた。巨大な組織の下で働いて今回も楽な仕事だと思っていたが、今までやってきた犯罪のツケでも払うかのようにやってきた。
(死にたくない!死にたくない!死にたくない!)
彼は感じることすらなく、死ねたのは幸運だっただろう。最後の記憶はただ走っていただけのものになった。
女は横で走っていた商人が死んだということを理解した。足が遅い上に、あのお腹では此処が彼の死際というのは気付いていた。そんな彼女には弱者を痛めつけて快楽を覚える下種な趣味があった。これまで何十人もの人間を拷問に掛けて殺してきた。そんな女には〈快楽者〉という異能が手に入った。それは拷問で誰かを殺した後に、効果時間内での身体能力の強化だった。彼女は荷台で殺した奴隷に感謝しながら走っていたが、横からゆっくりと迫ってくる刀を見つけてしまった。
彼女は頭よりも凝縮された意識の中で、様々な記憶が蘇った。そのほとんどが拷問だったが、最後にニッコリと微笑んだように見えた。手にはくすねてきた金貨一枚を持っていたが、それはもう必要なかった。
「ふぅ、このままでも別に構いませんか。しかし盗賊に出くわすとは思いませんでしたね」
女が斬られる直前に手放した金貨を弾きながらレインは心の心境までもが変わってしまったのかと溜息をついた。妖刀霧丸をアイテムボックスにへと仕舞い込んで、鉄の刀を取り出した。向かった先は荷馬車を引いてきた跡を探すのと、繋がれたら馬を逃がすためだった。
荷馬車が残してきただろう跡を見つけて、そのまま〈飛行〉を発動させた。効果が切れるまでに街か都市には着きたいと考えていた。