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閑話 聖女

 白い石を敷き詰めた道は、その国の人間から“白道(はくどう)”と呼ばれていた。そこの真ん中をガラガラと――馬車と玉座を組み合わせたような――馬車が走っていた。

 国民がそれに乗っている人を崇められるように、剥き出しとなっているが、囲むように四人の聖騎士が配備されている。それに馬車には結界が張られてあった。

 玉座に座っていたのは小柄な少女であった。首までしか伸びていない白銀色(プラチナ)の髪、大きな瞳に小柄な鼻は、気の弱い女の子を想像させる。

 その少女は大きく手を振って、国民に答えるように笑っていた。


「貴様、下がれッ!!」


 その時、馬車の下を歩いていた兵士の怒号が響いた。問題があったのか、聖騎士や国民が声の方に振り向いていた。

 少女は玉座から身体を乗せて、声の方、下を見ようとしていた。


「何の騒ぎですか……?」


 少女はまるで動じずに兵士に問いかけた。兵士は怒っていたのに少女に話しかけられた瞬間に、とっても笑顔になって少女に話しかけた。

 「実はこいつが邪魔を」と言って、兵士は槍と足で国民を踏みつけて、取り押さえていたのだった。その国民は布切れのような服装に、不死族(アンデット)のような体格をした人間だった。

 呻き声を上げながら、その男は抵抗しようと暴れていたが、すぐに体力が無くなってしまって抵抗しなくなった。それでも必死に何かを叫んでいた。

 それを少女は聞こうとしていた。男が起き上がったのを確認して、少女はそれを黙って見ていた。


「聖女様……お願いします……。妻が病気で腹が減っています……お恵みを……」


 そう男は必死に自分の不幸を訴え続けていたのだが、それを周りは笑って何の行動もすることはなかった。みすぼらしい服装の男は地面を這いつくばっているが、そこに兵士が何度も暴行を加えてた。男は何度も血反吐を吐いていた。

 そこに聖女は回復ポーションを男の頭に投げつけた。回復ポーションは男の横で割れて、その中身がこぼれて男を少しだけ回復させた。そこに人間としての愛情はなく、投げつけたことに対しては詫びもなく、聖女は男を見下しながら口を開いた。


「そんなに死にそうなら、回復ポーションでも飲んだらいいじゃないですかッ!!」


 そう言い残したら聖女を載せている馬車は、馬に鞭を当てて大きな音を立てて動き出した。玉座式馬車は聖域と呼ばれる中央都、その中でも“最も尊き聖域”と呼ばれる大聖城へと向かった。

 この聖王国は一つの場所に五つの都がある。周りを囲む聖都、そして大聖城が存在する中央都。その変わった形の王国は不死族アンデットの侵攻を妨げて、門の前まで侵攻してきたとしても、弓から放たれる矢で串刺しにすることが出来る。

 聖王国ではその聖統主義派閥が、新しい教皇と共に大きくなって貧民となる者が年々と増えてきていた。それは貧民地区である区域の拡大も意味していた。それがさっきのような男の増加で、聖王国、それも教皇に対しての不安も増加していた。


 聖女の馬車は大聖城へと入って、そのまま聖女は降りると大聖城の中へと入って行った。

 大聖城の中は白い石で作られ、その光景が損なわれないように豪華な家具が設置されてあった。その真ん中を聖女が歩いていた。その後ろには聖騎士が一列に並んで歩いていた。


「聖女様、こちらで会談が行われます」


「い、急いでそっちに向かいます!」


 聖女はこの大聖城に使える従者に言われたように会談が行われる部屋に向かった。

 部屋に入ると、大きな丸テーブルにいくつもの椅子が置かれてあった。壁に備え付けられてある窓からは国を一望でき、まさに大会談室と呼ばれる間に相応しかった。

 そのテーブルの上に両足を置いて、椅子に深々と背もたれている女性がいた。彼女は三大聖女の一人、ヘマ・ホワイトであった。

 片手で持っている聖斧は大きく、人が持てるような重さではないはずなのだが、ヘマは軽々と持っていた。

 強烈な眼力で遅れて来た聖女を睨むのだから、聖女は泣きそうな顔で頭を下げた。


「お、遅れてごめんなさい!!」


「フローラッ、誰を待たせてんだよ!」


 フローラの目には般若のように映るヘマだが、短く切った髪に鋭い目つき、尖ったような鼻は完璧に整っていた。黄金色に輝く髪色は、幾多もの戦場で浴びた血で少しだけ濁っていた。大声を出した時に覗いた歯、その上歯のは犬歯が生えていた。

 ヘマこそ、元四大聖女の時から攻撃を重視した、攻撃特化型の聖女であった。その火力はどの聖女も抜くと言われている。

 今回の会議はこの二人だけであった。もう一人の聖女は、国家転覆罪の容疑で牢屋へと収監されていた。


「今のままじゃ、聖王国での立場が危うい。一人は逃げて、もう一人は監獄中だ。はっきり言ってお前と釣り合わねぇ」


「そ、そんなことないですよ!他の二人と、僕を一緒に数えないでください!!」


「…………そうか」


「な、なんですか?」


 睨みつけられたことに対して、フローラは少し恐怖を覚えていた。自分の武器を持っていないフローラは、体を小さくしながら話を聞いていた。そんなフローラの姿はまるで小動物を彷彿とさせるが、どこか不気味な雰囲気も感じていた。

 ヘマは身体で椅子を揺らしながら、不機嫌にフローラの顔を眺めるのであった。その視線がどことなく首に付いている黒い斑点に向くが、もしかしたら何かの病気持ちかと考えられていたのかもしれない。

 聖女であるはずの人間に病気など普通なら有り得ないことで、逆に近くに居るだけで小さな病気なら完治してしまうくらいだ。そんな人間がかかっている病気だから気にして、感染力の強いものかと思っても不思議ではなかった。

 しかし当の本人は痛がった様子もなかったので、それが病気ではなく、単なる染みに近いものと納得していた。

 ヘマは椅子から起き上がると、そのまま鎖をぶら下げながら会談室を出て行った。それを目で追うフローラであったが、別に止めるような真似は一切しなかった。


「聖女様、緊急事態です!」


 そこにこの城の従者である人間が、会談室を出ようとしたヘマ達を呼び止めていた。息を荒くしてきたので、そこそこ離れた場所からやって来たのだと分かる。

 従者は指を指していて、その場所にあるのが死者の森であることが予想できた。


「死者の貴族団の近くで視認されました。……聖王国に近くまで来ている可能性があり、聖女様のどちらかに行ってもらう必要があります」


「おぉ、良い息抜きができそうな敵が出て来たな。聖騎士共を集めて……やっぱり少人数でいいから、さっさと行くぞ!」


「お待ちください、敵は悪名高い貴族団です。最善の準備をして向かうべきです!」


「聖女としての勘が騒いでいる。何か別の何かが紛れ込んできている……」


「何かって……」


 従者は困り果てていたが、聖王国の主戦力となる聖女を危険にさらすわけにはいかないので、少人数でも選りすぐりの聖騎士を集めた。

 一人は筋肉が盛り上がったような鎧を装着していて、隙間が完全に埋まるように何度も上から装甲が付けられてあった。片手で持っている片手斧は異様に大きく、人族が持てるようなものには見えなかった。

 もう一人はどう見ても騎士には向いていない老人であった。しかしその鋭い目つきや顔についた戦傷を見ていると、この老人が名のある武人ということが理解できる。手に持っている赤と白が混ざったような三股の槍に、布の面積が多いと思える武具からは戦士として自負していると思えた。

 最後の一人はこの二人には劣る、普通の聖騎士にしか見えたなかった。それでも漂ってくる雰囲気は、一流の戦士のそれであった。騎士としては王道とも言える剣と盾を持っていて、聖騎士ならではの紋章が刻み込まれていた。ヘルムで顔は隠れているが、体格からして男だと分かる。

 そんな三人こそ聖王国でも屈指と呼ばれる、“三光騎士スターナイト”であった。


 そんな騎士が聖女と一緒に歩いているので、熱狂たる信者達には威厳という光が目に直接入って来たような感覚である。その道を歩く者達は皆一斉に神への祈り――この国では敬服や敬礼を意味する――を捧げていた。

 門を出れば聖騎士を運ぶための馬車を三人のために用意されていた。鉄も使われている馬車を引くのは魔物で、角無白馬ユニーと呼ばれる角白馬ユニコーンの混血種であった。普通の馬の三倍は馬力があり、自身への治癒力も桁並外れていて、汗血馬かんけつばと言われれば角無白馬ユニーとまで呼ばれている。

 そんな馬車は森で探知された異質な魔力の元へと一直線に駆けて行った。


「その気配を感じられた場所……そこで本当に貴族団らしき魔力を見つけたのか?」


「そのようですなぁ。しかし聖女様もお人とが悪い、このような木偶の坊を連れて来るとわ。きしゃゃ」


「クソ爺、誰が木偶の坊って言いてぇのか教えてくれねぇか?」


 老体の聖騎士は目の前に座っている、巨体の聖騎士に向かって暴言を吐いていた。その理由は彼が熱心な暴力家であるからだ。聖属性や光属性でない人間を必要以上に殴ったりなど、その聖騎士の名に相応しくない行動を何度も犯していた。

 それが聖王国に長年仕えてきた老騎士は腹が立ち、聖統主義という新しい宗教のようなもののせいで、古くから仕えていた多くの聖騎士を失ってしまったのだ。それでこんな粗悪者が使えだしてしまっていたのだ、それは老騎士が最も望んでいないことである。

 その中でずっと黙っているのが青年の聖騎士である。現在投獄中の身である聖女、その傍仕えのように張り付いていた聖騎士であった。聖女が公開処刑をされない理由も、半分はこの聖騎士と言ってもいいだろう。

 聖騎士と聖女を乗せた馬車は、ゴロゴロと馬車輪を回転させながら進んで行った。死者の森に向かって行くと暗闇が深くなっていき、例え勇気ある従者でも臆病になって辺りを見渡していた。


「少し黙れ!」


 聖女が二人に一括すると、馬車は勿論のことだが、この辺り一帯も静かになったような気がした。死の空気が鼻孔に強い刺激を与えて、本当に貴族団が近づいたのだと思った。

 その時だった、馬を操作していた従者の雄たけびにも似た叫び声を上げた。小さな小窓から血が流れて、誰かに殺されたのだと確信した。


「すぐに馬車から降りろッ、このままだと全員が殺されるぞ!!」


 ヘマが指示を出すと、聖騎士達は馬車を破壊するように森の中へと出た。ヘマは腰を大きく下げて辺りを見渡し、三人の聖騎士は聖女を守るように剣を抜刀して囲んでいた。斧、槍、剣と盾、それに聖女が存在することで穴が少ない構成であった。

 外に出ると、そこには悲惨な結果となっている従者が横たわっていた。まるで数十年は経っているかのような死体、その両脇には首を引きちぎられた角無白馬ユニーの姿があった。それを見るに従者が叫べれたことが、奇跡と思えるような惨状であった。

 地面には血が撒き散らされているが、一番酷いのは鼻に突き付けてくるような鉄のような匂いである。貴族団から漂うような死者特有の匂いが掻き消されて、重要な貴族団が何処にいるか分からなくなっていた。


「二人供、これ以上馬鹿なことをするな。貴族団が見つかり次第、即座に攻撃を仕掛けろ!」


「ん?あそこに……人影が……」


 巨体の聖騎士は大斧を森影の方へと向けると、そこに一人の司祭服を着ている男が立っていた。その右手には騎士鎧を装着している死者の屍が握られていて、それでも整った顔はどんな女性であろうと振り向いてしまう程美しかった。闇を思わせるような髪の毛や二つの瞳は、男が来ている服で闇に通じる者ではないと理解できる。

 司祭服がそれそのものが威光を放っているように見えて、聖女と似たような雰囲気を放っているのが聖騎士達には理解できてしまう。


「……貴様、その服を着ているという事は司祭か?いや、貴様は生きている人間か?」


「さっきのアンデットの群れを追い払った次は、また面倒な人達と会ったようですね。攻撃するつもりですか?」


「……此処には沢山のアンデットが居たな?」


「ん?……まぁそうですね」


「お前は何も見ていない。〈聖縛鉄せいばくてつ〉」


 聖女は袖に隠し持っていた聖鎖を取り出して、それを自分の近くに居た巨体の聖騎士に巻き付かせた。何重にも意思があるように巻き付いていく鎖に、聖騎士は隙を付かれたように驚いて、それを引きちぎろうと腕を上げようとするが、力がどうしても入らずに地面に膝をついた。

 聖騎士は驚きを隠せないままヘルムの下から聖女を覗いて、恨み言を吐くように叫び散らしていた。それは死ぬことを悟った男の、最後の抵抗のようにも見えた。

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