雷豪の魔王-1
レインの頭の鈍痛が走っているが、それよりも響いてくる音と無機質な声に顔を歪めていた。
《職業レベルが上がりました》
《上位職である〈原初ノ大魔法使い〉を最上位職である〈原初ノ賢者〉へと進化させます》
《異能〈捕食者〉が進化を開始しました。成功――異能〈超越者〉へと進化します》
《上位職である〈魔王〉の一定条件を達成しました。最上位職である〈大魔王〉へと進化します》
レインの身体が少しずつ闇に飲み込まれていた。レインに眠っていた野生が目を覚まそうとしていた。しかし、力が一定のリズムではないため行動に表そうとはしなかった。何者かの高笑いが小さく聞こえている中でレインの意識は深い闇の中へと飲み込まれていった。動物が冬眠をする時の、それに似たような眠り方であった。
天を仰いで高笑いを上げている追跡者の身体が一瞬だけ揺れる。身体が揺れた原因が騎士槍が突き刺さったからであり、その衝撃によるものと攻撃された瞬間に行われる再生のせいかと決めつけた。
追跡者は虫が集ったと思いながら、月光のメンバー、この都市のシスター、不動を持った殺戮を見ながら鼻で笑った。
「魔王が負けるか……それに何の真似だ雑魚」
「戦いは終わりましたわ。次の殺戮に備えて――」
「――黙れ殺戮マシーン。私は月光のリーダーのルーシュだ。貴様はこれから何をするつもりだ?」
殺戮がルーシュに殺気を叩きつけながらも、追跡者に質問をした。
「魔王の仕事は一つ、この世界に阿鼻叫喚を齎せることだ」
「そうか――全員雷豪の魔王を討伐するッ!!」
「馬鹿が、雑魚共めッ!この我に勝てると思ってるのか?」
ルーシュとマフラは同時に追跡者を攻撃して、殺戮は不動を遠くに話そうと後ろに蹴り飛ばし、シナは距離を取って魔法の詠唱を開始し、ミルとシスターは倒れたルーロの回収をした。
追跡者はルーロの息を止めようと手から放電したが、シスターがそれを死の息吹によって魔法を死滅させた。そこにミルの聖なる結界が発動して、三人を覆うように半透明のドームを作り出した。
追跡者は――顔が見えないため表情は分からないが――舌打ちをして、邪魔をしてきたルーシュとマフラの頭を掴むと吹き飛ばした。二人は地面を削るように吹き飛ばされたのに減速はせず、この戦場から一気に離されたのだった。
そして次の獲物に選択されたのは、周りに巨大な岩を浮かせていたシナであった。追跡者の眼力にシナは竦み上がるが、杖を向けて平常心を装うのであった。
「ふっ――ッ!?」
「余所見をするのは行けませんわッ!」
殺戮は追跡者が喋った瞬間に顔に一撃を入れて、口があった箇所に双剣を入れ込んでいた。そして殺戮が今世紀一番といえる笑みを作って、技の〈乱撃〉を放った。〈全身雷化〉の効果を消そうとしていた。効果時間が強化され伸ばされているのが分かったが、それでもその時間が自分達を不利にすると思ったからだ。
追跡者はつまらなそうに、ただ怒りを込めて殺戮の背中に拳を叩き落とした。
「邪魔だ」
体力が削られている殺戮は防御することもなく、口から血を吐きながら地面に激突する。
「少し遊んでやろう。我が名に命ずる現れ出でよ――神鳴」
「神器……よ……」
殺戮が血を飲みながら呟いた警告に、その場にいた全員を退散させた。本気で距離を取りながら追跡者の様子を伺っていた。右腕に降臨した剣――剣とは思えない形状で、雷の形を作りながら――が、黄色い稲妻を発生させて自身を神格化させた。
それを近くで見たシスターは、髑髏の入った十字架を手にしながら魔法を詠唱した。
「死をもって世界は完成し、死なき世界は亡者の国となる。私は魔王を足止めするだけ……できるはず!〈死滅回路〉」
シスターの目の下に小さな黒い髑髏が現れた。首元に下げた十字架を握り締めて血が流れ、十字架の髑髏の両眼が赤く灯った。詠唱した魔法が発動して、目に見えない暴風が一直線に追跡者に向かった。地面、草、風、魔素、大気、それが一気に死滅していった。
それを追跡者は手を向けて止めようとした。死を向かわせた暴風で雷の衣が暴れ馬のように歪み、それと同時に雷の再生が行われて元の形に戻っていく。
シスターは両目、口、鼻から血を流しながら、その光景を見ていて小さく笑ったのだった。シスターは身体の力が抜けると地面にバタンと倒れたのだった。
追跡者は雷の濃霧が晴れたように本体が現れた。顔に特別の変化は見られなかったが、そこから発せられる気配はもっと別のもので、何か異質な人間ではない気配が感じられたのだった。
その口からつぅと血が流れて、それを手で拭って血の跡が口下に残った。キョロキョロまるで世界の全てが新鮮であるかのような目で辺りを眺めるが、その両眼は色彩のない、全てが黄金色の瞳となっていた。
右腕に持った神鳴で雷へと変質されている。追跡者は目の前に立った三人、ルーシュ、マフラ、殺戮の魔王アデラを見て溜息を吐いた。
「はぁつまらない世界であるな。だからこそ、我がこの世界を作り変えて見せよう」
追跡者は右腕を振り上げて、敵対する者達の遺言を聞こうと手を止めた。
「私達がすべきことは邪族退治であって魔王を止めることではない。もし、もしも戦うのなら、お前には死んでもらう」
「だったら、私は姐さんについて行くっすよ!!」
「星連会で聞いた順位が、その魔王の強さの順ではないことを教えてあげますわ!」
ルーシュは黄金色の剣を振り抜いて雷豪の神鳴と相対し、マフラは大盾をを持って突進をしたが弾かれる。
神鳴との相対でルーシュは剣を握った手に力を籠める。力の差で負けていたルーシュが弾かれるが、その弾かれた態勢から無理やり剣を振り下げた。そこから止まらぬ連続攻撃を仕掛けた。右肩、左の脇腹、足、雷豪の股から上にかけての振り上げる。何度も神鳴に弾かれるが、それでも連撃を止めることはなかった。
そこにマフラの剣が雷豪の頬を掠れた斬撃が入ることで、状況を一変する連帯技を繰り広げだした。ルーシュが左側を攻撃して雷豪を右に避けさせると、右側にはマフラが技を溜めて待ち伏せをしていた。
それには追跡者も表情がどんどんと真顔に近づいてきて、その追跡者の怒りの出し方が現れていた。雷の速度でその連帯攻撃にも慣れ始めて、どんどんと顔が真面目なものとなっていく。
追跡者は身体を大きく下げて、一瞬で円状の斬撃を解き放った。
「――二人だけじゃないわよ?」
アデラの声が聞こえて上へ振り向くと、そこに持ち上げられて空中を跳ぶルーシュとマフラの二人の姿があった。
アデラの感情の高ぶりから口元が裂けて、耳にまでつきそうなほど大きな笑みを作っていた。戦っている戦場には似合わないドレスのような装備、それが風に乗ってパタパタと靡いていた。その両手に持っている武器に追跡者は目を見開いた。
「貴様も神器をッ!」
「神人穿ち――〈裂断〉!!」
「――〈雷天断〉!!」
アデラからは二つの巨大な刃が現れ向かい、追跡者はそれを掻き消すために雷の刃が現れた。その二つが衝突すると、地面に降り立ったルーシュとマフラに突風が叩きつけられる。
その二つの技は互いの刃に食い込みながら、最大限の効果を発揮しようと拮抗していたが、その衝突していた刃の中心から閃光が走った。その瞬間、二つの技は消滅して代わりに大爆発を引き起こした。
その大爆発に囚われた追跡者の懐に入り込んだアデラは、追跡者の顎に強烈な足蹴りを決め込んだ。
「うぐッ」
「魔法を叩き込むのよッ!」
「命令されなくてもッ!!」
シナは遠く離れた場所から土煙の上から蹴り飛ばされた追跡者を捉える。そこに岩石を叩き込み追跡者をもっと上空へと上げる。
「魔王だからって――調子にのるなァ!〈集積巨石〉」
シナは魔法を詠唱して魔力が減ったことを確認した。地面から隆起する大量の岩が、重力に反発するように浮き出して蹴り飛ばされた追跡者に衝突していく。それが少し経てば全体から岩がぶつかるようになり、時間が経つにつれて大きな岩の塊にへと変貌していった。
そこにトドメと言わんばかりに三つの岩の剣を作り出し、それを空中に浮かんでいる岩の塊に突き刺した。それは強大な化け物を封印するかのような光景に見え、それからシナは岩の塊を中心に向かわせるように操作して、追跡者を岩の中で殺すように圧し潰そうとした。
その中心に雷の玉から落雷があり、その雷は地面にへと落ちて行ったが、岩に落雷した雷は塊をバラバラにしていった。崩壊する岩の塊から追跡者が顔を覗かせると、「岩が邪魔だ」と言って右腕を振ると簡単に崩れた。
「岩ノ大魔法使い……その程度では我を殺すことは出来んぞ」
「クソッ、皆ッ、あいつを地面に叩き落とす!〈落石〉」
追跡者の背後に岩の群が現れて、それが下に向かって急降下する。岩の塊によって挟まれていた追跡者は逃げることすら出来ず、挟まった足を無理やり上げた時には腹に〈落石〉が直撃していた。
地面に急降下している岩と追跡者だったが、そこに何十もの落雷が起こってピカピカと閃光が走った。岩が雷に焼き払われて、その残骸が地面に到達して土煙を巻き上げた。
その土煙を手で掻き分けて追跡者が歩いて来ていた。
「〈黄金期〉――〈黄金斬〉ッ!!」
「黄金の時代の真似か?」
横から斬撃を放ったルーシュの剣を、追跡者は拳を振るう赤子を止めるように刃を掴んだ。その力は追跡者を通って地面に伝わると、巨大なクレーターとしてその〈黄金斬〉の力が現れた。
その力は追跡者も無傷では済まず、掴んだ手からは血が流れて、その受け止めた反動によって腕が痺れて痙攣を起こしていた。それには追跡者も驚いて目を見開いた。
「姉さんの剣を離すっすよッ。〈斬撃〉〈魔素斬〉」
「この程度の力で我を止めれると思うなッ!〈雷切〉」
「――技が打ち消されたっす!」
驚いたマフラの顔を掴むと、後頭部から地面に叩きつけた。強烈に叩きつけたのに対して頭から血が流れることはなく、その後頭部には白い発光体があり、逆に身体にあった怪我を再生させているような気がした。しかし、それが正解であった。
その発光体が神器と一体化した腕に巻き付いて、ルーシュの剣を掴んでいた手にも発光体が巻き付いた。その瞬間にルーシュは離された剣を持って、マフラを抱えるとその場から逃れた。
その発光体に巻き付かれた両腕が地面に重く圧し掛かり、追跡者は膝から地について倒れ込んだのだった。重くした右腕を見て、その魔法を使った人間を見た。
「貴様……なんだこれは?」
「あなたは邪族を倒すうえで邪魔になります。此処で一度、あなたには退散してもらいます」
「この程度で追跡者を止めれると思ってるのか?」
「それならこれはどうですか?〈聖櫃〉」
ミルが発動させ魔法が追跡者の周りに白い光の板が出現し、それが十字架の形に似ている棺桶のようなものになると追跡者を封じ込めた。
「悪しき者に女神の鉄槌を、私に弱き者を守る力を。〈聖爆〉」
クレーターの上から小さな光の粒がゆっくりと落ちてきて、それが十字架の棺桶に触れた瞬間、その粒が聖なる光を出しながら爆発した。その爆破はみるみる内に天へと昇っていく。その爆発から生じた爆風のようなものが十字架の形を成して煌めいた。
十字架の棺桶は中に入った者への攻撃手段であり、外からの攻撃に対する防御力は皆無であった。そのため、棺桶内にいた追跡者に爆発が直撃する。動けずにいた追跡者は防御する暇もなく眩しさが増した。
クレーターの上に立っていたミルの聖女服が風で靡く。追跡者がまだ立っていられるダメージでしかないことに、少し戦慄するが、次の魔法の詠唱を行う。
「――させると思ってるのかッ!!〈雷電〉」
ミルの周りにいくつかの雷の球が現れて、それが発行と同時に電気を空中に放出した。雷よりかは弱いが、一時的に動作を止めることに特化していた。その電熱でミルの服が初めに焦がされ始め、白い柔肌は赤く燃えるような色に変わっていた。
苦しむ表情でミルは唸るが、それでも魔法の詠唱を止めるようなことはしなかった。
「〈聖止〉ッ!!」
追跡者の視界が神々しいほどに光り出し、光ったと思えば一瞬の内に黒一色に塗りつぶされた。視界が暗くなった時に身体の自由も利かなくなり、バタンッと背中から倒れ込んだ。
その魔法は聖ノ魔法の中でも特殊な部類に入る、心臓の鼓動を止める魔法であった。殺すためではないので、即死耐性も効果が期待されず、完全な仮死の状態へと持ち込んだ。
ミルは片膝を付いて倒れる一歩まで来ていて、それをルーシュが支えるように肩に手を置いた。そしてこれで戦いの終わったように思えたが、アデラだけはクレーターを一目散に下りて追跡者のもとに走って行った。