邪族のソーサル
ソーサルはマルスの黒ずんだ頬を蹴り飛ばして、ソーサルの足先が頬をめり込んで頬を越えて歯茎を蹴る。歯茎から黒くなった血が飛んで足先に血が付く。そこまで力は入っていなくて頭がブラされる程度だが、そこに掛かった力だけで激痛が顔に走る。
マルスは頭に力が入らずに地面に近づいて手を付いて、頬から流れ落ちる血を手で触れて、血で汚れた指をベチャリと触って拳を作る。頬から血が流れ落ちるのが止まることはない。それどころか刻々と流れ出る血が増えて、地面を黒ずんだ地にへと変色させる。その技の特性上、その頬に出来た傷は大きくなっていく。
ソーサルは身体の細胞から異能の力を発揮させる。皮膚にある小さな穴から霧状の赤い魔力のようなものを噴出させて、それが辺りに広がっていくと魔力が拡散されて魔法が分解される。ソーサルは相手の弱体化に畳みかけるように技を発動させる。
「これ以上苦しませる趣味はないので、もう終わりにしてあげますわ!!」
ソーサルは大きく跳躍すると空で一回転して、腕に力を籠め始めた。さっきの細い腕とは一転して二倍はある太さに筋肉が盛り上がる。そこに込めるのは力だけでなく、膨大な量を持っている魔力もである。
ソーサルは風で舞った髪で目が隠れてしまって、少し距離を見余ってしまうが、それをすぐに微調整してマルスの顔目掛けて拳を叩き込んだ。
「〈邪悪な一撃〉!!」
「――かはッ!」
マルスの起き上がろうとした顔に目掛けて拳を叩き込んで、マルスの身体を地面に埋め込まるほどの力で殴りつけた。マルスの身体が地面に埋まって、すぐに起き上がろうとするマルスの背中に、もう一度拳を叩き込んだ。
赤だったり黒だったりする光が腕を取り巻いて、マルスの頬にあった傷を悪化させる。赤い黒グロした血肉が見えていただけの頬に、歯が剥き出しとなって歯茎も覗いていた。血が宙を舞ってソーサルの顔についたり、その辺りを飛び散ったのだった。
背中から地面に倒れ込んだマルスは殴られ続けた影響からか、少しの間過呼吸のように息を吐いたり吸ったりしていた。肩から息をしながら倒れ込んだマルスの視界の中に、明るくなった空と覗いてくるソーサルの顔が見えた。
「無様なものね……。魔王と呼ばれる人間、人類の最高峰の人間、魔物の王とまで恐れられた者が本当に無様」
「君達のような……邪族に……醜さでは負けますよ」
「調子に乗っているようね。負けているのが自分だと気付かないほど、あなたの頭は壊れているようね」
「だから負けてるって言ってるじゃないか」
マルスは怒り狂っていたソーサルの横を跳んで、その時に腹に一度拳を叩き込んだ。ソーサルは腹を殴られた時に、胃液を口から吐いて地面に屈み込んだ。空に跳んだマルスの身体が雷へと変化して、そして雷鳴が轟いて雷光が空を走る。空に雷の跡が残るように、一瞬だけ雷が羽のように映った。
マルスの変貌は早くに終わっていた。身体は形状変化が終わって、雷が細胞から変わったように生まれ変わる。バチバチと身体から火花を飛ばしながら、装備までも雷へと変えた。
腕を勢いよく振り下ろして伸ばす、ソーサルの首を巻きつけるようにして掴んだら、力のままにソーサルを空中に浮かせるのだった。力を入れていなかったソーサルはされるがままに振り回されて、上へ、上空に上げるとピタッと止まった。その重力と引力を活かすように、持ち上げた時とは逆に降り下げた。
ドゴォンという地鳴りと共にクレーターが作られて、地面にめり込んだソーサルをまた振り回しはじめる。埋もれた岩を大地が引きずり出すように、辺りの平な地面を砕きながら外へと出す。そしてそこから、ソーサルの身体をまるで砲丸投げのようにして振り回した。
「あぁ――あぁあああ!!」
ソーサルは身が振り回されることで方向感覚を失って、地面に手を付こうとしていたが、逆に空へ手を突き出している形となった。それでも地面に向く瞬間がないことではない。ぐるぐると回転して、その勢いが竜巻が発生すると、辺りに散らばっていた――普通なら見えない――赤い粒子が集まって紅色の竜巻となった。
マルスはソーサルが丁度、斜めに入った角度の時に首を離した。くの字になったソーサルは何回転かしながら空を舞って、やっとの思いで背中から生やした羽で空中に浮かび上がった。その回転運動をすぐに消すことはなかったが、止まった時にはある一つの光景が目に入った。
土煙と紅色の竜巻の中で青い光が点滅して見える。そこから強烈な閃光が見えたと思った瞬間に、いくつかの大きな青い光がちらりと見える。そこでソーサルの目が大きく目が見開かれる。
紅色の赤い竜巻は魔法を拡散させる能力を持っている。そこに雷の光線がソーサルに向かって飛んできた。
「――嘘よね!?魔法の無効化――ッ!!」
「抵抗は出来るんですよッ!!」
「そこは竜巻の中心部よッ、魔法の拡散力は他の数倍はあるはずよ!」
他の邪族にソーサルは思念伝達を送って、助けを求めるが誰かが介入する気配は感じられない。
その間に雷の魔法が何本も飛んでくる。飛んできた雷の多くがソーサルの身体を貫通して、身体の中で雷が走って感電して、中身が焼かれるような感覚と感電していく感覚が入り混じって、それが極限まで達した時に口から血反吐を吐いた。
立場が逆転したソーサルは驚きながら、空中で態勢を立ち直そうとするが、そこに迫ってくる魔法の攻撃が少なることはなかった。それどころか数が時間ごとに増えていって、赤い竜巻の魔法拡散力が薄くなっていったため、その魔法の破壊力はどんどんと強くなっていった。放物線を描くような動き方ではなく、雷にとって近道で飛んで行った。
ソーサルの落ちた先はクレーターのすぐ横、ボロボロになった身体が血を出しながらクレーターに流れ落ちていく。手で地面の感触を伝えるような、優しい触り方で手探りをする。視界がぐらぐらと揺らいで、今の状況が飲み込めないような表情を浮かべていた。
「う……ゴポォッ」
「血ですか、それは?」
「血に決まってるでしょ……。身体が赤いから細胞でも出してるって言うの?そっちの方がおかしいでしょ」
「冗談に決まってるじゃないですか。さて……〈雷霆斬〉」
技の奥義を連発しているが、体力に関してはさっきのダメージを受けている間に回復していた。剣を上段構えから大振りに振り下ろして、上空から巨大な雷がソーサルに落ちた。落雷の勢いは普通の雷よりも速く落ちる。
ソーサルはすぐに避けたが、背中から焼き斬れるような感覚が襲った。全身に火花が散ったような雷が身体に残っていて、抵抗に成功できなかった効果は、身体に大きな麻痺を残して動きを止めた。視線が少し上の方に向いて、口から泡が吹き始めて、背中の再生が極端に遅くなっていた。
マルスは身体が雷と化しているため、雷の影響を受ける事がない。この場が雷を発生するような気候でないが、さっきから雷鳴が鳴って、空にも雲が集まり出していた。
「バチバチッと雷が感電しているのって、どんな気分か知りたいですね」
「自分が一番知ってるんじゃないの?そんな人間を辞めたような外見をしているんだし、ずっと感電してるから……。感電人間野郎がッ!!」
「言葉に詰まるなら喋らないでくださいよ。酸素の無駄なんですよ」
「雑魚がァァァァ!!」
ソーサルは獣のように両手、両足を使って駆けだした。赤い邪族の姿で四つ目をぎろぎろと動かしながら、マルスにへと近づいて大きく口を開いた。
マルスは身体が――この地域一帯の重力が重たくなったと思うほど――思うように動かなくなった。地面に倒れるほどではなかったが、体の不調を訴えるような事態にはなっていた。〈全身雷化〉を使っていても、その不調が出てくるということは、それが魔法よりも強力な異能であることがわかる。
〈邪眼〉と〈魔眼〉の二重の効果で抵抗する余地すら与えない精神攻撃、恐怖と魅了による効果の狭間にある感情で、マルスは頭の中に“従ったほうが良いのでは”という考えが生まれた。いや、生まれたというよりは生まれたと言った方が正しいだろう。
それが――二つの感情があることが――体の不調へと繋がっていたのだ。マルスはそれに気合だけで耐えて見せると、今まで以上に体力が奪われたように感じた。
「うぐッ!?」
「〈邪悪な一撃〉、まだまだまだッ!!〈二撃〉」
腹に強烈なパンチを叩き込むと、皮膚に熱が入り込んだように熱気を帯び始めた。その腹にもう一度、強烈なパンチを叩き込んだ。一撃目とは、比べられないほど強化された一撃が腹に加わる。熱に加わった腹は脆く、裂けて、装甲が脆くなっていた。
そこでマルスが発動していた魔法の〈全身雷化〉の、本来の効果が発揮した。魔力拡散の異能によって、本来の魔法としての効果が発揮されなかったものが、その異能効果が消えたことで元の力を発揮させる。
バチチッという大量の電気が発生して、地面を――余った電力だけで――焼いた。魔法の雷は自然現象を模して造られたものだ。それが体の構造を理解して、傷ついた体を修復していく。それで裂けてしまった腹を元に戻した。
闇の衣が、雷の衣と共に纏って入り混じる。黒い雷が辺りを照らすように閃光を放ち、黒雷が雷霆のように稲光を交わす。
「止まることがない絶望を……。惧れを……嘆きを……」
「異能に飲み込まれている!!」
「我が名は魔王、追跡者である!!」
「我が魔眼と邪眼は、貴様のような小者に負ける器ではない!」
「我が前に立つか……ならば、神を連れて来るのだ。〈雷帝〉」
マルスの上空に巨大な雷の玉が浮かび上がり、雷が積乱雲を一つや二つも作り出して、自然現象を異常気象へと変化させた。自然を模する魔法であるはずが、既に自然を超えているのだから、世界での法則がゲームとは少し変わりだしているのが分かる。それでも大まかな法則、設定は変わってはいなかった。
ただ今のマルスに、それを理解する術はなかった。既に異能という、厄介な能力の一部と化しつつあったのだ。それが世界の法則なのだ。職業、異能、それはその人の感情によるもの。ゲームでも、その人間に応じて異能を獲得し、職業を選んだ。
この世界では、それが色濃く世界の法則として現れたのだ。それがこの魔王という存在の誕生であり、精神汚染から抜け出そうとした、最後の抗いでもあった。それがステータスの暴走。暴走というよりは、人格が変わったのだろう。それとも二重人格者が異刻者なのかもしれない。
積乱雲の中心の雷の玉が青く光りだして、その玉の表面から雷が荒れ狂った。太陽の光が地面に届かなくなって、気温が少し下がって、ドンッと大きな空鳴りが上空に響いた。目視できるのは、その雷の玉が大きくなったということだ。マルスの表情が冷酷になって、ソーサルの表情が引きつった。
「我に勝てると思っていたのか?この魔王に?」
「馬鹿げてる。これはまるで……邪神様と同じ……世界を滅ぼす」
「邪神か……知らんな。追跡者に戦う者は居ないのかッ?」
「貴様ッ!!」
「邪族?貴様はもう用済みだ。〈雷霆斬〉」
ソーサルは自身の本当の姿を現らにして、四つの瞳を顔いっぱいに大きく広げて、その体を大きくして筋肉質に変える。そして同時に思念伝達を最大限まで引き上げた。脳が繋がったように注意を強制して振り向けさせ、最後の抵抗と言わんばかりに大きく膨れあがった。初めてレインが見た、邪神の半分はあった。
マルスは――魔王である追跡者は、剣を上空に向けて構えると、その技の二度目になる奥義を放とうとした。魔法の〈雷帝〉の力が移動して、剣にへと集中していた。雷の形が崩れて、マルスの体事態に影響を及ぼした。
「では、死ね」
剣が雷の速度で振り下ろして、その速度で地面が砕けてクレーターが出来上がった。〈雷帝〉が空から落ちて剣と同時に地面に衝突して、その風景は、まるで雷様が降臨したようであった。地面に落ちた雷は勢いを殺さずに、大地に走り広がっていった。
ソーサルはそれをただ見るだけの存在と化していて、すでに一人でどうこう出来る問題ではなくなっていた。剣が振り下ろされる瞬間が、遅く、凝縮された時間をただ眺めていた。身体は先端までピクリとも動かずに、自分が誕生した時の光景が頭に走馬灯のように浮かび上がった。
剣がソーサルの頭から両断して、やっと動いたかと思ったソーサルは、ただ倒れる人形となっていた。