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荊棘の魔王-3

 世界の巨大な手をゆっくりと降り立ってくるため、空間を視ることができる者はその光景を見ていただろう。巨大な手には尖っているような爪があり、それ以外はつるッとしている形であった。その地表に手を触れて、空間にずぶずぶと入り、その手は地下に入っていった。手首まで地の中に入ると、その動きも止まった。

 その巨大な手は、見えている部分だけであれば腕しか見えない。その腕が空間を大きく搔き乱していた。

 そして世界の干渉を“手”が掴み取って引き抜くと、その力の一部――そのステータスに合わせた――をサラに注ぎ込んだ。


 水晶と五本指を象っているアイテム〈五指五宝〉は、その効力を使い切ってしまって粉々に砕け散っていった。その崩れたアイテムと同様に空間の巨大な手が崩壊していった。

 サラの左手の甲に紋章が浮かび上がった。魔法文字と、魔方陣と、世界の文字が浮かび上がった。

 ――それだけは終わらない。


「うッ!!ぐ……がッ!?」


 〈五指五宝〉の本来の能力は所有者の強化(バフ)であった。赤い粒子――エフェクト――が、サラの身体の周りをずっと漂う。それが強化の続いている証拠でもある。〈世界の覇者(ワールド・ステータス)〉と呼ばれる魔法であった。


 サラの体にも異変が起こる。


 右腕だけに集まっていた茨が、サラの身体の半分を隠し、その勢いのままで全身に茨を纏っていった。茨の隙間から闇の瘴気と、顔があるだろう位置には赤い二つの瞳が爛々と輝いていた。茨が飲み込んだのは身体だけではない、細剣レイピアもその茨が巻き付き隠した。

 レインが見えるのは巻き付いた茨から出ている、細剣レイピアの小さな先端だけであった。茨は城の壁に食い込んでいくほどの力があった。

 それは魔物というよりも植物が暴れまわっている化け物。それは一匹のモンスターで、覇者というよりも他の何か。


「これがどれほどの力となるのかは、俺程度では分かれませんか……」


 レインが知っているのは軍団クランが、この神器魔道具ゴットアイテムを使ったという情報だけであった。この効果がどれほど強いものなのかは知らなかった。だから〈看破〉の異能スキルを使ったのだが、〈覇者〉というステータスを覗き見ることは出来なかったのだ。

 レインは近づいて戦うのは愚策だと判断して、すぐに背を向けるとその場から逃げ出した。

 サラは茨が壁に食い込んでいるため動き出すのに時間が掛かり、動き出すときには茨が引いていった。そうなってしまえば形は人間に近いものになっていた、それでも瘴気のような闇で覆われてその全貌が見えることはなかった。


「はぁ…………何も逃げなくてもいいじゃない。まるで私が姉さんになったみたいな気分だわ……」


 サラはそんなことを呟いて一歩踏み込んだ。


 レインは廊下の初めの曲がり角を曲がると、少し大きな広間のような場所が見えるのだが、そこが二階にある廊下だったというのが分かった。人が落ちないように設置されてある手すりを手で掴んで、辺りを見渡して一階に通じる階段を二つ見つけた。

 一つはこの場所から近い階段と、二つ目はこの場所から遠い階段なのだが、すぐ横には大きな両扉のドアが備え付けられてあった。レインの決断は早かった。自分の場所から遠い階段を選んだのであった。

 レインがその場所から離れて数秒後にサラがその場所に到着して、少し経たないうちにレインがいる方向に走り出したのだ。


「戦うんじゃなかったの!?〈突貫〉」


 レインはそのアーツを受け止めて、その後は力を受け流すように〈突貫〉の流れる道を開けた。


(受け止めただけで腕が痺れますかッ!?)


「それだけで終わるわけじゃないんだよッ!ここからが本番なのよ!!〈連撃〉〈刺突〉」


「このッ――〈斬撃〉!!」


 レインが放った刀は、サラからの攻撃に耐えるわけではなく、ただの反撃である。サラの攻撃はレインを掠めた。力任せの刺突の連撃であるからこそ――防御を捨てた攻撃だからこそ――どんな箇所でも大きなダメージとなる、つまりは致命傷となった。

 レインの身体にはいくつもの風穴が開いて、そこから大量の血が噴き出した。大量の噴き出した血は、レインの足元に血だまりを作って、レインの踏ん張りを効かなくした。

 サラの刺突の衝撃でレインは、後方にあった両扉へと吹き飛ばされて、その当たった衝撃で扉が開いて部屋の中にへと転がり入って行った。地面に何度も身体をぶつけながら、それが壁にぶつかったところで回転が止まって前のめりに倒れたのだった。


 サラは勝利を確信した。ここまでレベル――ステータスが離れていると、ダメージには大きな差がつきはじめるだろう。だからこその確信であった。


「逃げて、逃げて、逃げて。あんたは異世界に来てまで逃げ続けているなんて、同じ魔王でもここまで来ると同情するわ」


「カフッ……ゴホッ!!」


「ここま――ッ!?」


サラは言葉を詰まらせて後ろへ跳び退いた。それはレインが自分の刀の間合いに入ったため、その刀の一閃を繰り出したためだ。

 レインが床に垂らした血で滑らせて、サラの首に届かせて血が噴き出した。それでも首の皮はすぐに再生する。それをぼやけている視界の中でそれが見え、レインは血を出し過ぎたために眩暈を起こしていた。ゆっくりと歩いてくるのが見える。

 血も止まって乾き始めたサラが行ったのは、“注意”であった。二度も同じ手は食わないようにという意思の下で動いた。


「何故でしょうね……。自分が人間離れなことをしているのに、それをどこかで普通だと思っている自分がいるのですから。それでもおかしいとも思わないんですから……」


「頭まで人を辞めたってことじゃないの?」


「諦めるな……動けと、頭の中に言葉が叩きつけられているようで、それが自分の意志なのではと思うようになってしまう自分に笑えますね」


 レインは思ったことを口にしながら、仮面の下で小さく笑ったのであった。こんな様になっても調子が狂う事もなく、ただいつものような調子で言葉を発する。そこに明確な意思はなく、まるで自分語りをしているのか、それとも独り言のように呟いているのか、言葉をつらつらと繋げるだけだった。

 ステータスの差が歴然とした中でも、自分が培ってきた能力でメーターが減るのは止まり、さっきまで開けて血を流していた風穴は塞がっていた。手に入れる力が無くなってきていたのに、もう一度刀を握る力も戻ってきていた。

 ふらつき――生まれたばかりの小鹿のような足取りで――ながら立ち上がるレインに、サラも闘志というものを感じたような気さえする。

 さっきまで弱音のようなことを言っていた男に、だ。


 レインは自分も何かしなければ負けることは分かっていた。だから最後の頼み綱のような気持ちで、隠し持っていた一つのアイテムを取り出した。それはサラの取り出した〈五指五宝〉に似ていた。


「何それ?」


 しかし似ていると言うだけで、サラが知っている物ではなかった。


 中心にいくほど赤く輝いている真珠、手の平に載せているため大きさ的には水晶程度。真ん中には小さな部屋のような区切りが存在して、そこにある二つの気泡のようなものが火花を散らしていた。神器魔道具ゴットアイテム級ではないが、遺産級のものであることは明白で、只ならぬ魔力を発していた。


 サラも馬鹿ではない。そんなものでもパワーアップされたら堪ったものじゃないと、一気に近づいて叩き割ろうと細剣レイピアを一閃したが、それはレインが消えるという事態で空振りに終わる。

 レインは転移を使ってサラの横を抜けて、さっき行こうとしていた階段に転移したのであった。体力も回復してることもあって、水晶玉を持ったまま刀で斬刃を飛ばした。

 ただの目くらまし程度で行ったため、サラの剣撃で完全に霧散されるのだが、レインが稼ぎたいと思った時間は作れた。


「そのアイテムは何なのよッ!!」


 サラの言った言葉に答えるようにレインはニヤリと笑みを作った。


「これがどんなものなのかは、すぐにでも理解できますよ」


(だったら何故発動させないのかしら……?まさか発動するまでの時間が足りてない?それとも……)


 サラは何かを思いついたのか加速しながら走って、その右手に持った細剣レイピアを突き出した。だが、それも転移によって逃げられるのだが、逃げなければいけない理由があるのは確かなものとなる。

 そして動きを止めて、次にレインが転移した場所へと視線を移した。一階にへと下りたレインは、大広間の中心にある机の上に立って、サラを見上げるのであった。


「やっぱりもう発動してあるのね?」


「そうですよ。でも効果が発揮するのに多少の時間は掛かりますがね」


「だから、そこまで俊敏な動きに戻ったのね。私の細剣レイピアがアイテムに刺さらなかった時の動きで、何となくから確証になったのだけれどね」


「そこで気付くんですから、流石は魔王と呼ばれるだけはありますね。しかしさっきの一撃はヒヤリとしましたよ……」


「さて、そろそろ時間のようね」


 サラはさっきまでの態勢とは違って、身体を大きく前のめりにして攻撃態勢へと移行した。それは本能的な意思によるもので、サラが脳へと指示して動いたのではなかった。ただの勘と言うやつである。しかし、今この態勢をすることは正解であった。

 レインの持っていた水晶玉は、サラが発動させた〈五指五宝〉と同じで、ステータスに影響を与えるアイテムだった。一定時間に達したため、水晶玉はドロリとした液体になって胸に移動すると、胸に水晶玉がめり込んだような形となった。


 レインが自分を強化していた魔法の効果が切れるが、新たな効果によりステータスが大幅に上昇する。サラと同等のステータス、若しくはそれに近いステージにはなっていた。

 アイテムはレインに共鳴するように、赤い脈が身体に張り巡らさせていった。それがレインの変化による最終段階であった。


「あッ、思い出したわ!!その脈のような模様は、アレね!!」


「これで知っているという事は、見ていたという事ですか……」


「でもそのアイテムを知らないのも事実だけどね」


 サラが見た光景で思い出したという事は、それがゲーム時代でどれほど有名だったかを示す。

 レインもこれでサラの注意力を極限にまで引き上げたことを自覚し、同じステージに立てたことに笑みがこぼれた。そしてチラリと自分の棟に張り付いてある水晶玉に目が移る。自分の力となった、それを。


 レインからすればとても懐かしい思い出もある、この水晶玉の名前は〈超小型燃料設備AX-03〉と言われるものであった。〈超弩級戦略機動要塞AX-02〉と呼ばれる外骨格だけのゴーレムを動かすことのできる燃料、ゴーレムと気付かずに城として扱っていた要塞を動かせるアイテムであった。

 それの効果は至って簡単。その外骨格となるステータスの最高上限を超えた数値を上乗せする。勿論、普通の〈人族〉などがやれば身体の内側から吹き飛ぶような代物である。

 それが何故、レインに使えるかというと、魔王であるのもその一つなのだが、それ等を作ったのが〈原初人族〉だからである。


 レインはその場で刀をサラへと向けると、サラに聞こえる音声で言った。


「ここからが本番ですよ!!」


 その言葉が発動条件だったかのように、レインを覆うような魔力――身体から発せられていた闘気――が爆発するかの如く、レインを中心に突風が吹き荒れていた。お互いの〈覇者ステータス〉、〈燃料ステータス〉が吹く風の中で“死の匂い”というのが強くなっていることに気付く者は誰もいない。


 サラは自分を覆う茨を王が着るような服のようなものに変え、覇者たる風格のように立ち。

 レインは抑えられん魔力と闘気を発しながら、その刀を前に倒した構えをするのであった。


 どちらも同じ魔王としての誇り、プライドでもあるのか、どちらも数秒間は指一本たりとも動こうとはしなかった。その中でも二人の予測を超えた斬り合いが始まっており、その数秒がまるで何時間も経っているような気怠ささえ思わせる。その長い数秒間も終わりを迎えようとしていた。

 カツンとこの城全体の静寂を終わらせたのは、たった一つの物音ではなかった。それは同じ時刻に動き出した二人の足音であった。そう、二人は同時に動き出したのであった。

 同時に動き出した二人はお互いに、一気に自分の間合いに詰め寄ろう走り出した。

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