侍の村-3
レインはあの夜の後、すぐに元の装備へと戻して小屋の中に〈転移〉で帰って来ていた。太陽も昇り始めた頃に、外からはまた昨日と同じように自分達を鍛えている捜索隊の声が朝の目覚ましい時計として聞こえてくる。それにレインは叩き起こされるように起き上がった。
レインは起き上がるといつものように装備をして誘われていた道場に立ち寄ることにしてみた。その道場は大きく木で作られており、和風な感じだった。
「此処で良いんですよね?」
中からは“はぁぁ”という叫んでいる声と竹刀で叩いている音も聞こえていた。この世界では防具は付けずに練習をして耐性などを高めるものらしいが、聞こえてくる音に躊躇がないことが分かった。普通なら当てる箇所を叫んで打つだろうが、この世界ではそんなことはせずに一撃で殺すことが慈悲だと言われている。
敵を躊躇なく殺せなければ死ぬのは自分だと生まれながらに思い知らされるのが、この世界の法則であるのは間違いなかった。死ぬか、生きるかの世界ではいつでも最低を予想して訓練をしなければならない。
「この世界で暮らしていると命と言うものが軽く見えてきますね。いや、だからこそ命の大切さと言うものが分かるのかもしれませんね」
レインは表口から入ろうとはせずに、松のような木が一本生えているのが見える庭から入ろうとしていた。もちろん勝手に入るのではなく誘われた時に裏口、庭が見える戸を開けていると言っていたからだ。そこから木が見えているのも竜牙から聞いていたのだ。
その場所へ行く時に木の柵――と言っても紐だけで結ばれた雑な物だが――を開けると木の元まで歩いて行った。
「おっ!」
道場の戸があるすぐそこでお茶を飲んでいた竜牙がレインに気が付いた。それに合わせて声に気付いた者達がレインへと振り向いていた。そこで振り向かなかったのは竹刀を一心不乱に降っていた朱鳥だけだった。竜牙がレインを手招きして一列に並んで座っている場所に座らせた。
すると、竜牙が今まで鍛えていた者たちに座るようにと言った。それは朱鳥も同じで、不満げな顔はしていたが、此処では自分よりも上の立場なので渋々竜牙の指示に従っていた。
「今日は旅人であるレインに来てもらったんじゃ。朱鳥、お主は今日レインと戦ってもらうぞ?旅をしておったレインから戦い方を学ぶんじゃ」
「「えッ!?」」
それを発したのは朱鳥とレインだった。そんな話は聞いておらずレインとしてはやりたくはなかった。別に強い事を知られてもいいわけであって隠す必要もないのだが、手加減が出来るかの心配ぐらいだった。それとは逆に色々な戦いをしてきたであろうレインと戦ってみたいと思っている朱鳥は嬉しそうな顔をしているが、それを必死に隠そうとしていた。
レインは別に良いかと思い立ち上がると道場生だろう一人がレインに竹刀を渡した。それは一から作ってある魔力のこもっていない単なるアイテムだった。それでもレインが持てば鉄としてもあまり関係がないだろう。
「よろしくお願いします」
「まぁ、世界の広さというのを見せるくらいなら頑張りますよ」
「ん?あまり強くなさそうだけど……テクニックってこと?」
朱鳥は知らなかったレインはこの世界で童話となるほどの人物――魔王だということに、レインは知らなかった彼女はこの歳でBランク冒険者に足を一歩踏み込んだ存在だということに戦えば前者が勝つだろうが、この村でも二位三位を争う程の実力者が負けるとは思っていなかった。
朱鳥は自身の異能を使い強化すると、一歩踏み込み上から刀を振り下ろした。竜牙はそれを捉えることができたが、道場生達ではギリギリだった。それをレインは楽々と右に避けて軽く朱鳥の頭を竹刀で叩いた。
「……は?」
誰が言ったか分からなかったが、それはこの空気を代弁していただろう。
その見事なまでの一閃を避けたレインに全員の目がいった。いや、全員では語弊があるだろう。最高ではないにしろ自身の一閃を避けられた朱鳥はその場で一時停止していた。そして、これまで磨き上げていた腕を簡単に避けたレインを見た。
朱鳥はまるで心が高鳴るような、そんな感覚を感じ取っていた。それはまるで恋――ではなく、遊び相手を見つけたような子供心だった。
「あの……俺が何かしましたか?」
そんな事を知るよしもないレインは自分が何かしてはいけない事をしたのかと思ってしまった。
それからしばらくすると、その空気がまた別のものになっていくのが分かった。それはレインへの賞賛だった。それは負けてしまった朱鳥でさえ、送ってしまうほどの完璧な強さだったからだ。そしてまた少しすると、竜牙が話しかけてきた。
「お、お主本当にただの旅人なのか?それにしては随分と鍛えられとる気がするのじゃが……あまり詮索はしない方がが良いのじゃろう?」
「すいません。あまり言えるようなものでもないので」
「なッ!?こんな力を持ってるなら隠さなくても良いじゃないの!!」
そんな事を話していると誰かの叫び声のようなものが聞こえてきた。そして、悲鳴の後には誰かが何かと戦う戦闘音が、この道場まで聞こえてきていた。
すると、そこへ一人の男が道場へと走って来た。額には汗がにじみ出ており、どれだけ焦っていたのかが分かった。
「たッ、大変です!!オーガが、興奮状態でここまで侵入してきましたッ!!」
「何ッ!?」
普通大鬼はこの村の近くには来ない。それは捜索隊という存在が居るからだ。しかし、五年前にその戦力は落ちたものの、この村への侵入は一度もなかったのだ。そんな慢心もあったのか、大鬼の侵入を許してしまったのは信用がなくなってしまうだろう。しかし、それでも今のところは死者は出ていなかったのは発見が早かったためだろう。
竜牙と朱鳥と道場生は大鬼が暴れているだろう場所へと走って行き、この道場に残されたのはレインだった。
「俺も行ってみますか」
一人置いていかれたレインは大鬼が出たであろう場所へと行ってみた。別に見たいわけでもないが、その場所へ行けと言っている自分がいたのだ。だからこそ、行ってみた。それは好奇心と呼ばれるものに近い感情だろう。いや、本能なのかもしれない。
行ってみると村で最強の竜牙行ったのにも関わらず、まだ倒せていなかった。その両腕には止めるようにフールを抑え込んでいるのが見えた。「殺してはダメッ!」と叫んでいるフールは、まるで泣き叫んでいるかのようにも見えた。
殺せていない理由は他にもあり、通常の大鬼よりも鍛えられた筋肉に、左腕にはミサンガのようなものを付けていた。それは種族進化か、亜種であるのは間違いないだろう。
「クソォ!?オーガ風情がッ!」
「畳み掛けろッ!〈一閃〉」
上段からの大きな一撃を大鬼は木刀に似た木の棒で軽々と受け止めていた。そこには武士の雰囲気もあったが、目は血走り狂乱しているのが分かった。
「グルッ――ウガァァァ!!」
型もない攻撃で周りに敵を近づけさせないように木の棒を乱暴に振り回していた。それでも魔物特性の筋力があり、普通の人間がこれに当たれば一溜たまりもないだろう。
先程言った武士の雰囲気はそこにはなく、ただの大鬼に見えるがレインはすでに答えを見つけていた。
(戦大鬼ですか……。あまり強くなかった部類の大鬼にここまで手こずるのは……この世界の戦士はあまり期待できそうにありませんね。それにしても魔物使いでもないフールさんが暴れる理由は何でしょうか?)
戦大鬼、ゲーム時代に現れたは良いがあまり個体としての強さは並の大鬼よりも強いと言ったところだった。しかし、それは固体での強さで軍隊での強さはレベル三十差でも戦えるという群れの強さに特化した魔物だった。
そして、そんな雑魚に押されている捜索隊はあまりにも弱いくレインには映ったが、目の前の個体はこの世界ではあまり出ないような魔物だった。だからこそ、この世界の住人はレベルが上がらないのだろうが。
「あぁ、もう!!私も手伝うわよッ!〈渾身〉〈一閃〉」
「グルォッ!」
朱鳥の放った〈一閃〉は早く戦大鬼の身体に当たろうとした瞬間に、戦大鬼の〈斬撃〉が朱鳥の腹に直撃していた。いや、直撃ではなかった。戦大鬼の攻撃に気付いた朱鳥は無理やり刀の軌道を変えて自身を守っていた。それはまさに神技と言えるものだったが、衝撃までは耐えきれずに後ろへと吹き飛ばされていった。
ゴロゴロと転がりながら柵へとぶつかった後に止まった。立ち上がろうとしたが、お腹を抑えて頭を地面に付けた。朱鳥は今尋常じゃないほどの痛みに耐えて立ち上がろうとしたが、それは無理だった。
「ウォオォォォォォォォ!!」
一瞬静かになったこの村に雄叫びが上がる。静かになっていたため、それは簡単に耳へと入ってきた。それは勝者の雄叫びだろう。しかし、それは余りにも悲しさを内に秘めたようにも聞こえた。
残った強者であろう、フールと竜牙に目を向けると歩き始めようとしていた。
「貴様ぁぁぁ!!」
孫を吹き飛ばされた瞬間を見た老人の怒りには底知れぬ何かがあった。老白を鞘から抜き出し、その純白に輝く刀で戦大鬼の左足を豆腐を切るかのように簡単に断ち切った。
反撃を貰わないために後ろへ飛び退いた竜牙は、もう一度斬ろうと前へ踏み込んだ。
戦大鬼は両膝を地面へとつけて、残った両腕で身体を支えた。
「ダメッ」
竜牙の前に立ちはだかったのは、フールであった。それに気付いた竜牙はすぐに老白をフールの首ギリギリで止めた。それに驚く暇はなかった。
今斬られなかった戦大鬼は次の目標へと腕、木の棒を天に突き上げていた。その目標はフールだった。振り下されるその瞬間、竜牙がフールを庇うように自身の方へと寄せて戦大鬼に背を見せた。
「殺せないのなら俺が斬りますよ」
一撃だった。首が綺麗に断ち切られて、大量の血が噴き出した。血の勢いは収まったが、それでも首からはまだ血が流れていた。即死、苦しまずに死ねたことは嬉しいことだろう。
そして、この村の脅威を殺したレインへと村人達からの賞賛の目が向けられる。ただ一人、フールだけは目の前で起こった光景に目を向けられず、理解した時には仮面を被った男に憎悪が立ち込めた。そして、今にも自身が出せるだけの風魔法を放とうとしていたが、竜牙が首に一撃を当て気絶させた。
(フールさんは知っていた?この戦大鬼を?……聞きたいことが増えましたが、一度この大鬼であれを試してみますか)
レインは一度フールへと目を向けて、次に竜牙へと目を向けると。
「この村を出て行きます」
「……すまんな」
レインはそのまま戦大鬼を軽々と持ち上げて、村から出て行った。見送る者は竜牙の息子の紅月で、彼は捜索隊を連れて森を回っており、村で何が起きていたのかは知らなかった。
そして、十分も経たないうちに村は見えなくなっていた。木にもたれ掛けさせるように戦大鬼の死骸を置いた。
その目の前に胡座をかきながら夜が来るのを待っていた。戦大鬼を倒した時にはすでに昼下がりになっていたようだが、相当な時間を待つことになるだろう。しかし、レインがやろうとしているのは夜の暗い時間になってからの方が良いだろうと考えていた。
(それにしても弱すぎるくらいの戦闘力でしたね。看破で見てはいましたが……偽装か、何かを使っているのかと思っていたんですがね〜。まぁ、この世界の一般常識を少しでも学べたから良いとしますか。聖刀老白、あれはそこそこの強さを持っていましたね。ダンさんが見れば欲しがりそうですが……この世界に居るでしょうか?)
レインが色々考え込んでいるうちに太陽を段々と沈んできていて、そろそろだなと思い立ち上がった。レインは魔法で存在を薄くするようにする魔法を全体にもかけていった。もし、これで見つけるような魔物は特化か、相当の実力者だろう。
レインは〈飛行〉をかけて空を飛んで行った。向かった先にはさっきまで居た村だった。