王都剣魔学校-4
そして次の試合が始まろうとしていたが、会場の熱気はより一層盛り上がったものとなっていた。席についていなかった貴族達も、席を任せている従者達のもとへと歩いていた。その足取りもどこか速く、何かソワソワしているものがあった。席につく貴族達からため息を吐き、少しばかりの休息を取っていた。
それもそのはず、次の模擬試合は王族である第一王子がやるのだ。出てきた王子は好青年といったような金色の髪の男だった。腰にクロスにして下げている双剣を付けている、そのどちらも名高い魔剣である。それは炎魔剣、氷魔剣、どちらも名高い魔物の素材を使って創られている剣だった。王族にこそ相応しい双剣だろう。
その相手は女性――魔法学のスワネットだった。黒いローブを着こなしている、長い杖を右手に持ち、ギコチない足で試合会場にへと入ってきた。息を整えて、その敵となる相手を見据えていた。〈魔力操作〉で魔力を身体に纏っていた。
「第一王子、私の魔法実験に付き合ってもらいますね。この新たな魔法を使う相手に相応しいとはこの事ですね」
「そうかい。だったらお手柔らかに頼むよ。そうそう、学校随一の魔法使い、それがどれほどか試させてもらうね」
「あぁ、魔法。あなたはどうして魔法なの?」
「はは、手遅れのようだね」
王子はスワネットを見て呆れたように呟いた。仮にも王子という身分である彼に暴言じみたことを言えるのは魔法というスワネットにとっての王がいるためだろう。しかし周りから見れば何者にも臆せず、勇敢な姿勢を保ち続ける女性と言ったところだろう。
王子はその双剣をゆっくりと構えた。そしてスワネットは持っている杖を王子へと向けた。ズオンッという音が似合いそうなほど、速くこの空気感が変わった。緊張感が高まり剣士と魔法使いが睨み合っているのにも関わらず、二人の雰囲気はどちらも獣と獣といった異質なものとなった。
先に動いたのは王子であった。双剣を盾にあうるかのようにクロスに構えて走り出した。これは勿論魔法対策である。
「突っ込むなんて愚策ですよ!〈魔法ノ束縛〉」
紫色の魔力塊が――地面に展開された魔法陣から――鎖のように伸びてきた。鎖が意思ある蛇のように動き出し、王子の四肢に絡み付こうとしていた。その速度は人間の速さをゆうに超えており、避けようとした身体を無視して右腕に絡みついた。が、その魔法鎖が一瞬のうちに凍りついた。パキパキと音を立てながら全体が完全に凍る。後は簡単だった。
片方の双剣を一閃させる。魔法の鎖は凍っているため砕け散り、一閃させた剣撃がそこで止まることはない。腕を引いてスワネットの方へと突き出した。そして技の〈刺突〉を発動させた。一気に距離を詰め寄って逃げる隙をなくした。
スワネットは魔法で難を逃れようとしたが、〈無詠唱〉すら持っていない若輩者。すでに首を掴まれているも同然だった。
「速いッ!?」
「愚策だったのはどっちかな?分かったんじゃないかな、このシリウス・レン・ハクシュウ・クリウスには勝てないと!!」
王子は一歩だけ前に歩み寄るように踏み込んだ。それは一瞬の気迫は全てを飲み込んだ。スワネットの思考が暗くなっていき、何かに飲み込まれたような、目の前の王子が巨大な何かにも見えた。動きが硬直してしまって、成すすべなく剣が首に――。
――ピタッと止まってしまった。その一閃させた剣は氷魔剣、魔力すらも凍らしてしまうものだ。それで斬ったことが裏目となってしまったのだ。スワネットが身体に纏っていた魔力が凍ってしまって剣が止まったのだ。しかしそれでも砕け散った氷は魔力ダメージとなる。
スワネットはその場によろめいて倒れ込んだ。しかしその目には闘志が宿っていた。すでに王子の威圧を消しとばしていた。
「これでも魔法に精通している人間なんですから、負けるわけにはいかないんです!」
その言葉がある魔法の発動のキッカケとなった。魔法陣が薄っすらと王子の後ろに現れる。それは〈魔法杭〉。魔法陣から現れたのは一本の巨大な杭、ズズッという音が聞こえると次の瞬間には放たれていた。しかしそれを炎魔剣で受け止めていた。
王子は自身の魔力を流し込み杭を燃やした。ボロボロと黒く焦げ付いて崩れていった。その一連の作業が通常の魔剣士の魔力量をすでに超えていた。肩で息をし始め、口から何度も吐息を吐き出した。意識が少し朦朧として、足が下がっていた。
(魔力欠乏に近い症状。魔剣士だから魔力がもともと少ないのか……。もしかしたら、このまま遠距離でやれば勝てる?)
(俺の魔力もそろそろヤバいかな?詰め寄らないとな)
王子は双剣を地面スレスレまで下げた。背中を曲げて獣のような体勢となっていた。王子が扱える全ての魔力を双剣に集めていった。炎魔剣はドクドクと魔力を炎へと変えて、氷魔剣はパキパキと魔力を氷へと変えていった。それは炎と氷の一本爪となる。それは地面にも影響を与えていた。片や焼ける地面、もう一方は凍る地面となった。
スワネットはそれを見て目を細めた。二本の強大な力を持つ剣に心当たりがあったのだ。それは剣で思い出したといった方が良いだろう。それは三宝と名高い剣だろう。聖剣と対なる魔の剣は、それだけで国の宝となるのは至極当然であった。
魔剣、魔剣と言ってはいるが、それでもそれは国宝剣。この場にどれほどの期待をしているのかが分かる。それにはスワネットも笑うしかなかった。
「負ける気……負けてはいけない試合ですか……」
「分かってくれたかい?勿論だけど手加減なんてするつもりはないし、して貰うつもりもない。ただ、戦うというのなら怪我は負ってもらうよ!」
「〈魔法ノ強化〉〈魔法雨〉〈魔法衝撃〉」
スワネットの身体が紫の粒子を一瞬だけ纏う。試合会場に張られた防壁の中に大きな魔法陣が浮かび、そこから魔力の雨が降り出した。スワネットの魔力の回復が早まり、それは王子にも同じ効果をもたらした。そして不可視の衝撃が王子を吹き飛ばす。魔力で強化されたそれは通常のダメージ量を超えていた。骨が軋み、腹には――服の下のため見えないが――青あざが出来た。
ダンッという音が聞こえた。それは吹き飛ばされた状態から無理やり地面に足を付けた音だった。そしてスワネットをギロリと睨みつけた。その口角がニヤリと笑ってみせた。
「か、怪物ですか?あなたみたいな魔剣士は初めてですよ」
「そんなことを言われたのは初めてだよ。まぁ、褒め言葉として受け取っておこうかな」
「そうですね。王子様にそんなことを言える立場ではないですし」
「ほんと、この学校はそういう人が多くて面白いよ」
王子は――王家は三宝をまだまだ使いこなせていない。そしてこの試合はその修練のために入れられたものだろう。魔剣は聖剣と相対するとは言っても、使い手によってその効果の出力だって変わってくる。魔というのは本当の魔性なる者が使うような代物だ。そしてそれは魔になりきれない王子には、出力は三十パーセントと言ったところだろう。
スワネットが魔力にの残りを確認していた。その残量は後魔法を中級を二つ、下級を三つ放てば終わるだろう。魔力の回復も雨で速くなっているとはいえ、数秒が時間と感じるように遅かった。
お先真っ暗というのはまさにこの事だろう。勝てる兆しが見ることも出来なかった。
「上級魔法も使えない私は、いえ、それでも勝たなければならない。あなたと同じようにね。そうでもしないと約束が守れないから」
「だったら俺も同じさ」
そこで二人の空気は変わっていた。まるで歴戦の戦士を思わせるかのような気迫だった。初めの子供臭さは消え、思考は相手へとかけ巡らされていた。その視野からは小さな動作すら見逃さないだろう。
スワネットと王子はぶつかった。王子の魔力は尽きているため魔剣の魔力だけで身体を強化して走る。スワネットは残りの魔力をどこで魔法に変えて攻撃をするかを考えていた。王子は剣を振り回して無駄な体力を使うが、それもスワネットを追い詰めるためであった。
そしてスワネットは魔法を発動させた。それは紫を大量に濃くしたかのような魔法陣だった。それは異能の効果であった。〈解放する魔力〉。今この瞬間に獲得したものだった。
その魔法陣は〈魔法球〉だった。魔力そのもので作られたボールは、一気に巨大なものとなった。
「そのデカさッ!?」
今の魔力を空にするほどの魔力を注ぎ込んで発動させた魔法だ。解放とはすなわち全魔力の魔法化だった。最後の足掻きは簡単な魔法ということだ。そして辺りを閃光が包み込んだ。地鳴りの後に残るには荒削りされた地面とモクモクと辺りを隠す土煙であった。防壁には亀裂が入り、崩壊をし始めていた。勝敗の行方はその土煙が晴れれば分かるだろう。
防壁は崩壊して風が、試合会場を荒らしていった。そして土煙を払いのけるように風が通る。そこに立っていたのはスワネット。
そしてその首に双剣を向けていた。土で汚れようともその美が崩れることはない。そしてスワネットは両手を上げて降参、と教師と王子に向けて言った。そして力が顔から抜けているのが一目で分かった。
はぁ、とため息を吐いたと思ったら最後の力を抜いていた。勝ち負けという勝負が終わった為に頭の中が真っ白、と言うよりも頭が冴えていていった。全体を見えるようになり、友人であるアウラが泣きそうな顔で叫んでいるのが見えた。それが大きな声を出して怒っているのだろうと思っていた。それは頭がボッーとしていて何も聞こえないのだ。
そして回復員が来ているのが分かった。
「あの時、倒れていなかったら負けてましたよ」
それはほんの数秒前になる。魔法球が放たれる寸前で足を挫き、横に倒れ込んでいたのだ。そのおかげで右腕を小さな負傷だけで済んでいたのだ。その証拠にポタポタと血が流れていた。後ろから走っている回復員のほとんどは彼のためであろう。
その顔に疲れているのが分かった。血の流血のせいで少しだけ顔が青くなっていた。死人とまではいかないが、それに近い風貌となっていた。
「ッ!?」
王子は驚くが、声になることはなかった。肺にあった空気は全て出し切ったかのような、か細い声となった。王子はスワネットによって横に弾き飛ばされてしまったのだ。血が流れていない方へ倒れたのだが小さな運だろう。訳が分からないといった顔でスワネットを見た。
そしてスワネットは見ると胸の少し下に剣先が刺さっていた。そしてその剣を持っていたのは、王子を回復しようとした回復員だった。その回復員は驚いたような顔をしていた。
もし、スワネットが押し出さなかったら王子は剣の串刺しになっていただろう。そして驚いた回復員も串刺しになるはずだった王子が倒れて、勢いを落とした。そしてそのせいで目の前の女性を串刺しにすることは出来なかった。
剣を抜くと、心臓の近くとあって下からドパドパと血が流れていた。それは死人顔にするには適量の血は流れ出ているだろう。足を崩して地面にへと倒れ込んだ。
「おい、何をしている?早く王子を捕まえろ!」
そう言ったのは後ろにいた回復員の男だった。そして隣にいた男は顔を出してニヤニヤと暗い笑みを浮かべていた。そして剣を突き出していた男は、そのまま疲労困憊だった王子の双剣を振り落とし捕まえた。首に剣を突きつけて捕虜のようにした。
状況を把握した教師の何名かは動き出そうとしたが、試合観戦席から聞こえてきた悲鳴によって動きが止まる。それは黒いローブのようなものを着た暗殺者だった。それが剣を振るっているのが見える。そして剣を取り出した従者を切り捨てているのも見えていた。
しかし一刻も早く王子を助けようとした校長が、長剣を構えて突進してきた。しかし王子を見せつけると動きを止める。その後ろから暗殺者に剣を向けられた三賢者とレイン、リリ、回復員や教師達がこの試合会場へと連れられてきた。
「王子よ、話をしようじゃないか!!」
そう言ったのは命令を投げかけていた男だった。そして不気味な笑みを浮かべて笑い出す。
逃げて行った貴族の足音も聞こえなくなり、この試合会場だけを残してシンッと静まり返っていた。