冠王戦後と三賢者
冠王戦で限りなくボロボロになってしまった都市の宿で寝泊っている二人がいた。その戦いのせいで今は机に置いてある二つのランプしか明かりがない。それでも辺りを照らすだけなら十分な程、明るいのだが、すでに夜も更けてきて暗くなってきていた。ギシィとベットが悲鳴を上げる。
ベットに寝ている男はレインだった。戦いに疲れたのか部屋に入ると、すぐにベットに向かって行って眠ってしまったのだ。そして机にある椅子に座っている男は、マルスだった。人間がいる場所に来たのは初めてで、硬貨を一枚も持っていなかったためレインと相部屋ということになったのだ。レインが硬貨を持っていたのは死人から奪った金貨だった。
マルスはいつもの癖で上半身の服を脱ぎ去っていた。これでも彼は神器を持った人間だ。それはレインだとしても、侮れない武器となってしまうだろう。かつて神器を持ったプレイヤーが暗黒の魔王を倒したという情報もあるのだから。
「師匠、此処におるんか?」
「お話があるので、返事して下さーい。どうせ起きてるんですよね?」
「……寝てる?」
その部屋の向こう、扉の方から三人の女性の声が聞こえた。一人は強く方言が出ているもの、一人は何処かの教師を思い出させるようなもの、一人はあまり聞こえることがなかったが、けだるさが表に出たようなものだった。
その声に聞き覚えのあるレインはベットから起き上がり扉を開けた。ボサボサになった黒髪を手櫛でといでいるところ見て、三人は顔を伏せた。レインの顔を見ていれば分かるのだが、その顔に熟睡していたと書いてあり、表情にも眠気を訴えるように三人には見えていた。その三人の後ろにはレインの見知らない顔ぶりがあった。それは炎雷と呼ばれているAランク冒険者と呼ばれている者だった。そこには緊張しきった表情が浮かんでいた。
「此処にマルスはんが居るやろ?どうもこの二人が話をしたいって、うるさいねん」
「分かりましたから、少し静かに喋ってくれませんか?寝起きですから、頭に響くんですよ」
そんなレインの背後から話を聞いていたのか、頭を出したマルスの姿があった。勿論、マルスの姿はチラリと見えた限りでは、上半身から上の服がない半裸状態だった。
エミールとリリスが、その身体から目を逸らした。アメは変わらない表情でそれを見て、イタはそれを食いつくように見ていた。
「僕に用があるんですか?」
近くに置いてあった自分の服を着て、顔を出して覗き込みながら聞いてきた。ニコニコと笑っているが、レインから見てみれば黒い笑みだ。それが女性になれば好印象だが、男はどうしても感じ取ってしまう何かがあった。男だから、なのかもしれないが。
そんなイタ達の横でレイヤが頭を下げた。それは――貴族としてなら――普通ではあり得ない行動だった。イタ達からすれば、天地がひっくり返るような驚きがあったが、マルスが顔を変えることはなかった。
「俺を弟子にしてくれ。この通りだ!!」
「え……僕にですか?困りましたね、僕はそんな器ではないんですがね〜」
「リリスは他の師匠と修行に行くんだ、その間だけで良い。だから頼む!俺に技術を叩き込んでくれ!!」
リリスはこんなことがないようにと、家で頼んで貰った師匠に弟子入りすることになった。そしてレイヤは、近くにいた最高の人物を知っているため頼み込んだのだ。魔王に弟子入りする。それを聞いただけでプレイヤーを竦みあがらせることができる言葉だった。
「僕は嫌ですよ。そんなことをしたって、何の得にもなりませんからね。それに君は弱すぎ――」
「――マルス君」
マルスは急にレインが話しかけてきたのに驚き、言葉を詰まらせてしまった。
「あの冠王を逃したのはダメだったのでは?まぁ、強かったのは認めますが、マルス君なら倒せていましたよね?」
「そ……そうですね」
「それと冠王の部下は八冠を名乗っていました。その八冠も二人しか殺していません。探す人数を増やしておいた方が賢明だとは思いませんか?もし、そう思っているなら。弟子でも作って戦力を強化、してくれますよね?」
「僕、に、否定権はありませんね。分かりました。僕も男です。そのリリスという人が修行をし終えるまで、見てあげましょう」
「あ、ありがとうございます!!」
レインの言葉責めによってマルスは何も言えなくなると、レイヤの弟子入りを認めた。別にマルスもそこまで嫌だったわけではない。ただ教えることに苦手意識がある程度だったため、レイヤからの申し入れを断ったに過ぎない。それでもレインの言葉が後押ししたが。
マルスはレイヤを、そのまま連れて変えると一言言ったら帰って行った。もちろん、リリスも修行が始まると言ってレイヤと一緒に出て行った。そしてこの部屋に残ったのはレインと三賢者だけとなった。
レインはやっと眠れると思い立ち上がったが、三賢者の顔を見て椅子に座りなおした。そして話を進めるように手を振った。
「ええんか?ほんまに話しても、眠たいんやろ?」
「別にそこまで眠たいわけではありませんし、弟子の話くらいは聞きますよ」
「なら、私から話させていただきます。私達は王都剣魔学校で生徒に魔法学を教えているんです。それで王都まで行くことになるんですが、師匠も一緒に来ませんか?」
「――ん。メラメラ教えてる」
「…………分かりました。俺のことを師匠と言わないことを前提にしてなら行っても良いですよ?それがダメなら諦めてください」
三賢者達はお互いの顔を見渡すと、すぐにクビをコクコクと上下に振った。三賢者はすぐに断られると思っていたのだ。それなのに行っても良いと言われれば、驚いても仕方のないことだろう。
イタは言い忘れたことがあったと、手をポンと叩いた。
「これな、師匠の噂を聞きつけた学長から来たんや。やけん、うちらと一緒に行けば金は要らんで」
「分かりました。では、明日からで良いですね?流石に眠たいですから」
レインはそのままベットへと横たわり眠ってしまった。それを起こさないように、静かに三賢者達は出て行った。
出て行ったことを確認するようにレインは起き上がり、チラリと見ると、安心するように毛布を肩までかけて眠ってしまった。
レインの宿部屋から出た三賢者一行は、都市の大通りを歩いていた。今街歩く人は何処かの大工であったり、建築材料を運んだりしている者だ。そこに商人などは帰って行き、残った商人は偽善か、その程度での集まりしか残っていなかった。大商人と呼ばれる者達は、大きな都市に戻るか、王都に戻るかしていた。
しかしそれを責める者はいなかった。こんなボロボロの廃墟のような都市よりも儲かるところを知っている。飯を食べるためには、善人でいてはならないことを知っているためだろう。それでも一部の者からはヤジを投げられる。
それを見ながらイタが話し出した。
「ほんまこの世界の情報収集は早いなぁ。確か従魔の――」
言葉を詰まらせたイタに助け舟を出したのはアメであった。
「……〈郵送する梟〉」
「あの従魔はそれだけに特化してますもんね。私のアンデット達とはまた別の力を持っていて良いですよね」
「そうやな。うちの知ってるあんたの従魔は、そんなんに向いとらんわな。でも感染ちゅーんなら、師匠よりも――いや、世界一やで!」
大げさなオーバアクションで両手を振り上げた。イタはそこそこの岩魔法の使い手である。それはゲーム時代で中の上と言われるほどなのだから。これでも賢者という職業を持っている者なのだ。しかしそれでも足りない。変わった道を行かなければ。
エミールは変わった道を行った。変わった趣向を持っていたのだ、それはなんら不思議ではないことだった。ネクロマンサー、それは単なる死者使いではない。動死体感染を引き起こし猛威をふるった名だった。それは螺旋郷の亡者使いと。
歩いていると目的地に到着した。それは三賢者が寝泊まりしていた宿屋、幻影光と呼ばれる最高の場所だった。此処は被害が少なく、綺麗な外装を保っていた。
「それやけど、従魔師の最高職業はなんて言ったんや?」
「それは何とか使いでしょ。従魔の種族によって変わるんですよ。ちなみに私は“死者使い”という職業ですよ!!」
「……覚えにくさナンバーワン」
両扉を開けると、その横には巨漢の大男が一人ポツンと座っており、威圧的な態度であった。宿屋に入ると初めに目が向くのがその男で、次に向くのは受付嬢であった。入ってきた三人に頭を下げると、頭を上げる時にはニッコリと笑っていた。宿屋に泊っている人の人相をすべて覚えている受付嬢は、三人が寝泊まりしている部屋の鍵を取り出した。
「おかえりなさいませ、二〇三のイタ様ですね?」
「そうや、そうや」
その鍵をイタは受け取っていると、二人はイタよりも先に二階に続く階段を上っていた。それにイタは待ってやぁ~、と言いながら走っていった。階段をタンタンと昇っていき、すぐに二人が昇っている段に追いついた。
「……そう言えば思うところがあったんや」
「何がですか?」
「この世界は確かゲームの世界観で作られとった。なのに一人――一匹もモンスターの中に神と呼ばれるものがおらんのやろ?おかしいとは思わへんか?勿論、人間界に出て来とらんだけかもしれへん。でもな、堕ちた神なんかはどうや?この世界でも初めに死んだ神なんか?」
「確かにそうですね」
イタの話を聞いた二人は一瞬だが、足を止めてしまった。その時イタの足取りも止まってしまった。それはイタ自身も気付いていた。ある言葉によってエミールの趣向が異常になっていくことに。
エミールの興奮はそのまま魔力へと現れ出した。荒ぶる魔力は紫色の――腐食したような魔力が漂った。その異能〈腐食した魔力〉がネクロマンサーとしての存在力というものを強化していった。それは作成すら叶わなかった不死者を思い出したからだ。
「少し静かにしてくれへんか?」
「え!?あぁ、すいません。でも、言いたいことは分かりましたよ。その魔神がいるという事は神も必ずいるという証明になる。それなのに見かけないという事とはゲームの世界観という疑問が浮上する、そうですよね?」
「そういうこっちゃ」
「……完全なゲームじゃない。……本物の異世界の可能性が浮上する」
三人は今日まで、この異世界のことについていろいろと情報を集めていた。しかし何の成果も得られずに悩んだ日々の方が多かった。しかし師匠――レインにあったおかげで魔神の存在に思い至ったのだ。それでも今だ世界観を掴めずだ。
エミールは不気味に、クスクスと笑った。彼女を魔物として例えるのであれば、貴族死者であろう。もしも呪ノ魔法を強化していったとしたら、魔法死者と呼ばれていたかもしれない。そして〈腐食した魔力〉がそう言われる一つかもしれない。その理由は貴族死者の使う異能に〈黄金の魔力〉というものがあるからだ。
そこまで螺旋郷の亡者使いはゲーム時代に恐れられていた。
「……不気味のエミール」
「なんですか、それは!?」
「アメの言う通りやな。エミールはたまに怖い時があるんけん、彼氏が出来んのちゃうか?」
か、関係ないでしょ、と言いながらアメの口を塞ごうとした。それだけ昔――ゲーム時代の頃――に黒歴史となるようなことをしてきたのだ。そしてそれは“亡者の螺旋”と呼ばれる殺戮も、その一つだろう。
エミールの仲間になることのない、不死者をプレイヤーの死体で作成する大儀式のようなものだ。
「少し疲れました。私だって、別に好きでやってるわけじゃないんですよ?あれは師匠に言われたから……」
「うっさいわ!師匠に言われたけんって、やる方もおかしい言うとんねん!」
「うッ!私だって……」
そんな茶番をほっておいてアメはイタの持っている鍵を取って、一人で部屋の中にへと入って行った。
そして翌日、この都市から三日掛けて王都へたどり着いた。その時にレインが馬車――従魔で引かれているが――で行くことを知らされていなく、三日掛かったことに対して文句を言っていたのは別の話である。その王都は都市よりも大きく、煌びやかな風景がレインの瞳に映っていた。その馬車は王都内に入って行き、貴族街の城壁を通り過ぎると、王都剣魔学校へと着いた。
葉丸小話
話の流れが決まっていると、話の内容を小さくしてしまいます。冠王編、あれは最低二話書くつもりだったのに。
ここで五千文字書けたのは気合いですね。




