冠王
八冠との戦闘を終えたレインの横から家が崩れる音が鳴り響いた。そこから四人の人間が転がって出てきた。Sランク冒険者、最強と名高いパーティーが地を這い、頭から大量の血を流しながら倒れた。その中でも一番重傷なのがルーシュであろう。転がった位置から一歩も動かず、足が曲がらない方向に向いていた。血が辺りを染めて、その光景はまさに地獄絵図だった。
ルーシュは、その血に染まった目で崩れた家の先を見た。他の三人は気絶しているのにも関わらず、それでも意識を失わないルーシュの意思は“最強”からきたものだった。いや、Sランク冒険者としての意地なのかもしれない。
両腕で身体を支えて――足のせいで立てることは出来ないが――起き上がった。
「ゴホッ……。か、怪物が……お前みたいなのが、何故ここにきてまで頭角を現すことがなかったんだ」
あがっていた土煙が晴れてくる。そこに立っていたのは聖騎士鎧を装備した青年だった。
「弱い、弱すぎるよ。これが化け物と恐れられるSランク冒険者なの?だとしたらガッカリ――いや、僕が強すリるのか?」
「舐めるな、お前を殺すのに腕一つで十分だ!」
剣を杖に立ち上がろうとするルーシュは、すでに見られていなかった。青年は一人の男を見据えていた。
遥か上空から化け物を出したであろう人物と仮定し、相当の体力を消費したであろうに立っている姿には青年ですら、好奇心を隠せずにいた。そして騎士槍を持っている手の力が段々と籠っていく。強者としての威圧が周りに漂い始め、それは濃くなり、一瞬にして此処一体を覆い囲んだ。
勿論、傷を負ったルーシュは耐えきれずに気絶した。
青年はその男の前に――死んでいるだろう――倒れている二人を見た。それを見て、うすく口の口角が上がっていた。
「君がこの二人を殺ったのかい?」
「えぇ、そうですが。この二人――八冠、というものの仲間ですか?」
「残念、不正解。それは僕の部下である八冠だよ。僕の名前は、そうだな。冠王、とでも名乗っておこうか。それにしても君強いね。あの上空にいた化け物を出したのは君だろう?」
「温存しておくべきでしたね」
レインがそう言った理由は、〈素戔嗚〉は絶大な攻撃力を誇る極致であるため体力の減りが大きい。今のレインには下段を放つ体力しか残っていなかった。最悪魔法を使えるが、その場合は都市ごと消滅するような魔法を使わなければならない。何故なら、冠王のレベルは百。住む世界が――正確に言えば違うが――レインと同格なのだから。
この世界の一角を担う強さはあった。
「僕のレベルを見たね?くっくっく、レベルを見る異能が無いから残念だなぁ」
この世界でもレベル報告などはない。異刻者は別だが。そのため冠王は何度も鑑定士に頼みステータスを見た。レベルを六十を超えてからマジックアイテムになったが、何度も見て、自分の強さを極めていった。冠王ですら、知らない異能があったが、その中でも異彩を放つ職業があった。それは〈勇者〉である。
彼ですら知らない職業が導いたのかもしれない。〈魔王〉の元へと。
軽く地面に踏み込んで跳んだ。狙ったのはレインの足首。同レベルと思った冠王は、まずはレインの速さを削ろうとしたのだ。騎士槍を突き出し、少しだけひねった。速さが格段に上がり、グオンッという音が鳴った。先端が足首に届く寸前で止まる。
見るとレインの刀の刃で受け止められていた。発するのは冠王と同等なまでの気配。殺気だった。
「僕より凶暴な殺気だ!――これだから実戦は面白い!」
「俺と戦いたいなら、もっと平地に行きましょう!」
レインは冠王の頭を蹴飛ばした。ドゴンッという強烈な音が鳴り、冠王は大きく跳ね上がり地面を何度も転がっていった。数度、地面に手を付けてブレーキにした。ガッガッという金属と土の摩擦音が鳴り響いた。ピタリと止まり、そのまますぐに立ち上がった。
髪が乱れて、表情には青筋が走った。騎士槍を何度も振り回しながら鬱憤を少しだけ晴らした。筋肉は膨れ上がって、何度も呼吸を整えた。
「やるねぇ、少しだけ痛いかな?あぁ、だとしたら君もレベル百はあるのか。同レベルなのに、この程度とは……まさか君は魔法使いかい?」
「えぇ、そうですよ?」
(何故言うんだ?絶対の自信、戦闘慣れをしていない?魔法使いでこの威力……何故魔法を?)
レインはその瞬間に倒れ込んでしまった。魔人からのマジックアイテム、旋風との二人による戦いは、すでにレインの身体を蝕んでいたのだ。疲れてしまった身体には、すでに限界だったそうだ。それが現実と仮想の違い。完全な疲労、意識が朦朧とし出し、吐き気がする。〈意識覚醒〉の異能は意識が無くならないと発動しない。チェックメイトだった。
そのレインの前に五つの影が見えた。三賢者と炎雷だった。
「師匠は休んどき、ここからはうちらがやる」
「首川、骨一。出ておいで」
「業火で焼き尽くす。メラメラ」
骨一と首川が出てきた。それでも百レベルを倒せることはできないだろう。そして、炎雷の二人は何かが変わっていた。それは目付き、闘志というものが宿っている目だった。
「俺がバカだった。八冠なんかに負けて何がAランクだ、こんなんじゃない」
「そうよ、私達だって強いところを見せてやるわ。だから、だから、三賢者、あなた達の盾にでもなってやるわ」
「負けてから丸くなっとるやん。けど、お願いするで」
「――そうですね。俺も意地を張らないで変わりますか」
そうレインは言った。力が戻らない身体では、立ち上がるのが限界だった。仮面がひび割れる。そこに表情はない。真っ暗なオーラに覆われた化け物。それが立ち上がれる力の正体だった。
それを見た全ての者が竦み上がった。
変わらないのは冠王の表情。レインは、それを見て笑った。戦うのは自分ではない。周りにいる、自分と同格の存在である。レインはそれらを感知していた。
「変わってくれますよね、マルス君?」
「あ、僕に気付いてましたか、レインさん」
周りに散らばていた雷光が地面を走りながら、レインの隣へと集まり出した。バチバチという音と共に、それは人の形となっていく。闇のオーラと混ざり合ったような雷は、数秒と残すことなく、人間となった。そんなふざけた存在を彼らはこう呼んだ。“雷豪の魔王”と。彼らがそう呼び、歴史に名を刻むことで恐れを忘れないようにと、歴代のプレイヤーがそうしたように。
一歩、歩いただけだった。それだけでその足底から火花が散った。雷という高出力のエネルギーは魔法では出せないはずだ。しかしそれを覆したのがマルスだった。そのエネルギーは完全な光の速度を誇った。
「レインさんは魔法――範囲殲滅に特化しているんですから、一対一は苦手なんですよ」
「は、それを僕に言いに来たのかい?あんたが何者かは知らないが、今の戦いはそいつと僕との戦いだ。君が邪魔をしていいものではないんだよ?」
「僕がレインさんと同格の強さを誇っていますよ。それに遺産級のアイテムを持っていたところでねぇ?」
冠王はその騎士槍を突き出した。〈古代の一角〉の角を使った騎士槍は、その武器からもオーラを発するようになっていた。
他の人間は何がいるのか分からなかった。ただ雷が降ってきたような、そんな感じだ。レインとは違った少し少年じみた雰囲気を過持ち出すイケメンだ。彼が装備している武具でさえ、その雰囲気をあげる装飾のように見えてしまっていた。
「もういい、少し黙れ」
冠王は訳の分からない男に突撃した。どんな強さを持っているか分からないのに突撃するのはバカだ、しかし突撃してでも確かねばならないことがあった。突貫した槍の先端が男の腹目掛けて刺突した。それを簡単に避けられたのだが、冠王はニヤリと笑った。
――此奴に刺突無効はない!!
雷が集まり出したことで、物理の利かない雷人間かと思ったのだ。冠王は、その避けられた動きに合わせて連続で攻撃を叩き込んだ。足、首、胸などの個所を狙った攻撃は正確で、無慈悲な一撃だった。一度で三本の騎士槍にも見えた。それでも速度が足りないかのように、ヒラリと男は避けて見せた。雷の残光が空中に残り、たったの一歩で遠くへと離れていった。
勿論、その速度に追いつけることのできない冠王は虚空へと構えた。誰も居ない場所への攻撃。突撃に特化した騎士槍だからこそ、その速度がでるといった速さだった。しかし、それが当たることはない。
冠王は奥の手を使おうとしていた。突如虚空から男が召喚された。一閃――刃はないのだが――され、それが横腹に直撃した。
「いっぽおおん!!」
野球バットのように振り切った動作で直撃させていた。大きく弧を描くように跳ね上がってしまった男は、一瞬だけ硬直してしまう。それを見逃さなかった冠王は、技である〈突貫〉を使用した。纏わりつくようなオーラが一気に伸びる。それは物質となり、男の腹を貫き、まるで標本を飾るように突き刺さった。
そうなるはずだった。
しかし現実は違った。冠王の騎士槍が男の腹を貫く前に、黄色い雷光が走る一本の剣で受け止められていた。それはさっきまで何の能力も見せることがなく、輝いてすらいなかった剣だ。しかし今はどうだろうか。黄色いと言っても、神が発するような威光ある雷は、黄金色にも見えてきた。それこそ、雷豪の魔王マルスの持つ神器〈神鳴〉だった。
剣から発せられる雷が一気に大きくなった。それはマルスと連動するように――混合していったっと言った方が正しいだろう――大きく鳴っていく。地面が電熱によってジュッという音がなり、焦げていった。マルスの両眼が全体的に黄金色となっていく。それは瞳孔や、色彩などの仕切りが分からなくなり、単なる黄金にも見えた。〈神鳴〉も、刃が自然現象で起こるような雷と化していった。
「何が一本ですか?言ったでしょう、その程度のマジックアイテムを使って何が出来るのだと」
「う、嘘だ。あ……ありえる訳がない。これは最強の一角に坐する武器なんだぞ!?そんなちっぽけな剣程度に負けるはずがないんだ。あぁ、〈刺突〉〈突貫〉〈真貫〉」
冠王は騎士槍を突き出して軽い攻撃を繰り出した後、一気に物質化したオーラが飛び出した。その瞬間だった。〈真貫〉に備わった効果が間髪を入れずに発動した。大きく、この世界を包み込むようなオーラが槍形となり、ここ一帯を抉り取っていった。その先にあった瓦礫の山すらも削り取っていった。
それですら男には掠ることがなかった。
それに気づいたのは、戦いに入っていなかった冒険者達だった。都市の上空を覆うような黒雲が広がっていた。雷鳴が鳴り響く、雷が落ちる寸前の雲だ。魔法の〈雷雲〉で呼び出したものだった。マルスはそこから中級魔法を発動させた。その名も〈落雷〉だ、冠王の頭上から一本の太い落雷が落ちた。光の速度に追いつけるはずもなく、冠王は感電した。
「これで終わりだと分かりますか?それに僕は言ったでしょう?遺産級程度、と」
倒れ込んだ冠王もまだ意識があった。年齢の数だけ戦闘をしてきたため、強くなったと自負していた、そのせいで心が崩壊し始めた。突如として冠王の身体が光り出した。いや、身体と言っては語弊がある。冠王を包み込むような光は魔方陣となり、冠王の意志とは別に空間の中に逃げ込んだ。〈強制転移〉、級を一段階上昇させた〈転移〉で飛んでいった。
異変を感じ取ったマルスが一気に詰め寄って止めを刺そうとしたのだが、その前に空間に逃げ込まれてしまった。それでも振り上げた剣の力を止めることは出来ない。一閃すると、ヒュンという音より先に地面が斬れた。
「俺が言える立場ではないですが、あれは逃がすべきではないですよね?」
「僕のせいですね、すいません。この世界に来てから初めての戦闘だったので勘が鈍っていて、その、すみません」
冠王という強大な敵と戦っていても本気を出さない姿は、まさに“怪物”と言われる“魔王”に相応しいものだった。異刻者、すなわち時間を遡ってきた人間達だ。例えそれがゲームの世界だったとしても、それだけ戦闘の差は生まれていた。
その姿に息を飲み込んで見入ってしまった者達は、限りなく高い壁に少しだけ絶望してしまった。生まれ持った才能でも届かぬ力が、そこにはあった。
葉丸小話
レインは範囲殲滅型の大魔法使いです。『テラセルド』を呼んでいてくれた方は知っていると思いますが、レインは原初ノ大魔法使いです。レア職だけあってレベルの上がり方が遅いんです(そういう設定)。
それでも攻撃力は群を抜けてますがね。ちなみに“侍”は最上位職業です。




