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八冠-7

 此処は帝国シュバル、城壁に囲まれた王都は街並みも良く、三つ区域に分けられた王城、貴族街、平民街は王城を中心とした城壁で作られていた。その王城の横には、王城よりも少しだけ低い塔が建てられていた。

 風が強く吹き付け、寒い時期が続いていたが今日はやけに一段と吹き付けてくる日だった。そんな時でも帰還してきた騎士団があった。

 副騎士団長と騎士達で構成された団は、王都の近くで遠征をしていたのだ。そんな副騎士団長は、異刻者。勿論、反対の声――主に貴族からだが――があったが騎士団長が無理やり入れ込んだ。元々副騎士団長がおらず、決めなければならない時期と重なったのが幸運と言えるだろう。完全な騎士職でレベルは七十二、騎士団長より強い戦士ではあったが、技術、経験の差で勝てる強さだった。そのために遠征をさせられた、と言った方ががいいだろう。

 王城に帰ってもまだまだ王族を守る仕事があるので休めずにいた。それもあと少しで終わると思った頃、王座の間から轟音が聞こえた。


「あぁ、私のレイピアが輝いているぞ!!皆の者、これが私の華麗なる剣劇だ。目に焼き付けておくのだぞ!」


「「「はッ!!!」」」


 右に長く伸びている髪をサラリと巻き上げた。フワリと髪がなびき、キラキラと輝く星が見えた気がした。そんなふざけた男に見えるが、王城に穴を開けた本人だった。そしてそんな男に仕えている三十人の黒装束は、八冠所属の部下達だった。この性格にも慣れていた。

 そして副騎士団長が駆けつけた時には、床に横たわる騎士団長、騎士達、刃が奇妙な形――二つに分かれて刺又の幅を狭くしたような――になっている槍を構えながら、頭から血を流している王がいた。剣を握っていた力が強くなった。

 その後ろから三人、第一皇子、第二皇子、皇女が駆けつけてきた。勿論、それは王族がとるべきではない走るといった行為をしながらだ。王者たるもの、いつも余裕を持つべきに反した走り方だった。


「三人共ッ!!此処から先は通せれないぞ!ナルシスト野郎、俺が相手になってやる!!」


「何を言う、ガジル。父上が戦っておられるのだ、ならば私も戦うまでだ!」


「俺も同意見だ!!」


 皇子以外の皇族が戦おうとしている。これはあってはならぬ事だった。これにより騎士が信用されていないと思われ、民達から馬鹿にされるかもしれない。それだけは勝った後のことを考えて、行動しなければならなかった。良い意味では父親思い、悪い意味では何も知らないガキだ。

 聞き分けのない子供に言い聞かせるように、二人に背を向けて威圧した。小さな威圧だったが、それでも変な感触が二人を襲った。一歩も動けずに、皇帝を助けたいという感情から下がれずにもいた。


「俺達がやります。此処は王城、守る立場の者がいる。テメらッ、起きてサッサと働け!」


 重傷を負っている騎士団長は絶対に起きれない。しかしその横で散らばるように倒れていた騎士達が剣を杖に立ち上がった。ボロボロだ、それでも立ったのは自分達が何であるかを知っているからだ。負けるわけにはいかない。そんな言葉が頭によぎっていた。倒れこみそうなものは膝を床につけながらも敵を睨む。彼らの胸元にある“王族直属護衛騎士団”のシンボルマークに誓ったのだ、絶対に皇族を守ると。そのために鍛えられ、技術を高めてきた。そしてこの有様なのだ。ならば肉壁にでもなろうと、立ち上がる。

 副騎士団長、ガジルもそれに答えるように前へ出た。立ち上がる部下達を誇りに思いながら。


「ふッ、この私を引き立てるためにありがたいな。だが、この旋風にはまだ届かないな!」


 細剣(レイピア)をオーバーに一閃した。その斬撃は風に乗るように辺りを攻撃した。その風の中に入っていた騎士達を切り刻んでいった。勿論のことだが、部下達には当たらないように操作してある。

 細剣(レイピア)を顔の前に持っていき、刃先を上へ突き立てた。それは自分を演出するように、またオーバーにしていた。

 騎士鎧を着ていないかのように、軽やかな足取りで副騎士団長は旋風に向かって走り出した。その手には煌剣と呼ばれる、金で作られた剣だった。振り上げた瞬間に剣が煌き出す。その動作は非常に大振りで、隙だらけだった。右頬に旋風の拳が入っていた。


「ふふふ、異刻者か。あれは自分の力に過大評価をする者が多い。そこさへ突いてしまえば敵ではない!私のレイピアがまた輝き出すだけだ、いや、この輝きで私の目でも潰そうとしたのか?だとしたらなかなかの策士であるな」


「……ギチッ」


 そんなことを聞いてしまったガジルは、歯を大きく鳴らしてしまった。大きなダメージにはなっていないようにも見えたが、それは大きな間違いだった。かろうじて身体を引いて威力を下げることができたが、頭がクラクラとし、視界に移るもの全てがグニャグニャと変形する。頭を何度も掻き乱されたような一撃となっていた。それでも倒れないのは騎士としての意地で、休憩をすれば治ると分かっていたからだ。しかしそんな時間まで敵が待ってくれるかだが、お互いに動かない時間が進んだ。

 先に動いたのは旋風だった。風で跳躍したため軽々と跳躍し向かった先は皇帝のもとだった。ガジルが守ろうとしたが痛みで倒れる。


 黄金の光が王の間を照らし出した。


 黒装束達の後ろにそれは現れた。

 黄金の扉。重厚感があるそれは綺麗な〈転移門(ゲート)〉であった。二つの扉の後ろには二枚の羽を宿した天使が抱きついていた。その天使の顔はどこか幼かった。その天使が開けているようにも見える門は、ゆっくりと開いた。そして普通黒い空間が広がるものだったが、その中も黄金に煌き出していた。その黄金から出てきたのは、その門に似合う女性だった。


 それは息を呑むほどの美女だった。知らない者は魅入ってしまい、知っている者は安心した。ただ一人知っている者の中で恐怖した者がいた。


 その女性が王の間へ入った瞬間、三十人が一気に荊棘へと飲み込まれた。一瞬だった。荊棘の中で苦しむ声が聞こえない。いや、それが当然だった。その荊棘に入った三十人はすでに生きてはいない。それが荊棘から滴り落ちる血が物語っている。そんな光景を作り出したのは皇女が偶然雇った女性だった。

 薄っすらと笑う顔には母性があるような、そんな表情に見えたが、それは王女だけだろう。その表情から語れるのは人を殺しても笑顔を絶やさない残忍な人間。これが正しいだろう。


「あら?私の可愛い主人が怯えているわよ?誰がやったのか分かる?」


「ふふふ、だとしたら私の美しさにこわ――」


「――そう、もういいわ!」


 旋風の横を走りすぎた頃に、やられた本人以外気付いた。旋風が大きく跳びかすり傷で済ませ、旋風ですら反撃をできなかった。頬からツゥーと血が流れる。それを手で拭うと、細剣(レイピア)二、三回上下に振った。それでも空中にいる動くのは数秒先だと思った瞬間、旋風は空気を蹴り突撃した。

 間合いを詰めるのに、これ以上ない隙のつきかただった。しかし女性はそれを片腕一本で止めてみせた。細県(レイピア)の刀身を掴んで止めたのだ、それで女性の筋肉が一般男性以上だというのが分かった。


「私の華麗なるレイピアを止めてくれるか。……何故ここまで強いあなたが帝国などに?」


「あなたに言うつもりはないわ」


「ふふふ、この帝国には魔法師団があります。何故今になっても来ないのでしょうか?それは皇帝が馬鹿、だからですよ。使者の伝言をろくに確かめもせずに、信頼ある四大貴族というだけで師団全てを行かせた。平和に浸かりきった、平和ボケの皇帝に仕える意味でもあるのですか?」


 旋風はそれを皇帝に言いつけた。平和という名に浸かりきった頭に、教師が生徒に向かって教えるといった言い方で侮辱した。誰も言い返せれない。それは皇帝の騎士達も、いや、事実を言い負かすことなんて出来なかった。

 それを女性は退屈そうに聞いていた。何の表情の変化もなく、ただそこに立っているだけのような表情だった。


「はぁ、あなた勘違いしてるわ」


 深き笑みが溢れる表情に旋風はゾッとした。何かが違う気がした。もっと根本から話がズレているような――それも勘でしかない――そんな異物感のある、深い笑み。そして気付いた。〈転移門(ゲート)〉一つの魔法を改造できる存在が、どれだけ国に影響を与えるかと、そんな人物は――表に出ていないだけで実際はいる――国がどうこうするレベルではなかった。

 勿論、この事を知らなかったのは、旋風だけじゃない。皇帝だって、女性を雇った皇女だって知らなかった。魔法の改造、魔改造とでも言うべきか、それをやった女性に恐怖すら湧いてしまう。


「私はねぇ。皇帝に仕えているわけでも、皇帝に雇われたわけでもないのよ。私はシルク・ミール・シュバルに雇われたの」


 全員の視線がシルク第二皇女へと向く、幼い顔立ちだが、今年で十三になる年齢だ。英才教育も受けて普通の十三才よりも大人びてはいるが、まだまだ子供。四大貴族のどれかの息子と結婚して欲しいが、皇女の姉に何もしてやれなかった皇帝は、シルク皇女に好きな人と結婚させてやりたいと思っている。

 そして女性へと向き直った。赤い薔薇の花びらが舞っていた。綺麗な女性には美しいが、あれすらも魔改造されていると気付く。


「私の薔薇魔法で死になさい。〈薔薇球(ローズボール)〉〈薔薇園(ローズ・フィールド)〉〈付与(エンチャント)青薔薇(ブルーローズ)〉」


 赤い薔薇の球が放たれるが、それは簡単に躱される。

 赤かった薔薇が青くなり、効果が増える。 その効果は〈蒼き不可能〉上段から上の(アーツ)が使えなくなる。それは女性が発動した魔法領域内と広くなる。勿論のことだが女性も使えなくなる。

 そしてもう一つの効果〈蒼き奇跡〉によって軽く一閃した斬撃が、青い薔薇がまとわりつき大きく、そして強化されて飛んだ。それを旋風が細剣(レイピア)で防ごうとするが、花びら一枚一枚が斬撃となったそれを防げれなかった。


「ぐッ!私は、私は旋風のジン!八冠が一人、最高の男である。そんな私は馬の骨などにやられるほど弱くはない!しねるかぁぁぁ!!」


 旋風ジン、かつては傭兵最強の名を世界に轟かせた男だった。冒険者のように統制はされていない輩のようなものが多いが、冒険者のように低ランクの者がいるということはない。金、それさえ払えば従順な僕のように働いてくれる。そしてその中でも最も強いと言われていたのがジンだった。そんな昔の二つ名が“百戦錬磨”のジン。

 そんな時に誘われたのが八冠だった。世界を渡り歩いたジンが、やっと腰を座らせることの出来た居場所だった。


 もう一度空気を蹴り飛ばし、女性へと細剣(レイピア)を向けた。同時に女性も動いていた。ジンの首のギリギリを、細剣(レイピア)で一閃する。血が噴出し、辺りへ飛び散った。自分の血溜まりへ倒れこむと、ピクリと足を痙攣させる。すでにジンは死んでいた。



 それを副騎士団長が足を震わせて見ていた。歯をカチカチと言わせて、身体全体で女性への恐怖というものを語っているようにも見える。腰から力が抜けても、目の前の現実が変わることはない。目の前にいる“魔王(現実)”からは逃げれないだろう。


「な、なんであいつがこんな場所に居るんだ?何かの間違いだよ、な?」


 副騎士団長は、震える声で誰かに問いかけた。それに答えるように皇女へと振り返る女性。ニッコリと笑うと、知らない者からすれば、うっとりとしてしまう表情だが、それだけでこの場にいる理由を思い出した。


「私は例え、サラさんが何者であろうとも後悔しませんよ。副騎士団長ガジル、文句があるなら私に言ってください」


 皇族らしく、堂々と、王族たる風格を持って言った彼女の姿にガジルは何も言えなくなった。そんな姿を見たガジルは、何故か安堵してしまい肩から力が抜けた。いつも通りに騎士らしい表情になると、片膝を床にへとついた。右手を胸にあてて深く頭を下げる。


「畏まりました。あなたがここまで言うなら、もう聞くことはありません。しかし彼女は“荊棘の魔王”と恐れられる存在。それだけは伝えておかねばなりません」


「魔王……実在していたとはな、皇帝になってから初めてだ。こんなに考えさせられたのは」


 サラが魔王だと知られた。硬く固定されていた歯車が回り出すように、八冠という古い歯車を切り離すことで、世界は動き出したと言えるだろう。これにより世界は激動の世を作り出していくことになる。

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