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八冠-6

 都市からまたも離れた森の中、そこに三人の人間が辺りを警戒しながら進んでいた。


 一人は女、軽装備で身を包んだそれはどれも一級品のマジックアイテムだった。武器は槍と、森には似合わないものだった。その腰には人間と思われる三つの頭蓋骨を下げていた。


 そしてもう一人は男、こちらは大事な箇所などに鉄の板で守り、軽装備ながら守りに特化している部分があった。あおの手に持っている剣は、単なる鉄の剣ではなかった。魔素鋼(ミスリル)を使った特級品だ。


 最後の一人は老婆だった。腕は細く皮だけのように見えるそれでも生きた人間だった。装備は――重たすぎて――しておらず、上からローブのようなものを羽織っているだけだった。それでも歴戦のそれを感じ取ることがあった。


 その老婆に合わせて行動しているため、予定よりも遅い時間で森の中を歩いていた。マジックアイテムの光で辺りを照らしてくれるのでありがたいが、それでは森の奥が見えないという不満は飲み込んだ。この森には夜行性の魔物が多く、あまり光を好まない性格の魔物が多いためだ。それでも警戒を怠るのは戦士――戦う者として失格だ。しかしそれを老婆に言っても仕方がない。


「この辺りは魔物が少なくて良いねぇ」


「私はそれでも警戒してるの、邪魔しないでくれる?それを商人のあんたに言っても仕方のないことかもしれないけど、うちの旦那達もウザがっているわ」


「僕ハ、大丈夫ブ。警戒シテル」


「それが当たり前よ!!こっちは雇われてるんだから」


 カタコトで喋る男は元々は奴隷だった。ある日、奴隷の部屋から抜け出した時に力を認められて、八冠に入った“呪剣”サークスだった。知っている単語を並べたような話し方が、彼の精一杯の話し方だった。そんなことは二人は知っているため何も言わないが、イライラしている“狂婦”マリオネはその喋り方にも苛立った。そんなマリオネを見て笑う“屍会”のシュハーにも苛立っていた。

 それでも腰につけた頭蓋骨を優しく撫でていた。


「あら?わたくしの警戒網に入らなかったのかしら?」


 突然掛けられた声に、まるで時が硬直してしまったような時間が流れる。それでも足の先から頭の天辺を、じっくり――悪くいうなら実験体を見るように――と見た。ドレスと軽装備を合わせたような装備が印象的で、双剣を持っていることから剣士だというのは予測できる。しかしそこから先が予測出来なかった。

 何故彼女は此処にいるのか、何故こんな時間にこんな場所にいるのか、何故という言葉が何度も繰り返し頭の中で連呼する。それほどまで予測の出来ない存在だった。


「困惑はしないほうが良いですわよ!」


 ゾッとするようなおぞましい笑顔をしたと思った瞬間、三人に向かって飛びかかってきた。勿論、彼女に何かした思いはないし、襲われる意味も分からなかった。ただ一人を除いては。マリオネは、襲いかかってきた女に自分と同じ匂いを感じた。しかし一つだけ違うことがある。それは戦闘力の差だった。

 飛び込んだ女は、まず初めに屍会に行った。魔法使いとして成長している者に、その速度は追いつけない。声すら出すこともできずに首が飛んだ。屍会の体は崩れ落ち、その血を浴びた女はより真っ赤になる。


「僕ガ相手ダッ!!」


 鍛えられた筋肉とは比例せず、その剣撃は戦士の風上にも置けないものだった。単なる力による剛撃、フェイントも斬るという行いすらもしていなかった、その攻撃は女に当たるはずもない。しかしそんな剣撃でも人を、戦士を殺してきた。それだけ生まれ持った力というのは強大だった。


 元奴隷、教えてもらったことは話すことくらい。それも同じ部屋に入れられていた少年に、だ。だからこそ一人称も僕で、喋れる単語が少なかったのだ。そんな彼が奴隷をやめたのはある事件のせいだった。命令を勘違いした彼は暴走し、あろうことか命令を出した者まで皆殺しにしたのだ。殺される予定だった。しかし普通に鍛えていれば騎士にもなれた彼は、その噂を聞きつけた八冠に誘われた。


「そんな力に任せた戦い方じゃ、わたくしを倒せませんわよ!!」


 サークスの両腕が斬られる。すると斬られた腕に尋常ではない痛みが襲った。その痛みはこれまで味わったことがない、想像を絶する痛みだった。声すら出せない。人間が極限まで来ると意識を手放すというが、それを叩き起こすかのように痛みが走る。四、五回ジタバタと暴れると、力を抜くように死んでいった。


「ねぇ、私を見逃してくれない?もちろん欲しい金額を出すわよ?二百金貨、それとも十大金貨がいいかしら?」


 マリオネは勝てないと判断した。いや、勝てたとしても重傷を負う結果となる未来しか見えなかった。一人での戦いを得意とする彼女でも、今のデメリットを含めれば強さは半減するだろう。

 彼女には、異能(スキル)でもなければ魔法でもない特殊な才能を持った人間だった。それは異常な発達を遂げた“視覚”能力。彼女の前では全てが遅く見える世界なのだ。普通の人間では使いこなせないもの、しかしそれを異能(スキル)によって使いこなせるようにした。〈完璧なる眼(パァーフェクト・アイ)〉とも言うべき力となった。そしてそんな彼女の眼でも追えない速度の攻撃だった。


(追えなくはないけど、此処での本気はマズイでしょ?)


 都市から離れたと言っても、衛兵団を出されれば追いつけないような距離ではない。そんな場所で戦闘を起こし、森に響くようなことではダメだ、そして勝って重傷を負えば衛兵から逃げる事も出来なくなるだろう。

 その速度は侮れないため槍は構えたままだ。軽鉄と呼ばれる金属で作ったそれは軽く女性でも簡単に振り回せるものだ。彼女の相性にあった武器と言えるだろう。


「あなたも此処での戦闘は避けたいでしょ?」


「……戦闘?わたくしは戦闘をしにきたわけではありません。ただ、あなたがわたくしから逃げ惑えばいいのですわぁ!!」


「私を舐めないだくれる?これでも八冠の一人なのだけど……そう、狂婦のマリオネと言えば分かるかしら?」


「残念、存じ上げないわ」


「私の夫達もあなたに怒ってるわよ!!」


 マリオネから仕掛けた素早い刺突。胸を狙った攻撃は空振りに終わる。しかしマリオネはそれでは終わらない。〈乱撃〉を使用した。振り回し、何度も突き、振り下ろし、辺り一面が槍によって壊されていく。立っていた木も何本か倒し少しだけ平地が作れると、その攻撃をやめた。全ての攻撃をかわした女を睨みながら。

 女は蛇のような笑みを浮かべていた。それを見たマリオネは背筋に冷たい何かが這い寄った。


「あいつの真似をするには癪だけど――」


 目の前の女がつぶやいたが、マリオネの耳にまで届くことはなかった。両手をゆっくりと広げ、持っていた剣は刃を下に向ける。ゾクゾクと毛が逆立つ。


「わたくしから逃げればいいの。だって、あなたはわたくしよりも弱いんですもの。わたくしの名はアデラ――殺戮の魔王ですわぁ!!」


「それで怖がると思っているの?あなたは間違っているは、私に勝てるはずがないですもの。私の名はマリオネ――八冠が一人、狂婦のマリオネよ!!」


 マリオネから恐怖という二文字はすでに何処かへ消えていた。あるのは敵が誰であろうと潰す、八冠最恐のマリオネという存在だけだ。勝つと、一度決めた思いは心に刻まれる。鼓動が速くなり、アデラの動きのブレさえ見逃さない。完全な闘争の化身と化した。

 マリオネは一本踏み出し突きをを放った。


 ゴオンという音が鳴った。


 突き放った槍は轟音を出し、アデラの頭を狙い攻撃した。それをアデラは避けるまでもなく、剣をクロスにし槍を頭上へと持っていった。しかし槍は頭上から振り下ろされる。例え刃がなくとも、それに当たればダメージものだろう。ヒラリと右へ避けた。


「チッ!」


 マリオネは思惑とは別の行動をされたことへ舌打ちをした。しかしもっと別の何かに警戒しろと、本能が訴えてきた。それも考える暇が、あればだが。

 アデラは〈肉切り包丁〉へと切り替えた。肉を切り裂くことに特化した剣は、この戦いでは不利に思えてしまう。それでもアデラはそれを使用しようとした。包丁は血を欲しているようにカチャカチャと震えていた。


 間合いを詰めようとしたアデラに対し、マリオネは間合いから距離をとろうとした。それは槍使いとしてはあってはいるが、この平地を離れることは愚策だろう。それでも――数メートルだけでも――アデラから距離をとった。

 槍が形状を変化させ、その刃はメラメラと燃え出した。


「〈炎刃〉〈渾身〉」


 槍を一閃させた。槍であるからこそ、たったの数歩で近づいたアデラに攻撃を仕掛けた。アデラはそれを予測していたかのように包丁で受け止めようとした。ゆっくりと目で追っていた燃える刃に、包丁の刃で防御しようとした。


 スルリと刃はもるで切れない物質のように通り抜けた。


 通り抜けた刃がアデラの胸元まできた。防げれると思っていたアデラの動きは一瞬固まる。それが致命的なミスとなってしまう。


「〈刺突〉」


 突き放たれた槍は形状をそのままに刺さろうとする。炎が槍の先端を真似るような形になり、炎はよく伸びていた。それが止まることはない。伸びたと同時にアデラの肌が焼ける匂いがする。軽装備が凶と出た瞬間だった。歯をギシリと鳴らし、痛みに耐える。その目は酷く血走っていた。

 その攻撃は乱暴だった。子供が適当に剣を振るように、アデラも所構わず振っていた。剣撃は的外れなものから、的確にマリオネの顔に狙うものまであった。怒りをそのままエネルギーと変えた、そんなところだろう。


「〈双極の舞〉ですわぁァァ!!」


 アデラは自身の思考が二つに分断されたような、感じたことのない感覚が襲う。物理時数は増えてはいないが、精神的感情などは増えたのが分かる。一人で二人の考えが話し合っているような、そんな感じだった。

 二つの意見は高速で処理され、()()()()()()()、次の行動へと取り掛かった。〈未来視〉、殺戮の魔王が所有する異能(スキル)の一つであった。


「あなた――高次元の予測でも出来るの!?」


 マリオネはアデラと剣――ではないが――を交えることによって、それに近い答えを導き出していた。槍を構え直し、〈炎刃〉の効果が切れる。体力も削ったせいで呼吸が難しくなる。マリオネの限界が見えて来ていた。

 それを見たアデラは笑う。自分の強さが分からなかった無能と。しかし口には出さない、何故なら少しでも傷をつけられたからだ。無能と言っては、自分のプライドが許せない。


「――あれ?」


 アデラはこの戦いにおいて本気は出さずにいた。いわば油断をしていたのだ。そんな彼女を本気にさせた、マリオネを数秒も掛からずに斬りかかっていた。捉えることのできない動きで。

 マリオネの距離がゼロ距離になっただろう時に、アデラが一回転する。頭上を通り、そのまま華麗に地面へと着地した。左手に持つ包丁に血を滴らせながら。

 マリオネは右肩から大量の血が出ていることに気がつくと、軽いはずの槍がズッシリと重くなったように感じる。直後、想像絶する痛みが彼女に襲った。それに耐えきれず地面に倒れ込み、右肩を押さえながら暴れ出す。


「――ッ!!?」


 地面と近い位置に鼻があるため土の匂いを嗅ぐ、それとは別に他の匂いも嗅いでいた。それは“死”自分の前に濃厚な死がやって来たことにより――そんな匂いを嗅いだ気がするだけだが――嗅ぐことが出来るものだ。暴れていたせいで顔、装備、槍などにも土が付着する。

 そんな姿になってから気付く、逃げればよかったと。涙が溢れそうになるが、腰に縛り付けてある頭蓋骨を見てそれをやめた。足が震えて体から力が抜けていく。そして血が抜けたことにより、急速に身体が冷えてくる。

 死の前兆。マリオネはもう助からないだろう。例え魔法という概念があるこの世界でも、いや、〈蘇生〉を使えば生き返るがそれとはまた別の話だろう。

 意識が薄れていく。


「あ……嫌だ、死にたくない。私は……まだ、い……きた……い」


 震える手で遠くへ行きたいと伸ばす。少しでも“死”から逃れたいと、ほんの少しの力を振り絞り手を伸ばした。愛する夫とずっと一緒に居たいという気持ちで三人の夫を殺した時のように。気持ちが高まっていく、口から血を出しながらも動こうとする。

 逃げようとするマリオネを見守る者は誰もおらず、こんな状況を作った者も、森の静けさとともに消えていた。あるのは手を差し伸べたまま死んでいる死体だけ。静かに時が進んでいった。

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