八冠-3
ヴァルゴンの首が引きちぎれるように折れた。それも技、異能、魔法すら使っていない人間がやったのだ、他の者達からすればそれは人外の所業。細い筋肉、ヴァルゴンよりも細い腕でやったのだ。しかしその装備で見ることは出来ないが見たとしても、その細い筋肉は少し鍛えられた程度に見え、収縮された大量の筋肉が合わさったとは思えないだろ。
そのレインの筋肉を天陽は直感、本能でそれを察知した。初めは油断していた、勝てると、こんな奴は敵ではないと、そう思っていた。しかしその考えはすぐに捨ててしまっていた。今天陽にあるものは強き者への闘志だろう。
腰を少しだけ落とし、天陽は簡単な構えをとった。刀の柄を持ち〈抜刀〉の出せる行動をとっていた。
(ヴァルゴンは籠手を装備した時に油断した。だが、俺はそうはならない。来るが良い……お前の首を断ち切ろう)
「このまま行けば抜刀で攻撃ですか……。俺も武士として相手しますよ」
「ほう、ありがたいな。俺の名は神閃天陽、刀で最強を行くものだ」
「レイン。ただのレインで良いですよ」
武士としての互いの名乗り合い。そこに誰も入る余地すらなかった。武士対武士の戦い、いや、武士対魔法使いの戦いと言った方が正しいだろう。二人が、そこにいるのは常人ではないことが本能が教えてくれた。
いつのまにか天陽が構えをといていた。そこにはまだ闘志が残っているにも関わらずだ。
「これを見てくれ……村でやられたんだ」
そう言って天陽は左腕の袖を上げて巻いていた包帯を解いた。その包帯から見えたのは火傷と、切り傷だった。その傷は普通の温度で焼かれたもではなかった、それは回復をすることができないだろうという火傷跡だった。切り傷は治ってはいるものの、他の皮膚と違い斬られた跡がくっきりと残っていた。
「これを付けられた時は内心驚いた。この俺が訳の分からないもので傷つけられたってな。当時俺はレベルが四十前後ってところだったんだが、今の俺があるのはあの夫婦のおかげだな」
「その夫婦は?」
「後ろから同時に殺したよ。あぁ、子供は殺してはいなかったな」
その時点ですでにレインは聞く耳を持ってはいなかった。こいつのせいで自分が疑われたのかと思うと、レインは無性に苛立っていた。間合いを詰めて何度も刀を打ち込んだ。それを天陽は難なく受け止め、反撃したりと数秒の攻防を続けた。攻だけならレインの方がうまい、しかし攻防と両方を見るのなら天陽の方がうまい。このまま攻防を続けるのなら天陽が勝つだろう。
その攻防で一瞬だけの隙をついて天陽が五歩ほど後ろに退いた。
「〈加速〉〈超加速〉〈伝達加速〉〈細胞活性化〉〈思考加速〉〈動力肉体〉。これで俺は神閃と呼ばれる二つ名を手に入れたんだ。凄いと思わないか?」
「俺からすればあまり変わっているようには見えないのですが、小さな変化に動作が必要ですか?」
そう言ったレインは〈無動作〉で技を発動させた。
「ここまでの技が使えない嫉妬か?お前がヴァルゴンを倒すほどの人間だというのは理解したつもりでいる。だがな、あんまり調子に乗るなよ?」
「調子に乗る、ですか。それはあなたのことを言ってるんですか?」
「思い上がるのもいい加減しろぉぉぉ!!」
天陽は一歩踏み込み飛んだ。それは言葉通りに中空を飛んでいた。技で異常に強化した結果、その一歩だけでの力でレインの頭上に転移するように現れた。
天陽は軽く腕を動かして攻撃を仕掛けた。その攻撃はプログラムされているような、そんな機械的な攻撃だった。その攻撃を防いでいるレインもなかなかだが、勝ったのは天陽だった。
「〈一閃〉」
神閃と呼ばれるだけはある攻撃は、装備の薄いレインの右肩を斬った。よろめいたレインの前に着地した。
「軽い、軽い、軽い、軽いぃぃ!!」
頭上からの一閃、真横斬り、斜め斬り、一刀両断、目を逸らした時の死角からの一撃、その全てがレインを襲う。それは一つ、一つの攻撃だが、速すぎる一閃はそれだけで技となっていた。マジックアイテムで強化されたヴァルゴンと同じように。
「どうした!守ってるだけじゃ勝てないぞッ!!」
「守っていたらいつかあなたの体力の限界が来るのでは?」
「その前に殺してやるさ!!」
そう言った天陽は内心焦っていた。神閃と呼ばれるこの技は非常に燃費が悪い。レインに言われた通り、ずっと守られていたらいつかは神閃も止まってしまうのだ。
天陽の汗ばんだ手で柄を握り直して、一度距離をとった。流石に疲れが見え、肩で呼吸をしているのが分かるほどだった。呼吸を整え、刀を構え直す。
「ふん、手加減でもしてるつもりか?はぁ、はぁ、俺はいつでも闘える状態だぞ?」
「そう言いながらも疲れてますよね?それにあなたには少し絶望というものを見せてあげますよ」
「上から目線も大概にしろ……。もう一度言うが強いのは分かった。でもなぁ、お前ぐらいなら八冠には何人もいるんだよ」
呼吸も完全に整った天陽は、身体から溢れんばかりの力を操作した。それは自分の力の制御に近いが、そうしなければ無駄な体力を使う羽目になってしまうからだ。
レインを凝視する。その目には一流の戦士ではあるが、一流止まりであるレインの動きを捉えていた。
何故?
そんな疑問が天陽の脳裏に浮かぶほど、技を使ってこようとしないレインを疑問に思った。彼は両親が死ぬまで刀術の英才教育を受けていた。子供の頃から傷が絶えず、日々を生きるために技を使って耐え忍んできた。そして他の戦士達も技を使い、死地を乗り越えたという話を耳にした。それなのに一向と使わないレインに疑問を持たざるおえなかった。
(何か秘策がある?もしくは本当に“絶望”とやらを見せてくれるのか?……まぁ、いい。それを正面から叩き潰してやろう!)
天陽は、残りの効果時間――頭の奥底で理解しているそれを――を判断して、短期戦へと持ち込むことにした。その中でも自分だけしか持っていないと言っていい〈動力肉体〉は、もっとも適切な身体の動かし方をしてくれる。一歩踏み込んだだけで間合いを詰める動きは、丁度レインの目の前へと来ていた。
刀を振り下ろす。その一瞬の動作をレインは見極め受け止めていた。それに驚く天陽は、動きに乱れが生じる。ズレた攻撃はレインの肩に向かったが、レインの剣撃の方が速く天陽にとどいた。
「ぐッ!?」
「お、とどきましたね。技すら使ってないですよ?」
天陽は後ろへよろめき、斬られた左肩を抑えた。鎖帷子を装着していなかったら斬られていたことに舌打ちをし、数度肩を回した。
魔素鋼で作られた、それに傷は付いておらず、それどころか見え隠れする鎖帷子はキラキラと輝いてさえいた。
刀を鞘へとしまい、息を全て吐き出した。腕の筋肉が少し膨らみ、足の筋肉にも力が入る。
「〈居合〉ッ!!」
一呼吸の間に放たれる飛ぶ斬撃は、レイン目掛けて地を走る。それは真っ直ぐに飛んでいるが、レインの左腕を斬るくらいの位置に向かっていた。天陽は左に跳び、レインが右に避けて〈居合〉に当たるように仕向けた。
レインはそれをほんの数秒で気付くと、天陽に向かって走り出した。それに動揺することなく、攻撃を続行出来たのは、死地を潜り抜けた天陽の経験からだった。
互いの刀がぶつかり震度する――はずだった。
「へッ?」
レインは刀を上――天陽とレインの間くらい――へと投げ飛ばした。その中空をクルクルと回転する刀に、天陽は無意識のうちに目がいった。それが愚策だと気付くまでは。
気付いた時にはレインの足が、刀を持っている手へと蹴っていた時だった。痛みに耐えきれず投げ出した刀は、地面を回転しながら離れていった。
そうするとレインの手が天陽の首を絞めた。片腕だけで、その力は天陽の片腕の数倍はあり、無理やり除けようとしても無駄だった。首が圧迫され、次第に呼吸が出来なくなっていった。
「ぎッ、これが……武士のやり方か?――刀を使った真剣勝負だろッ……」
首を絞められ途絶え途絶えだが、それでもレインに言いたかったことを伝えた。顔が青くなるか否か、すぐさま白く変色していった。
それも一瞬のことだった。レインの手が首から離れたと思った時には、レインの蹴りが腹目掛けてきた。腹の奥にめり込むと、肺にあった僅かな空気が吐き出された。
天陽はそのまま頭から転がり倒れ込んだ。それでも意識を失うことはなく、すぐさま立ち上がった。立ち上がると呼吸をしだし、周りの酸素を取り込もうとしていた。
「情でも、かけた、つもりか?」
「絶望を見せると言いましたよね?」
「絶望だぁ?ふざけるなよ……それでも武士か?」
もう一度聞きたかったことを問いかけた。そこに疑問はなかったが、ヴァルゴン同様に怒りを覚えていた。
蹴られた腹を抑えながら立ち上がり、刀を見た。クルクルと落ちた後に地面にへと突き刺さったレインの刀、無造作に投げ捨てられたような自分の刀。それは天陽の怒りを爆発させてしまった。
充血させた両目でレインを捉える。
「〈無刀流斬刃〉」
右手を天へと突き出した。その手の形は刃物、そして左手で右手首を握る。秒にも満たない時間に、それを振り下ろす。
刀術をすること三十と八。二才という歳の頃から武を叩き込まれ、武に生き、武を見つめてきた。天陽、武の天に登り陽となる。天陽の家訓として言い伝えられた言葉だった。そして名前にもしてもらった言葉だった。
そんな天陽にも壁が現れる。何年やっても登れぬ壁にいつしか背を向けはじめた頃、それはやってきた。刀ではなく、手による刀術の技の出し方を覚えた。壁を乗り越え、そして武を極めるための第一歩となった。
飛んだ刃はレインへと向かって切り裂いていく。
「〈斬刃〉。――あぁ。これは時間稼ぎでしたか……」
レインの視線がスゥーと天陽の刀にへといった。そこに刀を持った天陽が立っていた。見た目に反し、そこまでダメージというのを負っていない天陽が、立っているのは至極当然の結果だろうが、何度も技を受けても倒れないレインを前に立っていられるのは並大抵の執着心ではないだろう。
それでも疲れていたのか、両手で持っている刀の位置が少し――胸よりも――下の位置に下がっていた。
「あなたは何で村に居られなく方法で、その夫婦を殺したんですか?」
刀と刀で打ち合い――天陽に親近感というものが繋がった訳ではないが――レインは疑問に思った。天陽が後ろから殺すのかと。魔法という恨みに呑まれていても、武士の心に相反することはしないと思ったのだ。
「俺は武士だぁ、例え後ろから殺した相手にでも敬意を持つ。だがな、あの二人は子供を守るために俺に背を向けた。そこに俺が負けただけだ、子供を殺さなかったのは敬意だがな」
「あなたの行ったことに口を挟む気はありませんが、なかなか面白い答えで良かったですよ?」
「うるさい奴だ。絶望させてみろ、俺はまだ戦えるぞ?」
天陽が構えた刀を振り上げようとした瞬間――気付いた。レインの右手に一本の刀が握られていることに、勿論、横に視線を向ければ刀が地面に突き刺さっており、何処からか出したのか分からなかった。それでも刀を持っているのは確かで、その刀には異様な雰囲気をかもちだしていた。
天陽がそれに驚きはしたが踏み込んだ。
「〈素戔嗚〉」
――何も変化は起きなかった。ただ、技を発動させたということだけが分かる。しかし現実とは残酷なもので、何が起きたのかは数秒で理解せざるおえなかった。
この場にいる誰もが天を眺めていた。そしてそれにつられるように天陽も空を見上げた。
そこにいたのは、青く半透明の武者。全身武者鎧を着用している顔にも、仮面――面具と呼ばれるもの――を付けていた。天から見下ろすように見える武者の腰から下が見えなかった。それは厚い雲が腰回りを囲んでいたからでもある。面具から見える瞳は、青とは反し赤い灯火であった。口からは煙のようなものを出し、武者はそこから出ようとしているようにも見えた。
「これで分かりましたか?俺とあなたの差が」
「…………」
言葉が出なかった。目の前で起こる全てに否定的になってしまうような、そんな不思議な感覚を感じる。そして直感した。自分が戦って要られたのは、肉体論とかではなく、精神論だったということに。天陽自身もまた、ヴァルゴンと同じようなところに行き着いた。
逃げれば、無いに等しい運で逃げられるかもしれない。それでも何故か身体が動かない。武士の心か、死を悟ったのか、はたまた魔法的な何かか、天陽に考えることは出来なかった。
青く巨大な刀が降りてくる。天陽は逃げることなく、その刀の中に入った。地面が焼ける音、人が焼けたような匂い、それが最後なのだと天陽は思った。微かに微笑んで。
――横から家と瓦礫の崩れる音が鳴った。