通りすがりの炎帝
鬱金色の髪に赤い瞳。
鍛えられた身体を紅の衣に包む精悍な顔立ちの美丈夫、それが『炎帝キカ』だった。
キカは自宮である火の宮に戻る道中、本殿の前を通った。
神殿の最奥に創造神を祀る本殿はあり、入口には天井へと伸びる白石の2本の柱が立っている。
民が祈りを捧げる聖堂とは違い、本殿は神託や神事を行う場であり限られた者以外立ち入ることが出来ない。
その門の前で何やら彩芽が神官に詰め寄っている様子なので、何事かとそちらへと足を向ける。
「少しで良いです、椿ちゃんに会わせて下さい!」
「何度も申し上げておりますが、スズキ様はこちらにいらしておりません。」
「そんなはずありません、お願いします!」
近づくにつれ彩芽と応対する神官の声が聞こえてくる。
「何事だ?」
後ろから掛けられた声におどろいたように彩芽は振り向く。
「アヤメ、どうかしたのか?」
「キカ・・・椿ちゃんが、本殿に行ったまま帰ってきてないの。」
「ツバキ?・・・ああ、同郷の娘か。」
聞きなれない名前に疑問符を浮かべたキカだったが直ぐに彩芽と同じ世界から来たという人間の事だと思い至る。
彩芽と同行した視察で魔獣に襲われた時にコチラに来たと彩芽から聞いている。
あの時、魔獣の気が逸れたお陰で自身も彩芽も被害を受けずに済んだのは確かだ。
「その娘が本殿にいるのか?」
今にも泣き出しそうな顔で言う彩芽が嘘をついているようには見ないが、そのツバキという娘が本殿に居る理由も思いつかない。
「いえ、こちらにいらしておりません。繰り返し申し上げているのですが・・・。」
「絶対にいる・・・だって、椿ちゃんの気配がするもの。」
「そうか・・・・なら、探すとしよう。」
迷いなく本殿へと足を踏み出すキカに応対していた神官は慌ててキカの前へ回り込む。
「炎帝様、許可なく本殿へ入る事は――。」
「許可?誰のだ?」
キカの威圧感を与える低い声に神官は1歩後退する。
「し、神官長様です。」
「ほう、帝王が入るのに神官長の許しを乞わねばならないと。」
追い打ちをかけ睨むキカに神官は答える所か身動きが取れなくなる。
「アヤメ、行くぞ。」
「あっ、はい!」
歩き出したキカの背中を彩芽は小走りで追いかける。
「ごめんなさい・・・私の我儘で。」
「気にするな、権力とはこういう時に使うものだからな。」
にやりと笑うキカに彩芽からも自然と笑みがこぼれた。