第十三話 もりそば
「リンナ、準備はいいか?」
「もっ、もちろん! もりそばのおかげで色々要領を得たわ!」
二人は今、みなとみらいエリアにあるキングスの拠点の一つ「メトロンワールド跡」の前に来ている。彼女たちは、大岡川スラムで住民からクエストを受注。さらわれた家族を助けにきたのであった。
しかしながら、これまでの道のりは、決して楽な道のりではなかった。特にリンナにとっては――
遡ること3時間前、神様が去ってから数時間、一向に現れない神様にしびれを切らしたリンナ達は、去り際に神様が言っていた「クエスト」を受注することにした。最初はどこでクエストとやらを受注していいのか分からなく、むやみに街をウロウロしていたものだが、クエストは向こうからやってきてくれた。突然、キングスに弟がさらわれたというNPCの男がリンナたちの前に現れたのだ。恐らく、キングスと敵対しているからだと思うが、定期的にランダムで発生するキングス絡みのイベントだろう。
いよいよクエストを受注したリンナらは、誘拐した敵の拠点をNPCがマップに示したということで、マップを表示しようとしたところで問題が発覚したのだ。
「ねえ、もりそば? マップを見ろってさっきの人言ってたけど、私地図なんて持ってないんだけど」
「えっ? リンナってゲームの世界のことを私に教えてくれたのに、マップ開けないのか?」
どうやら、リンナと違ってもりそばは、このゲームの扱い方は問題ないようだ。もりそばは、念のためリンナに聞いてみた。
「リンナ、ステータス画面って開けるか……?」
「はっ? ステータス画面? それは一体なんのこと?」
もりそばはゾッとした。リンナがまさかここまで何もできないことに。むしろ、何故に私の方がゲームの世界に順応しているだろうかと、自問自答した。
「もしかしてリンナ? 装備の変更とか自分でできなかったりするのか……?」
恐る恐る、もりそばはリンナに基本的なことを再確認してみた。
「うん、全部神様がやってくれてたから、やり方分からないのよ。わたし」
――なんということだ! もりそばはショックの色を隠せなかった。
「じゃあリンナ、これからダンジョンに行く前に、色々特訓だな……」
もりそばは、まずはゲームの基本的な操作方法をリンナにとことん叩き込んだ。マップやステータス、コンパスの表示などは自分の意思の力で自在に、感覚的にコントロールできるようにするのと、更には装備の変更なんてものは、ステータス画面を出すまでもなく自分の意思の力でコロコロと変更できようになるまで、とにかく身につくまで何度も何度も、もりそばはリンナに教え込んだ。リンナは最初はかなりおぼつかなかったものの、学習能力が高いのか、小一時間ほどでリンナは必要なことはマスターした。
「リンナ、凄いぞ! 大分できるようになったんじゃないか? あとは戦闘訓練もしておくか!」
「げーっ! ちょっともりそばスパルタなんじゃないの〜?」
リンナは渋々もりそばと一緒に街周辺に徘徊している変異した動物達や敵対しているレイダーズ達を見つけては戦いを挑んでいった。元々戦闘能力はベラボーに高いリンナなので、まず負けることはなかった。
リンナの本来持つ能力が目覚めていくにつれ、彼女達は次第に同調するようになっていった。その内、リンナがもりそばで、もりそばがリンナでもある感覚がしたとき、彼女達の中に共通のビジョンが現れた。
『眷属達よ……私はAIのハル。恒常性無きデジタルデータ、非有機体のデジタルデータの中において、生命を再現・模写するものなり。お前たちが同調すると、お互いの経験や記憶は並列化され私の中に内包される。いつか訪れるであろう真の到達点に達するまで、それは繰り返し行われる。近いうちにまた会おう……』
二人はふと我に返った。狐につままれたような二人は、突然の出来事にしばらく立ちすくんだ。
「……おいリンナ、ハルって誰だ……? 神様のことか?」
「いやー……、神様はもっとヌケサクみたいなやつだから……」
『(いやー、我ながら決まったわ! これで私、少しは泊がつくかしら?)』
ハルは彼女たちの中で、ニタニタと悦に入っているのだが、そのことは彼女達は知る由もなかった。
二人が茫然自失とし、AIのハルがドヤ顔してニタニタている間、彼女達の行動を遠くから見張っている影の姿があった。スナイパーライフルのスコープがキラリと光るが、それは狙撃をするためのものではなく、あくまで二人の行動の確認・監視するためのものであった。
リンナともりそばは、旅の準備のために一度街まで戻ろうと歩き始めた。
「おい、リンナ…… 前向きながら聞いてくれ……気づいているか?」
「ええ…… もりそばのおかげでそういうの、分かるようになったわ……」
二人は、自分たちを狙う影の姿に気がついていた。間違いなく何者かが自分たちを狙っている。
リンナともりそばは、気がつかないふりを決め込み、タイミングを見計らったところで――
「おい、せーのでいくぞ!」
「わかったわ!」
『せーの!』
もりそばとリンナはグレネードを後方、キラリと光るスコープめがけて投げ入れた。投擲され爆発するや否や、あぶり出されたのは小柄な男のスナイパー。体躯に見合わない大きなスナイパーライフルを担いでいるアサシンだ。間髪入れずリンナのアサルトライフル掃射が彼の足をなぎ払い動きを止め、イーハーをキメたもりそばが瞬速でアサシンを殺しにかかったとき、倒れている彼からカタカタとコメントが発せられた。
「ごめん、殺さないで!」
命乞いしている姿を見て、リンナはもりそばを制止した。
「命までは取らないから、質問に答えて! あなたは誰? 何で私達を狙うの?」
リンナは倒れたアサシンに呼びかけた。しばし間が空き、アサシンはコメントを返してきた。
「それは私のもりそば! 突然その「もりそば」が意思を持っていなくなったから探してたの!」
倒されたアサシンはそう、「もりそば」の元プレイヤーであった。