第十二話 俺、VRセットを購入する。
「お待ちのお客様、こちらのレジにどうぞ! いらっしゃいませ!」
俺は今、ヨダバシカメラのゲームコーナーのレジにいる。そして、愛想の良い店員さんに、VRヘッドマウントディスプレイセットを差し出した。
「ポイントはお貯めしますか? お使いになりますか?」
「貯めでお願いします。後、カード2回払でお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ〜」
俺は色々悩んだ末に、一律10万円のなけなしのボーナスの残りを使い、VRヘッドマウントディスプレイセットを買うことに決めた。なぜなら、スカベンジャーハントがVR対応していることを思い出したからだ。
これで、リンナ達に会いに行ってみよう――
――遡ること、1時間前になる。
悪い悪夢から逃れるように昏々と寝続けた俺の目覚めはすこぶる良かった。頭の中が冴え渡るように清々しい。前日の疲れを引きずるような重たい身体でもない。このままフルマラソンを走れば、自己新記録を出せるような、そんな感覚だ。
俺は目覚めの温かいコーヒーを入れ、トーストを焼き、バターや小倉あんこを用意し、いい感じのモーニングセットをこしらえた。モーニングを食しながら、俺はこれからのことを考えていた。
なぜなら、8時間以上きっちり寝てしまっていたからだ。もはやモーニングでもなく、ブランチといったところだろうか? いや、おやつの時間といっても過言ではない時間だ。
「やべえ、すっかり寝過ごしてしまったぞ…… 数時間で戻ると言ったけど、あいつら大丈夫か〜!?」
――それにしても、すぐにゲームに戻って怒られるのはストレス溜まるし、何かいい案はないものか……
「よし、散歩に行こう!」
これでもない大遅刻をすでにしているから、いっそ数時間くらい遅刻に上乗せしても、そんなに変わりはないだろう。俺はそう自分に都合の良い判断をし、散歩に行くことにした。いつも、何か考えをまとめるときは散歩に行くのが俺のやり方だ。とはいっても、近所のヨドバシをウロウロするだけなのだが。
たまには現実のゲームコーナーというのもいい。いつもはダウンロードで買っているから、昔のように新作ゲームが出てもゲーム屋にいって買うことも、もはやなくなってしまった。ゲームも昔のようなカセットではなく、それがディスクになり、ハードによってはSDカードのようなメチャクチャ小さな大きさのソフトもある。色々機器の進化と共に、ソフトの形も変わってきているもんだ。昔はカセットと本体の接触が悪くなると、フーフーとカセットに息を吹きかけてたっけ。
そんな中、ちょっと気になるものが目に入った。VRヘッドマウントディスプレイだ。ちょっと前までは遠い世界のテクノロジーのような気がしていたが、家電量販店にずらずらと並んでいるのを見ると一般的な広まりを見せていると思わざるを得ない。
――そういえば、スカベンジャーハントってVR対応してたっけか?
俺はパッケージ版のスカベンジャーハントを探すと、POPが貼り付けてあった。
「スカベンジャーハント、最新VRパッチ導入! VRできます!」
――おおっ、対応していた! そうだ、これでリンナ達に会いに行ってみるか! 確か、一つのアカウントで3体までキャラクター作れ、テストプレイ時に作ってあるキャラが1体あったけ。それを使って「神の化身」など称して、リンナ達に接触し、一緒に冒険でもしてみるか! あいつらも見えない俺に向かって話しかけるのもどうかと思うしな。
俺は意気揚々と家に帰り、焦る気持ちでパッケージを開け、VRをセットしてみた。装着感は思っていたほど悪くはない!
「よし、リンナ、もりそば、待っていろよ! 今行くからな! おっと、一応録画しておくか」
俺はゲームにログインし、かつてテストプレイで使っていたキャラでリンナのいるサーバーに入った。
ちなみにこのキャラ設定は男性で、戦闘系キャラではないので打撃力・防御力はそこそこなレベルだが、アイテムの収集力や武器や防具のカスタム(売買のため)、カリスマ性に特化しどちらかというと生産性に特化したキャラになっている。「戦わずして勝つ!」そんなプレイスタイルで遊んでいたときのキャラだ。もちろん、名前はビッケだ。
ロードが終わると世界が暗転し、スカベンジャーハントの世界に戻ってきた。目の前には、ひどく荒廃した日本をモチーフにしたリアルな世界が広がっている。あの現実のヨダバシカメラ(横浜エリア)も、廃墟として存在しているはずだ。今いるところは、現実世界でいうと東京・日本橋の交差点あたりだろうか。
「うぉー、VRすげー! 臨場感がハンパない! よし、リンナともりそばのいるみなとみらいエリアをまず目指そう! 現実世界だと直線にして32キロか…… ゲーム内の距離だともっと短くなるんだっけか? クイックムーブ(瞬間移動)を使いたいところだが、このキャラで行ったことがないから使えないしな。徒歩かビークルをゲットして行くしかないのか……」
リンナ達のいるみなとみらいエリア目指し、俺は歩き始めた――
一方その頃、リンナともりそばは延々と現れない神を呪いながら、キングスの連中達とすったもんだをしているのであった!