第十一話 時には現実世界の話をしようじゃないか
ハルがキングスの刺客を自分の眷属にして何やかんややっていたころ、現実世界ではとあるゲーム動画が密かな話題となっていた。このキングスの刺客をプレイしていたゲーム実況者「もりそば」の、リンナに関する動画である。もりそばはそこそこの登録者数を持つ中堅実況者だ。ビッケなんかは足元にも及ばないくらいの。そんなもりそばは、キングスより命を受け指名手配として通知されているリンナを追っかけている動画を配信していた。大岡川スラム内スラッシャーズでの一連の戦いからの廃墟までの鬼ごっこ、その後のリンナ豹変無双プレイでフルボッコにされてからの「自分のキャラクター「もりそば」が操作できなくなってしまい、今や勝手に動き始めている!」というところまでの一連の動画である。
もりそばは生放送を終えると、この件を運営に問い合わせたのだが「この件は現在調査中です」の一点張りだったそうである。もりそばは生放送の動画をパートごとに編集したものをアップ。もりそばは他にも同様のケースがあれば、自分に報告して欲しいと動画の中で呼びかけていた。そして、もりそばは動画最後のパートの中で言うのであった。
「この指名手配されているキャラも、多分勝手に動いているんだと思う。このキャラの元持ち主の方、一緒にコラボ配信しませんか? メッセージ……待ってます。 いつまでも!待ってます!」
動画配信者ビッケ、千載一遇のチャンスの到来である。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あの〜 もしもし…… ここは何処なんでしょうか? そして、私は一体誰!?」
キングスの刺客がリンナに近づいて話しかけてきた。まさか、このくだり、また全てを俺が説明してやらないとだめなのだろうか…… それはそれとして気になることがあった。多分、こいつは今は名前は文字化けして読めない表記になってしまっているが、さっきまで「もりそば」と名前が表示されていたから、多分「もりそば」という名前なのだろう。「もりそば」というと、そこそこ有名な動画配信者の名前と同じだが、まさかあの「もりそば」とは違うよな……
「ひっ! 近寄らないで〜〜」
リンナは警戒して相手に刃を向けている。
「リンナくん、今やこの「もりそばさん」は我々の味方となったのだ。もう恐れることはない!」
俺は意気揚々とリンナにキングスの刺客「もりそば」がもう味方になったことと、自身のように自由意志を持つような存在になっていることを告げた。ハルのことは説明するべきか迷ったが、知られてしまうと色々自分に不都合なことが起こりそうなので、やめておいた。
「ホント? じゃあ攻撃してこない?」
もりそばはコクコクとうなずき、攻撃する意思はないことを告げると、リンナは少しづつ近づいてきて、もりそばに手を差し伸べた。
「私はジンライ・リンナ。よろしくね、もりそば! 私もあなたみたいな感じだったんだよ。でも大丈夫! たまに変な男の声がすると思うけど、この声は神様っていうの。色々知らないこと教えてくれるよ」
「よっ、よろしく……! リンナ! 私はもりそば! この声が神様っていうのか……」
――これは推測だが、ハルの介入によりもりそばは自分の声が聞こえるようになっている。恐らく、現実のもりそば本人の声は届いてないのだろう。
「もりそば、よろしく! 俺は実はこの世界の神様なんだ。分からないことがあれば何でも聞いてくれ!」
――とはノリでつい言ってしまったが、リンナはコントローラーが対応してるからいいものの、実はもりそばのことは全く分からないのだ。もりそばのステータスを表示するコントローラーがないのである。2コンで試してもダメなのだ。
「じゃあ神様、せっかくだからこの世界について教えてくれないか?」
――出た! 金曜の夜から土曜の朝までずっとゲームし続けている俺は、流石にもう無理と思った。そろそろマイクを切って休みたい!
「リンナともりそば、実は言わないといけないことがある。神様の世界では、寝ないと生きられないんだ。リンナももりそばも、寝ると数秒でどんな怪我や体力も回復してしまうが、神様の世界では寝てもそこまではいかないんだ……でも寝ないと生きられない。どうか、俺を数時間でいいから寝かしてくれ……!」
「リンナ! 何か神様が私達に頼み事しているのだが、これは大丈夫なのか?」
もりそばは、心配そうにリンナを見た。
「神様、神様が寝ている数時間の間、私達は何をすればいいんですか?」
――まあオープンワールドのゲームで目的も告げてないから、こうなるわな。
「そうだな…… リンナ! 神の勅命である。お前はさっきのバーまで戻って、もりそばにこの世界のことを知ってる限り教えて差し上げなさい。ちなみに、余談だが、もりそばとは、神の世界ではジャパニーズ・ヌードルともいう」
――もりそばは、「ヌードル」という意味も知らないような顔をしている。もし意味を知ってしまったら、きっと嘆くだろうな。自分の名前が食べ物でしかも「もりそば」なんて。まあ、おれもビッケなんて名前で人のこと言えないかもしれないが。
「それはそうとして、それでも中々俺が戻らない場合は、困っている人がいたら助けてやりなさい。これを「クエスト受注」ともいう。きっと何かいいことが起きるはずだから」
俺はそう告げるとそそくさとログアウトした。まあ、リンナやもりそばも強いし、いざとなったら、ハルがまた何かしてくれるだろう。それにしても、一眠りする前に、どうも一つ確認しておきたいことがあった。「もりそば本人」のことである。
「寝る前に、一応もりそばの動画を確認しておこうかなと……」
俺はユアチューブを開き、お気に入り登録してある「もりそば」のページに飛んだ。するとどうだ! スカベンジャーハントの生放送動画が放送中だった。覗いてみると、もりそば氏が叫んでいた……
「キャラクターが全く操作受け付けなくなった! しかも勝手に動いている〜!」
俺は静かにユアチューブを閉じ、ベッドの上に横になり、静かに目をつむった。
「もりそばさん…… スミマセン……」