第一話 “俺”がいなくなった!?
「金曜夜10時半スタート、ビッケのゲーム実況の時間だ」
週末夜、俺“ビッケ”は動画投稿サイト「yourtube」でMMORPGゲーム「スカベンジャーハント」の実況動画を配信している。
「スカベンジャーハント」は、核戦争で崩壊した終末世界(北●の拳、マッ●マックスのような世界)をサバイバルしながらクエストをこなしていくMMORPGで、一応ストーリーはあるのが完全無視してサブクエストをひたすらやっても良いし、メインストーリーを進めて楽しんでも良いし、楽しみ方は様々だ。
現実の都市をモチーフにリアルに作り込まれたポストアポカリプスな世界観のこのゲームは、パーティを組むこともできるが、ソロプレイやるのが俺流だ。まあ、パーティを組んだほうが仲間もできるし、協力プレイだと危険な地域を探索するときの生存率も、一人でやるよりも高くなるのだが、自分はあえて「ソロプレイ」でこのゲームをやっている。
というのも、自由度の高いこのゲーム、ソロプレイヤー向けのスキル(ローン・サバイバーが代表的なスキルだろう)も充実し、他のオンラインゲームのようなパーティありきじゃないとクリアできないクエストも、キャラの育て方次第ではソロでもクリアできるように調整される。そんなところが、自分のようなオンラインゲームをあえてボッチでプレイしたい人にも嬉しいところなのである。
そんな自分がなぜ動画実況をやっているのかというと、“趣味と実益を兼ねた副業”を目指しているというのもあるのだが、その実は「ひねくれた自己愛」「目立ちたくない目立ちたがり屋気質」というか、どこかで自分が仕事以外で「世間から承認されていたい」という欲求があるのだろう。ゲーム内で圧倒的強さを誇るソロプレーヤー“ビッケ”を演じ、このゲームの世界で承認されたいのだ。
「さあ、今日は新しいダウンロードコンテンツの「横浜インナーハーバー・サバイバル」というのをやっていくよ。メインも面白いらしいけど、結構面白いクエストがあるらしいんだよね。」
さも、大勢のリスナーに対して語りかけるような風だが、実は今の視聴者数はわずか6名。とほほ、まあ、6名でも観てくれている人がいるんだと思うと、この方達は自分の顧客であり、大事にしなきゃならないお得意様で……はっ、いかんいかん、つい仕事のような思考になってしまう自分がいる。でも、観てくれている方は本当にありがたいと思う。できれば、ぜひチャンネル登録もしてくれるといいんだが…… まだ誰も登録してくれてない。
……あれ、いつものロード画面が終わったのだが、何だかいつもと様子がおかしい。
「あれ、俺“ビッケ”がいない……!? ちょっとリスナーの皆さん、どうなってしまったんでしょう!?」
キャラメイクに2時間かけて作り上げた自分の理想の女性像を体現した自分の分身“ビッケ”ちゃん(♀)が何処にもいない!? 軽くパニクっているが、一応動画配信は続けている。これもいいネタになるか?
「おーい、何処に行った〜 えっ!? もしかしてバグったの?」
マップを表示すると、自分“ビッケ”の位置は――
「あっ、意外と近い位置にいるけど、黄金町!? 何でこんな位置に移動してるんだ!?」
大岡川沿いに展開している黄金町を含むスラム街「大岡川スラム」は、危険なエネミーが跋扈する横浜インナーハーバーエリアの中では、比較的“安全”なエリアだ。ゲームのモチーフは現実世界でいう戦後のそれだが、ゲームの中では、回復薬物やステータスを一時的に爆発的に上げる違法薬物(中毒になったり、副作用で一時的に下がるステータスもある)の取引が盛んな街である。
街は基本的にエネミーの出現は基本的に無く安全地帯ではあるのだが、ここ、大岡川スラムの冒険者ギルドの中には、表向きは普通のギルドの皮を被ってはいるのだがその実、プレイヤーキラーを生業とする犯罪集団“レイダーズ”がいるのである。しかしながら、そのゲームスタイルもゲームの世界観を作り上げる一つであり、このゲームではプレイヤーキラー“レイダーズ”プレイも承認されているのである。ちなみにレイダーズにも色々派閥があるらしい。
どうやら、カメラワークの視点移動はこちらでコントロールできるようだ。その他は、ステータス表示や所持アイテム表示(どうやらこちらでアイテムを使うことはできないらしい)、装備品の付け替えはこちらでできそうな感じだ。なぜそんな仕様になってしまったのか皆目検討が使いないのだが、試しに装備していたグレネードを外しては付けたり、付けたり外したりとやってみた。装備表示は一応変化しているので、多分付け替えはできてるようなな感じだ。とはいっても、実際に差し替わっているかは視認できないので、今の段階では本当に変わっているのかはわからないのだが。
「ビッケ、なんでそんなとこに勝手に移動してるんだ!? 今行くから動くなよ〜! えー、皆さん、よくわからない状況なんだけど、ちょっとビッケを探していきましょう!」
何とか視点移動でビッケのいたところへ行っても、彼女は何処にもいない。マップを開くとどうやらまた移動しているようだ。多分近くにはいるみたいだが、辺りを見回してもその姿は見当たらない。
とりあえず、ビッケのステータスを確認したところ、どうやら今のところHPが著しく減っているとか、妙なステータス異常になっているとかはないみたいだ。
「どうやら無事であることは確からしい…… それにしても、早くビッケを見つけなきゃ!」
コンパスを確認すると、ビッケの目視はできないが位置的には目前のようだ。ついでに、エネミー反応3体をビッケの周囲に確認。大岡川スラムにはモンスタータイプのエネミーは出現しないと考えると、間違いなくこの3体はプレイヤーキラー“レイダーズ”と推測できる。
「もし武器の付け替えがこちらでできるとすると、一応レイダーズ対応の武器に装備替えておこうか。ヒューマノイドタイプなら、武器の装備は人型に対して20%ダメージ追加効果のあるこの銃と、近接武器には出血追加ダメージ+25が与えれれるこの武器を持たせてと……」
視点移動をしながら装備品を付け替える。すると、大岡川に浮かぶ不法商船が寄せ集まって形成されているダンジョン「大岡川フリート」の中から甲高い女性の悲鳴が!
「ビッケの声か!? 違うかもしれないけど、マップ、コンパスの位置、状況からすると、おそらくビッケかもしれないな… ちょっと皆さん!行ってみましょう!」
ダンジョンの中を迷いつつもコンパス、遠くに聞こえる銃撃戦の音を頼りにビッケを詰めていく。銃撃戦の音がだんだん大きくなってきて、レイダーズ特有のヒャッハーな叫び声も間近に聞こえてきた。間違いない。コンパスのエネミーの位置からすると、どうもビッケは追い詰められているみたいだ。先程、装備を付け替える実験で外したままになっていたグレネードを、念のため追加で装備させてみた。
すると程なくして、けたたましい爆発音が響き、レイダーズの挑戦的なセリフは命乞いの声に変わり、しばらく乱闘している音が聞こえたかと思ったら、その内レイダーズ3体の反応は消失した。
「まさかビッケが勝手に戦って勝ったとでもいうのか!?」
ステータス画面を見ると、ビッケは両足・頭部損傷、HPも限りなくゼロに近いが生きてはいた。
いわゆる、瀕死の状態だ。
「やばい! 早く回復してあげないと!」
とはいっても、アイテムの使用がこちらでできない以上、何もできない。もしビッケが自発的に動いているとしたら、回復させるには、彼女に回復アイテムを装備させて使わせるか、もしくは宿泊施設(その辺に転がっている汚い寝袋でもOK)で寝るかしないだろう。
視点移動でようやくビッケを捉えたとき、それは起こった。「おい! ビッ――」っと口から呼び声が出かかったとき、「チュドン!」とけたたましく大きな爆音が響き閃光が辺りを包む。間髪いれずにビッケの身体は無残にも空中分解。両足は吹き飛び、ビッケの肉片はビチャビチャとその辺に転がって…… 要するに、地雷を踏んで死んでしまったのだ。
「……へっ!?」
画面は暗転し再びロードが始まる。おそらく、オートセーブされたと思わる地点へと戻されてしまったのであった……