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落日のスポークスマン

作者: 江ノ木右座

 ある小国のスポークスマンのコージ氏は、近ごろテレビで見ない日がないほど、連日活躍していた。それは、この国の首相を始め内閣の面々が、どうしようもないくらい次から次へと問題を起こすためだった。


 コージ氏の悩みは、決して本当のことが言えないことにあった。この国の内閣の面々が起こすスキャンダルは、その真相を知るコージ氏にとって、墓場まで持っていくしかないような、決して明かす事の出来ない、衝撃的な事実ばかりであった。


 真面目で妻子ある身のコージ氏にとって、内閣を守ることは、彼の家族を守ることでもあり、彼はその為なら、どんな詭弁を弄うしてでも、自身のスポークスマンの任期が終わるまで、逃げ続けるしかなかった。


 彼とその家族の安全は、国によって保障されており、長きに渡って与党であり続ける人民党政権が倒れない限り、将来も安泰であった。


 しかしコージ氏は安心できなかった。周囲の国々では長期政権を保ってきた政権与党が次々と倒れ、長年に渡る恩恵を徐々に失いつつあった。コージ氏に今保障されている国の優遇措置も、政権が倒れたら終わりなのだ。


 そうなったら、彼は家族を連れて国外に逃げるしかなくなる。そして、それは日々現実味を増していった。一党独裁に近かった人民党の支持率は徐々に下がり、野党第一党民衆党に追いつかれつつあるのだ。


 嘘と誤魔化しの会見を開き続ける政権与党への風当たりは厳しく、本来真面目な公務員であるコージ氏も、今ではすっかりお茶の間の悪役と化し、彼は内閣の面々と同じくらい、国民から嫌われていた。


 そして「すべてを知る男」コージ氏には、毎日の様に誘惑が迫って来ていた。それは華麗なる転身への誘いだった。今やコージ氏の気持ちひとつで、彼は作家にもなれるのだった。


 しかし、彼にとってそれはあまり気持ちのいいものではなかった。作家としてのコージ氏に求められるのは、現政権への裏切りだった。彼は内閣の閣僚たちの持つ様々の秘密を明かすことによって、簡単にベストセラー作家になれるのだ。


 その本の印税だけで豪邸が建つようなことを言われて、彼の心は揺れた。それはお金だけのことではなく、もう嘘をつかなくてもいいという、今の彼が最も欲している、心の安らぎも付いてくる話なのだ。


 実を言うと、彼は作家になる事を承諾はしていないものの、そのベストセラー本の元になりそうな文書はすでに書いてあった。自分でもいったい何のつもりか分からなかったが、彼は内閣の赤裸々な事実をすでに綴ってあったのだ。


 そんな文書の存在が知れたら、自分は抹殺されるかもしれない。作家になどなってみたところで、彼には安全な生活など絶対にあり得なかった。この秘密文書が今後どうなるか分からないが、彼にとってこれは遺書のようなものでもあり、家族へ渡す生命保険金の様なものでもあった。


 この文書が本になったころ、もう自分はこの世にはいないかもしれない。しかし世紀のベストセラー本の印税が、彼の家族を養ってくれるかもしれない。そして死んだ後とはいえ、彼は真実を語る機会を得ることになる。


 今や彼の存在そのものがスキャンダルの種であった。コージ氏が頻繁にニュースに出ているという事実が、現政権の末期状態を如実に表し、それは皮肉なほど正直に、彼らの終わりを告げているのだった。

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