086 おわかれ
<怖い> <助けて>
ああ、まったく。しかたないなあ、幼女ちゃんは。
旅の途中、守る冒険者もいるこの馬車を助けるのは冒険者だけだ。
馬車での旅がどういう扱いか知らねーですけど、馬車内でも外の様子はわかりますよ?
これでも私超万能スライムなのです。振動さえあれば、なんとなーく外の様子が分かるのさ。
馬車の前に樹を生やした魔物の群れ、その相手を冒険者がしていること。
そして、森からやってくる馬鹿でかいアホのような三本角のでっけー熊。
でかいとでっけーで被ってる。まあ、そんなツッコミは置いておくとして。
あれを相手に冒険者が勝てますか? 私にはわかりません。
しかし前にも後ろにも樹の生えた魔物は暴れていて、そちらの相手につきっきり。
あれの相手をしてられるかどうか。それに……怖い、助けてって。そう言われちゃあな。
女の子を泣かすのは屑です。最低です。人生に価値のない奴です。
まあ、相手は樹の生やした熊だが。もしかしてあれ、樹が本体なのかねえ?
タイミングよすぎだし、そんな感じ? まあ、とりあえずだな。
外に出て、あのでかいのぶっ潰してくればいいんだろう? 行ってくんよ。
スライムが馬車の外に出る。それを魔物の群れと戦っている冒険者のリーダーは感じていた。一瞬脅威がまた増えた、それとも商人の娘である幼い少女が操っているのか、そうも考えたが、それはありえない。シエラの持つ従魔スキルは高いものではないのは予測ができる。それであのトライホーンジャイアントベアーに挑んで倒せるようなものではない。
そう、考えたのだが。実態は違っていた。冒険者たちがなんとか道を塞ぐ寄生樹の魔物を倒した頃に、スライムはトライホーンジャイアントベアーを倒し飲み込んでいた。トライホーンジャイアントベアーは中級の冒険者でも勝てるかどうかというくらいの強さな上に、寄生樹が生えているせいで痛みも感じず肉体能力も確実に上がっている恐ろしい化け物、上級に等しいくらいの強さであってもおかしくないほどの存在だっただろう。
それがスライムに倒されていた。それこそ恐ろしい。
シエラの能力では、普通のスライムなら操ることができる。しかし、目の前のものはトライホーンジャイアントベアーよりも強いスライムだ。それが野放しになっていたことも恐ろしいし、それが自分たちを襲わなかったこともまた恐ろしい。そして、トライホーンジャイアントベアー倒したという行動自体もまた恐ろしい。確実に知能のあるスライムであり、今までに見たことのないような特殊な魔物である。
それを、シエラ、商人の娘である少女は呼んでいた。親である商人が彼女を抑えている。近寄ってはいけない、そういうことだ。何故ならあのスライムはシエラの命令を聞く、従魔であるわけではないのだから。今までシエラの元にいたのは一体なぜか? 理由は何か? それを考えるのも恐ろしい。シエラのいうことをきいていたのはなぜか? 疑問は多い。
シエラにそういった商人の考えることや冒険者の考えることはわからない。だから彼女はスライムのことを呼び続ける。戻ってきてほしい、またスライムを抱きしめてぷにぷにを堪能したい、ずっとそばにいてほしい。半分彼女がそうしている原因は商人やその妻のせいかもしれないが、彼女の想いはそうである。
スライムは戻ってこない。トライホーンジャイアントベアーを食した後、何もしないままその場に佇んでいる。商人と冒険者らに襲い掛かるでもなく、理由がわからない。だからこそ気を抜けないし、注意しなければならない。もし襲ってくるのならば、逃げなければならない。彼等では倒せないトライホーンジャイアントベアーを倒せるような恐ろしい相手であるがゆえに。
そんな中、スライムが動きを見せる。にゅるりと体から伸びる触手。それをどうするのか、それを見守る冒険者と商人たち。それは左右に揺らされる。最初彼らはそれを理解できなかった。あれは一体何なのか、ゆらゆら揺れて催眠でも行う気か、不意打ちで攻撃してくるのか、緊張しながら彼らは見守る。だが、少女は純粋にその意図を悟る。泣きながら彼女は手を振った。そして、さよならと。商人や冒険者達では思いつかない。子供だからこそ、スライムの事を知らないからこそ、魔物との戦いの事情を知らない少女であるからこそ、純粋に触手を振ったのを手を振ったと認識したのである。
少女の別れはさておき、冒険者達は戦慄する。スライムに知性がある、知能がある、知恵がある。手を振ったのを別れと認識した少女もだが、それをスライムが分かっていることの方が本来は恐ろしい。それはつまり、スライムは人間ほどの知恵と知性と知能がある、さらに言えばそれがトライホーンジャイアントベアー、それも寄生樹という者が張り付き強くなったとんでもない化け物を相手に一方的に勝利した、それほどの強さを持っていると言うことなのだから。彼らは満場一致でスライムのことを報告することに決める。ただ、少女との別れをしたのち、スライムは森へと消えた。それはこちらを襲うつもりがないと言うこと。そもそも、トライホーンジャイアントベアーを倒したのも少女を護るためだったと考えることもできる。少女についてきたのも、別に悪意あってのものではないのでは? いくら考えてもわからないことだ。それゆえに何とも言えない。だから彼らにできるのは、知恵のあるスライムについての報告、トライホーンジャイアントベアーを倒したスライムについての報告だけである。
ばいばい。本当はもっと早く別れたかったんだけどなー。ずっと一緒ってわけにはいかないし。
あの子には悪いけど……うん、もっといいペットでも飼うんだよー。
さて、森に逃げ込んだはいいが……どこに行こうかね。目標定まらねーっす。
うーん……あっちに山が見える、あの山にでも向かってみようかね?




