081 拾われ子
「ふう……」
馬車を止め、休む。旅の商人として馬車での旅を続けてもう十数年となる。旅には慣れているとはいえ、一緒に乗る冒険者の皆様や私の妻や娘まで私ほど慣れているわけではない。
「そちらは大丈夫ですか?」
「ん? ああ、問題ないよ。いや、馬車に乗せてもらってるから体力的な問題はないな」
「そうですか」
「魔物が出てきたときが不安だな。馬車の停止に動いている馬車から出て戦わなければいけない時もあるかもしれない。一応スキルで魔物の接近の気配はわかるが、スキルを過信しすぎるのは危険だからな……」
「なるほど」
冒険者と言っても、いつも同じ人というわけではない。依頼を出し、その依頼を受けた冒険者グループが旅の護衛だ。中にはこちらを強請ってきたり、危険なことがあったら逃げたり、こちらの被害を気にしてこなかったりする冒険者もいるが、今回もそれなりに良い人たちのようだ。冒険者は上位の冒険者程実力を持ち、そしてそれまでの仕事の経験から問題の少ない冒険者が多くなる。もっとも、上位の冒険者となると金額が高くなるので中位の冒険者がせいぜいだ。旅をしながらの商売ではなかなか儲けることができない。失敗するときは大きく失敗するし、成功するときは大きく成功する、そんな落差の激しいことの方が多い。
だからこそ、この旅の商売では情報が重要だ。そのためにも冒険者を含め多くの人から情報収集をしなければならない。それに冒険者の話は旅の為になる。これからも冒険者を雇う以上、彼らの経験談は参考になるのだから。
「外を見えるようにした方がいいですか?」
「ああ、そのほうがいいな……だが、隙間があると遠距離攻撃が不安になる。魔物はさほどではないが、人間だと直で狙ってくる可能性がな」
「野盗の類ですね……」
「まあ、そうそういないけどな。魔物の被害の方がよっぽど多い。だからそれほど不安に思う必要はないだろう」
野盗になるような人間と魔物では魔物の方が強い。冒険者が野盗になって商人を襲う、それによる利益は少ない。それに街のように人がいて安全な場所に住めない。見晴らしの良い所にも住めず、森や山に隠れ潜む。そんな状態では魔物に襲ってくださいと言っているようなものだ。人間はスキルで魔物よりも恵まれているが、それでもある程度以上に実力を持たないと魔物を相手にするのは危険だ。スライム程度でも数で攻められば危険なのだから。
だから野盗の類は少ない。少ないと言うよりは、野盗になるような人間は魔物に勝てるほどの実力者が少なく、どうしても魔物に襲われてほとんどが死ぬからだ。そういうことだから野盗になる人間の実力は大したことはなく、徒党を組んでも冒険者がいれば対処できる。
「おとーさーん!」
「ん?」
「ああ、娘が呼んでいるようです」
「娘さんか。元気いっぱいだな」
「はい。まだ三歳ほどですし……」
馬車の中で疲れてぐっすりと寝ているか、それとも退屈で騒がしいか。こういう休憩で馬車を止めている時は外で元気に遊んでいる。あの様子だと多分何かを見つけたのだろう。子供らしく。
「おとーさーん! これ、ぷにぷにー!」
「ぶっ!」
「な……」
娘が持っている物をみて驚く。一緒にいた冒険者もかなり驚いた様子だ。
「ちょ、ちょ、お嬢ちゃん!? それ危ないから放しなさい!」
「やー! ぷにぷにー!」
「……スライムですよね?」
「ああ。スライムだな。お嬢ちゃん大丈夫か? 服とか、持ってるところとか溶けてないか?」
「……?」
娘の様子を確認する。どうやらスライムが娘の体や服を蝕んで溶かす様子はないようだ。
「どうやら大丈夫みたいですが……」
「ふうん……新種か? スライムは本能で生きる魔物だ。近くに獲物がいて、直接体に触れている状態で消化しないはずがないんだがな……まあ、移動時に地面を食らい尽くさないし、そういう必要ないことや危険に対する本能があるのか?」
冒険者の方はなにやら考えている様子……しかし、娘がスライムを持ってきたとは。
「シエラ。そのスライムを放しなさい」
「やー! このぷにぷに私のー!」
「……どうしましょう?」
「いや、そこは親としてしっかり躾けないとだめなんじゃないか……?」
確かにそうです。スライムは最低レベル、最下級、雑魚と名高い魔物、しかし魔物は魔物。危険な生物であることには変わりがないわけで。それを娘に言い聞かせ、放して殺さないといけないことは確かなのですが。
「しかし、この様子ですと……」
「そうだな……しかし、スライムか。スライムなら、場合によってはなんとかなるか?」
「どういうことですか?」
「スライムは貴族とかの家で飼われてることがあるんだ。スライムは何でも食うからな。ゴミをスライムの閉じ込めた部屋に入れておけばスライムが処理してくれる。そういうことでスライムが飼われていることがある。まあ、食事を与えて放置しすぎると増えるし育つから危険なんだがな。スライムは最弱だから危険度も低い。何か入れ物でもあればそこに入れて飼うことができるかもしれん」
「なるほど……確かにゴミをなんとかできるのはありがたいですね」
「それに、もしかしたらあんたの娘さん、従魔スキルを持ってるかもしれん。だからスライムを抱えていても大人しいって言う可能性はある」
「スキルですか……確認できないのが残念です」
スキルの確認は色々と手間が必要となる。こんな馬車の旅の途中で何かスキルを得ても確認できない。本人に聞けばいいのだが、スキルについて理解しているかもわからないし、今の状態で教えてくれるか不安だ。だが、あのスライムに危険がないと言うのであれば……大丈夫だろう。絶対に安全とは言えないが。




