075 キング・デビルフィッシュ
むおー。あんまり沈没船内部にいいもの残ってなーい。まあ、そりゃそうか。
そもそもそこまであれこれ何か乗っけてる船ってわけでもないだろうし。
そこまででかい船でもないし。
だいたい世の中にある全ての物に意味があるわけでもなし。これはただの沈没船。
たまたま嵐にあったり魔物に襲われたして沈んだだけの沈没船。
ゲームとかだと意味があるんだけどね。
そうだね、普通は沈没船はただの沈没船だよね。世界を揺るがすアイテムがあったりはしないわな。
まあ、むしろここにあるなら逆に安心できそうな気がする。
こんなところに取りに来れる奴はおらぬ。
え? お前来てるやんって? いやいや、自分みたいな特殊なんしか来れないやろし大丈夫やろ。
のわっ!? なんか揺れた!? 建物内部なのに!? 船内部で海流はないよっ!?
一応多少の水の流れがないとは言わないけど、それでも揺れるほどでもない。一体なんやってねん。
外に出てみると、そこには赤い塊がっ! いやいや、蛸は別に赤い塊じゃないっ!
それ以上にこの海底で光があるわけないだろっ! 振動感知で見ているんだから色が分かるかっ!
くうっ! この色彩認識、多分思い込みだろっ!? このスライムの視界は精神的な補正あるよね!
いやいやいやいやいや!? それよりも、なんで蛸が目の前にいるのん!?
ってーか、蛸が触手をー!? 沈没船に伸ばしてるー!? 沈没船の触手プレイですかな!?
いいえ、エロではなくグロです! 沈没船を……食べてる!
うん、雑食ってレベルじゃなくねーです?
っていうか、他に沈没船がなかったのはもしかしてこの蛸が食べてるから?
まあ、そうそう沈没船があってもなーって思うけど。でも食われるのはなーって思うの。
浪漫が! 足りない! っていうか、それ以上にこの場所食われてるのはどうなのよ!?
ええい、わてがおるんやで!? 探索中やったっちゅーのに! てめえぶっころしてやらあっ!
その蛸は最初は小さい者であった。普通の蛸と同じほどの大きさの、ただの蛸。その蛸が普通の蛸と違っていたのは生物として普通の軟体動物の蛸ではなく、魔物と呼ばれる種であったと言うこと。即ち魔蛸であったということである。
魔物は通常の生物とは違う。スキルの獲得性の高さ、身体能力の強化、様々な要素があるが、特に魔物は通常の生物とは違い限度を考えない成長が行われる。そして最終的に魔物は巨大化していき、進化する。まあ、確実に進化するとは限らない。その魔物の性質によるだろう。スライムのように力をため込み分裂する場合もあるし、逆に分裂しないままどんどん大きくなるケースもある。進化も、その種や環境によっては進化する条件に合致しないなどの例もあるだろう。普通は進化するのに条件は必要ではないのだが。
細かい事情はさておき、その蛸は大きく、巨大な蛸へと変化していった。ただそのサイズ的にあまり表には出られず海底に沈んでいるのだが。その蛸は時折沈んでくる沈没船を好んで捕食していた。理由はその中に存在する力の塊を摂取するため。海の魔物は多くの場合力のある獲物と言うのはあまり多くとることはできない。何故かそういった特殊な力を有する存在は海ではあまり多くない。いや、正確に言えば海が広すぎる故に各所に分散するから少なく見えるのだろう。ただ、そのせいで中々個々が得られる力は少ない。それゆえに貪欲になる。
海竜が力あるスライムをどのようなものか気にせず、あっさり丸呑みしたように、力を会得できる機会は彼等には少ない。それゆえに、力を得られる可能性があるのであればその機会を逃そうとはしない。この蛸の場合は沈没船の捕食がそれにあたっている。沈没船は時に大きな力のある物を含んでいることがある。それは魔石、魔剣、強力な魔物の毛皮、骨、牙、地上で得られた様々な用途に扱える稀少素材であるものだ。それらを食らい、蛸は大きく強く成長していた。
今回もまた、自身の強化と成長のための捕食である。実は蛸はあまり力の感知能力が高いわけではない。海竜ほどの感知性能を持っていない。蛸はただの蛸としての性質が強く、魔物であってもスキルもほどほどで力が強く大きいだけの大して強力な魔物ではない。それでも大きいと言うことは強さである。まあ、そんな話はさておいて、そんな感知能力の低い蛸でも余程強力な力であれば感知できる。例えば、魔王一歩手前の魔物の力とか。
つまりである。蛸は沈没船に侵入していたスライムの気配を感知して近づき、沈没船ごと喰らおうとしたと言うことである。
最初は普通に沈没船を食らっていた。しかし、それが進むとなにやら異変が起きる。ぶわりと大きな力が薄まりながら広まっていく。
何が起きたかと言うと、スライムの圧縮解放である。このスライムは圧縮によりその大きさを小さくしている。その圧縮率は異常であり、解放した場合ここにいる蛸よりも大きくなる。彼の食事したものを思い出せば大きさも納得だろう。ヒュドラ、竜種、巨鳥人。どれほどまでに巨大なものを取り込んできたか。全てが体になるわけではなくとも、それらを取り込んでいればその体の大きさは相当なものになると想定できるだろう。
もちろん彼はサイズを小さくする、その力を小サイズに圧縮することでとんでもなく強い力を有しているわけであり、それを広げると全体的には弱体化するに等しい。なので普段彼は自分を弱くする代わりに大きくするみたいなことをすることは少ない。だが、今回は少々話が違う。何故なら相手はただの蛸に等しい魔物であるからである。彼がそれを知っているわけではないが、大蛸の凶行を止めるために大蛸を丸呑みすることに決めた。そのため圧縮解放して広がったのである。
それに驚いたのは蛸の方だ。まさか自分よりも大きくなるような存在であったとはわからなかった。力の塊であるそれを食べられればよかったが、これではできそうにない。早々に逃げるほうがいい。そう考えたが、しかし蛸は沈没船を抱えていた。それから触手を外さなければ離れられない。
判断が遅かった。先にスライムが自分の体に纏わりつく方が速かった。一度スライムの体に捕らえられてしまえば、スライムの吸着力は高いため逃げられない。蛸がスライムを追い払う方法はその触手で叩き追いやる以外の方法はなかったが、水の中を移動することで逃げる、振りほどく方に蛸は考えがいっていた。その結果、蛸はスライムを振りほどくことは出来ず、そのままその巨体を飲み込まれてしまう。
こうなってしまうとスライムの勝ちである。そのまま体内で消化し、殺され食われる。沈没船を食らう蛸はこの日潰えた。
ふう。まったく、蛸め! おかげで流されるじゃんかー! くっそー! ああ、沈没船がー。
まだ探索足りてないのにー。まあ、しかたないか……とりあえず海底に……流されるー!




