122 昔話と海の道
『それだけ……なの?』
はい。残念ながら。そもそも人魚さんとの出会い、連れられ、退治、地上へまでの一連の流れは超短い時間での出来事ですので。
『えっと、なにかこう、劇的な冒険活劇みたいな出来事があったり、命がけでお母さんがあなたを守った、もしくはその逆とかは?』
ありません。
『なにそれ!? それだけでそんなに信頼するの!? 私のお母さんチョロかったのかしら!?」
チョロいとか扱い酷いっすよ……まあ、そんなに信頼されるようなことはなかったとは思うけど。
そもそも出会いの時点でいろいろあったし……まあ、助けたし、襲われてた危機を排除したし。
そう考えると色々と大きな出来事をやったような気もしますが、まあ、それだけでどうにも、ってことはないと思うのですよ。
ただー、彼女的には色々と思うところあったんでない?
自分助けたけど、その御礼受けてないしね。
『……お母さんは自分の住んでいたところに嫌気がさして家出してきた、みたいなことを言っていたわ。助けてもらったあなたにも、とっても感謝してるって。それが原因なのかしらね……自分たちは助けてもらったのに、何も返すことができなくて。ここに新しい自分たちの住むところを作ったのも、そういう今の場所に満足していない、住みにくいと思っている仲間を探して連れてきたのも、そういうことがあったからなのね』
そちらの事情はよくわかりませんが。
まあ、別に今更彼女がどうだったと言われても、私には済んだことですので。
『あなたがそういうの? それはどうなのかしら……まあ、そうね、あなたも今の今まで何をしていたかは知らないけど、助けて送ってもらっただけの相手だものね。そこまで感謝されても逆に困るだけ、かしら』
多分そうですね。
『それで……あの子があなたを連れてきたわけだけど、この後はどうするのかしら?』
いえ、あの子が恩返しをするって言っていましたので、じゃあちょっと目的地があるから運んでって頼んだのよ。
そうしたら、そこどこだかわかんないと言われたので、じゃあ知ってる人に聞いてみよーって話になったのです。
それでここに連れてこられたわけなのですが。
『……そういうこと。場所だけ教えてもあの子には遠いと思うわ。だから、行きたいところがあるのなら私が運んであげます。お母さんもお礼をしたい、恩返しをしたいって話だったし……それをしてあげれば、それでもうチャラ、あなたとの因縁の繋がりも終りね』
別にそこまで律義にしていなくてもよかったのですよ? 忘れても別に。
『そうもいかないわよ……まあ、私としても興味はあったし、こう実際のお話を訊けたのは楽しかったわ。最後にやることがお母さんと一緒って言うのも、ちょっと何か縁があると言うか、運命的と言うか、こう、嬉しくなるわね』
そういうものなのです? まあ、私としてはそちらさんがいいならそれでいいですけども……
ところで、今から地上には戻れないので?
私海の中、水中はちょっとあまり得意ではないのですが?
『もう夜だし、残念ながら。送るにしても夜の海は危ないもの。今日はうちに泊まっていって』
あい……しかし、あの子もう寝ちゃってるなあ。
『食べたらだめよ? どちらの意味でも』
食べません! 人を見境なく食い散らす化け物や雄扱いしないでください!
こう見えても紳士です!
『ここから真っ直ぐ、そこが一番エルフのいる場所に近い街らしいわ。私もそれ以上のことは知らないの』
ああ、うん、そうね。海に住んでいる人魚が陸のことに詳しいなんてことはちょっと変よね。
まあ、一応人間と一緒に暮らしているからそれなりに場所や街、陸上地域に関する知識はあるんかも知らん。
ただ、その情報も正確性はなしか。そこは仕方がない。
運んでもらっただけでもありがたいことですので。
しっかし、まさか海の向こうとは……へーい!
いや、何でもない。ってことはあの時どんだけ流されたんだ?
っていうか、沈没船とかあったあたりはどの辺だろう?
海流の謎……まあ海の中は調べようがないのでいいですけども。
『それじゃあ、お別れね』
あ、はい、人魚さん、人魚ちゃん、ありがとうございました。この御恩は一生涯忘れません。
『……いや、忘れてくれていいから。そもそもこちらとしてもお礼だから』
『わーん! スライムさんいっちゃうのー? さびしいー!』
まあ、しかたがないのです。
私もいろいろとやること、目的とすること、行くべき場所があるのです。多分。
『今多分って言わなかった?』
言いました。そもそも移動すること自体気まぐれなので。
元々迷宮にいたので迷宮で安穏と暮らすのもありだったかなって感じ。
だからそもそもそこから出て移動してどこか適当に目指す時点であれなのです。
そもそも目的も何もないし。
『…………はあ』
あ、ため息ついたなー! まあ、いいです。
いや、実際には昔の知り合いに会いに行くって想いもあるのですよ。
『おともだち?』
『知り合い? いつの知り合いなの?』
お友達、というよりはご主人様? まあ、いつの知り合いかって言うと、いつだろう?
人魚さんとであって暫くくらい?
まあ、あの人は吸血鬼なんで殺されてなければ大丈夫、今も生きています多分不老不死な感じで。
『吸血鬼!? まさかそんなものが知り合いだなんて……あなたもとんでもないわね』
『きゅーけつき?』
うむ。まあ、古い知り合いで今どうしているのかもよく知らないけども。
そちらに会いに行くのです。
ただ、ルートがルートでどう行けばいいか考えて、ようやく見つけたのが人魚ルートです。
実にありがたかった。感謝。
『ええ、まあ、感謝はもういいわよ……最後まで、何か長ったらしくなったわね。無事に会えることを祈っているわ』
『がんばってねー』
はい、じゃ、達者でなー!