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紳士転生~異世界奮闘記~  作者: アケミナミ
第一章 砂漠の姫君
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精霊殿


 階段、階段、階段。そしてまた階段。

 風景が変わらない事がこれ程辛いとは……想像を遥かに超えていた。

 窓の無い狭い空間で四角い柱の周りをひたすらグルグルと回り続ける動作は、肉体よりも精神的にかなりくる。

 一段、また一段と登って、何度角を曲がっても、同じ階段、同じ壁、同じ曲がり角が現れるのだ。

 まるでエッシャーのだまし絵のようで、途中で段々と自分が登っているのかどうか不安にさえなってくる。

 そんな悪魔の螺旋階段を軽快な動作で登っていく姫様と、彼女を視界に捉えては見失う私。

 兵士の皆さんは……何処かにいるだろう。


(こんな場所で動けなくなって置いてかれたとしたら……うぅ、想像したくない。頑張れ、兵士の皆さん!)


「よっほっとったっえい、着いた!」


 そんな声が聞こえたので顔をあげると、光が見えた。

 久方ぶりの階段以外の景色に身体が軽くなり、私は残りの階段を一気に駆け上がって、息を整える。


「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅーーーー」


 階段を登りきった先は、何もない場所だった。

 柱が数本立っている以外は真っ平らで、地面が剥き出しになっている。


「ここは…………」

「精霊殿の神域よ」


 振り返ると姫様が呆れたような顔で立っていた。

 汗一つかいていないのは流石姫様と言ったところだろうか。


「それにしても……ジミー、貴方本当にヒューマン? だとしたら、悪魔憑きだって言われたほうが余程納得できるのだけど」

「ええ、正真正銘ヒューマンの紳士です。それよりノンノ、ちょっとばかり体力があるくらいで人外扱いは酷いですよ」

「ちょっとねぇ……気づいてたかは知らないけど、貴方が置き去りにしてきた兵士って近衛兵よ?」


 どうりで普段練兵場で見る人達よりも強そうな筈である。


「へぇ~、そうなんですか。言われてみれば確かにそんな感じですね」

「お父様に言って鍛え直したほうが良いのかしら……」


 確かに、子供二人に体力負けするようでは鍛え直したほうが良いのかもしれないな。

 本来他国の兵士が弱かろうと私は困らないのだが、姫様を守るには心許無いのでもっとしっかりしていて欲しい。

 姫様は形だけとは言え婚約者だし、年の近い初めての友人なのだ。それを守る最後の砦があれではお話しにならない。

 ナベリアに安心して帰るためにも是非頑張って頂きたい。


「そうですね。死ぬ一歩手前くらいでちょうどいい感じでしょうか」

「…………え?」

「どうされました?」


 姫様が何故かドン引きしていらっしゃる。

 なぜだろう?

 走り込みは限界までやったほうが気持ちいいし、力になる気がするのだが。


「いい、気にしないで」

「そうですか……」


(目頭を押さえながら首を振られると、まるで私が非常識みたいですごく気になるんですが……)


 どうやらこの手の話題は、この世界の一般常識が欠如している私には不利なようだ。


「ところで、さっき精霊殿と仰ってましたが、ここで何かあるのですか?」


 私の強引な話題転換は姫様にとっても渡りに船だったらしく、すぐに食いついてきた。


「フッフッフー、その通り! 今からここで貴方の洗礼をするのよ!」


 どうだ、驚いたか! と言わんばかりのドヤ顔をされているところ申し訳ないのだが、それは色々とまずい気がする。

 いくら洗礼を断られたからと言って、じゃあ違うとこでやってきましたなんて……教会に口実を与えるだけだろう。

 宗教軽視ダメ、絶対。

 宗教にもよるだろうが異教徒と言うのは限りなく敵に近い存在なのだ。

 仲間でさえ金が欲しいからと魔女裁判にかけて財産を没収するのだから、どれだけ残虐に蹂躙しても神が許してしまう異教徒なんて進んで成るべきではない。

 彼女には悪いがここは辞退しておこう。


「ノンノ、流石にそれは帰った時に何を言われるかわかったものではないので……」

「あら、帝国でもほんの一握りの者達しか立ち入ることの出来ない神域まで来て、洗礼を蹴ろうというの?」


(………………)


 姫様あぁぁ! どぉしてそーいぅことするのぉぉー!?

 私の顔が余程面白かったのか、ほくそ笑んでいた彼女が腹を抱えて笑い出した。


「フぷっ、何その顔。アハハハハハ!」


 ほいほい着いてきた私が悪いのかもしれないが、説明もせずにそんなところへ連れてくるとか鬼畜過ぎるでしょう……。

 しかも私が洗礼断られたことも、他で洗礼受けたがらないだろうことも、どうやら全部わかっていやがります。


「…………是非……受けさせて頂きます……」


 そう、言うしか無い。

 洗礼を断られるのと蹴るのとでは全く違うし、そもそもここでの洗礼はどうやら一般の洗礼ではないっぽいのだから。

 そんなもの蹴った日には帰国が叶わなくなるか、叶ったとて「あいつ隣国に唾を吐いてきたぞ」と後ろ指を指されること請け合いである。


(だけど、帰って皆になんて言おう……)


 私が沈んだ気持ちで言い訳を考えていると、ひとしきり笑って満足した元凶が私を元気づけるように肩を叩いてきた。


「そんなに気にしなくても大丈夫。自分たちが追い出した信者が他教の信者になったからって何か言えば、逆に向こうが責められることになるわ」


 うーん、そんなに単純なのだろうか?

 宗教ってもっとねちっこくてドロドロしてるイメージなんだけどなぁ……。


「それにここで受けておけば、洗礼を受けていないことで要らぬ誹りを受けることもないしね。口煩い奴には精霊殿の神域で本洗礼を受けたとでも言ってやればいいわ。一発で黙るから」

「はぁ……」

「なによ、気に入らないの? せっかく私がジミーのために色々お膳立てしたのに……お礼ぐらい言ったらどうなの!」


 いけないいけない。

 自分のことばかりで彼女のことを考えてなかった。紳士失格である。

 こんな特別な洗礼を他国の、それも他宗教の人物にやれるよう取り計らうなんて、相当苦労したに違いないのだから。


「すみません、ちょっと以外だったので。もちろん感謝していますよ」

「以外? 何が?」

「いえ、もともとご兄弟の点数稼ぎを邪魔するために私を拐ってきたはずなのに、帰る手筈はまだしもこんなお気遣いまで……ありがとう、ノンノ」

「ふぇ!?」


 姫様がなにやらあたふたしている。


 しかし改めて考えてみると、彼女には本当頭が上がらない。

 そもそも彼女が助けなければ皇子の思いつきで殺されていたかもしれなかったし、その後は婚約者ということにして守りつつ、家に連絡を取って密入国の手配まで……。

 そして今度は本洗礼である。

 流石に何かあるのではと疑ってしまうが、短いながらも付き合ってきた印象としては表裏のあるような方ではなかった。

 きっと彼女なりの気遣いなのだろうと思う。

 なにせ一歳そこそこの子供が、親元を離れて遠い異国の地に一人である。

 私が転生者だからこそ、説明を聞いてある程度落ち着いて過ごすことが出来ているのだ。普通なら泣き続けるか、ひたすらに怯えていることだろう。

 そんなことを考えていると、姫様への感謝の念がふつふつと湧き上がってきた。


「相手は二歳児相手は二歳児相手は二歳児相手は……」

「ノンノ!」


 何かブツブツと呟いていらっしゃるが、今は感謝の気持ちをしっかりと伝えておかねば。

 ガバッと彼女を抱きしめる。


「本当に色々と気を砕いて頂きありがとうございます! 私自身二歳になったばかりですし、今は何も返せませんけど、いつか、必ず、この恩は返します!」

「うぇ△#◯に■&%!<け□ぽ@!!!!」


 姫様は電気が走ったようにビクンっと跳ねると、煙を出して動かなくなってしまった。

 なにやらトリップしてらっしゃるが、気持ちは十分伝わったと思う。

 と、そんなことをやっていたら護衛の皆さんがようやく到着した。


「「「ひゅー、ひゅー、ひゅー」」」

「あ、お疲れ様です」

「ぇぁ!? ゴホゴホッゴホッグゥェ! ヒキュー、ヒュー、キヒュー……」


 挨拶をしたら、後ろを向いていた方に殊の外驚かれてしまった……。

 そのせいか彼の呼吸音がだいぶアレなことになってしまっている。申し訳ない。


「皆様お揃いのようで」

「!?」


 急に声がしたので驚いて振り返ると、そこには豪華なローブを纏い、柔和な笑みを浮かべた老人がいた。

 彼の白を基調としたローブは、赤と金の金属糸の様なもので精緻な刺繍が施され、そこに陽光が反射してキラキラと輝いている。


「ブラフマン殿、あまり私の婚約者を虐めないでくれ」

「フォホホ! いやいや、失礼しましたジェイムス殿。この老いぼれのささやかな楽しみですじゃで、ご容赦下さい」


 そう言うとテヘヘと白髪頭を掻くブラフマンさん。


「はい。いやはやしかしビックリしました。どこに隠れていたのですか? 全く気が付きませんでしたよ」


 そう、私は後ろから声をかけられたから驚いたのではなく、ここにいる誰でもない声がしたので驚いたのだ。

 まったく、こんな殺風景な場所のどこに隠れていたのか……。


「いえ、私は今来たばかりですじゃ。 転移陣を使ってちょちょいと」


 思わず後ろの階段口を見た私を、彼がニヤニヤした顔で見ている。

 姫様は困ったような顔をしているし、兵士の人たちは……死んだ魚のような目だ。


「もちろん、それを使えるのはブラフマンだけよ。 だから私も階段を登ったでしょう?」


(姫様は別にどちらでも変わらない気が……おっと)


 私の視線の意味に感づいたのか、姫の目線が少し強くなった。


「貴方にはそんな目で見られる筋合いはないわよ。体力お化けめ……私の見せ場がないじゃない」


 声が小さくて最後のほうがよく聞こえないが、姫様は私を何だと思っているのだろうか。

 至って健全な幼児を捕まえて体力お化けとは失敬な。


「まあ、どうやって来たかはわかりました。それで、ブラフマンさんが私の洗礼を行って下さるのですか?」

「ええ、ええ、そうですじゃ。いつもは皆さん体調が優れんと言うて暫く休むのですが……貴方は大丈夫そうですし、もう始めますかの?」


 私はいつでも良いので、姫様と兵士の皆さんに視線で尋ねる。


「私たちはここで見ているだけだから、ジミーの好きなタイミングで大丈夫よ」

「わかりました。では、お願いします」

「はいですじゃ。では、私について来てくだされ」


 そう言って柱が立っている辺りに向かって歩きだす彼の後を追い、私も少し遅れて歩き出した。

 あちらでもこちらでも、洗礼というのは初めて受けるものなので、やはり緊張する。


(無事に終わりますように……)


 無意識に呪いの言葉を吐き出して、私は祭儀場へと向かっていった。



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