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紳士転生~異世界奮闘記~  作者: アケミナミ
第一章 砂漠の姫君
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ノーニャ・ウェルニッケ


「ノーニャがコルトー家の嫡男を?」

 

 軽薄そうな男の声が薄暗い部屋に響く。

 部屋は多くの垂れ布や香で視界が非常に悪い。男の顔が見えないどころか何人もの人間の気配があるにも関わらず、人の姿が見当たらないほどだ。


「はい、どうやら精霊門を利用して無理やり拉致してきた模様です」


 答えたのは大層な口髭をたくわえた男。


「して、彼の者は今どうしている?」

「現在はおとなしく姫様によって飼われております。まあ、何かしようにもあの歳ではどう仕様もないでしょうが」

「侮るなよ? ノーニャのこともある」

「勿論です。そのあたりは抜かりありません」


 そう言って髭の男はむせ返るような部屋を後にした。

 中庭に面した回廊を歩きながら、彼は目頭を揉んでいた。


「姫様にも困ったものだ」


 彼女は常々継承争いに興味はない、良き相手を見つけて嫁ぎたいと言ってはいるが……彼女を神輿にしたい輩にはそうは取られないだろう。なにせやること成すことがどれも皇帝の座を狙っているようにしか見えないのだから。

 今回のことにしてもそうである。

 一部の者を除いた殆どの者たちには、コルトー家の嫡男を拐ってきた今回の件は人質にするためであると思われていた。



  ◆  ◆  ◆



 ノーニャ・ウェルニッケ。

 彼女はウェルニッケ帝国皇帝ラージャ・ウェルニッケの九番目の子供だ。

 歳の離れた兄や姉が何人もいる末子の彼女は、当初継承争いにはとても加われないだろうと思われていた。

 しかし彼女が洗礼を受けた時に当時の下馬評をひっくり返し、継承争いの渦の中へと巻き込まれることとなったのだそう。

 そして今宮中では、彼女の婚約者ということになっている私が注目の的となっているようだ。

 出会い頭にいきなりプロポーズを受けてから半年がたち、私は今彼女の従者兼婚約者をやっている。


「ほら、早く!」


 彼女は急かすようにそう言うと、さっさと行ってしまう。

 歩いていっても良いのだが、そうすると「早くって言ってるでしょ!」と言って地団駄を踏む彼女に引っ掴まれて、引き摺られる未来が容易に想像できるため駆け出す私。


「姫様待って下さい! そんなに急がなくても間に合いますよ!」


 彼女と違って身体強化の使えない私では追いつくのが難しいため、声を張って彼女を静止する。

 声が届いたのか、すぐさま急停止して戻ってくる彼女は、アラブの女性が着るアバヤに似た服を着ており実によく似合っていた。


「……って言った」

「ん、なんですか?」


 戻ってきた姫は大層ご立腹のご様子で、口をへの字に曲げて眉間にしわを寄せているが、一体どうしたんだろうか。


「今姫って言った!!」


 そう言うが早いか姫様の蹴りが私の脛へと当たり、「~~~っ!」っと叫びにならない声を上げて地面に転がる羽目になった。


「姫様何を……」


 ゴッ!


「だから姫って言うなって言ってんでしょ!」


 ゴッ! ゴッ!


「わ、わかりました! わかりましたから止めて下さい!!」

「…………」


 蹴るのは止まったものの、足を肩幅に開いて腕を組み、こちらを睨んでいる。

 取り敢えずここは彼女の言う通りにしておかないと体が持たないと踏んだ私は、彼女の要求している言葉を絞り出す。


「……ノ、ノンノ」

「う、そ、それでいいわ! 初めからそうしていれば、こんなに汚れることもなかったんだから!」


 真っ赤な顔して恥ずかしがるくらいなら言わせなきゃ良いのに……。

 彼女がどうして幼児にこんなにも照れているのかというと、人前で愛称を呼ばせることにそれなりの意味があるからなのは勿論だが、私の外見がかなり関係していた。


「それにしても、ちょっと育ちが良すぎじゃないかしら……」


 服についた砂を払う私を彼女が見上げながら(・・・・・・)そうごちる。

 この半年で私は、二歳にして既に五歳のノンノよりも身長が高くなってしまっていたのだ。


「それにしても、ノンノは身体強化しているんですから少しは手加減して下さいよ」

「精霊の力すら持ってる私に、遅れながらも生身で着いてきてる人が何を言っているのかしら?」


 彼女は精霊と契約しているらしい。

 以前彼女が洗礼を受けた際に一体のサラマンドラが現れ、なんだかんだで契約することになったのだとか。

 そのせいで、彼女は普通の身体強化の比ではない力を有しているとのこと。


「鍛えていますから。それに婚約者に置いて行かれるようでは紳士失格ですしね」

「ハイハイ、紳士ですものね。いっつもそうやって誤魔化すんだから」


 ふんっと言って歩き出してしまうノンノ。

 だが実際私自身にもわからないのだ。急成長の理由も、それに伴う身体能力の異常な上昇の理由も何一つ。



 暫くして宮殿の入り口が見えてくるとそこには、大勢の武装した兵士とラグーン、それに数人の侍従が居た。

 ラグーンと言うのはラクダとトカゲのあいのこの様な生き物で見てくれは怖いが、人懐っこいので慣れると案外可愛いものである。

 兵士たちの中から隊長らしき人が近づいてくる。


「お待ちしておりました殿下、ジェイムス様」

「ええ、じゃあお願い」

「よろしくお願いします」


 簡単に挨拶を済ませると私たちは馬車に乗り込んだ。

 今日は私が二歳になったことを祝うために彼女が外出許可を取ってくれたらしい。

 馬車がゆっくりと走り出したのを確認して、今日の目的地を聞いてみる。


「で、今日はどこへ連れて行って頂けるのですか?」

「フッフッフ~。着いてからのお楽しみよ!きっと驚くから!」


 姫様は鼻息荒く自信満々でそう言うと、宮殿から殆ど出たことのない私に街のことをあれこれ話し始めた。


「……だから、あそこのケバブはいいケバブで、こっちのケバブは……」


 こうなると満足するまでノンストップなので暫くはほっておこう。

 馬車の窓から私も通りを眺める。

 建物の多くは降雨量の少ない地域特有の平らな屋根で、壁は日干しレンガばかりかと思ったがそうでもなかった。窓は小さめで、跳ね上げの木戸が付けられているみたいだ。

 馬車の速度が次第に落ちてきた。


(ん? 着いた……わけではないのか)


 人通りの多い場所をなるべく避けていたようだが、今は近くにバザールでもあるのかすごい人混みで、歩くくらいの速度でしか進んでいない。

 当然、姫様はイライラマックスである。

 護衛の人は縮こまって只々嵐が過ぎ去るのを待っていたが、私は諦めて街を眺め続けることにした。

 多くの人でごった返していても、向こうの現代社会と違いある程度服装は似通っているようだ。

 あまりよくは見えないが、エジプトの一般的な服装であるガラベイヤに似た服を着て、ターバンやスカーフのようなものを頭に巻いている人が多い。

 男性は単色だったりシンプルな物が多く、女性は布地の色や柄が何種類もあって、同じものは無いんじゃないかとさえ思えてくる。

 あとは姫様が来ているようなアバヤっぽいものも時折見かけるが、殆どの人はカラフルな服装だな。


「…………」


 なにやら視線を感じる。

 窓の外から視線を外しちらりと向かいの席を伺うと、ぶすっとした顔でこちらを見つめるお嬢さんがいらっしゃる。


「えっと……どうかされましたか?」

「私の話、つまんない?」


 今更ながらに姫様を放っておき過ぎたことに気づき、内心焦って心拍数が上がるが決して顔には出さない。

 紳士たるもの女性の、それも一応は婚約者である人の話を右から左へ聞き流していたなんて事あってはならないのだ。

 少なくとも女性にそれを悟られてはいけない。


「いいえ、そんなことありませんよ」


 全く聞いていなかったとは言えないので、なるべく自然な笑顔で否定する。


「そう? 道行く女性を見るのに熱心で聞いていないのかと思ったわ」


 どうやら聞いているかどうかよりも、他の女性を眺めているのが気に入らなかったようだ。


「いえ、違いますよ。特定の個人ではなく、町並みや人々を見ていたのです」


 これは本当。

 人によって旅の楽しみ方は違うだろうが、私はその土地ごとの風景や人々の様子、文化、風習、歴史などを実際に見て、聞いて、感じることが好きなのだ。

 観光施設なども楽しいのだがどこか似たり寄ったりの事が多くてあまり好きになれない。


(ジーーーー……)


 訝しそうに私を見る姫様。

 私は彼女が満足するまで視線を合わせ続ける。


「…………まあ、いいわ。何が楽しいのか知らないけど、女性をジロジロ見るのは控えなさい」

「ええ、そうですね。ノンノがいますからね」

「な! ば! なんでそこで私が!」

「婚約者ですから」

「そうだけど! そうだけど! えーっと、もういい!」


 私の軽いお返しというか不意打ちが効いたのか、姫様はクッションの山にお隠れになってしまわれた。

 ちょうどその時扉がノックされ、顔を覗かせた隊長さんから「間もなくです」と告げられる。

 さてさて、どこに着いたことやら。

 馬車が止まるのを待ち護衛の兵士に続いて外へ出ると、そこは崖に作られた神殿っぽい建物の前だった。


「うわぁ……すごい」


 なんか色々凄すぎてそんな言葉しか出てこなかった。

 全体的なディテールはエジプトの遺跡そのままだが、石像が見たこともないような生き物だったり、ヒエログリフ的な象形文字がビッシリと書き込まれた壁面などが淡く光を放っていたりと……なんかホントすごい。


「ほら、突っ立てないで行くわよ!」

「え? ちょっちょっと、これ並んでいるんじゃないんですか?」


 そこには神殿の入口からズラ~っと続く長蛇の列があった。皆黒い着物の上から白い布を被って並んでいる。

 これを素通りして順番抜かしする度胸は流石にない。


「気にしなくても大丈夫よ。これは巡礼の人たちだから。私たちはあっち」


 そう言って彼女が指差したのは……。


「上……ですか?」

「そう、あの上でやるのよ」


 崖の上ですか……。都心にある高層ビルぐらいの高さがありますよ?

 高所恐怖症ではないが、あれだけの高さを階段で登ることを考えるとちょっと萎縮してしまう。


(いや、流石にそれはないか。何かしらの魔法でちょちょいと……)


 ふと横を見ると、隊長さんが一緒に来るであろう兵士を励ましているのは気のせいだろうか?

 前を行く姫様に聞こえない程度の声量で何か言い合っている。


「隊長……」

「大丈夫だ! お前ならやれる! 私も行くから安心しろ!」

「隊長ぉ……まさか、走りませんよね……?」


 うわぁ……ほんとに励ましてる。

 というか隊長さん、そこで目を泳がしてはダメだ!


「やっぱり……」

「い、いやそうと決まったわけではない! それにジェイムス殿もいるのだ、姫様もそのへんはご配慮下さるであろう!」

「あの方は身体強化も無しに、平気な顔して練兵場を百週したりするじゃないですか……しかも二歳児」


 あー、なんかすみません。でもそのくらいでないと追いつけないんですよ、彼女に。


「う、うぬ……まあ、そうだが……とにかく大丈夫だ! ほら行くぞ!」


 既にお通夜気分の兵士さんたちが神殿へと向かい始める。


「ほら、さっさと行かないと日が暮れるわよ」

「は、はい!」


 これは走っていくつもりだなと思い、心の中で兵士さんたちに手を合わせるのだった。



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