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マナーの虎


 魔法が使えるか否かが完全にギルド頼みになるだろうことに一抹の不安を感じつつ、取り敢えず十二歳まではどうしようもないだろうと割り切ってしまうことにした。

 その後私は魔法書を司書に返すと、魔法以外の必要そうな本を幾つか見繕ってもらうようお願いして書庫を後にする。

 因みに、去り際に聞いたところ彼の名前はモーリスらしい。


「はぁ……」


(ホント、魔法使えなかったらどうしよぅ……)


 予定以上に書庫で時間を潰してしまったので、私は体力づくりのため城探検に戻るが、やはり魔法のことが気にかかっていた。

 こちらに来る前から小心者な私にとって、難しいけれどやればできるものと、簡単だけれど他人の力量や運に左右されるものとでは、圧倒的に前者の方がいい。

 あの後、もう少し魔導書やモーリスの書いたものを見せてもらいながら彼と話したが、魔法が使えるようになるというのはどうもアハ体験に近いように思える。今まで当たり前すぎて意識していなかった魔力という感覚を、他人に弄られることではっきりと認識するというのが、使えるようになる切っ掛けらしい。

 だから教えてもらうギルド職員の腕や誠実さもある程度以上に関係してくるということだ。モーリスももしかしたら、下手くそな人や悪質な人物に毎回当たっているのかもしれない。

 どんな人物に当たるかもわからないのに、金貨二枚というのは高い気がする。みみっちいだろうか?

 いや、そんなはずはない。金貨二枚がどのくらいなのかまだ分かっていないが“金”貨なのだ、きっとそれはもう美味しいものが沢山食べられるくらい、価値があるに違いないのだから。


 クゥ~。


 廊下に幼児らしい可愛い腹の音が鳴る。

 私はバババッと音がしそうな勢いで素早く周囲を確認し、誰も居ないことを確認すると「ふぅ」と一息ついた。


(危ない危ない。腹の音を聞かれるなんて、紳士としてよろしくない。ちょっと気が緩んでいるのかも。しかし、もうそんな時間か)


 ぺしぺしと両手で頬を叩き気を引き締めると、窓から差し込む陽の光が随分移動しているのを確認する。


(まだほとんどトレーニングにはなっていないけど、ご飯の時には戻らないと身体にも他の人にも悪いしね)


 中身は成人していても、外身は幼児である。肉体的な成長のためにも食事と睡眠はしっかり取らなければ。それに食事を用意してるであろう人たちを無視して好きな時に食事を摂るのは、人としても貴族としても紳士としてもアウトであろう。

 そんなことを考えているうちに、使用人の食堂とは別の、私達家族だけが使う食堂へとたどり着いた。

 中はシンプルながらも気品を感じさせる内装で、いつも思うが中身小市民な私はこのくらいが限界である。いくら毎日使う慣れた場所とは言え、正直バロックやらロココやらの目が疲れそうな部屋で食事するなど、居心地悪くてとてもじゃないができないだろう。

 私はいつも通り上席の隣に座る。

 給仕のメイドさんが「只今旦那様と奥様をお呼びしております。少々お待ちください」と言って離れていく。

 固形物が食べられるようになってから、最初に思ったのはこの世界なのか時代なのか国、家、料理の種類なのか、理由はわからないがとにかく“微妙”だなということだ。

 貴族が食べるような高級料理しか食べていないが、素材の味を活かしすぎているためか、正直どれも味気ない。初めはイギリスの食事みたいに自分で好みの味付けをするのかとも思ったが、味はしっかり付いているらしく、両親は普通に食べている。

 私が前世含めて食べたもので一番近いのはフランス料理のコースだろう。

 普段庶民的なものやB級グルメばかり食べていたせいか、何かの記念に奮発して友達と食べに行ったものの味がほとんどしなくて激しく後悔した覚えがある。あの時は嬉しくない満腹感と財布の軽さに友人と一緒になって涙したものだ。

 今世で私が食べている料理も、それに似て見た目は良いが味気ない。最近では飲み下すようにして食べているのだが、唯一の救いは私が美味しそうに食べていると思われていることである。


(今日はどんな料理だろ? 喉越しが良いと嬉しいなー)


 テーブルに用意された食器やナプキン、燭台なんかを眺めつつそんなことを考えていると、両親が入ってきて隣に母様が、斜め向かいに父様が座った。

 そして見計らったかのように料理が出され、ワインとミルクがグラスに注がれる。

 もちろんミルクを飲むのは私である。これは私のわがままから出されるようになった。

 初めはワインを出されたのだが、いくら世界が違っても私はまだ未成年、しかも二歳にもならない幼児である。流石に酒を飲むのはまずかろうと、アルコール以外のものを貰えるようお願いをした結果、私にはミルクが出されるようになったのだ。

 因みにセザンヌは娘の世話があるのでこの場には居ない。

 午餐が始まりカチャリカチャリと静かな室内に食器の音が響く。

 もちろん私が出している音ではない。父様と母様もだいぶ慣れてきたが、あまり意識しすぎると肩肘張ってしまってむしろ良くないので、家族での食事はそこまで気にしないことにしたのだ。

 この、私的に普通の食事風景が始まったのは、つい半年程前の卒乳の時期からである。



  ◆  ◆  ◆



 私はテーブルマナーに関してそこまで詳しいわけでもないし、五月蝿くもないつもりだ。

 そもそも本質的には“美味しく楽しく”が基本だと思っている。だからよっぽど下品な、食欲の失せるような行いをするなど他人に迷惑をかけなければ、細かいマナーなんて特に気にする必要もないとさえ思う。

 テーブルマナー自体十五世紀頃からあったと言うが、ヨーロッパに広まったのは十六世紀にメディチ家のカトリーヌが嫁ぎ先の粗暴さに呆れて作ったマナー本がきっかけだったと思う。格式の高いレストランなどで見られるテーブルマナーが完成したのなんて、あちらの世界でも相当新しい時代だったはずだ。

 そんな私でも我慢できないことがあった。

 手づかみ食べである。

 別に蟹や手羽先みたいに手で掴まないと食べられないものの話ではない。出される肉料理や魚料理、サラダにデザートっぽいものまで全部である。

 精神的に落ち着いて、ある程度余裕ができるまでは気にならなかったわけでは無く、気にしなかった。正直自分のことのほうが問題だったからだ。

 だが自分に余裕ができ、尚且つ同じテーブルで同じ食事を取り始めると流石に我慢できなかった。


「フォークとスプーンをもらえますか?」


 ある日、無駄だと思いつつ私は給仕に聞いた。ナイフ以外は無いのかと。

 当然意味がわからず困惑する給仕は「申し訳ありません。どういったものなのでしょうか?」と逆に聞いてくる。

 それはおそらく、食堂に居る私以外の全員が思っていることの代弁だったに違いない。両親含めた皆の視線を感じる。


「ナイフのえのさきがこんなのがスプーン。こんなかんじのがフォークです」


 私は自分の手で形を表現しながら彼女に伝えた。


「わかりました。少しお待ち下さい、探してまいります」


 そう言って給仕さんの姿が部屋から消えると、横で聞いていた母様がスプーンとフォークについて聞いてくる。


「ジミー、“すぷーん”と“ふぉーく”と言うのは何に使うの?」

「しょくじをするのにつかうのです。スプーンはこう、スープなどのしるものをすくうのに。フォークはナイフでにくなどをきりわけるときや、それをくちにはこぶときにつかうのです」


 話を聞きながら、その意味をなんとなく理解した母様は「それはいいわね、手が汚れなさそう」と言って、ある程度理解してもらえた。

 だが父様はフィンガーボウルで指を洗いながら聞いていても、あまり分かっておられないご様子。


「ジェイムス様、おまたせ致しました。先程言われていたものに近いものですと、このようなものしかございませんがよろしかったでしょうか?」


 母様に説明しているうちに戻ってきていた給仕が、会話の途切れたところで声をかけてくる。


「あ、ありがとうござ……」


 無いのは大体分かっていた。というか、あったら儲けものぐらいだったのだが、まさか調理器具が出てくるとは……。

 確かに形は言った通りだし使用用途も似ているが、幼児の手には大き過ぎではないだろうか?

 彼女の手にはおたまとカービングフォークが握られていた。

 固まる私に困ってしまう給仕のメイドさん。


「あ、あの……ジェイムス様?」

「あ、はい。すみません。ありがとうございました。ただ、かたちはたしかににているのですが、わたしのそうぞうしているものとはちがうものなので……」

「そうですか、お役に立てず申し訳ありません」

「こちらこそ、むりをいいました」


 彼女は申し訳なさそうにそう言うと、器具をまた戻しに行った。

 それを見送った私は母様に目配せすると、父様に「お話があります」と言って食事の後に時間を作ってもらった。

 その後私のなんちゃってマナー講座が開講し、母様と一緒になって貴族として必要だとかなんとか色々と理由をつけ、父様にマナーの必要性を認識させた。


「ということで、つくってください。スプーンとフォーク」

「お願いね、あなた」

「お、おぅ。わかった」


 父様は私と母様に気圧されるようにして首肯するのだった。



  ◆  ◆  ◆



 あの後幾つかの試作品を経て、今使っているスプーンとフォークがこの家で使われるようになった。

 父様も実物を私が使ってみせると納得したようで、今ではもうそれが当たり前のようにお客さんの前などで振る舞っているそうだ。



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