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魔法なんてちょちょいのちょい()

 司書はすぐに戻ってきた。大量(・・)の本を両手に抱えて。


(幾つかと言うから二、三冊程度のことと思っていたんだけど……)


 荒い呼吸をしながら彼がテーブルに置いた――否、積み上げた本は、ゆうに十冊は超える量だった。


「はぁ、はぁ、なにか、この中で、気になるものは、ありますで、しょうか」


 全力疾走でもしてきたのだろうか? 言い終わるなり膝に手をついて今度はヒューヒューとつらそうな呼吸をしている。

 「ありがとうございます」と言って、本を物色し始める。

 華麗な装飾がなされたハードカバーのものやシンプルな革表紙の本など様々な装丁のものがあり、眺めている分には案外楽しめそうではあるものの、そのどれもが待つ間軽く読む本にしては分厚く、見ているだけで肩がこりそうだ。


(うーん……タイトルは興味を惹かれるのが多いけど、パラパラと読み飛ばすには向いていない物ばっかりだなぁ)


「ん? これは……」


 そうして雑誌くらいの手頃な本はないかと探していると、紐綴じにした紙の束が本の間に挟まっていた。

 表紙は無く本文がむき出しになっていて、内容も全て手書きだ。どこか既視感を感じさせるそれを眺めていると、ようやく息を整え終わった司書がこの紙束について説明してくれた。


「すみません、えっと……ああ、それですか。恥ずかしながら私は魔法が使えないので、ここで働かせてもらいつつ蔵書で勉強している次第でして……。まぁ、それは私の覚書のようなものなのですが、ジェイムス様には他の魔法書よりもとっつきやすいのではないかと思いまして」


 そう言って彼は恥ずかしそうに頬を掻いている。


(魔法、やっぱあるんだ……)


 私は今まであえて魔法には触れないようにしてきた。

 異世界らしき場所にやってきたからといって、必ずしもそこが剣と魔法の世界とは限らないし、魔法があったとて使う必要などないかもしれない……とまぁ、ようは建前を並べて誤魔化していたのだ。魔法が使えないかもしれない不安から、目を背けるために。

 魔法があってもそれが普通に使えるなら不安なことなどないのだが、私は転生者である。それも魔法が使えない世界からの転生者。

 それが存在しない世界にいたことが影響しないか、アドバンテージになるのならばいい。

 だが実際のところ、魔法が存在しないという数十年の厚みを持った記憶と認識が、魔法を使う上で有用だとはどうしても思えない。むしろ魔法習得を阻害する要因ではないかと思えてしょうがないのだ。

 しかも魔法がある世界に限って人間は食物連鎖の頂点に君臨していないことが多い気がする。

 チート人間がいるのと同様に他種族や魔物などにも規格外があらわれるだろうし、人間が基本的に団結などできないことを思えば当然なのかもしれないが。


(しょうがない。どうせいつかは確かめなきゃいけなかったんだし、それにお披露目会で必要になるかもしれないと思えば、今のうちに目を向けられて良かったのかも)


 目をそらしてきた魔法の存在を意図せず肯定されてしまった私は、どのみちいつかは知る必要があったんだからと自分に言い聞かせ、前向きに受け止めることにした。


「そうですか、おこころづかいありがとうございます。ところで、まほうはそれほどしゅうとくがむずかしいのですか?」

「いえ、日常生活レベルなら魔術師ギルドに行って金貨二枚払えば使えるようになりますよ」

「え? それなら……」

「なぜギルドに行かないか、ですか? 勿論私もギルドには行きました。それも二回。ですがギルドに行くと手ほどきはしてもらえるのですが、相性が悪いのか何なのか、私のように使えるようにならない人が稀にいるらしいです。その場合、魔法は諦めた方がいいとまで言われました」


 何かを思い出すかのように上を見上げながら溜息をつき、視線を落として両手の平を見つめる彼の姿は、疲れているような、迷っているような、そんな気がした。

 彼は何かを振り払うように首を振ると、仕切り直すためか声のトーンを上げ「さてっ」と手を叩いた。


「それでですね、基本的に誰でもギルドに行けば魔法は使えるようになるのですが、残念ながら十二歳からしかできないのです。これには亜人も平民も王侯貴族も関係がなく、だれもが十二歳まで待つ他ありません。なのでもし、それより早く使えるようになりたいとか、お金が払えない等という場合は、独学で難解な魔術書を読み解かねばならないのです」

「なるほど。そこでこの“ノート”がやくにたつというわけですね?」


 分かっていますよ、とばかりにドヤ顔で紙束を指差す私。

 不思議そうな顔で紙束と私を交互に見る司書さん。


「“のーと”……ですか?」


 紙束に対する既視感の正体に思い至り、ついあちらの言葉でそれを呼んでしまったことに気がついたが、既に時遅し。

 やめて! ドヤ顔で固まっている私をそんな不思議そうな目で見ないで! 


「あー……きに、しないで、ください。おぼえがきのようないみですが、一般的な言葉ではないので……」


 悪意のない純粋な視線とは、これほどの破壊力を有していたのか……。

 逃げ出したいのを我慢して、訂正する。


「そのような言葉があるのですか、知りませんでした。では、私の“のーと”についてですが、先に行っておきますと読んだからといって魔法が使えるようにはなりません。書いている本人が使えないのですから当然ですね。なので、あくまでも補助的なものとお考え下さい。魔導書と一緒に読むといいかもしれません」


 「ぐふっ」と言って机に突っ伏す。

 簡単には見逃していただけないようである。

 軽く流してくださいと言ったつもりなのに、あろうことか私に合わせて使い始めちゃったよ!

 万が一他のところで彼が使った場合、絶対に私の話がでるだろうし、誰が聞いても子供がオリジナル言語的なやつを作っているのだと思うだろう。

 そして「坊っちゃんは賢いですね」などと言われた日には……死ねる。精神的に。

 それはつまり、私が中二病患者であると喧伝されながら、城ぐるみで気を使われることになりかねないのだから。


「おや、どうかされましたか?」

「い、いえ。それよりも! さきほどのことば、ぜったいだれにもいわないでください! つかうのもやめてください! いいですね? ね?」


 「え? え?」といった感じの彼に、私は鬼気迫る様子で言い聞かせる。

 有無を言わせぬまま、半ば強制的に何度も首肯させると、「ふぅ……」と一息ついた。


「で、はなしはもどりますが、いっしょによむのですか?」

「え? あ、は、はい、一緒に、です。この書庫には、多くの魔導書が保管されていますが、私のような浅学の者にもわかりやすく書かれている本は、魔術師ギルドによって発刊前に検閲で弾かれてしまいますので、一冊もありません。そのため魔法書はどれも難解なものばかりで、それらは内容一つ一つの意味を理解するのさえ難しいのです」

「んー、なるほど」


 つまり彼が作っているのはおそらく、辞書または解説書といったものなのだろう。

 そして人間のやることはどの世界も同じのようだ。いや、法整備が甘そうな分此方の方が酷いかもしれない。


「じゃあとりあえず、まどうしょというものをみせてもらえますか?」


 難しい難しいと言われたところで、主観など千差万別なためよくわからない。やはり、実際に見てみたほうが早い気がする。

 彼は「はい!」と言って走っていった。


(魔法、使えなかったらホントどうしよぅ……)


 学校などでよく言われることだが、大多数ができることができないというのは、それだけでかなりのハンディになる。

 ましてそれが、大人から子供までほとんど全ての人ができることであった場合、悪い意味で非常に目立つのは明らかだ。

 この世界に学校があるのかは不明だが、あるとするなら真っ先にいじめの標的になるだろう。よしんば私に魔法が使えなかったとしても、コルトー家に対してそんな態度をとるとは思わないが、影で何と言われるか……想像したくない。

 私が悪い方にばかり考えて鬱々とした気分になっていると、司書が数冊の本を抱えて戻ってきた。


「お待たせしました!」


 またもや息せき切ってやってきた彼は、本を置くと役目は終えたとばかりにへたり込んだ。

 「ありがとうごぜいます」と言って早速一番上の魔導書を開く。

 パラパラとめくった後、他の数冊も確認する。


「うわぁ……これ、あ、うわぁ~……」


 なぜか思いっきり見たことあるような……。

 宗教的な事や精神論、感覚的説明でかなりゴテゴテと意味不明な装飾がなされていたが、その内容自体は中学、高校で習う理科のそれだった。

 気持ち的にはここで「お? なんだ、魔法ちょろいじゃん!」と言って、この場ですぐさま習得と行きたいところである。

 だがしかし、やはりラノベ的ご都合主義なるものは幻想だったらしい。

 司書の人は気がついているのか知らないが、魔導書というのは魔法が使える(・・・)人の読むものであって、間違っても魔法を使うために読むものではなかったのだ。



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