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早すぎる修行パート


 装飾華美な大扉の前で深呼吸をする。

 横にいる両親は慣れているからか、まだ若いのに気負った様子がなくいつも通りの自然体だ。

 母様によって父様が映倫規定R15待ったなしのモザイク生物にメタモルフォーゼさせられてから、およそ一年半の月日が経過した。

 後日何事もなく汚名返上を果たした私は、それからの毎日を普通の子供らしく遊んで暮らしていた……わけではない。その逆で、勉強と特訓に明け暮れていた。

 それこそ日の出ている時間全てを使って机にかじりつき、あるいはひたすらに体を動かしていたと思う。

 母様とセザンヌに止められ、使用人たちにまたも奇異の目を向けられながら、それでもやる必要があったのだ。紳士として、貴族として、この家の長男として、将来のためになんとしても!

 名前が呼ばれ、大扉がゆっくりと開いていく。

 楽団が奏でる落ち着いた曲が向こう側から聞こえ、綺羅びやかに着飾った飽食の世界が徐々に見えてきた。

 父様と母様が私に目配せをしてくる。

 もう一度深く深呼吸をして前を向き、私は今、貴族としての第一歩を踏み出した。



  ◆  ◆  ◆



 それはモザイク状態からリバイブなされた父様の一言から始まった。


「もうおしめが取れるなんてすごいぞ、ジミー! この分ならお披露目でも安心できるどころか、お歴々の度肝を抜けるやもしれんな!」


 今なんと?

 お披露目? 誰の? 私の? お歴々??


「え…………?」

「あなた、気が早いんじゃない? まだ一年以上も先よ?」


(…………)


「そんなことはないさ。この歳でこれほど聡いヒューマンなど、そうそうおるまいよ。まあ、そうなると色々と大変だろうが……」


 そう言って父様はにやりと笑い、意味深な目を私に向けてくる。


「まあ、それについては当日のお楽し「とうさま」

「ん? なんだい、ジミ「いつですか、おひろめは? それから、なにがあるのかくわしくおしえてください。きぞくのじきとうしゅとして、はじをさらすわけにはまいりません」


 父様のどうでもいい言葉を遮り、淡々と必要な情報を得ることに終止する。

 以前はこんな対応は取らなかったが、今はトイレ事件のことと焦りからつい冷たく当たってしまう。父様がなにやらしょげているが、気にしない。

 それにしても、一人でトイレができるようになり一息つけると思えばこれである。

 なんですか、お歴々って! 父様がそんな風に言う相手なんて、王族くらいしかいないじゃあないですか!

 しかも国のトップと実質ナンバー2が出席するということは、きっと国の重鎮やら、大商人やら、高位神官やら、重要人物が沢山みえるわけでしょう?

 これは由々しき事態である。

 ラノベの主人公的立ち位置なら、もっと都合のいい時にイベントが発生してくれないとたぶん気がもたない。

 受験戦争を経験した時に思ったのは、人間がフルスロットルでいられる時間には限りがあるということだ。ブラック企業のように限界を超えてエンジンを回し続けていると、遠からずエンジンが壊れてしまうのである。

 というかそもそも、ラノベ的ご都合主義が思うように働いてくれていない気さえする。当事者だからそう思うだけなのか、それとも休暇とってベガスにでも行ってるんだろうか?

 もしそうなら早急に帰ってきて頂きたい。

 “知らない天井だ。これはもしや異世界転生!? なんでこんなことに――”みたいなテンプレ、一体いつやるんだと言いたいくらいに余裕がないのだ。

 転生最初の記憶が、見知らぬ綺麗な女性に向かって喚きちらしながら、素っ裸で小便をかけている状況だなんて、悪い冗談もいいとこである。世界が世界なら、その時点で社会的死亡が確定するだろう。言葉だって向こうでいくつも勉強していなければ、いまだに何語かすらわからなかったのだ。

 挙句、王侯貴族の中にいきなり投入されるときた。

 “色々大変”だって? だったら連れて行かないでと言いたい。


「三歳になったらだから、一年半後くらいかしら。お披露目と言っても皆様にご挨拶して回るのが主だし、それだってほとんど私達が話すからそんなに身構えることもないわよ?」


 異世界転生のゲームモードがブラックなことに嘆くこと数秒、気落ちする父様に代わって母様が答えてくださる。


「では、とうさまのいう“たいへんなこと”というのはなんなのですか?」

「んーとそれはね、言ってしまえば私達のせいだから言いにくいのだけれど、お互いの子供を品定めするのよ。本来はお披露目と次世代を担う子供達の初顔合わせが目的なのだけど……親同士の事情や思惑、親馬鹿精神が入り込むせいで、例年子供を出しにしてお互いに牽制し合ったり、許嫁を決めたりする場になってるわねぇ」


 なるほど。

 ある程度は予想していたものの、まさか本当に子供の出来不出来を言い合うのが目的に成り下がっているとは……。

 つまり、色々と私の今後がそこで決まるかもしれないということですね!

 本気で頑張らないと裏で馬鹿にされたり、とんでもないのと結婚するハメになると……。


「………………」

「まあ、そんなに気負わなくても大丈夫よ。今の次点でもジミーはすごく優秀だし、私達もついてるんだから」


 母様が緊張する私を気遣ってくださるが、その時にはもう母様の言葉すら聞こえないほど集中して、これからの計画を練っていた。



 次の日にはもう、体力トレーニングを開始した。


「まずはなにより、たいりょくからですね」


 そう言って無駄に広い城内を探検するために自室を出る。

 まずは歩行距離を伸ばしつつ、走れるようにならなくてはいけない。そしてゆくゆくは城内を走って一周できるくらいを目指そうと思っている。

 お披露目会で評価をされるとは言っても、あいさつ回りに着いて行けず壁の花と化し、その場に居なければ評価の仕様がない。就職活動で言えば、面接に行かなかったのと同義である。

 そういった、土俵にすら立てない人間は評価云々以前に人として論外であり、当然評価はランク外。つまり失格者だ。

 お披露目会の性質上、どんなに頑張っても途中で力尽きてしまった場合、それ以後お会いするはずだった方々からすれば、“顔も見せない無礼なやつ”と思われてしまうだろう。更に酷いと、私がそういう対応をしたと取られるやもしれない。

 まさか三歳児に邪推する大人など人として終わっているし居ないと思うが、そう断言できないのが貴族であり、人間であるからして、最悪に備えて対処する他ないだろう。

 それは自分の将来のためでもあるが、同時に紳士として主役がお客様をぞんざいに扱ったり、優劣をつけるなどあってはならないという思いもある。


「うぁっ」


 考え事をしながら歩いていたら、カーペットが途切れて硬質な石の床に変わったところでバランスを崩した。


「ふぅ、いけないいけない」


 折角城内に限り自由に動き回る許可を貰ったにも関わらず怪我をしては、心配をかけるだけでなく行動をまた規制されかねない。

 と、そこで今自分がいる所が行き止まりであることに気がつく。


(確かここは……)


 昨日聞いておいた城の見取り図を思い出しながら、取っ手を持ち体重をかける。

 ゆっくりと開いていく扉の向こうには、スペースをこれでもかと贅沢に使った書庫が広がっていた。

 所狭しと並べられた本、本、本。

 全体的にダークブラウンで統一されており、部屋に吊るされた幾つもの小さなシャンデリアが、窓のない部屋を淡い光で照らし出している。壁面には天井近くまで重厚な装丁の本が整然と並び、高いところの本を取るためだろう、長い梯子が所々に立てかけられていた。


「おぉ……」


 流石はコルトー家と言ったところか。

 これほどの蔵書を所有できるのは、長い歴史を持つ家だからと言うだけではないだろう。王国の経済の頂点にいるコルトー家の圧倒的な経済力があってこそ、これ程の書物を集め、維持できているのだと思う。

 未だ不勉強なこの身では、この世界の文明レベルがまだどの程度なのかわからないが、近世くらいだろうと考えている。

 セザンヌに抱かれての散歩中に見たこの領主城はゴシック様式のようであったが、一度だけ連れて行かれた教会はバロックないしロココ様式のゴテゴテとしたものだったのだ。

 それに父様が新聞と思われるものを持っていた。私から見ればタイポグラフィは古臭く、グーテンベルクの発明した最初期の活版印刷に毛が生えた程度のものだったが、それでも新聞は新聞。文明レベル的にはやはり近世以降である可能性が高い。

 そして近世くらいの時代では写本からそれ程値段も落ちてはいないので、まだ本はおよそ一般人が買うような物ではなかったはずである。

 さらには明らかに古い、おそらく写本であろう書物や羊皮紙らしきスクロールなども見られる事から、たぶんこの書庫は歴代のコルトー家当主達が時間と金を湯水の如く使い作ってきた場所なのだろう。


(まあ、写本なんて高いだけで宗教書が大半だから、宗教や美術、歴史といった分野に興味が無ければ無用の長物だろうけどねー)


 そんなことを考えながら扉の前で書庫を眺めていると、司書が入口横にあるカウンターから身を乗り出して話しかけてきた。


「おや、ジェイムス様ではありませんか。扉がひとりでに開くものですから、驚きましたよ。何か御用でしょうか? ここにあるのはご覧の通り小難しい本ばかりですし、絵物語などはお部屋の方に書架を設けて移動させたと思うのですが……」


 若干困ったような顔で来訪の目的を聞かれた。

 やはりと言うべきか、幼児が絵本以外を読むのは奇妙であるらしい。

 正直に用がないと伝えても良かったが、この世界の事や貴族としての勉強をするためにどうせまた来ることになるので、役に立ちそうな本を見繕ってもらうことにするか。


「いえ、おひろめかいにそなえて、ちしきをつけておこうとおもいまして。きぞくやこのくにのことなど、やくだちそうなものをみつくろっていただけますか?」

「!?」


(おー。驚いてる驚いてる)


 それはそうだろう。いくら賢いと聞いていても、実際に面と向かって話すまでは幼児が言葉を理解して話すなど、とてもじゃないが信じられることではない。子煩悩過ぎて両親が会話した気になっているだけなのだろうと、私ですら当事者でなければそう思う。

 初めて話す使用人は皆そうだが、両親の手前一応最初は普通に話しかけておいて、その後反応が来ないことを確認してから幼児として対応しようと思っているようだ。そのせいか誰もが指を加えて小首を傾げる私を想像しながら話しかけてくるため、返事を返された相手は例外なくああいう顔をする。

 目を見開き口を半開きにして固まること暫し、再起動した司書はすぐにカウンターを回り込んで目の前で片膝をついた。


「失礼しました。すぐに揃えてまいりますので、こちらでお待ち下さい」


 そう言って彼に案内されたのは、書庫内に幾つかある読書スペースの一つだ。

 丸い小さな天板に植物をモチーフにしていると思われる足がついた机とそれに合わせた椅子が置いてある。

 足が長めに作られていて私の背丈よりも座面が高いので、司書さんに座らせてもらう。


「本来であれば何かお出しするところですが、書庫内は飲食禁止となっているためご容赦下さい。その代わりと言っては何ですが、お待ちいただいてる間に読めるものを幾つかお持ちします」


 言うが早いか、彼は走る速度で歩いて本棚の向こうに消えていった。



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