晩飯に思いを馳せる間に合いそうにないおっさん
その日、俺は豚肉が食いたくなったのでひとっ走り豚人を狩りに山を二つ越えた森の中でやつらの塒を探していた。
以前、そのあたりで何度か狩ったことがあった。
豚人の習性として全滅でもさせられない限り塒を変えることはないし前に狩った時からしばらく経ったので運が良ければ子豚ちゃんでも見つかるだろうとの目算もあり今日の晩飯が豪勢になるだろうとつらつらと豚人の事を考えながら割とウキウキしながら探していた。
『豚人』
雄は200cm強ほどの大きさで豚のような頭を持った人型の魔物、雌は130cm~200cm強の大きさのバラツキがありこちらは見た目がほぼ人と同一ではあるが妖精人のような尖った耳を持っている、耳の長さは妖精人の半分ほど、臀部にくるりとした小さい尻尾を持っている。
冒険者の中では豚さんの愛称で親しまれるこいつの雄からは美味い豚肉が取れる、特に子豚の肉が絶品だ。ただし雌はゲロマズだし見た目的に解体するのも食うのもためらわれる、マズいし。
プリプリトロトロの甘い脂身と野生種だというのにまったく臭みのない柔らかい肉を備えているそれはただ塩を振るだけでもうたまらない……!!
ただし牧場で管理するのは難しいため市場にはそこまで出回らない。
豚さんの愛称で親しまれてはいるが別に温厚でも容易い相手でもないのだ。
縄張り周辺に狩りに出て獲物を狩る粗暴な狩人であり銅冒険者であるならば圧倒できるほどの凶暴な戦士。
豚さんは素手でも人の首くらいなら容易くへし折るくらいの怪力は備えているしきちんと急所を狙うか首を刎ねでもしなければ存外にしぶとい。
大抵は粗末な布切れを着てこん棒か手製の打製石器しか持ってないのが救いだろうか。
それでも1体討伐するに必要な冒険者は銅級冒険者ならば5人前後は必要だろう。
つまり塒を拠点に群れを作り、狩りに出るときは何体かで集団行動をする豚さん相手に銅だけの討伐はまずありえない。
そんな豚さんだが、銅を卒業した銀級冒険者には簡単に討伐報酬を貰えて美味い肉も食える良い獲物だ。
一般的な銀であるならば一対一どころか狩り時の集団を一人でも相手取れる、それほどに銅と銀に差がある。
金? あぁいう英雄とか勇者や魔王めいた存在にとっては豚王でも出てこない限りたぶん数十とか数百単位で狩れるのではなかろうか、やらないだろうけどやる理由もないし。
つまり万年銀冒険者だった俺にとっては容易い獲物であり、ただの食料に過ぎない。
また人と文字がついているがれっきとした魔物…… というわけではない。
正確には人種である豚人と魔物である豚人がいてわからないのだ。
この両者に見た目の違いは全くないが魔物は話出来ないし、魔物と対峙すれば 〝空気〟 でわかるので紛らわしくはあるが問題はない。
むしろわからなければ冒険者をやめろ、鈍すぎて絶対死ぬから。
いやわからな過ぎて突き抜けた『皆殺し』と呼ばれた冒険者もいたが、いまは何をしているのだろうか?
あとこの魔物と全く同じ姿である種族というのは割といる、探求の魔導士だとか吸血鬼とか、ほかにも色々たくさん。
まぁそんなことは今はどうでもいいか、それよりも豚人……。
あぁあと豚人といえば豚人に限ったことではないが人種豚人は男も女もまずくて食えたものじゃないらしい。
というか人種豚人の女も魔物豚人の雌も体の一部分がムチムチしすぎているが人そっくりで顔の造形が整っている、この雌雄の違いは一体何なんだろうか…… 不思議なものである。
町にいたときは人種豚人の知り合いもいた、大体性格は温厚、ただし一度火が付くと猛り狂う者が多い、肉体的には魔物豚人同様、怪力とその頑健な体。
そして性欲旺盛。
不思議なことに魔物豚人は他人種に対して性的に襲いかかることは滅多にないが人種豚人は他人種に対して欲情することが容易い。
そのおかげで人種豚人は兵士や農夫、炭鉱夫などの肉体労働力としての人気だけではなく女は肉付きのいい体は娼婦としての人気も高い、また男も男娼としても一部コアな人気があった。
妖精人の嫁さんもらった豚人もいたっけか、あの清楚な見た目をしている奥さんが男娼だった豚人の固定客だったとか聞いたときは何かの冗談かと思った。
……後日、豚人の夫がやつれているのを見てなんかいろいろと察したが幸せそうなので問題ないだろう、人は見た目によらないものだ。
その話に少し関係しているが人種豚人と魔物豚人どちらが先で後なのかは不明、どちらが真の豚人で豚人っぽいなにかである結論はいまだ出ていない、とのことだが……。
……昔聞いたことがある。
魔物の豚人が真の豚人であり人種である豚人は豚人っぽいなにかであると。
その理由というのがなんだ、その、はるか昔には魔物豚人しかいなくて暇していた妖精人が娯楽を求めてペットとしてその魔物豚人を飼い始めたのが人種豚人の始まりである、と。
たしかにそういわれると合点がいくのがいくつもある、女豚人の耳の形であるとか人種豚人の寿命の長さがハーフエルフと同じくらいだとか妖精人のように寿命が来るまで若いままだとか。
うーん、真実はどうなのか、神にでも聞けば答えてくれるだろうか?
いや無理か、そもそも奴が正直に答えるとも思わないし今まででわかっていないというのは公然の秘密であるからだとかもしくはその初代がなにかしらとの神と契約でも交わして秘しているのかもしれない。
つらつらと最初は豚人の事を考えてただけだったのになにやら下世話な話にまで行きついてしまった。
とりあえず思考を止め、視界内に獲物を見つけたので木を除けつつ走り寄って適当に剣を振るい豚人の首をはねた。
一応音を立てないようにしつつ首をキャッチし体を肩に担いだ。
恐らく近くを探せば塒もあるだろうが一匹分あれば十分なのでこれで切り上げることにしよう。
他にも雄が3体、雌が2体いるのが目視と気配でわかるがあまり狩りすぎても後々肉が食えなくなるのでこれくらいで良い。
首をその中の1体に向けてブン投げてとっとと脱出する。
顔面に豚さんヘッドが直撃し強烈なベーゼを受けた豚さんが『ピギィ!』という哀れな鳴き声を上げ、他の豚さんたちも襲撃に気が付いたようだがその時には俺はもう豚さんたちの視界から消えていた。
そのまましばらく走っているとちょうど良さげな木を発見したのでロープを掛けて豚人を吊るし首から血抜きをしつつ解体作業を行う。
皮を剥いで不要な内臓を捨てる、もう慣れた作業だった。
ものの数分で解体作業を終わらせ革袋に入れた肉を『袋』にちゃっちゃとしまう。
この袋は我ながらうまく出来た逸品だ。
袋の内部拡張、重量軽減を最大限まで行ったそうそうお目にかかれない袋である。
しかし聞くところによると神代の秘宝の中にはこれを超えるものもあると聞くので是非とも一目見ていたいものである、いつかはその神代の秘宝と同等かそれ以上のものを作ってみたいのだ。
残骸を処分し来た道を戻る、晩飯が楽しみである。
そうして来るときに超えてきた二つ目の山を越え掛けたところで異変に気がついた。
もう一つ山を超えてしばらく行けば村があるのだが、その山の向こうに、村がある方向に、黒い煙が見えたのだ。
それを確認すると俺の体はすぐさま走りだしていた。
血の気が引きつつも、走る、走る、走る走る走る。
傭兵崩れの野盗か何かが襲ってきたのか? もしくは火事でも起きたのか? それともただの野焼きだろうか?
地を蹴り跳躍、木々を足場にし飛ぶ、足場にした木々がへし折れる。
一つ目の山を越え掛ける、ここまでくるとはっきりと村が燃えているのがわかる。
山を落ちるように駆け降りる、いや、飛び降りているというが正しいだろう。
家々が複数件燃えているので自然な火事ではない、おそらく何者かの襲撃によって燃やされたのだろう。
走って飛んで落ちている内に引いた血の気が戻って来てイライラする。
ウチの村に襲撃を掛けるとは良い度胸をしている、もし誰かを手にかけていたら許さんと心に誓う。
だからどうか間に合ってくれと祈りながら村へ走る。
しかし頭のどこか、冷静な部分が
『家に火を掛けているということは襲撃が終わったあとでありもう後始末を行っている段階なので間に合わない』
と告げる。
そんなことはわかりきっていた、俺は運の悪い男だから。
しかしそれでも、願わずにはいられなかった。
村の皆の無事を。
雄オークに厳しい世界、いろいろな意味で獲物