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2016年/短編まとめ

化物だって生きている

作者: 文崎 美生

特殊、ってどういうことなんだろうか。

普通ではないこと、つまりは普通とは資質的に違うことであり、性質が特別であること。

言葉としての理解が出来たとしても、私自身が特殊であるという事実は理解が出来ない。


真っ白な部屋の中で息を吸う、吐く。

息を吸って吐くだけで生を実感するこの体が憎らしくて、澄み切ったどこまでも続く青空が見たいと思う。

気持ち悪い、と胸の辺りを掻こうと爪を立てたところで、ノックもなしに扉が開かれた。


ガラガラと軽い音を立てて扉が開けば、そこにいるのは顔色の悪い男。

顔色の悪いと言うか、表情の変化が薄くて色も白くて線も細くて、全体的に薄い印象を持たせる男だ。

目鼻立ちこそしっかりしているが、何故こうも地に足の付かない雰囲気を持っているのか。


「また、来たんですか」


爪を立てたはずの手が、行き場を失って落ちる。

ぽすり、とか細い音を立てて白いシーツに沈んだ手を見て、男は後ろ手に扉を閉めた。

そうして我が物顔でづかづかとこの部屋に足を踏み入れる。

部屋の主たる私の許可を取りもせずに、だ。


「暇なんですね」


嫌味を言えば、僅かに眉を寄せた男。

カラカラと音を立てて安っぽいパイプ椅子をベッドに近付け、そこに腰を下ろす。

それから、短くて小さな息を零す。

こうして誰かと向き合えば、息を吸って吐くよりも生を実感する。


正確には、生と言うよりは私の存在を感じるのだが。

目の前の男はそれを知ってか知らずか、私の腕を掴み布団の中に潜り込ませる。

それから起こしていた私の体をシーツに沈めた。


「暇じゃねぇよ、全然」


でしょうね、なんて言葉は出なかった。

バサリと音を立てて掛け布団が口元を隠す勢いで掛けられたのだ。

口を開けるはずがない。

それに、男が暇か暇じゃないかなんて見れば分かる。


その白い肌は、男にしては不健康極まりないし、その線の細い体も頼りないし、何より重たそうな眼鏡の奥の目元には深い隈が刻まれていた。

何徹してるのか、実に不健康かつ超勤務だ。


「暇じゃないのに、来るんだ」


枕に頭を押し付けて、掛け布団の位置を自分で調節する私を見て、男は眉間にシワを作った。

そのシワを伸ばしてみたい衝動に駆られるが、そんなことをしたら何をされるか分からない。

掛け布団を小さく掴んで堪える。


「お前はお前で、相変わらず詰まらなそうに生きてるな」


「余計なお世話。それにお互い様」


ぽんぽんと出る悪態は、私とこの男だからだろうか。

私の部屋を訪ねる物好きはこの男くらいなもので、良く分からない。

上手く測れる物差しがないのだ。


私とほぼ同時に溜息を吐けば、不愉快そうな舌打ちが聞こえてくる。

私も舌打ちしたいが、ぐっと奥歯を噛んで抑えた。

苦々しい顔をした私を見た男は、今更気付いたように手を伸ばして、私の片目に触れる。

コツリ、爪の当たる音がして目を閉じた。


硬い革の眼帯は、アニメや漫画のキャラがしていそうな、実に厨二病感溢れる物で、正直好きになれない。

冷たい革の感覚に未だ慣れることはなく、時折触れた眼帯の冷たさにゾクリと肌が粟立った。

そうして胸の辺りを掻き毟りたくなるのだ。


「なぁ、本当に消せる?」


コツコツ、軽やかとも言える音が鼓膜を震わせて、心臓の動きが早まる。

勢い良く血を巡らせるそれを、何度止めたいと思ったことだろうか。

その機能さえ止まってしまえば、と何度願っただろうか。


「消える、の」


男の言葉が間違えてる、と指摘するように言えば、ハッ、と乾いた笑い声が聞こえた。

人を小馬鹿にしたような笑い声は、実にオトコに良く似合っていて腹立たしい。

隠されていない閉じたままの瞼が動く。


私は特殊だと、特別だと、良く知らない赤の他人である奴等は言うけれど、つまりそれは、私が普通ではない異質な存在だと教えているものだ。

決して褒められるような、崇められるような存在ではないんだよ、と教えられているのだ。

神様やヒーローとは違う、化け物や悪者みたいなものなんだよ、とそう言われているのだ、と思う。


私は隠された瞳に映したものを消してしまう、そんな力を持っている。

それが何の力なのかは分からないが、そういう力を持っているのは紛れもない事実だった。

世の中他にも不思議な人がいるもので、何か植物を吐き出す人や、涙が宝石に変わるなんて人もいた。


そんな不思議な人達は、私とは違い、普通ではないものの、他所様に迷惑をかけるような力ではない。

だから私と不思議な人達は、別物である、と私自身は勝手にそう結論付けた。

むしろそうしないとやり切れない。

私だって好きでこんな力を手に入れたんじゃない。


「消せるも消えるも変わんねぇだろ」


声の起伏がなくて、閉じた目では男の顔は見えなくて、何を考えて何を思ってそんな言葉を吐き出したのか、私には分からなかった。

ただ、コツコツと眼帯を叩く音が消えて、その細くて骨張った指先が、眼帯の奥底に仕舞われた瞼に触れたことは分かった。

ゾワリ、ゾクリ、鳥肌が立って、胃が引っ繰り返りそうになる。


「触らないで!!」


真っ白な部屋に響いた私の声。

自分の声なのに耳が痛くなって、飛び起こした体が軋んで、同じようにベッドが軋む。

私の声にかき消された乾いた音は、私が男の手を振り払ったことにより発せられたものだった。


ふーふー、まるで警戒心を剥き出しにしている猫みたいに荒い息を吐き出す私を見て、男は小さく笑う。

唇の端だけを引き上げた、意地の悪い笑い方だ。

弾かれた手を、ひらりと動かし、その薄い唇の隙間から言葉を吐き出す。


「そうだよなぁ。見たものは、全部、だもんなぁ」


粘着質な声が聞こえて、鼓膜を震わせて、脳みそに沈んで消える。

胃の奥底で、お湯が湧いたみたいにグツグツと音がしている気がした。

喉が引き攣っては、酸っぱい液体が出そうになる。


目の前の男は相変わらず笑っていて、その笑みを引っ込めるつもりはないらしい。

性格の悪い、性根の腐ってる。

目に映ったものを何彼誰彼構わずに消すこの力、制御の出来ない力に、戸惑うよりも先に恐怖が芽生えた。

気持ちが悪い、自分のことなのにそう思ったのだ。


「消して困るものなんて、何もないだろ?」


だからさぁ、なんて声が聞こえて目を閉じる。

この目の前の男が何を考えているのかなんて分からないし、正直分かったところで何かあるわけでもない。

知りたいわけでもないし、知りたくないわけでもない。

男が自ら話すならば聞くだけであり、話さないのならば聞くこともないのだ。


ギュッ、と閉じた瞳を開く。

相変わらず革の眼帯は冷たくて気持ちが悪い。

自分の指先でなぞった感覚に、その指を切り落としたくなる。

粟立つ肌をもう片方の手で撫でながら、乾いた唇を舐めて吐き出すべき言葉を舌の上に乗せた。


「少なくとも、目の前のものが消えるのは困る」


吐き出した言葉を吸い込んだ男は、ゆっくりとその切れ長の目を丸くする。

それから、喉で笑って眼帯に触っていた、私の目に触れた手で、私の頭を撫でた。

髪の毛を掻き混ぜるような、がしがしぐちゃぐちゃ、と荒々しく撫で付ける。


「……帰るわ」


「どうぞ。さようなら」


するりと離された手を見詰めながら、立ち去ることを了承する。

いや、私が了承しようとしなかろうと、あまり関係ないのだけれど。


軽やかな足音を立てて部屋を出て行く男の背中を見ながら、閉まる扉に遮られて目を閉じる。

ぐちゃぐちゃになった髪を指に巻き付けて、深く息を吐き出した。

肺の中の淀んだ空気が、澄んだ空気に変わる。


撫でられた部分が熱く感じて触れられなかった。

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