暗殺者ではない、はず
少し他の話より長めです
常設依頼の薬草採取のため迷宮に来て3時間、ようやく薬草を見つけて採取しようとした矢先に現れた2匹のお邪魔虫ことゴブリン。何故よりによってこのタイミングで出てくるんだろう。
虚獣、かつて数万の軍勢と相打ちになって滅んだ虚神の残した呪いによって生まれたとされる生き物たち。30年ほど前に大陸中央のあたりで目撃され、人だろうが獣だろうが見境なく襲いかかってくる危険性ゆえに討伐、というか殲滅された。ゴブリンもその1つで、オークと同様に他種族の女性を襲って繁殖する習性からとてつもなく嫌われている存在である。
その虚獣たちがどこから湧いてきたのか調査された結果『禍の森』は発見され、湧き出す虚獣への対処と迷宮攻略の前線基地としてリュシオンの街は造られた。
昨日本で読んだことを思い返しながらどこかへ行くのを待っているのだが立ち去る様子が一向に見られない。
早くどっかに行けよ。・・・ってこら!薬草を踏み荒らすんじゃない!!ああ、またやりやがった!
いかん、このまま放置しといたら薬草が全滅するかもしれん。もしそんなことになったら再び薬草探して何時間も歩き回らなきゃならないじゃないか、冗談じゃない!こうなったら覚悟を決めるしかないか。
薬草を踏み荒らしていたゴブリンの1匹は、背後から何かが倒れるような音が聞こえたので振り向いた。
そこには一緒に行動していたもう一匹のゴブリンが、頭と胴体を切り離された状態で倒れていた。
変わり果てた仲間の姿に混乱しながらも仲間の元へ駆け寄ろうとしたゴブリンだが、彼がそれ以上動くことはなかった。何故なら、彼もまた仲間と同じように首をはねられてその場に倒れたからだ。
地に転がった彼が最後に見たものは、いつの間にか背後に現れ刀を振り抜いた一人の少年の姿だった。
地面に倒れピクリとも動かなくなったゴブリン達を見て、ようやく緊張が解ける。生き物の命を奪うのは初めてではないが、やはり人型の生き物が相手だと少し勝手が違った。
いづれはこれにも慣れるのかなと考えながら討伐の証として左手を切り取って鞄にしまう。
虚獣の肉は相当マズイらしく人はおろか獣も食べないそうなので、残りは群生地から少し離れたところに捨てて採取に取り掛かる。
(忍び足)で音を消し、(瞬歩)で死角から急接近して(気)を纏わせた一刀で切り伏せるのは予想以上にうまくいったものの、(忍び足)と(気)の併用が思ったよりうまくいかなかったりと反省点もいくつか見つかった。そんな事を考えながらも採取を続け、30束ほど集まったところで切り上げて帰ることにした。
どうして悪いことってのは立て続けにくる事が多いのかね。
薬草の採取もとりあえず無事に終わり意気揚々と帰路に着いた。(気配感知)と(忍び足)のおかげで敵と遭遇することなく迷宮の入口付近まで戻ってこれたのだが、またしても面倒なものに出くわした。と言ってもゴブリンではあるのだが今度は9匹もいる。しかも得物を持っていなかったあの2匹と違い全員が武装してるし。それだけならまだ良かった、最悪(忍び足)でスルーしてしまえば済むのだから。
けれどコイツら明らかに迷宮の入口、『外』を目指して歩いてるのだ。
仮に俺がコイツらを素通りした場合、多分(というか間違いなく)外に出て人を襲うだろう。リュシオンに向かうのなら、衛兵や街に残ってる冒険者にやられて終わりだろう。だがその前にリュシオンに向かう商人や旅人と出会ってしまったら?全く別の方向に向かいそこで誰かを襲ったら?そんな事になったりしたら俺は間違いなく後悔するだろうし、なによりこうして逃げていたらいつまでたってもじいちゃんに追いつけない。ならやるべきことはひとつしかない。
「戦おう。そして倒すんだ。」
樹の影からゴブリン達を観察する。意気込みはどうしたと言われるかもしれないが、流石に無策で突っ込むわけには行かない。身体能力ならまずこちらが上だろうが相手は9匹、取り囲まれたりしたらまずい。
棍棒(というか太めの枝)を持ったのが3匹、槍(長めの枝に石をくくりつけた物だ)持ちが3匹、弓持ちが二匹、そして最後に剣を持った奴がいる。剣は錆が浮いていることからおそらくここで死んだ冒険者の持ち物だと思う。
(多分あの剣を持ってる奴がリーダーだろうな。となるとアイツを最初に倒して、残りが混乱してる間に出来るだけ数を減らすのがベストかな。)
正直これ以上上手いやり方は今の俺には思い浮かばない。ともあれ作戦は決まった、あとは精一杯やるだけだ。
(気配感知)で周囲を確認、ゴブリン以外の反応はなし。(忍び足)を維持したまま全身と刀に(気)を纏わせる。そして足元にあった石を拾い上げ、離れたところにある茂みへと投げ込む。ガサリという音に反応してゴブリン達がそちらを向いた瞬間。
(瞬歩)で一気にゴブリン達に急接近し、リーダーと思しき剣持ちの首目掛けてすれ違いざまに刀を振るう―――!軽い手応えとともに宙を舞うゴブリンの首を視界の端に捉えつつ、そのまま木陰へと身を隠す。
木陰から様子を伺うとリーダーが死んだことに気づいたようで、ギャアギャアと悲鳴のような声を上げながらリーダーに駆け寄っている。
それに乗じて再び(瞬歩)で接近、間髪いれずに刀を振るって弓を持った二匹を切り倒す。が、1匹を仕留めきれず悲鳴を上げさせた事で他のゴブリン達に気づかれてしまう。
怒りのこもった声を上げながらゴブリン達が迫る。最初に襲ってきたのは槍持ちの3匹。連続して突き出される槍の1本目、2本目を体をひねって躱し3本目を躱しながら左手で掴み、強引に引き寄せる!
体勢を崩し、引き寄せられたゴブリンに刀を振り下ろして首を断ち切る。そこに駆け寄ってきたゴブリンが振り回す棍棒を間一髪で避けて距離を取る。
しかし他のゴブリンが次々と襲ってきて上手く距離が取れない。なので自分から距離を詰め、間合いに入る直前に地を蹴り、更に(風踏)で跳躍してゴブリン達を飛び越える。
そして着地と同時に半回転、勢いを乗せた斬撃で最後尾の槍持ち2匹を切り伏せる!
その勢いのまま残った棍棒持ちの3匹に駆け寄り―――まとめて首を切り裂いた。
「あー、しんどかった・・・。」
どうにか怪我もなくゴブリン達を倒せたが、精神的にはどっと疲れた。
「・・・討伐部位を集めてさっさと帰るか。」
もう少し休みたいところではあるがゴブリンの死体が転がってるような場所じゃゆっくり休めやしない。
「途中で気づかれたのがまずかったよな。」
気疲れのせいか独り言がポロポロこぼれる。次にやるときはもっと気配を消して一撃で仕留めるようにしないと・・・。ってちょっと待て。
「いやいや、暗殺者じゃないんだから。」
あれ、でも俺の戦い方ってよく考えたら暗殺者みたいだよな。いや、できる限り安全に戦おうとしただけだ、その結果あの戦い方になったにすぎない。うん、これ以上考えるのはやめよう。
・・・暗殺者なんて称号が付いたりしないよな?
今後は1話をもう少し長くしてみるつもりです。