勝利の代償
16話目投稿です。
倒れ伏すじいちゃんと食いちぎられた脚から流れ出す血。その光景が意味するものを頭が理解していくにつれ、心を塗りつぶしていた恐怖がそれ以上の怒りに焼き尽くされていく。
そして頭の中に<声>が響いた時には、アイツへの恐怖などかけらも残さず消え失せていた。
体は全身の血が沸騰したかと思うほど熱く、逆に頭は氷を流し込んだように冷え切っている。
それは頭に浮かぶたった一つの目的を果たすために、アイツの息の根を止めるために。
地を蹴り、加速。普段とは桁違いに軽くなった体で無防備な脇腹に全力の蹴りを叩き込む。無警戒だった俺からの攻撃をまともにくらい、盛大に吹き飛ぶケモノ。そのまま切り伏せるべく腰の刀を抜き、振るうが躱される。
体勢を立て直したケモノが牙を剥き出しにして唸り、あの眼で俺を睨みつけるが、それがどうした?
今更そんなものは恐れない。何故なら、俺もきっと同じ眼をしているだろうから。
(今しかない)
そう判断すればあとは早かった。手持ちのロープで脚を縛って血を止め、ポーションを傷口にかけ、さらに飲ませる。激痛で脂汗を流してはいるがこれで当座の危機は脱した。
「ノブ・・・ユキは・・・?」
「大丈夫、無事だよ。すぐに連れてくるから動くな。」
そんな状態だというのに動こうとするゼギルさんをどうにか押しとどめ、ノブユキの援護に向かう。
斬りかかる、避けられる、牙が迫る、躱す。それが何度も繰り返される。決定打がないままに時間が過ぎていくことに焦りが生まれ出す。
「っ!!」
強引に間合いを詰めて放った斬撃がついに胴を捉えたが。
(硬い!?)
予想以上の硬度を持った毛に阻まれ、皮膚に僅かな傷を残しただけ。
反撃の牙を躱したものの体勢を崩し、続く前足を防ぎきれず吹き飛ばされる。
起き上がろうとする俺の目に映るのは、地面に押さえつけるべく振り下ろされる前足。咄嗟に地面を転がって躱し、反動を利用して飛び起きる。
更に追撃しようとするケモノに
「石弾!」
ガラムさんの魔法が放たれた。
放たれた石の弾丸は避けられたものの、体勢を整える時間は稼げた。そして再び斬りかかろうとした瞬間
「ゼギルさんは大丈夫だ!落ち着け!!」
響いたガラムさんの大声に動きが止まった。そしておぼろげだった体の感覚と思考が戻ってくる。
「応急処置は終わった、死にはしない。」
俺の様子が変わったことに気づいたのだろう、言い聞かせるように言葉を続ける。
「少しでいい、動きを止めてくれ。私が仕留める。」
「・・・はい!」
呼吸を整え、体の状態を確認する。地面に叩きつけられた痛みはあるが、動くのに支障はない。
確認を終え、(気)を全身、そして刀に纏わせて全力の一撃を放つべく準備を整える。虚獣も突撃の準備を終え、いつでも突撃出来る状態だ。
数瞬睨み合い――――同時に地を蹴った。
瞬きの間に距離が詰まり、巨体がその大きさを増していく。感覚が戻ったことで恐怖が再び手足を縛ろうとするが、ここで引いたらじいちゃんが死ぬかも知れないという思いがそれをねじ伏せる。
(済んだのはあくまで応急処置。このまま放置すればどうなるか分からない。なら、少しでも早くコイツを倒して治療をつづけるしかない!)
まだ早い―――まだ―――今!!
その瞬間僅かに進路を変えた(瞬歩)で相手の脇をすり抜けざまに刀を振るい―――俺の(瞬歩)と相手の突進、二つの勢いをのせた斬撃がプレンドリフトの右前足を切断した。
全力で突進している最中に右前足を切断され、激痛もあってバランスを崩し地面へと倒れる。それでも3本の足で立ち上がろうともがくが
「地縛!」
トラバサミのように盛り上がった地面に拘束され、
「ぬおぉぉっ!!」
怒号と共に振り下ろされた戦鎚によって脳天を粉砕された。
頭部を破壊され息絶えたプレンドリフトを確認し、急いでじいちゃんに駆け寄る。体を覆っていたオーラが掻き消えると同時にとてつもない疲労が襲ってきたが、どうにか耐えてガラムさんと一緒に小屋まで運んだ。
その後駆けつけた衛兵さんの助けも借りて街まで運び治療を続けたが、失われたじいちゃんの左足が戻ることはなかった。
思った以上に駆け足な内容になってしまった




