2話
薄暗い地下に鉄の臭いが広がる。コンクリートの床には30人前後の人が四肢を投げ出して倒れていた。
冷たい床に血溜まりがあり、壁に血飛沫が飛んでいる。最下層のネズミでは日常茶飯事な光景だった。
1人のネズミのまぶたを開けて、目をじっと見つめる細身の少年は独り言を呟いてまた1人、また1人とネズミ達の目を品定めするように見ていた。
実際、品定めしていたのだ。
小峰氷月はオキュロフィリアという特殊な性癖の持ち主だ。オキュロフィリアは眼球愛好、つまり人の目が好き、という性癖だ。氷月は気に入った目があると有無も言わさず目を抉る。最初の内は目を取っていただけだったが、次第にめんどくさくなったのか殺してから目を抉るようになった。そして、死体損壊罪で捕まり、この監獄へと送られたのだ。
しかし、彼の側にいた従姉弟のガラスのように澄んだ綺麗な4つの目だけは抉ろうとなんて一度もしなかった。
「余計な事すんなよなー」
「わかってますよ」
そんな2人の事を考えながら、赤の他人の目へ伸ばしていた手を引っ込めて、小さくため息をついた。
立花疾風はそういう少年だ。いつもは子供じみた言動をするくせして、人1倍勘が鋭い。いや、勘だけは鋭い。しかし、自分の事になるとまるでコントをするかのようにボケに回る。それでも、夜叉の四神、白虎を司り、個性派揃いの夜叉で群を抜く手癖が悪い事で有名な“夕闇”のリーダーなのは疾風。疾風は窃盗罪で捕まったのだが、その事を本人は覚えていない。その記憶だけが抜けたわけではなく、そんな記憶自体存在しないのだ。彼は英国貴族であるブラッドリー家の長男、レイモンドのお目付け役兼護衛を任されていたのだ。しかし、ブラッドリー家がなんと言おうと、疾風の犯罪者のレッテルは貼られたまま。ちなみに疾風の弟もレイモンドの妹のお目付け役兼護衛を務めていた。
ギィッ、と鈍い音を立ててドアが開く。薄暗い部屋に光が差し込んだ。その光が少し眩しくて、出入り口を見る疾風と氷月は目を細めた。
おい、と出入口で低い声がする。
「ここまでするなと言っただろうが」
ここまで、とはこの光景の事を指すのだろう。周りを見れば血で真っ赤だった。
柳葉佐助は四神、青龍を司る。監獄に来る前は政府軍少年部隊αの部隊長を務めていた佐助と疾風はなにかと衝突していた。
「厉害的景象」
ネズミ達の息があるのを確かめるように口元へ手をやるのは佐助が仕切る“剣”のメンバー、雷深緑。中国人である彼女もまた、政府軍少年部隊αに所属していた。
殺人罪を犯したとされる佐助と深緑は、身の潔白を証明出来ないまま、ブラッドプリズンへ収容された。日本政府軍とは違う特殊な軍隊の世界本部<暁>への入隊が決まった頃だった。
「そちらは終わったようですねぇ」
「当たり前だ。お前達が遊んでいる間に手早く片付けた」
夜叉はある程度の自由を与えられる代わりにパトロールと称した監獄の掃除を行う。煩いネズミや鷹、鷲がいれば容赦なく潰すのだ。この監獄では実力がものを言う。それがここでのルールだった。
佐助を先頭に深緑、疾風、氷月と続き、エレベーターへ乗った。不気味な赤で塗られたそれには、ブラッドプリズンを表す触手のようなものが生え、黒い涙を流す目のモチーフがつけられていた。
「…遅かったわね」
最上階について扉が開くと、金髪碧眼の少女が腰に手を当てて仁王立ちしていた。
「戻って来いって言われた時間から10分もオーバーしているわ。せめて時間ぐらい守りなさい、疾風、氷月!」
「はいはい、わっかりましたぁー」
「気をつけますねぇ」
「ちゃんと聞きなさいよ!」
ステラ・ローウェルは世良の対極、女王を司り、“風月”のリーダーを務める。罪名は犯人蔵匿罪。世良、久遠、鈴音を匿ったことで収容されているが、英国貴族ローウェル家はステラの両親、兄弟、使用人達もが最後まで世良達を匿おうと必死だった。
聞いてる聞いてる、と言葉を流す疾風の黄色い襟足の髪をステラは加減せずに引っ張った。
「このやろーっ!」
少々オーバーなリアクションをとって勢いよくステラに飛びかかろうとした疾風は、氷月がちょこんと出した足に躓いた。その拍子に肘を床に打ったのか、押さえて床をゴロゴロと左右に転がる。
「あっ、ステラー!どこにいたんだよー!」
俺ずっと探してたのにさー、と大声で早口で話すのは“風月”の九条空太。仔犬のように無邪気な空太も窃盗罪で収容された犯罪者なのだ。しかし、本当に罪を犯したのかは定かではない。疾風達同様にその時の記憶がないのだった。
はぁ、とため息をつき、ステラは踵を返す。金髪にグループカラーのオレンジのエクステが映えるツインテールを翻し、部屋の奥にある他のソファーよりも少しだけ豪華な白いソファーに座る。
「あら、もうこんな時間なのに“刹那”は誰1人来ていないのね」
“深紅”のリーダーと四神の朱雀を司る、赤いリボンを結んだツインロールが特徴の御影梨乃は、ステラの座る青いソファーと同じく豪華な黒いソファーへ目を移す。
「どうせ、まだ世良が寝てるんだよぉー」
「그래, 꼭」
薄ピンクのソファーの肘掛けに背中を預けて座るのは“深紅”の宝生白夜、白夜の足元には椿華蘭がちょこんと座っている。白夜は本から目を逸らさずに言い、華蘭は大切なビスクドールの愛蘭の頭を撫で、クスクスと笑った。
「私も白夜くんと華蘭ちゃんの意見に賛成だわ。ねぇ、右京もそう思うでしょう?」
電気の当たらない少し薄暗い場所に配置されている黒に近い緑色のソファーに座る城之内綺衣は目線を下へ落とした。彼女は、膝枕をしている出雲右京の頭を優しく撫でると愛しそうに微笑んだ。右京は四神の玄武を司り、“茨”のリーダーである。
彼は、ああ、と短く返事をして目を閉じる。
この最上階にいるという事はどんなに幼い姿だとしても犯罪者であり、この監獄の中で強者であるということ。大きな瞳いっぱいに愛蘭を映す華蘭は通貨偽造罪で捕まり、梨乃と華蘭という可愛い女子が揃う“深紅”でも埋もれることのない可愛さを発揮する白夜も監禁罪で捕まっている。白夜はヴァンパイアフィリア、別名吸血病という、人の血を吸うのが好きな少年であるため、血を吸うためだけに何十人もの人を監禁してきたのだった。梨乃は過失致死罪。虐待する父親から姉を守ろうとして、誤って父親を殺してしまった。綺衣は実の両親に売られた。それを買ったのは右京だった。しかし、両親に金を送らなければならなかった綺衣はコンピューター詐欺罪で捕まり、綺衣の両親をおもいっきり殴って全治3ヶ月の怪我を負わせた右京も暴行罪で監獄行きになった。
「ほら、お出ましだぞー」
成一と同じく夜叉専属の看守、冴木九十九が片腕に鈴音を抱えながら部屋に入ってくる。その後ろを成一、久遠と続き、世良が入る。
我が物顔で黒いソファーに座り、足を組む世良の横に鈴音と久遠は立った。少し騒がしかった部屋は一気に静かになる。
しばらく無言だった世良の口角が上がった。
「夜叉に新たに4人加わるんだって。どうせ1度は目にしたことのある奴らだよ。あとの連絡は明日以降に総看守長がすると思うしー…、もういいか?」
ダメ、と久遠と鈴音にハモられて、仕方なく、とでも言うように足を組み直して続ける。
「ネズミんとこに妖が侵入して数人死んだ。脱獄不可、侵入不可なのは人間だけだから、一応注意しろよー。今は<暁>の奴らがやってるけど、人数足りなくなったら駆り出されるの俺達夜叉だって事は頭に入れとけ」
よっ、と立ち上がって出入り口へ向かう世良は、あ、と思い出したように呟き、振り返った。
「妖が活発なのはヤマタノオロチが復活するからなんだって聞いた。ソレが復活したら死ぬ人は死ぬしー、ま、せいぜい生き残れるように今からでも<暁>のと仲良くなっておけばいいかもねー」
さまざまな情報の入る世良だから知っている事。
その意味はまだ、わからない。