ファイターパイロット
「はじめまして。小説家をしています。萱野武久です。今回はよろしくお願いします。」
「航空自衛隊松島基地所属の宮島健二等空尉です。こちらこそ、よろしくお願いします。」
ずいぶんと、若いんだな。
第一印象はそれだった。ブルーインパルスのパイロットというのは技術経験が高い、世間でおじさんといわれるような人が操縦しているのかと思っていた。
まあ、武久が勝手に想像していただけだったのだが。それにしてもずいぶん顔が整っている。
「失礼ですが、おいくつですか?」
「今年で27です」
武久より4歳年下だった。ちなみに武久は今年で31になる。
「お若いですね。」
武久がそう言うと、健は苦笑した。
「まだ戦闘機乗りとしてはぺーぺーで、お恥ずかしい」
「ご謙遜を。私に比べたら・・・。国家の安全を守る、素晴らしいことだと思います」
今まで武久は漠然とした人生を歩んできた。
将来の夢など語ったことはない。夢を持つほど自分に自信が持てなかった。
この職業だって、ただ本をよく読むからとか適当な理由で進んだ道だ。
武久は23の時に小説家としてデビューした。デビュー作はそこそこヒットしたがそれに続く作品はできなかった。
デビューから7年。なんとなくで執筆してきた武久だが、最近は手がまったく動かなくなっていた。
呆然と小説を書いて7年間。このまま俺の小説家としての人生は終わってしまうのか、案外短かったな。そんなことまで考えるようになって、手を動かそうという思いすらなくなっていった。
「今回は自衛隊の小説を書いていただけるということでしたね」
「はい。某雑誌に掲載する小説で、今回はそのための資料集めを」
最近は小説を書かず、家に引きこもるような生活をしていた武久たが、ある雑誌に小説を載せることが決まった。
久々の仕事。スランプの真っただ中であまり乗り気ではなかったが、そろそろ仕事をしないと生活も厳しくなってきた。そんな理由あってか仕事を受けることになったのだが、なかなかテーマが決まらない。
そう友人に相談すると、ある題材を提案された。
それが「自衛隊」だった。それを聞いたときにそういえばこいつは軍事オタクだったなと思いだした。
だが自衛隊なんてちゃんとした知識はないし、そもそもスランプ状態の今まともな作品を作れる自信もない。とりあえず知識や資料を集めるために、図書館に行ったりネットで調べたりしたが、専門用語が多すぎて理解ができなかった。
武久は頭を抱えた。このままではいけない、何かしなければ・・・。
とりあえず武久は防衛省に行くことにした。
調べるよりもその場で聞いたほうが早い。百聞は一見にしかず、というやつだ。
「実は本来ならば広報の隊員に任せるのですが、ちょうど誰も時間が取れないということで自分が案内させていただきます」
「忙しいところわざわざすいません」
「そんなことないですよ。こちらへどうぞ」
若いのに本当にしっかりしている。受け答えも丁寧で、年齢に似合わないその落ち着きにも感心した。
彼は武久を広報室へ連れて行き、客人用のいすに座らせた。
「さっそく質問してもよろしいですか」
「どうぞ、なんでも聞いてください」
「宮島さんは、なぜ自衛隊に入ろうと思ったんですか?」
毎日戦闘機に乗って訓練しているような彼はどんなことを考えて生きいているのか。若くして国防をしている彼は、なぜこの苦しく険しい世界を選んだのか。
俺だったら・・・など、考えても想像できなかった。
「俺は・・・特には考えてませんでした」
「・・・えええ」
「ただもともと戦闘機とかそういうのかっこいいなーぐらいで防衛大にはいったんですよね」
ウソだろ・・・防衛大ってそんな簡単に入っていいものなのか。
どれだけハイスペックなのだろうか、と武久は健が少し(かなり)遠い存在に見えた。
「でも、戦闘機乗りを目指していくうちに・・・俺、思ったんですよね。戦闘機乗りはそんな志で乗っていいもんじゃないって」
「かっこいいから、っていうのも理由にはなると思いますけど・・・」
「そんなんで戦闘機に乗れない奴に顔向けできませんよ」
そう言って健は苦笑した。
「戦闘機乗りになったときは完全にスポーツとかゲーム気分で操縦してて・・・お前に戦闘機に乗る資格なんてない!って教官によく怒られましたよ」
そういってさらに苦笑い。
「・・・そうなんですか」
「俺はその時は本当に馬鹿野郎で、わからなかったんですよ。・・・戦闘機にのるということがどれだけの人ができてどれだけの責任があるのかが」
健はそこまでいうと途端にうつむいた。
具合でも悪いのだろうかと思ったが、そうではなかった。
「・・・ある日、同僚が事故に巻き込まれたんです。そいつ・・・は、戦闘機に乗ることができなくなりました」
「・・・」
小さな声で、うつむきながら。健は静かに話し始めた。
その同僚は本気で戦闘機乗りを目指していて、責任感の強い人で上司の人たちにもとても気に入られていたという。しかし、彼はあるとき車にひかれそうになった子供を助けて・・・足を骨折してしまった。
戦闘機に乗るためには第一に健康な体であることが前提だ。
体に異常な負担がかかるため、というのが理由だ。視力が少しでも悪かったら乗れない。虫歯をして治療をしても、足を怪我してリハビリをしたとしても場合によっては乗ることをあきらめることになる。
「そいつに言われたんです『俺の分も乗ってくれ。国を守ってくれ』って。『俺はもう守ることができないから』って・・・。泣きながら俺に頼んできました。そのとき、遊びみたいに戦闘機を乗り回してた自分が恥ずかしくなりました。その同僚は国を守るために、頑張って頑張ってやっとパイロットになることができた。俺はいつもやる気がなくて、寮から逃げたい・・・訓練なんかしたくないっていっつも思ってた。そんな俺は乗れてなんであいつが乗れなくなるんだって・・・情けなくて、どうしようもなくて」
「・・・」
武久は何も言わない。何も言えなかった。
自分も同じだからだ。武久の小説家としての思いは本気で小説を書いている人を侮辱している。
急に自分の適当さを後ろめたくなる。
「それからですね。国を守るために頑張ろうと、そう思えたのは」
「・・・そうだったんですね。」
ぱっと健が顔をあげてにかっと笑う。
そのとき、武久は健がまぶしくみえた。
俺も、彼みたいに変わることができるのだろうか。
なにかを志して、歩むことができるのなら・・・。
「辛気臭い話をして申し訳ないです」
「いえ、こちらこそ。話しにくいようなことを聞いてしまいました。・・・ありがとうございます。いい話が書けそうです」
「俺のこんな昔話でよければ、ぜひ参考にしてください。」
武久は思った。彼の話をきいて、自分も変わるべきだと。そう決意すべきだと。
その為にはまず、今回の仕事をしっかりやらないとなぁ。武久には小さな笑みが浮かんでいた。