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煽ってみた

翌日の早朝、改は北の城門の横に立ち、あるものを待っていた。

しばらくすると馬車の道を進む音がガチャガチャと近づいてくる。

「おー来た来た」


改は近づいてきた馬車に飛び乗ると、何のためらいもなく扉を引きはがして捨て、中に押し入った。そして空いている席に腰を下ろす。


中には大司祭と、数人の司祭が乗っているのが確認できた。

「おはようございます大司祭様。これから朝のお散歩でしょうか?」


何も言わずに改を見るその表情は恐怖で引きつっている。

「おいおい、お前らこの街の長だろ?そんな顔してて大丈夫なのかよ」

改は手をたたいて笑いながら言った。


「貴様、何故ここに」

大司祭は憎しみを噛み締めるように言った。

「お前らこそ何やってんだ?まさか、てめえらだけで逃げようってんじゃねえだろうな」

改は大司祭の目を見つめて言う。


「貴様には関係ない!さっさと降りろ!」

ふーん、と改は背もたれに深く体重をかける。


「まあ確かに俺にゃあ関係ねえんだけどさ、一つだけ忠告してやろうと思ってな」

改の表情は冷淡に変わる。


「このまま逃げるつもりなら、てめえら禄な死に方出来ねえぞ」

改は立ち上がると、まだ壊されていない側の扉を蹴り壊し、そのまま飛び降りて行った。


***


「おーおー、集まってるなあ」

改は教会の前にある広場にやってきていた。そこには街の人々が集まっており、大きなざわめきに包まれている。

「ここにいるのは1000人くらいだ。俺が部下と手分けして一晩で集められるのはこれが限界だった」

アボットは民衆の声にかき消されないよう大きな声を出す。

昨日独房の中で、改はアボットに出来るだけ多くの人を広場に集めてくれと頼んでいたのだった。


「充分。ありがとな」

改は笑ってアボットの肩をたたく。

「後は任せろ」

改は用意された演説用の台座に飛び乗った。


1000人の視線が改に集まる。改は広場を見渡した。兵士の姿をした者が多いのは、アボットになるべく兵士を多めに集めてくれと頼んでいたからだ。アボットはなんだかんだで人望のある男なのだろうか、と改は思った。


「聞け、諸君!」

改は銃弾がはじき出されるような鋭い声で叫んだ。


「俺は改、昨日オークを三匹打ち取った男だ!」

その声は広場を切り裂き、場内は静まり返る。


「この街は長い間オークの支配を受けてきただろう。諸君は恐怖と屈辱を味わいながら今まで生きてきたはずだ」

何人かは改の言葉にうなずく。


「だがそれは今日で終わりだ。どうしてだか分かるか?」

「改がオークを倒すから!」

声がした方を見ると、リリスが精一杯の大声で叫んでいた。

「ご声援ありがとうございます」

改はリリスに向かってペコリと頭を下げた。


観衆から笑いが起こる。

「彼女は5年後オークの生贄に差し出される予定だと話してくれた。それを聞いて俺は思った。オークのお嫁さんになるくらいなら俺のお嫁さんになってくれよ、って」

どっ、と先ほどよりも大きな笑いが起こる。


「そしてこうも思った」

改は徐々に声のボリュームを上げていく。


「どうしてこんな小さい子が痛みと責任を負わせられるんだ?って」

「生まれた時から裏切られて殺される事を決められていた彼女はどんな気持ちなんだ?って」

観衆がハッとしたような表情に変わる。


「俺は許せなかった。オークも、この街の仕組みも」

改は左手で拳を作る。


「だから思った。生贄に出される少女たちを救いたいって」

改は頭上に挙げた拳を勢いよく振り下ろす。


「だから決めた!俺がオークを殲滅してみせる!」

観衆から拍手が起きる。


一拍置いた後、改はまた喋りはじめる。

「残念なお知らせがある」

改は不敵な笑みを浮かべた。


「つい先ほど、大司祭様はこの街からお逃げあそばれた」

人々はざわめき始める。


「散々市民から生贄を集めていたにも関わらず、少しでも身に危険が迫ると我先に逃げる!これが上に立つ者の態度か!?」

改は両手を広げて訴えかける。

広場からは怒号に近いざわめきが広がる。


「兵士諸君!」

兵士たちの視線が改に集中する。


「俺はオークに勝てる。だが指導者を失った今、市民を守るには君たちの力が必要だ!俺に力を貸してくれ!」

兵士たちは互いに目を見合わせている。

「俺は十年前オークと戦った!」

一人の兵士が叫んだ。


「俺は、俺たちはオークの強さも怖さを知っている。お前がいくら強くても、100匹を超えるオークの群れには絶対勝てない!オオカミの大群に羊が挑むようなものだ!」


「勝てる」

改はゆったりと声を出す。

「馬鹿馬鹿しい!無駄死にするだけだ!そんなことをするくらいなら全員で逃げるべきだ!」

広場が再びざわめき始める。


「羊ってのはさ」

改は構わず話し続ける。

「オオカミに襲われて1匹が捕まったら、ほかの奴等は、捕まった奴が喰われてるそばで草食い始めるんだよな。ああ、喰われたのが俺じゃなくて良かったって」


改は大きく息を吸う。



「まるで女が犯されてる横でのうのうと生きてるお前らそっくりだなあ!」



改は嘲笑を浮かべて叫ぶ。

兵士たちの表情が硬直する。

「お前らは羊みてぇな腰抜けなのか?」


「違う!」

一人の兵士が叫んだ。


改は再び大きく息を吸い、一点に集中した息吹を吐き出す。



「そうだ!お前らは羊じゃない!獣とも違う!意志を持った人間だ!!」



改は拳で胸を叩きながら叫ぶ。



「相手がどんなに強くても、てめえが羊みたいに弱くても、男ならメス守るために命かけて戦えよ!」



そうだ、そうだと賛同の叫びが聞こえ始める。



「相手がどんなに大きくても、お前らに付いてる角がどんなに小さくても、その小さい角を振りかざして戦うんだよ!てめえら男だろうが!!」



広場から歓声が沸き起こる。

改は勢いよく拳を天にかざした。


「諸君!今こそオークを殲滅する時だ!」

「勇敢な兵士たちよ!共に戦おう!今日はお前らが英雄になる日だ!」



改は演説台から飛び降りた。

怒涛のような叫びが広場を超えて街を包み、しばらく止む気配を見せなかった。



***


改の代わりにアボットが演説台に立ち兵士たちに指示を飛ばしている最中、改は一人南の城門に向かっていた。


「改」

後ろから声を掛けられたので振り返ると、息を切らせてウィルマが走って来ていた。

「え?俺に抱かれたいって?」

改はバッと両手を広げて受け入れ態勢をとる。


「やめたまえ」

ウィルマは急ブレーキをかけて止まる。

「いや、ありがとう」

ウィルマは深めのお辞儀をする。


「え?抱いて良いの?」

「それは違う」

ウィルマは一歩下がる。

「だが、これで私は君に2回助けてもらったことになるな。本当に、なんとお礼を言ったらいいのか」


「2回目は、まだだぜ」

改は笑って、少しだけ真面目な顔になる。

「それを言うならお前の覚悟も見事なもんだ。この街のどの男よりも肝が据わってやがる。ウィルマよ、お前は良い指導者になれるぜ」


「そんなこと……」

ウィルマは頬をかく。

「それにしても、見事な演説だった。なんというか、君は人を煽るのが異常に上手くないか……?」

ウィルマは照れくささを隠すように聞く。

「よく言われるよ」

改は冗談めかして言った。そして続ける。


「俺はオークを倒せるんだが、いつまでもこの街に居られるワケじゃ無え。兵隊に戦う覚悟が無えんなら、どうせこの街はいつか滅びる」

「だから鼓舞をしたと」

「どうかな、俺はそんな複雑なことまで考えられるほど頭良か無えからな」

言いながら改は左肩をグルグル回す。


「んじゃ、そろそろ行くわ」

改は南の城門の方に向き直り、ゆったりと歩き出した。

その背中は、ウィルマが今までに見てきたどんな屈強な兵士の物より大きく見えた。


          続く

ご閲覧いただき、ありがとうございました。

次話は1時間後に投降する予定です。

いよいよ山場です。

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