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出会い

独房まで連行されるとき、改は身に着けていた槍を取り上げられていたのを思い出した。


「そういや俺の槍を返してくんねえか?あ、槍って俺の股間に付いてるアレじゃないぞ」

改は一人で笑いながら言った。

「……今、案内する」

改を連れたって歩きながら、男の頭にはこの十年間一度も浮かんでこなかった考えが浮かんでいた。


その考えとはオークを倒すという、あまりにも突拍子もない、しかしこの街にとっては紛れもない悲願だった。


酒場で酔った誰かが「オークを倒してみせる」と豪語している場面になら何度も出くわした。

今この街の実権を握っている大司祭も口癖のようにいつかオークを討伐すると教説をしていた。


オークを倒す?そんなこと出来るわけがない。男はそれを聞く度に自虐にも似た冷淡な笑いを浮かべてきた。


しかし

―――この少年ならば、ひょっとしてオークを倒せるのではないか?


その考えは、改が槍を扱う様子を見たときにより一層強くなった。


没収した槍は十人がかりでようやく運んできた物だ。改はそれを片手でひょいと持ち上げると、何食わぬ顔で背中に担いでみせたのだ。


この少年が自分たちとは桁違いのパワーを持っていることは明らかだった。男は息を飲んで改を見つめる。


「やだ、そんな目で見つめられたら私濡れちゃう」

改は体をくねらせる。


「お前、名前は」

「改だよ。おっさんは?」

改はポケットから手袋を取り出して付けると、男に握手を求めて手を差し出した。


「俺はアボットだ。もともと近衛兵隊長をしていた。王族が滅んだ今は大司祭様に仕えている」

アボットは握りつぶされるのではないかという恐怖で、少し躊躇いながら改の手を握った。


「アボットって言うのか、よろしくな。じゃあ早速オーク退治に」

アボットが改の声をさえぎる。


「ちょっと待ってくれ。その前に大司祭様に話を通させてくれ」

「別に良いけど、その大司祭ってのがこの街を仕切ってんのか?」


「ああ。普段からオーク討伐をすると言っているから恐らく受け入れてくれると思うが……」


***


改は教会に案内されて行った。そこに大司祭も、今日生贄に出される予定の少女もいるのだという。

街の中心にある石造りの教会は、至る所に補修の後が見て取れた。何とか姿を留めているその建物は、まるでこの街の状態を象徴しているかのようだった。


「あくまで話をしてみるだけだからな。大司祭様の許可が下りない場合は潔く諦めるんだ」

アボットがこの言葉を言った途端、改が急に真面目な顔になった。


「え?じゃあどうすんだ?」


アボットは答えに詰まった。

アボット自身も、改に討伐を依頼すべきなのか辞めるべきなのか、考えがまとまっているわけでは無かったからだ。

もし依頼をしたとしても改がオークを倒せるかどうかは分からない。

倒すことが出来れば良いが、もし倒せなかった場合、今度こそこの街は滅ぼされる運命にある。

アボットは急に、生きるか死ぬかの選択を迫られた気がしていた。


教会から讃美歌の合唱が聞こえてくる中、アボットはしばらく黙っていた。

「……そんなこと、俺に決める権限は無い」

アボットは自分に言い聞かせるように言った。結局自分は判断を他人に任せているのだと気づいて情けなくなる。


「ま、いいや。早く入ろうぜ」


改はスタスタと教会の入り口まで進んで行く。


「まだ礼拝の途中だ。終わるまで待ってくれ」

「うん分かった」

改はさっさと扉を開けて中に入って行った。


あまりにも自然にスルーされたため、アボットが改の行動を理解するには多少の時間を要した。


「待て!改!」


アボットは慌てて改の後を追う。


***


中に入ると、ちょうど正面奥の教壇の前で祈る少女の後ろ姿が見えた


荘厳な讃美歌の響き渡る中、改は礼拝堂の中央通路を、肩で風を切りながら進んで行く。


改の存在に気づいた信者たちが増し、段々、讃美歌にどよめきが混じり始める。

改はそんなことなどお構いなしに歩いていく。


少女を目前にし、肩に手を置こうとしたとき、改はアボットに後ろから羽交い絞めにされた。

「待て馬鹿!」


アボットに耳元で怒鳴られた改は顔をしかめる。

「何だよ、神の面前でホモ行為なんて随分とインモラルじゃねえか」


「違うわ!そもそも俺が待てと言ってるのに何故聞かないんだ!」

アボットの怒鳴り声で完全に讃美歌が止まり、礼拝堂内がどよめきで包まれる。


やってしまったと焦るアボットと対照的に改は涼しい顔をして少女の後ろ姿を見つめていた。

正確には後ろ姿ではなく尻の形を確認していた。


その時、騒ぎに気が付いたのか少女が改の方に振り返った。


こがね色の髪がたなびき、透明感のある白い肌をしたその少女は、改を見て少しも表情を変えなかった。

「お前が生贄か?」


少女は何も言わずにゆっくり頷いた。


それを聞き、改は不敵な笑みを浮かべる。


「そうか、お前は運が良い!世界で一番運の良い女だ!よく聞け、お前は生贄になんてならなくて良い!なんせこの俺が今日オークどもをぶっ殺すんだからな!」


改は少女に言っているというよりは教会に集まった人々に言い聞かせるように大声で叫んだ。


どよめきがより一層大きくなる。


少女はその喧噪の中にあっても一切表情を変えず、据わりきった眼で改を見つめている。


改にはその瞳はとても印象的だった。


                  続く


ご閲覧いただき、ありがとうございました。

次話も数日中に投稿する予定です。


余談ですが、改を書くのは非常に楽しいです。

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