決戦
改は平原に出てオークの気配を探った。
鉛のように重苦しい臭いが前方に広がる森から伝わってくる。
間違いない、オークはこの方角から来る。
昨日痛いほど改の強さを味わったオークは戦力を分散させず、一点に集中してぶつけてくるだろうと改は考えていた。
しかし、オークが街を取り囲むように戦力を分けて攻めてきた場合、
改が到着するまでどうにか時間を稼ぐ必要があるとも考えていた。
改が兵士を鼓舞したのは、その時間稼ぎ役をやってもらうためでもあった。
恐らく今アボットの指示により、改が陣取る南を含んだ東、西、北の4つに戦力が配分されているはずだ。
改は城内に向き直った。もしも南以外の方角からオークが攻めてきたら狼煙を上げてくれ、と事前に頼んでいたのでそれを確認するためだ。
狼煙は確認できない。
ふと改は空を見上げた。
日は空高く座し、柔らかく照り付けている。
「んん、良い天気だ」
改は頷いた。
そのとき、正午を告げる鐘の音が、低く、緩やかに改の耳を撫でた。
遠くから、穏やかに聞こえるその音は戦いの始まりを告げていた。
改は森の方に向き直る。
ピン、と張りつめた空気が辺り一帯を覆っている。
改は頭に白いハチマキを締めると、素手のまま、ゆったり構えた。
「来やがれ」
改は独り言のように呟く。
森の中でうごめく殺気の群れは、やがてその姿を現した。
初めポツリポツリと現れていたそれは森から湧き出すように横に広がり、ユラユラと改に向かって近づいてくる。
森の木々と比較しても、一つ一つのそれは人間の身長を大きく上回っているのは明白だった。
大地を鳴らす足音は、昨日聞いたオークのそれとは比較にならないほど大きい。
群れは改の300mほど手前に来ると歩みを止めた。
オークの数はざっと100匹だ。
「本当に雁首揃えて殺されに来るたあ律儀だねえ、律儀だねえ」
改は不敵に舌なめずりをした。
改はチラリと街の方を確認した。狼煙は上がっていない。
まだ断定は出来ないが、恐らくここにいるオークで全部だ。
改は大きく息を吐いた。
目の前に広がるオークの壁をゆったりと見つめる。
オーク達は唸り声を上げ、殺意に満ちた目で改を睨みつけている。
一見静かに見える平原の中に、焦げるような、今にも暴発しそうな黒い空気が満ちている。
その静寂を破ったのはオークの方だった。
一匹のオークが大きく雄たけびを上げる。
呼応するように全てのオークも鬨の声を上げ始めた。
ビリビリと低い振動が改の全身を揺さぶる。
オーク達は糸が切れたように雄たけびを上げながら改に向かって突進を開始した。
巨大な壁が押し寄せるように、土煙を上げながら改に向かってくる。
「来い来い来い来い来い来い」
改は腰を低くおろして構え、微動だにしない。
全身の毛は逆立ち、心臓を通して送られる血液は、その速度を増す。
改の頭にある思考はただ一つ、目の前に広がる敵を狩り尽すことだけだ。
距離が詰まる。
改は左手を握りしめ、そこに全身から、そして大気中から搾り取るように気を溜める。
そしてオークが眼前に迫った時、左手に溜まりきった気を烈火のような気合と共に打ち出した。
「虚空破!」
次の瞬間、改を踏みつぶさんと押し寄せてきていたオークの群れが一瞬で逆方向に吹き飛んだ。
吹き飛ばされたオーク達は森の木々に激突する。
改はすかさず背中に担いだ槍を抜くと、残りのオークに向かって突進する。
オークの群れはひるまず改を取り囲むように陣形を作り直す。
改は構わず自分の正面にいるオークに向かって突っ込んだ。オークは叩き潰すように武器を振り下ろすが、改の槍はそれより早くオークの体を貫く。
改は素早く槍を抜くと、目に見えないほどのスピードで振り回しながら横にいるオークをなぎ倒して進む。
弧を描くようにしなる改の槍はオークの体を、まるで粘土のように捻じ曲げながら弾き飛ばしていく。
徐々にオークの陣形は崩れ始める。
改は容赦なく槍を叩き込み続ける。
オークも必死に反撃を試みるが、まるで陽炎を相手に戦っているかのように一切の手ごたえは無く攻撃は空を切る。
逆に改は草を刈るかのように、容易くオークに致命傷を与えながら直進する。
そのとき森の中から、けたたましい音が響いた。
すると改と戦闘をしていたオークたちは一斉に後退を始める。
改は追撃せず、音のした方に注意を向けた。
その気配は先ほどまで改がなぎ倒していたオーク達よりもさらに強く、強烈な殺気を放っている。
どうやらオークの方にも切り札があったようだ。
やがてその殺気の塊は後退していたオーク達の間からゆったりと姿を現す。
体は通常のオークより一回り大きく、体色が黒ずんでいる。手に持つ大刀は改の血を欲しがるように鈍く光を放っていた。だが何よりもその両目に満ちている殺気は、改を押し潰すかのように強力な圧迫感を感じさせる。
「ようやっと、ボスのお出ましかい」
改は不敵に笑うと、十分にオークの血を吸った槍を構えなおす。
ボスと思われる黒いオークは、そのまま悠然と歩きながら改に近づき、50mほど手前まで来て止まった。
束の間の静寂が二者の間を包む。
虫も草木も気配を殺しているかのように静かだった。
だがその水を打ったような静けさの中に、黒く、黒く墨汁を垂らすように両者の殺気が満ちていく。
先に動いたのは改の方だった。
改は体内のすべてを吐き出すかのように絶叫しながらオークに突進する。
黒いオークとの距離を瞬く間に詰め、狙う一点、心臓に向けて槍を突き出す。
手ごたえが、無い。かわされた。
左足を軸にして、勢いで通り過ぎたオークの方に向き直る。
そこにあったのは、改に覆いかぶさるように大刀を振りかぶる黒いオークだった。大刀は改の体を二分するように、斜めに振り下ろされる
改は素早く下がっていったん距離を取る。
大刀で起きた風圧が改に押し付けられる。
オークは勢いよく踏み込み、返す刀で改の首を狙う。
改はそれを待っていたかのように、同時に踏み込みながら大刀を、槍の上で滑らせるようにして受け流す。
全身で振りかぶっていた黒いオークは態勢を崩してしまう。その隙を突き、改は円を描くように槍を振りかぶり、
黒いオークの首元に叩きつけた。
その首は不自然に曲がり、黒いオークは膝を付く。
改は一切の躊躇いなく黒いオークの喉を槍で貫いた。
オークはその場に倒れ伏せる。
後退していたオーク達がどよめく。
改はオーク達を威嚇するように、低く雄たけびを上げた。
「我は改、斗黒の国から来た!」
改は黒いオークの頭部を掴むと残ったオーク達に見せつけるように引き上げた。
「貴様らの首領はこの改が打ち取った!
俺はこれから貴様らの巣に襲撃を仕掛ける!死にたくねえ奴は身支度して今すぐこの場から立ち去れ!そして二度とこの街に現れるな!」
残されたオークの集団は改に気圧されるように、少しづつ後退する。
「何だ、死にてえのか」
改は狂ったように叫びながらオークの方に突進する。
オーク達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
完全に戦意を喪失したようだ。
改は走るのを止めて立ち止まると、つまらなそうにその光景を傍観していた。
続く
ご閲覧いただき、ありがとうございました。
この場面は全編を通して一番力を入れて書いたのですが、
面白いかどうかは分かりません( ◠‿◠ )




