到着
「おかしいな」
改は首を傾げた。今しがた到着した街の繁華街を歩いているハズなのだが、どうも様子がおかしい。何か閉塞感があって重苦しい空気が充満しているようだ。
改の思い過ごしならそれで良かったのだが、街に入ってから笑っている人間はただの一人も居なかった。そこらで残飯を漁っているカラスが一番明るい顔をしているくらいだ。
極東の島国から来た改の出で立ちはこの街の人間からしたら相当珍しいはずだったが、誰も改を気に留めようともしない。危うく目でも合いそうなものならコマの回転スピードに匹敵する速さで目を逸らされる。
「ちょっとちょっと」
改は道を歩く中年の男に声を掛けてみたが足早に去って行ってしまった。
そこに若い娘が通りかかった。
「そこの可愛いお嬢ちゃん、ちょっと聞きてえ事があんだけど」
改は娘の前に立ち塞がった。
「すいません急いでるので」
娘もまた足早に去ろうとする。
改は、何のためらいもなく逃げる娘を後ろから羽交い絞めにした。
「答えてくれねえと手籠めにしてやるぞ!フハハハハ!」
「キャアアアアア!!!」
数分後、到着した自警団によって改は連行、独房にぶち込まれた。因果である。
改は鉄格子に顔を押し当てて外の様子を確認した。
薄暗い部屋で蝋燭で照らされる机に向かい、黙々と紙に何かを書いている男が居る。
「僕が何をしたっていうんですか」
「お前ふざけてんのか」
男は書く手を止めて改の方を見た。
「女の子を暴行しようとしたそうじゃないか」
「んなモン冗談に決まってんだろ。そもそも俺の国じゃあ挨拶がてら、あれくらい乳繰り合うモンなんだよ」
無論、嘘である。
「そんな国があってたまるか」
男は改の発言を一笑に付して、また書き始めた。
「聞きてえ事があったんだよ」
「なんだ?」
男は面倒くさそうに言う。
「この街、何でこんなに暗いんだ?」
ピタリ、と男の手が止まる。
「……お前には、関係ない」
男はどうにか声を絞った。
「この街って城塞都市だよな。入るときに見えたんだが、城壁に開いてるでっけえ穴、ありゃあ何だ?それも一つや二つじゃねえ。まさかショートカット機能じゃねえんだろ」
男は黙っていたが、しばらくして重い口を開いた。
「十年前、この街はオークの襲撃を受けた」
「オークって、そりゃあ千年も前に根絶やしにされた化け物だろ」
「俺たちもそう思っていた。だが実際に奴らはこの街に来た。俺たちは必死に戦ったが全く敵わなかった」
「図体が人間の倍はあるらしいな。皮膚は鎧よりも固いとか」
ちなみにこれは改が普段読んでいる官能小説に登場するオークの特徴であった。
「……詳しいな」
どうやら特徴は一致していたようだ。
「お前の言うとおりだ。奴らの体は弓で貫けない。槍も折られてしまう。剣で立ち向かおうものなら、間合いに入る前に潰される。唯一奴らに効いたのは大砲だが、砲台を制圧されてからは一方的にやられてしまった」
改が官能小説の内容を思い返してムラムラしてきたのと対照的に男の表情が段々険しくなっていく。
「街は蹂躙された。奴らは殺戮、暴行、略奪の限りを尽くした」
「その割にゃあ今は街の形してるように見えるんだが?」
「……奴等は俺たちを皆殺しにしない代わりに、ある条件を提示してきた」
「女を差し出せ、とかだろ?」
「……何で分かったんだ?」
「俺は勘が良いんだよ」
官能小説の知識であった。
「提示された条件は、月に一人若い娘を差し出す事だ。そして、月に一度、娘を差し出す日というのが……」
「今日ってわけか」
男は黙って蝋燭を見つめたまま唇を噛み締めていた。
「よいしょっと」
男が改の方を見ると、まるで鉄格子を針金のように軽々と捻じ曲げ、何食わぬ顔で外に出てきていた。
男は驚いて傍らに置いてあった剣を抜いて身構えた。
「まあ落ち着けよ。お前を殺すつもりならとっくに殺してるし、出たけりゃとっくに出てるよ」
「何が目的だ」
鉄格子をいとも簡単に捻じ曲げてしまうような男が自分たちに容易く捕まるとは考えられなかった。
男の声が上ずっているのを感じた改はニコリと笑った。
「ただ情報が聞きたかったんだよ。街じゃ誰も口聞いてくれねえから、騒ぎでも起こせば誰か構ってくれると思ってな」
もちろん街娘に抱き付いたのは性欲に押し負けた結果である。
「オークの事など、知ってどうする気だ?」
改は不敵な笑みを浮かべ、言った。
「決まってんだろ、オーク退治だよ」
続く
ご閲覧いただき、ありがとうございました。
続きは近日中に更新する予定です。




