異能のアパート
思っていたほど、そこは古くなかった。
どちらかと言うと今風の小洒落たアパートだと思う。
この春から高校生になる僕は、親の海外転勤が理由で、一人暮らしをする羽目になってしまっている。家事なんてしたこと無いのに、どうやって生きていけと、なんて最初は不貞腐れていたものの、この御時世、コンビニやスーパーなどにいけばお弁当やらお惣菜やらは買える。親からの仕送りもたんまりとくるはずだから、たぶん生活には困らない。
寧ろ、あの猛烈な愛から逃れられるのだ。
よく考えてみれば、高校生活は薔薇色だ。
「えっと…アパートと連なってる喫茶店に、大家さんはいるんだっけか」
荷物を抱え直して、僕はアパートの隣にあるこじんまりとした喫茶店へと入る。チリン、と可愛らしいベルの音が鳴ると、カウンターから男性が顔を覗かせた。その男性は僕と目が合うと、人当たりの良さそうな笑顔で立ち上がる。
「君が、新しく入る子かな?」
「あ…はい。明海 藤です」
「藤君ね、よろしく。僕は相崎将太だよ」
真っ直ぐに切り揃えられた前髪がすごく特徴的だけど、それを除けば誰もが羨む美男子とでも言ったところだろうか。
相崎さんは荷物を適当に置いてくつろいで、とコーヒーを淹れ始めた。ということは、相崎さんがここの大家さんなのだろうか。正直な話をすると、僕は大家さんに会った事がない。このアパートに住む事だって、海外に転勤する前に、親が勝手に決めていた事だ。親の話では、魔法使いみたいな可愛らしいおじいちゃん、と聞いていた。相崎さんは、どう見ても魔法使いみたいな可愛らしいおじいちゃんには見えない。
カウンター席に座りながら、相崎さんがコーヒーを淹れる姿をぼんやりと見ていた。ミルクと砂糖を入れないと苦くて飲めないけど、ブラックで出されたらどうしようとか、カウンターの上になんでミルクと砂糖が無いんだよ、とか。そんな事を考えていると、目の前にコーヒーのいい香りが充満した。
「ミルクと砂糖はいれておいたから、足りなかったら言ってね」
まるで分かっていたかのように。
当然かのように、相崎さんは言った。
顔に出てしまっていただろうかと考えていると、カウンターの向こうで相崎さんが笑う。面白がって、小馬鹿にする笑い方だ。