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縛られ隷属する

作者: 尾田里佳子

「助けて!」 

 この一言でムイは私を身を挺してでも助ければならない。私が、ただ神子の血を引く母の娘であることを理由とするだけで、彼は私へ一生を捧げなければならないようになった。

 母は神子の一人であった。国に十数人しかいない神子の一人であった。ただし、神子の名は持っていたが、それほど強い力を有していなかった。だから、簡単に、いや、簡単ではなかったが、神子の立場を放棄した。

神子としての一生は終えるが、いずれ生まれる子に神子の力は受け継がれる可能性がほんのわずかでもあるならばと、神殿の上層部は神子に契約を持ちかけた。神子の力を失う代わりに、生まれる子どもともども守ろう。それが神子と神殿の契約であった。

守護という名の監視であったが、確かにかつての神子に利用価値を見出し、母を狙うものは多かった。それに対する力は、一般人に成り下がった母にはなく、母が神子をやめるきっかけになったただの従者にもなかった。


 神子には信望者も確かにいた。いっそ盲信していると言ってもいいほどの過剰な信望を母に持つ者もいた。町の有力者の息子であったり、騎士の一人であったりと、母は同年代の男たちを魅了する力が神子の力の一端として備えているものではないかというくらい若い男たちを魅了していた。しかし、そのような盲信者は、母と父の関係をよく思わず、守護者としては不適格の烙印を押され、彼らは遠くで、母を見ることしかできなかった。


 代わりにつけられたのは、神殿に一生を捧げた半人半魔のポールと同じく半魔のムイであった。ポールは母の守護に当たり、ムイは私を守るように使命を与えられた。半魔であるがゆえに強大な力を持ち、しかし、その邪気に耐えきれずに命を落とすものが多い中で、神殿は彼らにとって治療院であった。だから、彼らは神殿に縛られて生きていかなくてはならなかった。


「殺していいか」

 ムイは誘拐犯を即座に縛り上げ、喉元に自身の強化した爪をあてた。

「駄目。神殿に引き渡して。余罪が出てくるでしょう。でなくても、彼らから搾り取れるものは多いはずよ」

「分かった」

 ムイは必要最低限の生命機能を残し、誘拐犯の体を単純作業のように顔色をひとつも変えずに痛めつけた。

「あまり私の目に入るところでそういうことはしないで」

 血を流し、くぐもった声を出す誘拐犯を目に入れたくないので、ムイに制止の声をかけた。

「見慣れたものだろう。俺のことが直視できるぐらいだ。禁忌に接するのは慣れているだろうに」

 自嘲気味にムイは笑った。


「ムイと暴力は違う。ムイは確かに半魔だけど、それは世にあっておかしなものじゃない。でも、暴力はなくすべきものだから」

「半魔もその暴力から生まれたものだろうに。おかしな理論を使うな」


 半魔は、魔族に襲われた女のもとに生まれる。慰み者になった彼女たちは神殿に身を寄せ一生を終える。生まれ育った場所にい続けることもできず、かといって、身ごもった体で、なす術もなく神殿に最後の救いを求めて行くのだ。彼女たちのほとんどが、身ごもっている胎児を堕ろそうとするが、魔族の生命力は強く、一度身ごもれば、母体の命もろとも消さなければ、彼らの命が消えることはない。だから、例外なく、半人半魔は唯一の肉親である母に憎まれ、育つ。暴力により生まれた証が半人半魔という人に忌まれる存在なのだ。


「もうそろそろ、私にも神子の力がないって証明されないかしらね」

 確かに私のわがままな理想論にムイを付き合わせているので答える言葉を持たない。何事もなかったように、巫女の娘として培われた社交性で話題の転換をする。

「無理だろう」

 ムイは事実を淡々と述べた。そこには何の感情も入り込んでいなかった。

「ムイも私に力がないと証明されれば、このめんどくさい任務から解放されるのよ」

 私は彼のその無感情な自身への諦めともいえる無関心を取り除くために言葉を紡いだ。


「お前の守護をやめたとしても神殿の呪縛は解けない」

「解いてあげようか」

 彼の関心をかいたくて、自分でも気味の悪いねこなでの震えた声を出す。

「解いてくれるならな」

 どこまでも何にも期待していない感情のこもらない返事しかムイはしない。


「その力を失ってまで、人間になりたい?」

 彼は私と同じ人間になりたいのだろうか。哀れだとは思うが、その力は得難いものだ。神子の子どもとしての力を周囲から望まれ、期待され、遠巻きにされ、だが、そんな能力は一切現れずにいる私からすれば、神殿に縛られることは小さな犠牲ではないかと思ってしまうのだ。

力がなくとも神殿に縛られる私に比べれば、彼が魔の力を持つことは幸福なことではないのだろうか。

「力はあるが、邪気に耐えられる人間などいない。どれだけの苦しみが半魔であれば味あわなければいけないか、味わったこともないお前が言うな」

 彼は神殿に頻繁に清めの儀を受けに行く。

一度、彼は母と私が国の長に謁見をするときに首都に旅立ったとき彼は、そして、ポールは清めの儀を長く受けることができなかったことがあった。彼らの苦しみを目の当たりにしたのは、初めてのことだった。

体はところどころが魔族のようになり、しかし、人の部分を残し、その弱い部分を侵食され、苦痛を耐え忍んでいた。

ポールは年の功だけあって慣れており発症を抑えていたが、その症状はムイの数時間後に現れた。時間にすると、ムイは半日、ポールは数時間、半魔としての症状に苦しんでいた。


「ごめんね。でも、力は力よ。願いを叶えられるのが力よ」

「代償が一生を神殿に縛られるのかと思うとぞっとしないね」

「なら、いっそ魔族になりたい?」

「そうだな、それもいいかもしれない」

「私があなたを人間にでも魔族にでもしてあげられるっていうと、あなたはどうしたい?」

「世迷い言を言うな」

 ムイは少しだけ眉間にしわを寄せ不機嫌になる。

「残念ながら、本当なの」

 私は冗談めかして言うしかない。

「お前がそれをする利益はあるのか」

「そうね。ムイを神殿じゃなくて私に縛り付けることができることかしら」

「なら、いい」

「嫌なの?」

「神殿に縛り付けられるのも、おまえに縛り付けられるのも同じだ」

「それもそうね。このことは忘れて」

 ムイが命を挺して私を守らなければならないのは逃げ道のない隘路でしかない。

 でも、いい加減、私もムイへの恋心に決着をつけたいのだ。

 どのくらいの女が、いつでも守ってくれる人を好きにならずにはいられないだろうか。それも、たった一声かけるだけで、自分の身が危険にさらされることさえ厭わずに献身的に助けてくれる男に好意を見出してしまうのが当たり前ではないだろうか。

 でも、ムイは人間にも魔族にも恋をすることなんてないのだろう。自分の存在をいとわしく思い、その血を残すことを嫌悪しているのだから。だから、簡単に自分の身を私のために犠牲にできる。

 ムイと私の距離は一生縮まることはないのに、そばにいるのが当たり前なんて、私がつらすぎる。

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