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飽食の腹  作者: 神楽の蔓
8/11

ツナガリ聴く

軽いガールズラブ表現ありです。

 二〇分ほど前に屋上を訪れた椎名と同じく、両手に持ったウルトラマジカルロングパンを鬼頭に捧げるようにして持っていく少女。その服装は高校の女子生徒のものだ。

重々しい黒に赤を少しだけ混ぜた、瘡蓋色のブレザー。同色の生地のスカートは原色の黒と灰を使った格子模様になっている。膝上のスカートを二回、腰元で折った少女の足は柑子(こうじ)色で、陽に焼けた肌と黒い短パンが服装に反して健康的だった。特に三人からは、視覚的に短パンがよく見える。鬼頭に走り寄る際、膝を上げて走ったために、腕に通した弁当の入ったバッグも勢いよく振られていた。

ついでに屋上の扉を開ける際にも、手で軽くノブを回してから足で蹴りあげる方法をとったのだが、会話に集中していた三人は、予想はしても確信したくはない。

あれはさすがに、無理だな。

意図せず、胸中で似たような感想を抱いた三人だが、鬼頭の懸念するところは微妙に違っていた。敢えていうのであれば、色々と無理だった。

鬼頭の正面に座る瑛里と椎名を一瞥し、少女は鬼頭の右隣で膝をつこうとする。その手前で、鬼頭はとりあえずコーヒーを口にした。回数の割に多く飲んだコーヒーの容器は、取り落とすことはなくとも軽くなっている。更に軽くなった容器をゆすって、鬼頭はゆるく笑った。

「こんにちはッス、李緒(りお)ちゃん」

「今日は二限目にすれ違いましたよ! だからヨッスです、若菜先輩!」

「そうッスか。二限目というのは微妙に、普通に授業を受けてた気がするんですが、私の気のせいッスかねえ」

「あ、いえ、こっちが四階から、運動場にいる若菜先輩を一方的に見ていただけです!」

間違えちゃった、恥ずかしい。

少女はウルトラマジカルロングパンを持ったまま、鬼頭を見つめている。凝視といっていいほどの視線は、視野もよほど小さいのか、瑛里と椎名は未だ映ってはいないようだった。

実際のところ、恥ずかしいどころの問題でもないような、曖昧な感想を三人は抱いたが、片膝をついて捧げるような姿勢の少女に言うには、労力がいるような予感がしていた。告げた後のほうが面倒臭そうだと、少女に会ったばかりの瑛里と椎名にも、理解できた。鬼頭に至っては、告げたとしてもなんら意味がないと即座に判断している。

(問題はウルトラマジカルロングパンッス……UPが二本……あ、アップアップッス)

そのため、割と鬼頭の思考は目の前のパンのことにいっていたが、わずかに頬を染めた少女を見る後輩二人には、表情や声音には出しても、言わずにおいた。変な状況に移行していることなど、とうに理解しているからだ。

「申し訳ないんスが、先に渡邊さんからいただいたUPを食べてる途中なんで、今日は入りそうにもないんスよ」

「そんな! 私、先輩に食べてもらいたくて……ほら先輩、このウルトラマジカルロングパンだって、こんなに先輩に食べてもらいたそうにしているじゃないですか! そんなどこの渡辺かもわからないものなんか、トイレで吐いてきてください。なんならここで!!」

そう言ってから、どこから出したのか、少女はなにも入っていないビニール袋を鬼頭に押し付けて迫る。元々、距離のなかった鬼頭は当然ながら後ろに下がった。受け取って吐き出すわけにもいかない。そんな鬼頭の気持ちを悟ったのか、少女は肩膝をついたまま、すり足の要領で追う。中腰で移動する鬼頭とでは、なかなかに奇妙な構図となった。

とはいえ、屋上はある程度の広さはあっても、平地より危険度は高い。少し変わった食べ物の攻防戦は、中々に親密さはあったが、瑛里と椎名はひとまず、二人の動きを止めることにした。

目配せをして、二人は食べかけの弁当の蓋も閉めてしまう。そうしてから、瑛里が鬼頭の背後に回って、彼女の腰に手を当てた。後退できなくなった鬼頭が瑛里に視線を移した隙に、椎名が鬼頭と少女の間に割って入る。長いパンを持っている少女はそれだけで、鬼頭に強引に渡すということができなくなり、足と同様に陽に焼けた丸い頬がわずかに膨らんだ。

「私がその渡邊です」

 一方で、椎名としても思うところがあった。瑛里ほどではないが、自分が踏んづけた背中に思うところはあったし、それ以上に、ウルトラマジカルロングパンは戦利品なのだ。それを五分の四も食べてから鬼頭に吐かれては、自分の労力と費用が惜しかった。

「あなたが……あ、渡辺椎名だ」

「……遠い知り合いか有名人を見つけた時みたいに言わないでください」

 少し困ったように返す椎名に、少女は何度も目を瞬かせる。薄く覆う唇が十円硬貨ほどに開いたまま、小さな暗闇を見せる。そのまま言葉を探す少女は、しばらくして小さく謝罪を口にした。




「えーと、彼女は粟野李緒(あわのりお)ちゃんッス。私の中学時代の後輩で、陸上部に所属しているッス。お二人はご存じないかもしれないッスが、インターハイの有力候補ッスよ」

「なら、先輩もその時は陸上部だったんですか」

 意外そうに呟いた瑛里に、鬼頭も首肯して返した。椎名にしてもそれは意外で、溌剌とした表情で鬼頭を見つめたまま食事をする粟野と鬼頭の顔を交互に見比べた。観察するような視線と憧憬を受け流す鬼頭は、内心で後輩の持ってきたパンをどうするかを考えていた。

鬼頭は方々に跳ね気味の髪をワックスでまとめた短髪の少女で、瑛里たちと同じ制服を着ている。違うのはブラウスの前でほどけかけているリボンの色で、鬼頭が藤紫色のものをしているのに対し、瑛里たちは紅色だ。同系色でまとめた服装は無難さが際立つが、鬼頭の藤紫色のリボンは、それだけで清々しさが表に出てくる。瞳は切れ長で、爽やかというよりは涼しい印象だが、口調は体育会系の部分がある。身長は四人の中では一番高く、一六〇後半はある。

粟野も短髪の少女だが、こちらのほうはまっすぐで、ヘアピンで米神あたりの髪を止めていた。身長も瑛里より二センチばかり高いようだが、平均よりは小さい。ニキビ一つない顔は足よりも幾分か白い色をしているが、アーモンド形の茶色い瞳とあいまって、愛嬌に溢れていた。言動は些か首をかしげる部分があるが、可愛らしいと瑛里は判断した。

(少なくとも、制服を着ているようで着られている私とは違うな)

 陶器で作るビスクドールの肌の白さと、西洋人にしても派手な髪と瞳の色。それらと制服の色の落差はとても映えるが、どこまでも置物じみている。それこそ、常に子供部屋の隅にある人形(ビスクドール)のように。なら手にとるのは誰だろう、とそんなことを想像して、意識の膜越しに視線を感じた瑛里は瞬きをした。

「あ、すみませんでした」

「え、あ、や! こっちこそ勝手に見ててごめんなさい。金色の目なんて初めて見るから、本当に金色なのか確かめたくなって……あれ、なんか言葉的におかしい?」

「いいえ、私も祖父は灰色でしたから、金色はどこからもらったのか、よくわからないんですよ。それで昔は本当に金色なのか、私もよく見てました。今も金色に見えますか?」

「ええっと、金です。光が当たるとちょっと色が薄くなったりして……金を溶かしたら、こんな風になるのかなって感じです」

箸を片手に持ったまま、粟野が瑛里を見つめていた。正確に瞳だけを凝視する目に、瑛里は目を細めてみせた。涙の膜越しに艶を持った金の瞳が、白目との縁際で揺らめく。ほほえんでから瞼の向こうに消えた瞳を見て、粟野もまたたきをした。

「仲良くなっちゃいました、ッスかね」

「ちょっとあしらわれ……いや、思ったよりもたんじゅ……そうじゃなくて、先輩、私たちについて、噂というか知ってる情報とか、ともかく教えてください」

 首を振って友人と同級生から目を離し、椎名は鬼頭に新しい要求を口にする。粟野の視線が外れたのを機に、逆に瑛里と粟野を見る鬼頭は、椎名のほうは一瞥もしない。観察するような、眺望するような視界で、粟野が瑛里に近寄っていた。自分のように後ずさらない瑛里に賞讃を送り、にじり寄る粟野に口の端を吊り上げる。中身がなくなったコーヒーを自分の後ろに置いて、鬼頭は言葉は発さずに手帳を取り出した。

「一般的なお二人の印象というと、人形ってことッスね。容姿はこの学校でトップクラスッスのに、お二人は自分たちだけで存在しているみたいに見えるッス。並ぶ者がいないっていえばいいんスか。朝永瑛里さんのほうは、成績は平均より上ッスけど、雰囲気が一線を画しているんスね。あとは服の趣味ッス。ゴスロリを着ている姿が何回か目撃されてるんスよね」

「ああ、なるほど」

 納得の声をあげたのは瑛里だ。鬼頭の言いようから、随分と距離があるらしかったが、直接の要因であれ遠因であれ、ゴスロリが一役買っているのはよほどわかりやすかった。

対して首をかしげて見せたのは粟野で、不思議そうに納得した理由を訊ねた。鼻先一五センチの距離で、である。

 ほぼ正面にいる鬼頭を凝視する勢いで見ていた椎名は、鬼頭の隣ではなく瑛里の傍から聞こえてきたことに、首を真横に向ける。食べる暇もないだろうと横に置いておいた弁当がまず視界に入り、血の気もないような細い手が床についていた。赤味の強い紅茶色の髪も、床すれすれの位置まで下りてきている。倒れかけているのだ。

 友人がほぼ押し倒され、それに対してはなにも言わない瑛里自身にも、どう反応をすべきか迷っていた。表情が困ってはいたのだが、接近と質問のどちらか、分からなかったからだ。

「好きなものは好きだから、仕方ないよ」

「……そうか、そうだね。私も若菜先輩が好きだよ」

 瑛里の好きと粟野の好きを同じものとみていいのか、椎名は次に悩んだ。こだわりと偏愛は似ているかどうかも考えてみたが、暗がりに落ちかけた時点で放棄する。粟野の好きはともかく、瑛里の服の趣味については、多少なりと知っていることもある。それを理解して粟野が返事をしたのか、少なくとも今は勘ぐる必要もないように思えた。

「椎名の評判はどうですか? なにか悪い風には」

「大丈夫ッスよ。朝永さんのゴスロリもコスチュームっぽく見てる人間は多いッスし。朝永さんのせいでなにかってことはないッス。渡邊さんはそうッスね、道場の跡取り娘としての印象が多いッスね。後は明るく、活発。朝永さんといる時の印象といえば、優しく面倒見が良さそう、もあったッスか。お嬢様みたいでさっぱりしてるとか……まあ、朝永さんとは違う意味で、真面目ッスね」

 最後は鬼頭の感想に思えたが、瑛里としても特に言うこともないのでうなずいておいた。

 その間も瑛里は後傾姿勢なのだが、椎名は瑛里の背中に手を添えてもたれかけさせる。ついで粟野に少し下がるように言うと、粟野はそこで事態に気付いたように目を丸くする。

 縦に長い瞳は幼くもあり、無知にも映った。人形になった自分を再度思い描いた瑛里は、その自分を持つのは彼女だろうか、と順当に思った。西洋風の、青磁色の壁に背を預ける自身をつかむ少女は、子どもの理想に映ったのだ。

(それだけで、なにかしらをつかむチャンスが与えられている)

「瑛里? 大丈夫?」

「手がちょっとしびれたよ」

 軽く笑った瑛里に、椎名も口の端を少しだけ上げて笑い返す。同種の笑みを浮かべる二人は、片方が片方の上体を起こすと離れた。三歩ほど離れた位置は、鬼頭と粟野の距離とそれほど変わりはしない。その割に笑みで完結した空気は濃く、鬼頭の傍まで近寄った粟野は、手帳とペンを持った先輩の顔を見た。眉をしかめるでもない、口を緩めるでもない、感情の乗っていない表情の中で、瞳は爛々として動いていた。

 どちらが変わっているか、といえば、どちらも変わっている。

 粟野が憧憬を越えて思ったことは、昼休み終了五分前のチャイムが破っていった。


肝心の話題に触れられなかったので、鬼頭は後日出てきます。そしてやっと出せたぜ、ゴスロリ設定! 今度はまたテンション落ちます。たぶん。

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