永遠のセーラー服
四階にある校舎の机のある付近まで、枯れた葉をつけた樹が風に揺れている。ともすれば短い枝や、その先で片手を離したようにおぼつかない葉も一緒に落ちていきそうで、少女はほうっと息を吐く。授業中であるため、勢いのないそれに、少女はシャーペンをノートの上に転がした。
窓際の席にいる少女から遠い位置にいる教師は、やる気のない少女には目もやらずにいる。その口から吐き出されるのは、少女にとってみれば慣れた言語だが、教師の近くにいる生徒にとってはそうでもないらしい。教師の言葉を逐一ノートにとる者もいれば、寝ている者もいる。その中には携帯をいじる者もいるようで、教師に取り上げられていた。それでも、騒音と言えるような声は特にない。
(放課後には返してもらえるものね)
教師が常習化している生徒に苦言を呈したが、それだけだった。生徒の側も短く応えるだけで反発はなく、態度は従順ともいえる。他の生徒の手前であるのももちろん、どちらも演じているようですらあった。そのくらい常習化しているのだ。
眠気というよりは自分の殻にこもっている感覚で、少女は外界の音を聞く。それさえも飽きて、少女は目を閉じた。
一度だけ、その生徒の母親が学校へ乱入してきたことがあったらしい。詳細は知らないが、少女はなるほど、と納得して、わずかながらにあった興味も消した。興味の先にいきつけば、半分は用済みなのだ。後に残るのは少女自身の感情であり、惰性の続きは見ることはなくとも、聞くしかない。
「そういえば」
声を出さず、口の中で呟いて、再開された授業を聞き流す。他の授業ならば気をつけるべきだが、少なくとも現段階では、少女が特別学ぶことはない。殻にこもりながら、それでもなお上滑りする思考に反芻させ、少女は冬使用の制服に視線を落とす。
黒に少しだけ赤を混ぜた生地に、袖口に入った一本線は銀糸を少しだけ混ぜこんだ白。服を作成する糸も生地と同色のものを使い、裏地をひっくり返しても糸はわかりにくくなっている。洋服ならではの立体裁断で、女子の制服はくびれができる構造になっていた。スカートも同じ生地を使い、こちらは黒と灰色とで格子模様になっている。上着のポケットと留め具部分には金糸で校章も入っていて、見た目には重厚であり、陰鬱にも映る。中にきっちりと着ている灰色のシャツはいっそう重々しい。教室の空気に圧迫された肺に大して変わらない空気をとり込んで、少女はもう一度呟いた。
少女の制服は多少タイトなものの、一般的なブレザーだ。これは学生服として多いものだが、日本ではセーラー服も多くを占めている。私服登校もいくらかはあり、一時期は流行った変形制服も、本当の意味で壊滅したわけではない。二分化することも可能だが、その限りではないのだ。
(ブレザーは一般。学ランは官僚服。セーラーは下士官服……私服と変形は、個人の自由ってところか)
私服と変形を除くのならば、制服の意図は統一化だ。精神的な統一を成して現実の生活にあたる。様々な行事に関して、個が拡大化する現象はままに起き、人間の根源的なものを充填する意味もあるのだ。
少女が特に興味があるのは、セーラー服だった。セーラーの語源は海兵の意味だが、一時期のセーラー服は子ども用であったという。男女も関係ないのは、男の多い軍ならうなずける話だ。それを日本が登用したのが二十世紀前半、その後に起こった戦争で一時廃れるが、今度は全国へ広まった。
西洋化への波は、当然あったに違いない。今年で十六になり高校一年生になった少女でも、わかることだ。それでも、三十年の時が経っても変わらないものは、少女には羨ましい。セーラー服は無機物であり、着る人間がいるからこその存在だとしても、変わらない姿に少女はあこがれた。
しかし半面、それは概念だけであるとも、少女は知っている。戦後になって導入されたセーラー服は日本国内で文化し、色も多様になり、生地も数種類ながら増えている。完全な不変ではない。その時点で、永遠ではないのだ。
変わらないものなどない。
少女はそれも知っている。少女の唯一の祖父が亡くなった時点で、十分に頭や魂といったものに刻み込んである。その傷にも似たものを、少女は思い出にもしていない。事実と感慨を一緒にすることは、少女の思考を阻んだからだ。少女は目を開き、細身のシャーペンを手にもって、ノートに芯を押し付ける。近づいてくる教師に対しての、格好だけのものだったが、その右手は滑らかに動いた。
「それでも」
高校に入って大学ノートに書き出した授業の内容に続けるように、ペン先を進める。その先を目で追うように動くと、一段と重くなった空気を肺に取り込んだ。
「永遠がほしい」
そう書ききったノートに、後ろでくくっていた髪が束となって落ちる。赤味の強い紅茶に似た髪は天然のもので、金糸の色と銀糸の色ももっている。ほんの少しだけ癖のある柔らかい髪に、少女は目に見えてため息を吐く。
同時に鳴ったチャイムの音に、教師も生徒も目を向けることはなかった。