第8曲:GET YOUR GUN
今回は少し短いですが次の話で大きく物語は動きます
初めての任務からもう3日経ったある日、俺は去蝶の会社の寮の一室のベッドの上で本を読んでいた。
既にこの部屋は完全に俺個人の部屋となっていた。
…なぜ俺が家に帰らずに寮にいるのか?
それは色々な理由があるのだが、しいて言えば、家族にいらぬ迷惑をかけない、家族が危険に晒される、そもそも俺は府中刑務所から他の刑務所〈どこかはわからないが〉へ移送された扱いになっているのだ。大手を振って家族に会えるわけがない。
それはそれでいい。家族とは会いたくない。何を考えているかわからない親父や、俺を邪魔者扱いする義母、俺とはあいなれない義弟。誰でも会いたくはない。
しかし加奈は別だ。義母に相手にされない俺にいつもじゃれあってくれた。一人でさびしい俺は最初こそは邪魔者扱いした。しかし何度も何度も俺に煙たがられても俺に懐いてくれた義妹に俺も次第に心を開いていたのだ。
加奈のことは心配していた。多分これが俗に言う『兄バカ』なのであろう。
「…この『零れた夏』って本…まぁまぁ面白いな。」
そういって本を棚に戻すとベッドから降りて、大きく伸びをする。指先から足の先まですべて伸ばす。
時計を見ると、昼の一時を回っていた。何を食べようか?そう思った矢先、部屋のドアが開いて、龍兵が入ってくる。
「うぃ〜す。おい陽介。なんか喰いにいくだろ?この前の仕事のギャラまだ余ってるし。」
「龍兵、俺の部屋に限らずドアを開けるときはノックをしてくれ。もし中の人がマスかいてたら気まずいだろう?」
俺はとりあえず忠告のようなものをしといた。これには『次はないぞ』という意味を込めて言ったのだ。
「わかったわかった。とりあえず飯を食いにいくぞ。繭もいるし牛頭さんも馬頭さんもいる。俺は駐車場で待ってっから。」
そういって龍兵は部屋を出て行った。俺は引き出しの中にしまってあるこの前のギャラを取り出した。
ゆうに2〜300万はある。
そして龍兵曰く、まだこれは安い方らしい。
危険な任務ほど、腕が確かな者ほどもらえる額が違う。当たり前のことだがこういう仕事が出来るようになるもほど、この組織において一目置かれるようになるのだ。
財布に5〜6万ほど金を入れ部屋を出ると、鍵を閉め地下の駐車場へと歩を進める。
地下の駐車場では既に俺以外の面子が集まっていた。
「すんませ〜ん。遅れました〜。」
間延びした謝罪。既に俺はこの面子と仲がいい証拠でもある。
「いいよいいよ。そんじゃいこか。」
龍兵御自慢のコルベットに乗って、ガストへと向かう。
「ビール大ジョッキでちょーだーい!!」
馬頭はウェイトレスに注文をする。
「んで、傷は大丈夫なの?」
ガストで繭は大好きなチョコバナナパフェを頬張りながら俺達に尋ねる。
「ん?もう完全に。便利な”力”持った人もいるもんだ。」
俺は目玉焼きハンバーグとご飯を頬張りながら繭に答える。
任務のときに受けた傷は既になくなっていた。もちろん治してもらったのだ。
名前は恩羅とかいったっけ。麻酔無しで傷口に赤黒い粘土のような物をつめられたっけ。正直かなり痛かった。しかし翌朝には傷がすっかりなくなっていたから不思議である。
「そういやさ、俺馬頭さんと牛頭さんの”力”知らないんだけど……。二人だけ秘密ってひどくねぇぇ?教えてよ。」
「ん〜〜陽介。俺等はな、”力”使えないんだ。まだ発現してないのか、それともこれからも発現しないのか。分からんけどな。」
そういって牛頭さんは角砂糖を5〜6個、ココアに入れてかき混ぜてソレを飲む。
「あんたさぁぁ、甘党もいいけどそんな砂糖入れてココア飲むなんてフツーしないよ。うん。あんた味覚フツーじゃないって。」
馬頭さんは自分がそのココアを飲んだような顔をして牛頭さんにいう。
「別によぉぉ、死ぬわけじゃないしお前が困ることでもねぇぇ。それにさ、このココアは俺しか飲む奴はいねぇからよぉ、他の誰が飲むわけじゃないから俺の味覚がおかしいなんてお前に判断できるか?基準があってこその比較だろぉがよぉぉ。」
珍しく牛頭さんが反論をする。なんだか二人は仲がいいらしい。
「ねぇ、馬頭さんと牛頭さんってさ、どんな関係?アレッすか?恋人?」
牛頭さんは相変わらずココアを飲んでいる。代わりに馬頭さんが俺の質問に答えてくれた。
「ん?あ〜こいつとはね、幼馴染。まぁ恋人って関係でもないしただ仲がいいだけかな。わたしさぁぁ、幼馴染は1〜3歳年下のほうがいいんだぁ。陽介、あんた幼馴染だったら今頃わたし食べてるね。ぜってぇぇ喰ってるよ。」
馬頭さんは怪しく笑いながら俺のほうを見る。俺は食われるかもしれん。近い将来に。
「なぁなぁ!!これ喰い終わったらどこ行く?買い物?カラオケ?どっか遊べるとこいこうよ。」
龍兵はドリンクバーから帰ってきて席に着くとみんなに聞く。
「ん〜どうしよっか?」
繭はメロンソーダを飲みながら考える。大抵はこんなときは何も考えていない。ただ休日はみんなと一緒にうだうだ過ごす。それが醍醐味なのだ。
なぜかこの人たちといると落ち着く。居場所を見つけたような気分だ。
俺はとりあえずカルピスソーダを飲むためにドリンクバーへと向かうが、カルピスソーダがない。
「あ〜くそ。カルピスソーダねぇじゃん。サービスがなってねぇぇぇ。」
そういって俺はコーラのボタンを連打する。
豆知識だがドリンクバーなどで炭酸系の飲み物のボタンを連打すると炭酸水しか出てこない。ある程度炭酸水をコップに注ぎ、カルピスを注ぐとカルピスソーダが出来るのだ。これを使えばバリエーションは広がるだろう。泡立つウーロン茶など。
カルピスソーダをつくり席に戻ろうとするとおおきな壁掛けテレビにはメジャーリーグの試合が生放送されていた。俺はテレビの前で足を止めた。
「っあ〜松井三振じゃん!!何やってんだよ!!」
俺はその三振だけ見ると席に着こうとする。すると画面上にテロップが流れた。
なんだ?地震の警報か?そう思いながらそのテロップを見る。
『今日の午後1時半頃、名古屋市内のセントラルタワーの最上階にて立てこもり事件発生。犯人の数は5人。犯人等は重火器で武装しており人質30人を拘束し展望室を占拠。なお犯人等の要求は今現在不明。』
「あ〜あ〜あ〜。やだねぇ。ジャックかよ。はやんねぇっつの。平和な日本も荒れてきたねぇ。」
俺はそのテロップを読み終わると再び自分の席へと足をすすめる。
席に龍兵は電話をしていた。牛頭さんも馬頭さんも繭も喋ってはいない。その場にいるだけでなぜか緊張感が伝わってくる。
「えぇ。はい。分かりました。んじゃすぐにそちらに向かいます。」
そういって龍兵は電話を切る。多分相手は去蝶あたりだろう。
「陽介、牛頭さん、馬頭さん、繭。どうやら今日はもうお開きのようだ。今から仕事の時間。至急本部に戻って来いって。」
そういって龍兵は伝票を手に取るとレジへと向かう。
「ふぅ〜〜。メンド。でもま、頭の命令だからしゃあないか。」
そういって馬頭さんは席を立つ。牛頭さんは角砂糖を一つ頬張り無言で席を立つ。
「つりはいらないから。」
龍兵はそういってレジで一万円を出して急いでガストを出るとコルベットのエンジンをかける。
俺を含め皆車に乗ると龍兵はパーキングを出て本部へと向かう。
「なぁ龍兵、さっきの電話去蝶さんだろ?どんな電話だった?」
助手席にいた俺は運転している龍兵に尋ねた。龍兵はハンドルを握ってはいたが顔は前を向いていない。前を向いていないから当然信号が赤だということも気付かない。
「ああ。仕事だよ。それ以外にねぇだろ。あの人が電話してくるってことはな。」
そういって信号を突っ切る。龍兵は別段気にしていないし、俺もみんなも気にしていない。
「どんなだかわかんねぇけどさ。とにかく帰って来いって。ちぃと飛ばす…ぜ!!」
そういってアクセルを踏んで加速をする。後ろでは繭が頭をぶつけていた。
「った〜い!!ちょっ、いきなり加速すんなよぉぉ!!」
イキナリの怒鳴り声に龍兵は後ろを振り向く。
「おぅ、わぁりわり。でもちょっととばすっからよぉぉぉ。牛頭さん馬頭さん。きぃつけといてや。」
「飛ばしてもいい。信号を無視してもいいし人を撥ねてもいい。だが俺等が怪我するような運転はするな。」
牛頭さんはシートに深く座って落ち着いた調子で言う。馬頭さんもふふふっと笑いながら繭の頭を撫でる。
「そうね。わたしも前を向かないで運転する人が事故らなければそれでいいわ。」
「だから前を向けってことだよ。急いでるんなら余計なことに時間をとらないほうがいい。」
俺はそういうと笑いながら龍兵は前を向く。
「だいじょぶだってぇぇ。要は早く本部に着くことだから。捕まるようなヘマはしない。」
ちょうど後ろの交差点では乗用車と軽トラが事故っていた。
「いきなり呼ぶってことはさぁぁ。なんか大事な仕事なのかもね。」
「俺等全員呼び戻すんだからな。きっとそうだろう。そういうことなのだろうな。」
社長室に向かう廊下で俺達は話し合った。今回の仕事についてだ。
「あ〜〜!!んだよいきなり呼び戻してよぉぉ!!」
龍兵だけ不機嫌だ。というよりキレている。
「自業自得だろ。俺等にあたんねーでくれよ。そもそもだ、車という利器は前見て運転するように作られてんだ。マンガ読みながら運転するもんじゃねぇんだ。」
俺は龍兵に鋭く言う。龍兵はなにか言いかけたが立て続けに繭も龍兵に言う。
「大体さ、まだサイドミラー折れただけでよかったじゃん!!もしコレが電柱に突っ込んでたら龍兵、あんたこの3人に殺されてるって。」
そういって繭は龍兵の額を小突く。
「………。」
龍兵は何もいえないようだ。まぁ龍兵が悪いのだが怒りたい気持ちも分からなくはない。
そんなことをしているうちに俺達は社長室へと着いた。
牛頭さんがノックをする。
「はいって。」
社長室から妖艶な声が聞こえた。
「失礼します。」
牛頭さんはそういって社長室へと入っていく。俺達もソレに続いて入っていった。中は相変わらず日本庭園のような改装がしてある。
そして中には先客がいた。
女性だ。
白というより輝きのある銀の髪。その髪の先は黒く、瞳も左目だけ黒く右目は赤い。
肌の色は小麦色でスタイルもいい。顔立ちも整っている。
ただ服装は珍妙なものだった。
セーター生地の黒い服を右腕とへそだけ露出するようにカットし、ダメージのあるGパンを履いている。
率直にいうと美人だ。男勝りのような性格をしていそうな女性だ。
「あぁ、阿防も仕事?こりゃ楽ね。」
馬頭さんは阿防と呼ばれた女性の肩をぽんと叩く。
「そう。あんたたちと仕事。んでいまから去蝶から話を聞くの。んで君が新入り君か。よろし
く。あたしは阿防羅刹。ま、コレはただの仕事上の名前だけど。」
そういって俺に握手を求める。俺は握手をした。そして気付いた。
メジャーの超一流のスーパースターが打席に入るとピッチャーはそのオーラのようなものに気付くという。
俺は気付いたのだ。握手によって伝わる阿防の実力を。
「……御守地です。御守地陽介です。」
俺は平静を装っていた。そして阿防は微笑んでいた。
「自己紹介は済んだかしら?本題に入りたいんだけどいいかな?」
去蝶はきちっとした正装でお茶を飲みながら話す。
「さっきニュースでも流れたけど武装グループの占拠事件があったわよね?あれでね、警察が手におえないからって{日輪}に依頼が入ったの。」
そういって去蝶は警察からの書類に目を通しながら話を続ける。
「ふざけた国ね…。かつての平和な国はこのような過激派が住み着いて。この国の秩序を守るべき警察が本当ならこの国に存在してはならない組織に仕事を依頼する。上がバカだから、この国にこういう腐った蝿が媒介する。」
去蝶は最後の言葉に嫌悪を持って話を区切る。
「牛頭、龍兵。あなた達二人でこの事件を終わらせなさい。生け捕りや人質保護なんていい。この国の秩序を護り、この国の秩序を護る警察がいかにして秩序を護り尊い犠牲を出すのか…。この国の上にいる者たちに嫌なことは見たくないがために閉じているまぶたを開かせなさい。」
そういうと龍兵と牛頭は無言で、意思を秘めた瞳を持って部屋を出て行った。
「随分とまぁこの国を毛嫌いしてるじゃないか。いや、この国に寄生する自我ども
を。」
俺は去蝶に話しかける。
「ふふっ。この国は来るところまで来ているのよ。後はこれからどう転ぶか。生まれ変わるか。それとも破滅へと進むか……。」
そういって去蝶はお茶をすする。繭は無言で去蝶の向かいに座ってお茶を煎れ始めた。
「それで、去蝶。あたし達の仕事は?演説とお茶のために呼んだ訳じゃあないでしょう?」
「そうね。あなた達にも仕事がある。率直に言うわ。3人で米へ飛んでくれる?」
さらりと言う言葉。俺にはいきなりすぎて何のことだかわからなかった。
「行くのはいいとして、内容は?」
馬頭は質問をする。またなにか片付けるのだろうか?
「ウィンチェスター社と契約を取ってきて欲しいの。正確には手を組むってことね。出発は3日後。それまでに必要なものは揃えておくわ。陽介、コレを。」
そういって去蝶が渡したのは銃だった。
「オートマチックタイプのリボルバー。47口径装填弾数10発。重量8キロ。『愚者』3日間、射撃の訓練をしなさい。」
ずしりと手に重量感のある銃が渡される。
「陽介。あなたの”力”聞いたわ。後はその銃を扱えるようになることね。」
そういって去蝶は馬頭さんと阿防の方を見る。
「馬頭。このチームのリーダーはあなたよ。そして、なんとしてもこの手紙を読ませて契約をしてきて。いくら出してもかまわない。」
そういって馬頭に手紙を渡す。阿防は手製の巻き煙草を吸っていた。
「さぁ、動かすわよ。この国を、そしてアメリカを。裏でね。」
俺が一ついえること。それはこれから何か大きなことが起きる。そして今ソレを起こそうとしている。
俺達はその引き金なのだと……。
零れた夏。提供者のMayさんに感謝しています。
恩羅=赤黒い粘土のようなものを傷口に詰め込むとその粘土が体の組織へと変わり傷を治す。また切断された腕などにソレをつければ代わりの腕として再生する。
骨を治す場合はそれを飲まなければならない。恐ろしくまずいが……