第6曲:HAUNTED
かなりながかったです…
「っはぁ〜〜〜。なんでお前に俺の場所がわかんだよ?」
龍兵はタメ息をつき心底いやになるという表情でデクスターを見る。デクスターの顔には余裕
の表情が見て取れ、ニヤニヤと薄ら笑いをしながら携帯をいじっている。
「『おまえの”力”なんて僕の前では使ってないに等しいね』みたいな笑み浮かべやがってぇぇ。ムカつくなお前。」
「だってほんとのことじゃん。龍兵、あんたは俺に勝てないよ。」
龍兵はその言葉を聞いてプッと吹き出した。
「別によぉぉ、お前にケンカで勝とうなんて思ってねぇよ。ターゲットを殺す。それが俺の任務だからなぁぁぁ。」
龍兵はそういうと隅のほうで縮こまっていた、この組の頭にナイフを突き立てようとした。組長は顔を引きつらせ、歯をがちがちと鳴らしていた。
「おい!おおおおまえ!俺がお前をや、雇ったんだぞ!?俺を守れ!!早く助けろ!!」
上ずった、ところどころ裏返った声で組長はデクスターに命令する。しかしデクスターはその場をピクリとも動きもせず、微笑みながら組長のほうを向いた。あいかわらずニタニタと笑っている。
「くみちょ〜〜〜、あんた勘違いしてない?僕はあんたを殺しに来るやつ等を殺せと言われただけで、あんたを守るとは聞いてないですよ〜。僕はボディガードじゃあない。契約しなおすなら話は別ですが。」
その時初めてデクスターの目がはっきりと開いたのを見た。その目はまるで道端で寝転がる汚い浮浪者でも見るような目だった。
「わかった!!こいつから守ってくれ!!金はさっきの3倍出す!!頼む!」
「じゃあ早く金を渡してください。じゃないと話になりませんよ。」
デクスターは淡々とさも当たり前のように組長に文句を言う。龍兵はナイフを振りかざした。
「くみちょ〜〜〜。日本語って難しいよねぇ〜〜。バイ!」
ドズン。
龍兵はナイフを思いっきり振り下ろし、組長の頭に突き刺した。ナイフは深々と頭に刺さり、目や鼻から血を流していた。組長の身体がビクンビクンと痙攣し、その振動がナイフを握っている龍兵の手に伝わる。
ナイフを抜こうとすると、ゾブ、ズグゥとなんとも表現しがたい音がした。ナイフは血でベットリと汚れ、脳の組織が少しだけ刃にくっついていた。
「うえぇぇぇ!!気持ちワルッ!!どーすんだよこれもぉぉぉ!!」
ぶちぶち文句を言いながら龍兵は組長のスーツで血をふき取った。綺麗になったナイフのにおいを嗅いでいる。
「臭くねぇよなぁぁ?あ〜あ、やっぱ心臓に刺しときゃよかった。おいデクスター!!俺の勝ちだぜ!!ミッションコンプリートだ!!」
龍兵は笑いながらデクスターに叫んだ。デクスターも笑っている。
「はははは!そうだね、君の勝ちだ龍兵。でもね、まだ僕のミッションとやらは終わってないんだよ。君を殺すこと、これやっとかなくちゃ。くみちょーさん死んじゃったけどさぁぁ。」
「おいおい仕事熱心だぁねぇ。そういやさ、一つだけ聞かせてくれ。お前の相方よぉぉ、強いのか?」
「ん?アンバサのことかい?彼は弱いっちゃ弱いかも。”力”自体かなり限定されたものだし。ま、相性ってもんがあるからね。龍兵、君の相方は強いのかい?」
「ん〜今日が初めてだからなぁあ〜、しかも”力”発現してないし。死んでるかもなぁ〜〜。死なせたら怒られちまうんだよなぁぁ…。」
龍兵は本気で困っていた。しかしそれは窓ガラスを割った近所の悪がきが母親に怒られるのを恐れている、という感じだった。デクスターはそれを察知したように言う。
「でもあんたさぁぁぁ、本気で困ってないっしょ?僕を倒して彼を助けにいく。そんなこと考えてるっぽいもん。」
デクスターはそういうと、龍兵はあどけない顔で笑った。
「んふふふ。バレた。まぁお前を倒すことに変わりはないから。そこんとこヨロシク!!」
そういって龍兵はナイフを投げた。デクスターは半身になってそれを避け、銃を乱射する。
「うお!わっ!たっ!」
紙一重でかわしながら龍兵は部屋の外へ出る。
「とりあえず隠れるっきゃねー!!どこだぁ?どこに隠れる!?」
走りながらそう思っていると、半開きになっているドアがあった。とりあえずそこに飛び込んで、ナイフを構え透明になって、ドアのすぐ側に立った。どうやらここは倉庫らしい。やくざの倉庫。何かありそうだが今はそんなこと考えている余裕はない。
(さぁさぁ入ってこいよぉぉ。お前の頭にナイフ突き刺して脳みそかき回してやるよ!!)
ドアが開いてデクスターが入ってくる。薄暗い倉庫だからか、携帯を取り出していた。ナイフを振り下ろした瞬間、デクスターは反対方向へ飛びのいた。右腕で銃を構えている。
「チィ!!」
刹那のタイミングで、透明になったナイフをデクスターへ投げる。デクスターはかまわず二発撃ってきた。
「ウッ!グゥ!!」
弾は左肩に着弾し、もう一発はわき腹をかする。だがデクスターも手傷を負った。ナイフがデクスターの右腕に刺さったのだ。その隙に龍兵は急いで物陰に隠れた。
「ウグッ!!」
デクスターは携帯と銃を落とした。デクスターは携帯を拾うと見えないナイフの柄を手探りで掴んで、ナイフを引き抜く。
「…?あの野朗、銃より先に携帯を拾いやがった。普通戦える銃だろ。それに透明になった俺
の場所が分かるのに透明になったナイフが見えていなかった…。まさかな…」
そう呟いて龍兵は目を閉じる。
(もし俺の場所が分かるのならすぐ俺は殺されるだろう。だがもしあいつの”力”が俺の思っている”力”なら…)
案の定、デクスターは龍兵の姿を見失っていた。銃を拾いにいく気配がない。しきりに周りを気にしている。少しでも音がしたらそれに反応していた。
「ちくしょぉぉ!!出て来い龍兵ぇぇ!!逃げる気かぁぁぁ!?」
(やっぱり俺を見失っている。やっと分かった。こいつの”力”がよぉぉぉ!!)
龍兵は目を開けて姿を現すとデクスターに話しかけた。デクスターは驚いて龍兵のほうを向く。
「やぁっとわかったぜぇぇぇ!!お前の”力”がよぉぉぉ!!つまりお前は俺が見えてるんじゃあねぇぇ。俺の見ているもんを見てんだろ?その携帯でリアルタイムでよぉぉ!!」
デクスターの顔は今までになくあせっていた。どうやら図星のようだ。
「つまり、俺が目を開けてれば俺が見ているもんがすべて携帯で手に取るように分かるもんなぁぁ?だから透明になっても場所が分かるわけだ。俺が踏み込んできたのが分かったのは見張りの目からも見てたんだろ?発動条件は…『相手の目に血をかけること』ってとこか。便利な”力”だ。これさえありゃあ更衣室も覗き放題だな。女風呂も覗けるしよぉぉぉ。」
デクスターは苦虫を噛んだような顔をしている。ものすごく悔しがっているような表情だ。
「…あぁあたりだよ。僕の”力”。ここまで完璧にわかったやつは今までいない。尊敬に値するぜ…。」
龍兵は透明のナイフ----もちろんデクスターには見えていないが----を握りながら、デクスターの腹に刺そうとした。
デクスターはそれを察知したのか、一瞬早く身をかわそうとしたが、隠していたもう一本のナイフを横っ腹に突き刺す。
「あぁ…ハッ…ハァ〜……!!」
激痛でデクスターの顔は苦悶の表情を浮かべた。その場に倒れこみ、うずくまるような形になった。
「俺の…勝ちだ。デクスター。お前が仕事熱心でなけりゃあよぉぉぉ、俺に殺されることもなかったのになぁぁぁ!!」
そう言いながらナイフを振りかざす。止めを刺そうとしたとき、デクスターの怪しい動きが目に入った。
「デクスタァァ、今お前、その携帯で何やってたんだ?」
デクスターの顔は苦しそうだったが、勝ち誇った様な笑みを浮かべていた。口元からは一筋の血が流れ出ている。
「何笑ってんだぁぁぁ!?なにをしていたぁぁぁ!!」
「もしものときに…ね。危なくなったらすぐ…メールを送れるようにしておいた。仲間にね…。もうすぐ来るよ…。」
龍兵の顔に焦りが見え始めた。
(今のこの状況で仲間が来ると間違いなく殺られる。)
「今回の任務、ターゲットを殺せばいいんじゃあなくなった!!『俺と陽介が無事に帰還する!!』お前を殺してよぉぉぉ。ミッションを完全にコンプリートする!!」
龍兵は今度こそ止めを刺そうと、デクスターにナイフを振り下ろした。
ゾグゥ!!
生々しい、ナイフの刺さる音がした。しかし刺さったのは龍兵のナイフではなく、デクスターが先ほど龍兵に投げつけられたナイフだった。
「ッガ!?」
ナイフは龍兵の右足の甲に刺さっていて龍兵はそれを抑えながら倒れこんだ。
「ッテェェェェ!!なんつーヒデーことを!!」
「あはふはは!!…龍兵ぇぇ…!!今回はここで引き下がるよ…!!仲間が来て君は…ッハァ!!殺される。これが僕の勝利…条件だ!!フ…あはは…はは!!縁があったら…また会おうな〜!!」
苦痛の表情で笑いながらそういってデクスターは自分の銃を拾い、わき腹を押さえながら出て行った。
「てめぇぇぇ!!コラまちやがれぇぇぇ!!」
龍兵はデクスターを追いかけようと立とうとしたが、どうやらナイフは足を貫通して床まで刺さっていたので動くことができなかった。
「……ッハァ!!クッソ!!逃げられた…。」
そういって懐から携帯を取り出すと、電話をかけ始めた。
「あ〜もしもぉ〜し。去蝶さん?一応ターゲットは殺した。でもよぉぉ同業者雇ってやがったぜぇぇぇ!!勝ったけどよぉぉ、傷を負っちまった。結構ダメージが深い。しかも仲間を呼びやがったしよぉぉぉ。つーわけでさ、援軍頼んますわ。」
冷静に戻った龍兵は落ち着いた声で、電話の相手、去蝶に報告をした。同じく去蝶もいつもと変わらず静かな声で一つの質問をする。
「ごくろー様。陽介は?あの子、”力”が発現したの?今無事?」
「俺の心配は無しかい。ん〜途中で別れちまったからなぁ〜…死んでるかも…てぇのは冗談で、あいつが無事かどうかわか……ったよ。無事だ。生きてる。」
龍兵の目線の先には陽介がいた。壁にもたれかかって息を切らしている。
「ふぅ〜〜疲れた。電話する前によぉぉぉ、まずナイフ抜いたらどうだ?」
「けっこ元気だぜぇぇ。しかも髪も瞳も紅くなってやがる。どうやら”力”発現したらしいな。おめっとさん。それじゃあ今から帰るけどよぉぉ、早く助っ人出してくれよ。俺等が帰るときに追っ手に阻まれましたじゃ洒落にならねぇからよぉ。」
「もう今送ったわ。それじゃ、無事に帰ってきなさい。命令ね。」
電話を切ると龍兵はナイフを抜いて立ち上がった。
「うう…、いってぇ。あ〜!!あの糸目女ヅラ野朗!!今度は必ずぶっ殺してやる!!」
「お〜ち着けってぇ。てかよぉ、なんか相手の助っ人来るらしいじゃん。早く出よう。」
「チョイ待ち!!俺足怪我しててさ〜、歩けねぇんだこれが。だからさ…おぶってくれ。」
龍兵は両手を突き出している。既に準備万端かコノ野朗…。
「無理だって。俺も脚怪我してるし!!そんくらい歩けよ!!」
「おんぶ。」
俺は龍兵を無視して、部屋を出た。龍兵はものすごい速さで追いついてきた。
「てめぇぇコラ!!おれぁお前よりけが人だぞ!?重傷なんだぞ!?さっさとおんぶしんかい!!」
「ウルセェェェ!!子泣きジジィ!!てか俺に歩いて追いついてんじゃあねーか!!むしろ俺をおんぶしろ!!」
「しゃー!!黙れぇぇ!!俺は女しかおんぶしねぇぇんだよバーカ!!」
「だぁっとれや!!先にバカっつった方がバカなんだよボケ!!」
「うるせーバカバカバカバカバカバカ!!」
「黙れボケボケボケボケボケボケ!!」
「バカ×100!!」
「…汚ねぇ!!」
そんな言い争いをしながら俺と龍兵はいつの間にか車の所にについていた。龍兵は辺りを見回し誰もいないことを確認した。
「間に合ったな…。助っ人とやらにはどうやら合わなくて済んだらしい。運がいいなぁ。俺等。」
そういって、愛車のコルベットのドアを開ける。
「早く帰ろう…。傷がメッチャイテェェ!!ちゃんとこれ治るん…って何見てんだよ?」
龍兵は血が流れる傷口を見て、乗せるのをためらったのかこう言い放った。
「陽介…傷口を止血しろ…ぜってぇぇ俺の魂を汚すなよ…。もしできないのなら仕方がないけどトランクを貸してやる。」
そういってトランクを指差した。
「わかったわかった。ちゃんと止血するよぉぉ。でもさぁぁ、もし汚しちゃったら…?」
「ト〜ランクひ〜と〜つだ〜けで〜ロマン飛行……。」
歌いながらまたトランクのほうを指差す。多分マジでやるだろう。俺はできる限り、限界まで傷口を縛った。
「っしゃあ!!それじゃあ帰るか!!」
龍兵はそういってコルベットのエンジンをかけた。深夜に鳴り響くエンジンの爆音。
(あぁ…生きていることが実感できる。さっさとかえって休みてぇ…。)
傷口が痛むせいで寝ることはできなかった。
陽介と龍兵が車に乗った少し後。陽介とアンバサの戦った部屋には、アンバサの死体と一人の女がいた。
格好は黒いキャップを被り、上はダボダボの黒セーター、下は藍色のミニスカートをはいてロングブーツを履いているというなんとも殺し屋とはいえない普通?の格好だった。髪は藍色で、アイラインをしている。歳は22、3というところだ。
「……アンバサのやつ、死んでるし。やっぱ本当だったんだぁぁぁ。デクスターの言ってたこと。『アンバサはやられたかもしれない』あ〜あ、龍兵の”力”食べれると思って期待してた
のにぃぃぃ。こんなやつの死体処理かぁぁぁ…。」
女は携帯を取り出すと電話をかけ始めた。
「もしもし?ウァラウァラ?デクスターの言ったとおりだよ、アンバサやられてた。どうする?アンバサの死体。このままにしとく?」
電話の向こうの相手、ウァラウァラは少し考えた後返答した。
「俺等んとこの身内の死体がよそ様の部屋にあったらさすがにまずいだろぉぉよぉぉ。とりあえず処理だけしとけや。どうせアンバサの代わりはいくらでもいるしなぁ〜。」
そういうとウァラウァラはタバコをくわえ、火をつける。
「ふ〜、どうだ?シャキーラ。龍兵とかはいたのか?」
「だ〜め。いないや。一足遅かったよ。ウァラウァラ、足止めしといてね〜。龍兵は私が食うから。」
シャキーラと呼ばれた女はアンバサの死体に触れた。すると死体の肉がスライムのように溶けて、骨だけ残し、すべてシャキーラの手のひらに集まった。赤い色をした、ビー玉程度の大きさになりスライムの感触のようなソレはシャキーラの手のひらにちょこんと乗っていた。
シャキーラはソレをあらかじめ持っていた小瓶に入れてポケットの中にしまう。
「じゃあそっち頼むよぉぉ。ちゃんと捕まえるんだよ。二人ともさぁぁぁ。」
「分かってるって。任せとけって。お前は早く帰って来いよ。」
そういって吸い終わった煙草を携帯灰皿に入れる。ウァラウァラは路地裏から道路に出ると道路の端から端を指でなぞった。
「おっけ。お〜わりぃ。後はここでまっときゃいいな。」
月明かりがウァラウァラを照らす。目にはクマができており、黒い短髪、そして左頬に『4』とタトゥーが入っていた。
「う〜初めての仕事がこんな散々な結果になるとは…。毎回こんなんだったら死んだほうがましじゃあねーか?」
「じゃあ死ねば?」
龍兵は冷たく言い放つ。
「なんだよぉぉ〜さっきのこと怒ってんの〜?ちょ〜っとシートにカルピスこぼしちゃっただけじゃんかぁぁ。怒んなって。な、ごめんって言ってるんだしさ。」
ちょうどその時、道路の真ん中に人影が見えた。暗くてよく見えないが背丈からして男だろう。
「?おい。道路に人が立ってるぞ。どうする?」
「ん?そうだな…。今俺達は追っ手に追われているかもしれん。そしてあいつは道路の真ん中で道を塞いでいる。そしてここは道路だし今俺達は急いでいる。そしてあれは追っ手かもしれん。真夜中だし轢いちまえ。」
「俺の魂が傷ついちまうがしゃあねぇな。疑わしいものは罰するってことで、な!!」
龍兵はアクセルを踏んで一気に加速した。人影は避けるそぶりもない。そろそろ避けないと危ない距離まで近づいたそのときだった。一瞬のことだった。人影は男で、その男はこちらを見て笑っていた。
(ん?何が起こった?頭がイテェ…なんで俺はフロントガラスに頭ぶつけてんだ?ああ思い出した、いきなり急ブレーキかけたんだ。いや違う。あれはいきなり車がとまった。止まって…?)
ズキズキする頭を抑えながら隣を見るとハンドル部分で胸を強打したのか、龍兵が胸を抑えて苦しそうな顔をしていた。
「大丈夫かよ?イキナリ急ブレーキかけんなよなぁぁ。」
「いや…俺は急ブレーキなんてかけた覚えはねぇ…それに車が…急ブレーキなら車はある程度地面を滑るのにこれはイキナリ止まりやがった。どぉぉなってんだ!?」
龍兵は半ばキレ気味でハンドルを叩く。
一体何が起こった?俺はそう思い、ふらふらになりながら車から出た。車がぶつかった後などない。男の姿はなかった。しかしタイヤを見てみると道路とタイヤが溶接されたように引っ付いていた。
「お〜い龍兵。出て来いよ〜!ヤッベェェェ!!これ見ろよ。これ。」
龍兵は車から降りて胸のあたりをさすりながら、タイヤを見てみた。龍兵の顔にも焦りが見え始めた。
「おいおいおいおい。なんで車が動かねぇのか…やっと分かったぜ。うごかねぇはずだ…。地面とタイヤが引っ付いてるなんてもんじゃあねぇぇ、一体化してやがる!!」
奇妙なものだった。地面とタイヤがまるで鉄を溶かしてくっつけたようになっていたのだ。も
ちろんたかがアスファルトとゴムでそんなことができるはずがない。
「やばいな…。捕まった。助っ人は追っ手じゃねぇぇ。すでに待ち伏せてやがった!!」
「シートベルトってよぉ、結構大事なもんだと思うわけよ俺はよぉ。ガードレールにぶつかるかもしれねぇし白バイ隊員に捕まるかもしれねぇ、もし走ってる途中でイキナリ車が一ミリも動かなくなったりした時なんか大変だもんな?だからちゃんと着けとかねぇと自分が損するんだ。怪我したり、ポリに捕まったりな。」
いきなり後ろのほうで声がした。俺と龍兵は同時に振り向いた。どうやらさっきの男の声ようだ。暗くて顔は良く見えないが頬に”4”とタトゥーが入っている。
「りょ〜へ〜い。ゲットォォ!!あともう一人いるなぁぁ?誰だぁお前?まぁ関係ないけど、手間ぁ、とらせんなよ。」
俺と龍兵はすぐさま戦闘態勢に入る。
(満身創痍の俺等にこいつを倒せるか?答えは限りなく0に近いNOだ。しかもさっき連絡した助っ人がタイミングよく待ってました!!なんて都合よくいくわけがない。隙を見て逃げようにもかなりのやり手だし第一車が動かねぇからまず無理だ。)
俺は頭の中で必死に考えたが無事に帰る方法が思いつかなかった。
「どうする?陽介…多分今の俺等じゃ勝てねぇな。連絡入れてよぉぉ、助っ人をここに呼ぼう。それしかねぇ。ソレまで…時間稼ぎだ!!」
龍兵はおもむろに隠していた透明のナイフを投げる。男は龍兵の”力”を知っているのか、身体を右側に倒してナイフを難なく避けた。その体勢のまま、アンダースローのように鎖を一直線に俺のほうに投げる。
あらかじめ攻撃のタイミングを予見していなければ、鎖を避けることはできなかっただろう。必要最小限の動きで鎖を避け銃を取り出して反撃に出ると、男は跳躍して一旦距離を置いた。
「おい。赤毛。デクスターはお前のこと新入りだって言っていた。まぁ実際動きがシロートだけどよぉ。じゃあなぜ俺の攻撃をシロートが避けることができたのか?俺のセンスが悪いんだったらかなりショックだけどよぉぉ。お前の動きを見て”力”を使っているのが分かったぜ。」
(流石だ、戦闘経験が豊富なのか、今の動きでここまで分かるとは。)
しかし俺が考えていたより男は”力”を分析していた。
「んでぇ、考えられるのは2つ。一つは『心を読める』もう一つは『先が見える』。俺はあの流れで、どうやって反撃するかなんて考えていなかった。本能で身体動かしてたからな、だから心を読んでも仕方がないし、第一読んでたらどうしても反応が一歩遅れる。したがって残るのは『先を見る』これしかないな。あたりだろ?」
なんだこいつは!?なにもんだ!?たったあれだけの動きでここまで分かるとは…。
「っく…」
俺は何も言い返せなかった。
「図星だろ?」
男は得意げな顔だった。男は俺に質問をした。
「龍兵は知ってっけどお前は知らんな。名前なんていうんだ?教えてくれよ。」
別に教えなくていいことだ、しかし今は時間が欲しい。助っ人が来るまでの時間が…。
「陽介だ…。御守地陽介だ。」
男はその名前を聞いた瞬間、急に目つきが変わった。
「そうかぁ…御守地って言うのかぁ。珍しい名前だぁ。俺の名前を教えといてやるよ。『ウァラウァラ』だ。覚えといて損はない。名刺はないけどよぉぉ。」
そういうと、ウァラウァラは上着を脱いだ。
「そろそろお前等捕まえとかないとよぉぉ、シャキーラがウルせぇんだ。だからおとなしく捕まってくんねぇかなぁ?そしたら楽に捕まえてやるよ。」
龍兵が挑戦的な口調でウァラウァラに質問する。
「へぇぇ〜〜?もう俺等を捕まえた気かよ?じゃあさ、もしおとなしくしなかったらさ、どうするんだ?」
「お前、そん時はあれだよ、四肢もいでおとなしくさせるまでだ。いやだろぉぉ〜そんなこと。」
「嫌だね。嫌だから…やっぱりお前を殺す!!」
そういって龍兵は透明になってウァラウァラに突っ込んでいった。
「陽介!!援護しろ!!」
俺はウァラウァラを狙って撃ったが、ウァラウァラは持っていた上着を振り回した。
「かかった!!」
何かが地面に叩きつけられた音がして、龍兵が姿を現した。
「俺の上着がお前のズボンにくっついたんだ。まぁ一度こうなったら”力”を解除しねぇと離れねぇよ。」
ウァラウァラは龍兵の手を踏みつけた、龍兵の手は地面と一体化していた。
「まず一人。」
すごい速さで俺のほうへ突っ込んできた。
落ち着け、先を見ろ。
鎖で真一文字を描く様にウァラウァラは鎖で弧を描くように振り回す。俺はすぐにかがんで鎖を避ける。しかし、それがダメだった。
この体勢にはいった瞬間、ウァラウァラの蹴りが俺の鼻に入った。
「グハッ!!」
俺は蹴りで無理やり身体を起こされて、そのまま倒れこんだ。鼻血の量が半端なく、アスファルトの上を赤一色に染めた。
「二人目。」
そういって、腕を踏みつける。俺の腕も地面と一体化した。
「なんてこたぁねぇな。お前等。さぁてと今から手足もいで…と。」
ウァラウァラは懐からナイフを取り出す。いや、ナイフというより鉈に近かった。
「まずお前からだ、陽介。どこから切り落として欲しい?」
やばい!!いきなり俺か!!
「ちょっとまったぁぁ!!」
誰だ?聞きなれない声だ。声の主はマフィアが着るような黒いスーツを着た、長身の黒髪でオールバックの男だった。目つきが悪く、左目の目じりにピアスが3つもついていた。
「牛頭さん!!」
龍兵の顔には安堵の表情が浮かんでいる
「っはぁ〜!!おいてめ龍兵。探したぜぇぇ。助けにこいって言っといて、なんでお前はここにいるんだぁ?あ?」
牛頭と呼ばれた男はキレていた。かなり走ったのか、牛頭は汗だくだった。手にはなにやら棒を持っている。
「っはぁ〜…。横っ腹いってぇ。こいつか。」
そういってウァラウァラに歩み寄っていく。刹那、牛頭は刀を抜いた。どうやらあの棒は刀らしい。ウァラウァラはそれをかろうじて避けた。前髪が少し切れていた。
「っっあっぶねぇぇぇ!!オイコラ、イキナリか!!」
「なんで待たなきゃいかん?よ〜いドンもないこの死合で。」
ウァラウァラは一旦距離を置いて鎖を繰り出す。牛頭は刀でガードしたが鎖は刀を巻いて、牛頭の手から刀を奪い取る。
「は!!刀がなけりゃ恐れるものはねぇだろ。お前も一緒に殺してやっからよぉぉぉ!!」
だが牛頭は落ち着いていた。すぐさまウァラウァラの懐に踏み込む。
速い。
俺がそう思うと牛頭はウァラウァラのみぞおちにしょうていを入れた。
「……ッ!!」
ウァラウァラは声も出ずそのまま吹っ飛んだ
「おいおい俺は刀を返してもらわなきゃあいけないんだ。吹っ飛ぶのはいいけどよぉ、刀は置いてけや。」
強い。
俺は素直にそう思った。怪我をしているとはいえ俺達二人がかりでも手も足も出なかったのにこの人は全然余裕で勝っている。
牛頭はウァラウァラに歩み寄ると、倒れているウァラウァラに蹴りを繰り出す。ウァラウァラは片手に全体重をかけて起き上がり攻撃を避ける。
「うおい!?あんたつえぇぇなぁぁ!?でも負ける気はしねぇぇ!!」
そういって刀を牛頭に向かって投げる。牛頭は身体を捻ってそれを避けたが、ウァラウァラはあらかじめ刀の柄に鎖を一体化させていて、刀が牛頭のほうへと方向を変える。刀は牛頭の左腕に刺さった。しかし同時に刀を掴み思いっきり鎖を引き寄せる。
「解除。」
ウァラウァラはそういうと鎖は刀を離れた。牛頭は刀を握り、再びウァラウァラに斬りかかる。牛頭の戦い方はウァラウァラを二人から引き離してるようだった。
「龍兵!!多分この”力”、射程距離があるはずだ!!”力”が解除されたら、二人で逃げろ!!」
そういって更に二人からを引き離す。その時、俺の腕が地面から離れた。龍兵の手も地面から離れている。
「離れたぁ!!牛頭さん!!離れました!!」
龍兵は牛頭に向かって叫んだ。すぐさま車に乗り込む。
「ちぃっ!!!くそが!!シャキーラの野朗!!何やってやがる!!」
「お前のもう一人の相方はこないよ。馬頭がそいつと戦ってるから。」
振り下ろした刀をピンと張った鎖で受け止めながらウァラウァラは悪態をつく。
そのとき後ろからコルベットが走ってきた。
「牛頭さん!!乗ってください!!逃げるぜ!!」
牛頭は刀でウァラウァラを吹き飛ばし、車のほうへ走っていく。
「させるか!!ボケェェ!!」
ウァラウァラは鎖を車体に投げつけようとしたが、助手席にいた俺は残った弾をすべてウァラウァラに撃ち込む。
「クッ!!」
ウァラウァラは横に飛んでかろうじて攻撃をかわす。当然攻撃はできない。牛頭は刀を俺にパスして車の上に飛び乗った。
車はウァラウァラが攻撃を避けたその隙に遥か遠くまで走っていった。
「……クソ!!逃げられた…。」
一人道路に残されたウァラウァラは悪態をつきながら、上着を拾って路地裏の闇の中へと消えていった…。
読み方ですが牛頭と馬頭です。けっしてぎゅうとうとかではありませんので←筆者は最初そう読みました…