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第35節:さらなる西へ

戦いで失くしてはならないものは戦意ではなく意地。


生き残ろうとする意地だ。


そりゃ戦いの中で死にたいと思う奴もいる。

でも大概は死にたくない奴ばかり。

逃げたきゃ逃げるし、生き残りたきゃやっぱり逃げる。

どうしようもなく退けない戦いじゃない限り、生き残ろうとはしない。


この作品の戦いは、そんな奴らばかり出て来る。



ではどうしようもなく退けない戦いとは何か?

やはりそれも意地。

違う形の意地のぶつかり合い。


結局の所、人間意地で死ねるし意地で生きようとするんだよなぁ。



それは中東での任務が終わり、日本に帰ってきた三日後のことだった……。


月日は既に十一月へとさしかかり時々少しの肌寒さを感じさせていた。


「あ、陽介。仕事どうだった?」


丁度日輪本部のビルの中にある自販機でコーヒーを買った俺に、天浪が声をかけてきた。


日本に帰ってきてから天浪と話すのはこれが初めてで、久し振りの再会に俺の心音は少し早鐘になっていた。

それでも俺はなんとか冷静さを保ち、ポーカーフェイスで天浪と話す。


「ン……天浪か……いや、まぁ別に話すまでもないからな……。」


そう。わざわざ人殺しにいったことなんて語る必要などない。

ニートの若者が多いこのご時世で働いている俺だが、お世辞にも声高に汚れ仕事など語れない。


「いいじゃん。教えてよ〜。」


「いやだからあまり言えないことだから……。」


俺はカシュッと音をさせ缶コーヒーを開けて、中身を一口飲む。微糖のコーヒーは苦味と甘味で口の中を満たす。


「陽介……私陽介が人殺したのは知ってる……。確かに人に言えないかもしれないけど、話せる限りは聞かせてよ。私、寂しかったんだしさ……。」


微笑みながらそう俺に言う天浪を見て俺の心臓はトクンと反応を示した。


「じゃあさ、話せることでなら。」


近くにあった休憩用の長椅子に腰掛け、その隣に天浪も腰掛ける。

俺は頭をかきながら向こうでのことを語りだした。


元来口下手な俺は、まず向こうに着いてからのことを話した。



現地のこと、スリにあったこと、ジェイデッドに会ったこと(この時の話には少し愚痴が入っていた)、双子の姉妹を引き取ったこと……。


仕事のことは伏せて俺は話した。

天浪は時に笑い、時に涙し、感情を露わにして俺の話を聞いてくれた。



「ねぇ陽介……ツラい?」


「何が?」


不意に天浪が聞いてきた質問に俺は思わず聞き返す。


「人……を殺すのってさ。やっぱりツラいの?」


天浪がまるで自分の事のように俺を心配してくれている。

表情が、声がそれを物語っていた。


「時々……思う。なんで殺さなきゃって……思うときが。でもいざ戦いになると何も思わないンだ……。」


俺は初めて弱音を吐いているかもしれない。

それは龍兵でもなく、牛頭や馬頭でもなくまだ会って一ヶ月も経っていない天浪にだ。

「俺さ……こんな世界にいるから頭狂ってるようなやつは何人も見てきてンだよ。……俺もいつかあんな風に……なっちまうンかなぁって思うンだ。人殺すのに躊躇うどころか……楽しむ存在に。」


根本的な恐怖だった。

死ぬのは勿論怖い。

だがその死に向かっていくかのように自我が壊れ、戦いに狂喜していく自分があるかもしれない。

それが一番怖かった。

黙って話を聞いていた天浪は、俺に顔を近付けてきた。俺は本能的な反応からか、思わず身を引いてしまった。


「陽介はさ……私が死んだら……さ。泣いてくれる?」


「あ……?あん……。多分。」


「じゃあ大丈夫。まだ陽介は人を悼む心を持ってるから。」


微笑む天浪は元の位置に戻り、話を続けた。


「陽介がどれだけ苦しんでいるかは私には分からないし、私なんかじゃ多分背負えない……。でもさ、私が陽介にとって、大切な存在になれればきっと陽介は自分を見失うことはないと思う。」


「…………。」


「だから……私を助けてくれたように、何もできないかもしれないけど……せめて私を頼って欲しい。せめて陽介は陽介でいてよ……。」


どこか悲しそうな笑顔は不安を含み、俺が消えてしまわないように懇願していた。





なんで……




俺は思わず天浪を抱き締めてしまった。

女の子らしい華奢な体が折れるんじゃないかと思うくらい強く、その髪に比例した白い肌に痣が残るんじゃないかと思うくらい……強く。




なんで……だ……




「よ、陽介?」


「…………ッ!!」



なんで俺は天浪を助けたのに……助けた筈なのに……




なんで……天浪を不安に……させてるんだ……。





「天浪……ありがとな。マジで。」


「え?あ……うん。」


多少戸惑いながらも天浪は受け答え、俺も力強く天浪を抱き締めていたのに気付き、慌てて離した。


「ワ……ワリィ!!大丈夫か?」


「……ちょっと苦しかった。」


少し頬を紅く染めた天浪がイジワルそうに笑い、そう言って席を立った。


「あのさ、陽介が引き取ったって言う双子……会ってみたくなっちゃった……去蝶さんに言えば会えるかな?」


「そう……だなぁ。そいやぁ俺も会ってねぇな。会いに行ってみるか。」

「うん!!」


俺は缶コーヒー中身を全部飲み干し、分別されたゴミ箱の中に棄て席を立った。









「去蝶さん……失礼します。」


社長室のドアを叩き中へと入った。

相変わらず綺麗な日本庭園のように改装と手入れのされた社長室は都会にあるにも関わらず都会にはない静けさを感じさせた。


「去蝶さん〜?いねェの〜?」


静けさを破るような俺の声は空しく響くだけで、去蝶の声が返ってくることはなかった。


「い……いるの……かな?」


「さぁ?」


なかなか広い所長室は応接間がまず目に入り、入った所の奥の死角には茶室がある。

多分そこに……


「あ、いた。」


「ン……ァ……」


俺は既に半分着物を着崩した去蝶がスピョスピョと小さく寝息を立て、畳で寝ていたのを見つけた。


その寝顔は普段妖艶な去蝶とは違い無垢な寝顔で、艶やかな黒髪が顔にかかっていた。

柔らかそうな唇は煌めきその寝顔に見入り、時折漏らす声に聞き入ってしまうほどだった。


「……起こさないの?」


「え?あ、あぁ。」


見惚れていた、なんて口が裂けても言えない。

多少躊躇いはあるが俺は去蝶の肩を揺すった。



「去蝶さん、起きて下さい。去蝶さん。」


去蝶が起きるように、でも少し控え目に揺すり去蝶の目覚めを待つ。


「ン……ンン…………?……ァ……ァァ〜なに……?」



殆ど開かない瞼と眠たげな声が未だ去蝶が夢うつつの状態なのを物語っている。


「すいません、あの〜……双子ってどこ行きました?」


「双……子?」


状態を起こしまだ思考が纏まらないであろう頭で俺の言葉を繰り返す。

そのあと欠伸をしながら大きく伸びをし、去蝶は一旦体の全ての力を抜くと俺の方を見た。


その眼は先ほどまで穢れなき表情をして寝ていた女性とは思えないほどに悪戯心に満ちているようだった。


「あの……双子ね?彼女等は下の訓練施設に居る。」


「訓練施設!?」


俺は驚き去蝶の言葉を大声で繰り返してしまった。


「な、なんで!?なんでンなことさせるンだッ!!あの二人が売られていたのは知ってンだろう!?じゃあ何で!!」


「『なんで!?』だって?『あの娘ら』は私が引き取るからよ。」


「なっ……に?」


突然言い出した去蝶のわけのわからない発言に俺は次に発する言葉を失う。

だが去蝶は特に悪びれるような気持ちでもなく、俺の眼を見ながら話を続けた。


「陽介、あの娘らはあんたに引き取られ日本へと帰ってきた。でもそれは飽くまでも帰ってきただけ。所有された以上あの娘らには少なくとも自由になることは出来ない。それは裏のルールだから。もし日輪(われわれ)が彼女等を解き放つような善人ならばきっと我々は笑いものよ。裏で生きるには甘いあまちゃんだと。」


「ンだよ……、結局面子かよ。」


「えぇ……それに彼女等もソレは自覚している。帰るところがない以上日輪で引き取るのが当たり前として、それでなお陽介はあの二人をかまってやれるの?天浪一人護れないのにあの二人を父親のように護ってやれる?」


去蝶の挑発的な発言にはむかっ腹が立ったが俺は何も言い返すことが出来なかった。

確かに的を得ている。

だがそれは飽くまでも裏の常識であって、あの二人は望んでここに来たわけではないはずだ。


「出来ねェけど……けど、納得いかねェェェ。なんでこんなややこしいんだよ。簡単に済むもんじゃねぇンかよ。」


「でも……あなたにあの娘らを育てられないのは事実……力が足りないから。」


俺はチッと舌打ちするとそのあとは何も言わず天浪の手を引っ張り、社長室を後にした。

天浪は戸惑いながらもなすがまま、俺に引っ張られ廊下を歩くが途中立ち止まり俺の手を振り払った。


「何?なんだよ?」


「ちょっと……ひどくないかなぁって……私が口出しできることじゃないけど、去蝶さんは去蝶さんでちゃんと考えがあったんじゃない?」


「かもな。でもあの二人は……」


ここで俺ははっと思いだした。

最後に空港で分かれた時に二人が言ったこと……。




――お父さんが……乱暴するから――




そうだ……あの二人には帰る場所などないのだ……。

俺はあの二人を救う気でいた。

だからあのオークションで二人を引き取り救ったのだ。いや救った気でいたのだ。


なんとも、見当違いも甚だしい。

あの二人を救ってそのあと俺はどうするつもりだった?

良かれと思った行動だった。だがそのあとのことは何も考えてはいなかった。

彼女等の意思を全く無視して俺の独りよがりで連れてきたようなものだ。


「なぁ……天浪……俺やっぱ間違ってンかなぁ?」


「それを確かめるために、今から双子ちゃんに会いに行くんでしょ。ほら!!行こう!!」


優しく、先ほど俺が乱暴に掴んだときとは違い包み込むように俺の手を握る。

俺の手よりかは一回り、二回り小さいはずのその手はなぜか俺の手より大きく感じた。


まるで母親に手を握られた赤子のように……。


「あ〜ン……だな。確か下にいるとか言ってたっけ。……いくか。会いによ。」


「うん。」


そのまま手を繋いだまま、俺は日輪のエレベーターに乗り階下へと向かった。









「損な役回りだわ。」


去蝶は社長室で窓の景色を眺めながらそう呟いた。


「何?どうかしたンすか?」


社長室のソファー、そこには龍兵が出されたお茶を飲みながらほっと一息を着き去蝶にたずねる。


「いやね、あの双子のこと。陽介がさ、あの双子を私が引き取って育てるのに猛反対して。」


「あぁ……あの双子っすか。でも去蝶さんのほうが正しい。法王が、リンカーンが、神がなんと言おうとね。」


「フフフフ……龍兵はなんだかんだで結構私の肩持ってくれるね。」


去蝶は俯きながら微笑み、静かにソファーに腰を下ろした。

腰までかかった長い黒髪はソファーの上に流れるような曲線を描く。


「実際のところ正しいなんてものはない。私も陽介の言い分にも。でも……今回はあの二人が自分の意思でここに残ったわ。」


「珍しい……ですね。で、何故訓練など?」


「もちろん自分の身は自分で護ってもらうし……まぁ建前はそうだけどせっかく手に入れた卵を腐らせておくには勿体無いでしょ?どうせならここで働いてもらうわ。次世代の者として……ね。」


去蝶の瞳が怪しく煌めき、その笑みを澱んだものにさせた。

龍兵も釣られるように微笑み、肘を膝の上に置いた。


「結局、手駒ってことですか?エゲツねェェェェ〜。」


「ン?人聞きの悪い。育ててるだけよ。ま、このことは陽介に秘密ね。それとあとで陽介を呼んできてくれるかしら?」


「解りました。仕事っすか?」


「そんなところ……かな。」













訓練施設


そこは日輪に属する者等が訓練を行う場所で、完全防音の射撃場や道場が設けられている。

一般の日輪の社員にはまず立ち入ることのない無関係な場所で、詰まるところ日輪に属する戦う者しか入るところがない所なのだ。


だがあの二人はそこにいる。


複雑な気持ちだが、俺は日輪の訓練施設の階までたどり着くと、その扉を開けた。

まず目に入るボクシングジムの施設。

吊り下げられたサンドバッグは微動だにせず、リングの上にも居ない。


「いないね。」


「多分道場の方だと思う。」


横にある扉へと歩み、天浪も後ろを付いてきた。


ガラリと扉を開けると目に入ったのは牛頭と汗だくになり肩で呼吸をしている『蒼空』と『海祢』の姿だった。


「力むな、まずは呼吸だ。闘いにおいては疲弊は死を招くぞ。余計な力はいらん。」


「リャァァァァァァ!!」


胴着姿の蒼空が海祢へとつかみかかる。

もちろんまだまだ闘いの素人である二人の動きは拙く、戦闘などおよそ出来ない幼さ。

だが気迫だけはある。

強くなろうとする意志だけは感じられる。


「どうも牛頭さん。」


「おぅ陽介か。」


「「陽介!!」」


俺に気付いた二人の声が同時に重なり動きが止まる。


「止めるなッ!!まだ終わってはないッ。」


牛頭の一喝に蒼空と海祢はビクッと震え、再び組み手を始めた。


「どうした陽介?」


「あの二人……何やってんすか?」


「あぁ。組み手だ。基本は全て叩き込ませる。二個一のあいつらならまた違った闘いが出来るからな。」


しれっと言う牛頭に少々の苛立ちを覚えたが、顔には出さずもう一度質問をする。


「だから何で訓練させてンすか!?」


「あの二人が訓練したいと言ったからだ。」


「二人が……?」


言葉を失った。


詰まるところ、あの二人はもう自分が闘わなければならないと知っているのだ。

誰かに言われたわけではなく、進んで日輪の歯車になることを選んだのだ。


もうあの二人は自分らが普通ではないと分かっているのだろう。


「陽介、俺と馬頭もな……あいつらと同じ日輪に拾われた身だ。」


「牛頭さんと馬頭さんが?」


「あぁ。前の社長……去蝶のオヤジさんだがそン人に拾われてな。でも迷いはなかった。あったのは生き残ろうとする意志だけだ。」


あの二人にもそれがあるのだろうか?


「お前があの二人を助けたいのは分かる。でもな、生き方にまで口出ししてやンなや。あれがあいつ等の生き方なンだからな。蒼空、海祢!!訓練終了!!」


「「はい!!」」


「あとお前に出来ることはあいつ等のサポート。そんだけだ。」


牛頭はそう言うと道場から出て行ってしまった。


「あの子達が双子の?」


「そ。蒼空と海祢だ。」


俺が二人を見たとき、既に二人は俺の視界から消え失せておりいつの間にか俺の懐に潜り込んでいた。


「かフッ!?」


勢いよく飛び込んできた二人を倒れないよう受け止める。

その際に俺の腹にめり込む様に頭突きが入り、風船のように中の空気を吐き出してしまった。

しかし疲れていた筈の二人のどこにこんな元気があるのか、と言うくらいの元気のよさだ。


「陽介!!」


「会いたかった!!」


抱きつき離れまいとする二人の頭を優しく撫でてやる。

よほど俺に会いたかったのだろう、二人は満面の笑みで俺を見上げていた。


「蒼空、海祢。ちょっと離れてな、紹介するから。」


渋々と離れる二人に俺は天浪を前に出した。

天浪は膝を折り二人と同じ目線に合わせる。


「はじめまして。天浪琴那です。二人はどっちが蒼空ちゃんでどっちが海祢ちゃん?」


「髪白〜い!!」


「目も白い!!」



挨拶を無視して天浪の白さに興味を示す蒼空と海祢。


俺は二人を叱咤し、ちゃんと挨拶をするように言い聞かせた。


「私が蒼空です。」


長い黒髪で前髪を目にかかるくらいにキッチリと揃えた蒼空が自己紹介をする。


「で、私が海祢です。」


続いてシャギーを入れた髪の海祢が似合わぬ敬語で自己紹介をした。

二人は俺の腰回りに抱きつき離れようとはしない。

ムスッと口を尖らした表情の天浪は不意に俺の後ろに回り込むと首に手を回し、覆い被さるようにして抱きついてきた。


「わっ!?ちょっなに!?」


「いや何となくね。」


意図が読めない天浪は笑顔で答えた。

さて、この後はどうすればいいのだろう?


「とりあえずお前ら離れような?な?」


優しく、出来る限り優しくそう言い聞かせ三人を離した。

無理矢理でも引き剥がすことはできたが、さすがにいたたまれないのでやめておいたのだ。


「なぁ……蒼空、海祢。お前らなんで訓練なんかしてンだ?」


俺が道場の床に膝を突き二人の顔を真顔で見ると、二人は真剣な顔つきで口を開いた。


「私たちね、言われたの。」


「生き残ることが陽介への恩返しだって。」


「「それが救ってくれた人への恩返しだからって。」」



ズクンと心が疼いた。

二人はまだ無垢な少女で、俺はそんな少女らを裏の世界へと引き込んでしまった。

そんな罪悪感があったが今の言葉で払拭された。

救われたのだ。

俺は二人を抱き寄せて囁くように言った。


「ありがとな……蒼空、海祢……。」


「うん。ありがとう。」


「ありがとう。」


二人は俺のありがとうの意味を知らない。

二人は俺に言った。



ありがとうと。



二人の言ったありがとうは奈落から救い出した俺へ向けられた言葉。

それだけでも俺は十二分に救われた気がする。


俺は間違っては居なかった。だがそれが正しいわけでもない。

これからどうするかで決まるのだ。

俺はチャンスを与えたに過ぎないが、それでも十分だ。

正しい正しくないはこの二人が決めるのだから。


「陽介、いるか?」


ふいに背後にある道場の入り口から聞きなれた声がした。

そこには龍兵が立っており、少し真剣な面持ちで俺の方を見ている。


この場合は遊びにいくぞ、とかそんな軽いノリではないというのは確かだ。


「仕事……?」


「あぁ。今から去蝶さんのとこ行くぞ。」


「オッケ。天浪行こう。」


すっ……と二人を放し俺は龍兵の後についていった。

後ろから二人の、蒼空と海祢のバイバイという小さな声が聞こえたので、微笑みながら手を振って返した。



「今回の仕事はどんな感じ?」


廊下を歩きながら俺は龍兵の後ろからそう質問をする。

丁度エレベーターの前に差し掛かり、中の日輪の社員と入れ替わりでそのエレベーターの中に入ると龍兵がニッと笑いながら振り返った。


「ちょっと今までのとは違うな。」


その一言に俺は少し眉をひそめた。

俺独りの仕事だろうか?それとも龍兵と組んで仕事?


どちらにせよ今までとは違うという仕事内容にあまり深く考えないようにした。

考える間もなくすぐに社長室へとたどり着いたからだ。


「陽介を連れてきました。入りますよ?」


「どうぞ。」


「失礼します。」


本日二度目となる社長室。

少し雰囲気が悪い感じに分かれたので、入るのが少し億劫だったが去蝶はそんなことなど微塵も感じさせないような、いつもの妖艶な笑みで俺と龍兵と天浪を迎えてくれた。


「さて、かけなさい。」


去蝶がすとんと茶室に腰を下ろし、俺と龍兵と天浪は去蝶に向かい合うような形でソファーに腰掛ける。


「今回の仕事の内容……まずは場所だけどアメリカに行ってもらうわね。」


「まさか……またウィンチェスターのところに?」


「YES。」


軽い口調で簡単に言うが、そんないきなり言われても困る。

まだ中東から帰ってきたばかりでさらに今度はほぼ日本の裏側。

ハードスケジュールにも程がある。


「まぁ仕事内容は……仕事っていうより修行かしらね。」


「はっ?」


去蝶の発言に疑問符が浮かぶ。

隣の龍兵を見ても、少し怪訝そうな顔をし去蝶の意図を汲み取れてないようだった。


「えと……つまりどー言う意味で?」


龍兵がおずおずと聞きだした。


「つまり修行してきてってこと。ウィンチェスターのところでね。やり方とかは彼女に任せるから。」


しれっとした口調。

何故にいきなり修行などするのか、ワケがわからなかった。

ソレを察したのか、去蝶は口端を少し吊り上げて俺と龍兵に説明をしだす。


「いい?二人とも日に日に明らかに強くなってきている。それはわかるわ。でもね、今日輪に日本での後ろ盾がない。ということは日本国法務大臣『有森貞治』はタイラントに着いていると考えてもいい。そんな私達が闘うには強く、更に強くならなければならないの。権限がない以上、兵力はもてない。ならばあなた達が強くならなければならないってことなの。OK?」


「…………。」


俺と龍兵は互いに口を閉ざした。

深刻な状況、今の日輪の権限はかなり制限されている。

法の下、タイラントが強力な後ろ盾を確立した今日輪に出来ることといえば兵力の強化。


「それにね、有森は殺す。裏切りと見て先ず間違いないから。だから力をつけて欲しいのよ。あなた達が一騎当千の働きをしてくれるくらいにね。」


俺と龍兵は無言で頷いた。


そこに異論はない。


天浪を護るための力をつけるなら、なんでもする。


天浪を護るために人を殺すのならば、聖人でも殺す。



「ま、というわけだから、今すぐにでもNYに飛んで頂戴。」


「解りました。つぅわけだから天浪、またいつ帰ってこれるかわかンねェから。待っててな。」


「うん。いってらっしゃい……。」


天浪は少しさびしそうな笑顔で微笑んだ。


「なんならあなたも行く?」


去蝶の突然の発言に俺と天浪は固まった。

行くというのはまさか一緒に行くということなのだろうか?


去蝶の眼は細くなり、先ほどよりも更に口端が緩んでいる。


「別に何人行こうがかまわないからね。行きたいなら行ってもいいよ。」


ふふっと笑う去蝶は口元を着物の裾で隠し、天浪を見ながら言った。


「あ、じゃあ去蝶さん。繭とも同行してもいいってことですよね?」


「ン?別にいいわよ?」


龍兵がそうたずねると去蝶はそれをあっさりと承諾し、また天浪のほうを向き直る。

俺としては去蝶の計らいに心の中で感謝をしている。


「でも……迷惑になったりとか……。」


「いいっていいって。繭も行くンだし遠慮とかしなくても、来なよ?」


「えっ…う……。」


渋る天浪に龍兵が後押しをする。

更に心の中で龍兵にも感謝をしたのは秘密だ。


ポーカーフェイスを装っているが内心、俺は着いてきてほしいと願っている。


『俺は天浪が好きなのか』、そこのところは分からないが今は寂しくさせたくないというのは確かだ。


「行く?」


「……はい。迷惑じゃ……ないなら……。」


先ほどとはいえ違う微笑み。

外見的には変わったようには見えないが寂しさなどは感じなかった。


「じゃ明日の8時。NYに行ってね。」


「「ウスッ!!」」


こうして次の任務……アメリカでの武者修行が始まった。




そろそろ動き出します。


マートゥリサイドが

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