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第32節:アンチ・キリスト、アンチ・アッラー

死後、自分はどうなるのか考えたことがある。


何気なく暮らす今、死んだら全て無くなるのか?

それとも意識だけの存在になるのか?


考えるととても怖い。特に寝るときに。


だけどその日その日を精一杯生きていればそんな不安など心に抱く暇すらなくなるわけで。


かといって駆け抜けるように人生を送って終わればイイ人生なのかな?


時々悩みます。







神というものはなんだろう?



救済?



絶対?



畏怖?



崇高?



絶望?



希望?


答えはない。答えようがない。



こと自分にとって神などというのは所詮は自分などが至れない境地にいる存在でり、神にとって自分は明らかに劣った存在だ。劣った存在になど誰も興味はない。

ましてや劣った存在による救いを請う声に、手を差し伸べるか?

つまり手を差し伸べられる確実性がないならば神に心血を捧げるなんてことはしない。



祈りは無意味だ。



崇めは無価値だ。


偶像崇拝主義など滑稽だ。


そもそも神とはなんだ?

そーいう存在だから神か?


否、


人が決めたから神だ。


キリストも、人が崇めるから神になった。


神になれるのは限られたもので、無償の施しと自己犠牲によってそれに成る。



隣人愛?クソ食らえ。



結局のところ、突き詰めれば所詮神などは人の作り出した拠り所だ。



蜘蛛の糸のようなもの。


救いだが、いつ切れてもおかしくない。

いつ見放されてもおかしくない。



だから人は自分で立ち上がるしかない。自ら進むしかない。

救いの手を払いのけて、吊された糸を払いのけて、前へと進むのだ。


道標などなくとも道はある。

道があればそれを行き、自分で掴んだ答えがある。


人間にはそれが出来るからこそ、神は無意味なのだ。


羅刹にとって、神とは邪魔なだけだ。

神にすがる道を行くことこそ邪道だ。


私は私の道を行く。


それが羅刹の、神を信じない理由だった。



「お前が殺したこの男で作った作品……人を殺めてまで生みだした作品とはな……。」


レッドマンは先ほど阿防に殺され、壁に叩きつけられてグシャグシャに爆ぜた死体を見る。


血しぶきがまるで烈華のように鮮やかに飛び散り、最後の散り際を表現していた。


「まぁ芸術性にはあまりよいとは思えないけどね。で、その『作品』がどうかした?」


既に阿防と人格が変わった羅刹は死体を指差して質問をする。

だがレッドマンはその死体を、作品を見て魅入られた古老商のような深いため息を吐いた。


「いや。いい作品だ。使う『材料』が材料だけにずっとは残らねぇけどよォォォ、人の命を使ってまで出来上がった『作品』だ。いいものだと俺は思うね。」


「芸術ってのはそーいうもんかね?」


「そーいうもんだ。そして芸術家の大体は変わり種だ。」


羅刹は呆れながら死体を見てレッドマンは自分の言った言葉に笑いながら死体を見ていた。


死体を見つめ続けているというあまりよい空気ではない中、二人は押し黙っていた。

時間にしては1分も経ってないが、そんな空気の中、レッドマンは口を開いた。


「イイ女と……イイ音楽、そしてイイ芸術というのは同じものだ。分かるか?」


「さぁ……ね。」


羅刹は半ばどうでもいい無関心な態度でレッドマンをあしらったが、レッドマンは気にせず語り始めた。


「イイ女と過ごしていると時が経つのを忘れてしまうように……イイ芸術と言うのもそうだ。『最後の晩餐』や『モナリザ』も見ていて飽きない。バッハの音楽も『リンキン・パーク』のライブも俺の時間を奪っていく。今もな。」


「つまりレッドマン、私といると時間を忘れると。そう取っていいのか?」


「今はまだ違うがな。」



レッドマンの言葉に羅刹は首を傾げる。

レッドマンは休むことなく喋り続けた。


「お前は神ってなんだと思う?」



レッドマンの突然の切り出しに、羅刹は少し考えた。


だが羅刹が答えを口に出す前にレッドマンは話を続ける。



「俺な、少し心臓患ってンだけどよ、今は神のお導きか、なんとか生きてるンだ。そこらだな、神を信じ始めたのは。」


「キリシタンかアンタ?」


「昔はな。今は違うが……。で、ここから少し昔話だ。」


レッドマンはサングラスをかけ壁にもたれかけた状態で話をしだした。


「俺はアメリカじゃ結構有名なペインターでな、反政府のアート絵描き殴ってたンだ。で、心臓病を患った頃からだ。不思議な『力』を身に付けたンは。」




「力?」


羅刹は眉根を寄せ訝しげに聞き返す。

レッドマンは聞き返してきた返事に一旦間を起き、また喋りだした。


「そう。不思議だ。『絵に描いたものが具現化出来る』ンだからな。で、ある日思ったンだ。この力で『神を具現化出来ないか』と。」


「結果は?失敗だろ?」


聞くまでもない。

話の流れとこの男の態度で分かる。


「ああ失敗だよ。キリストは具現化出来なかった。神だと崇められていてもヒャハハハ……『所詮』は人だった存在だ。」


レッドマンは頭をかきむしり羅刹を見て笑った。



高慢にも程がある。

仮にも神を嘲笑うとは。


だが自分もまた神を否定する者であるため羅刹は何も言わなかった。


「だがそんな時だ。神の形がない宗教に出会ったのは。もはや概念もクソもなく、ただ存在し、そして何者をも超越した神……。この神ならば、生み出せンざゃねぇかと俺は思ったね。」


「『アッラー』か。唯一絶対の超越神。耳なくして聞き、口なくして喋る。万物の創造主たるして万物の破滅をもたらす『意志』だけの存在。だけどねレッドマン。知らないの?」


羅刹はクックッと笑いを堪えて、レッドマンを哀れな目で見つめた。

嘲笑を通り越した憐れみの笑みを浮かべて。


「アッラーは『生みもせず生まれもしない』。イスラム教の根底だ。」


「知っているさ。重々承知の上だ。だからこそ、俺の一生を懸けてアッラーを『創り出す』ンだ。やる価値はある。一生を懸ける価値がある!!」


「アッハハハハァー!!さっきから聞いてりゃあ何様だテメェ?神を創る?神以上の存在になるってか?傲るな!!高々100年あまりしかないテメェの人生で、まだその三分の一しか生きてないテメェがイスラム教の1400年の歴史をひっくり返すつもりか?何もかもを否定出来るのか?」


羅刹は覇気のある声で叫び、レッドマンを一喝した。


一方のレッドマンの顔にも最早笑いは無く、ただ静かに怒りを含んだ表情で羅刹を見ていた。


「は……、言いたいことだけ言いやがって。高々20年位しか生きてないテメェに何が分かる。何が出来る!?」


「ハッ!?高々20年だ?嘗めンなよ黒人(カラード)が。私にとっての20年は殺戮と戦いだ。殺すことしか叩き込まれてない20年だ。だからテメェを殺すことが出来る。テメェと違って無駄に過ごしてないンだよ。」


羅刹はバットの先をレッドマンに向けて睨み付けた。


生まれてからの殺し屋。


その眼はレッドマンを見据え、常人には放つことの出来ない鋭い眼光をしていた。


レッドマン自身、その異彩な眼に飲まれ汗が頬を伝う。


「クックッハッハハハッ!!さっきの質問の答えだ。今はまだイイ女ではないと言ったけどよォォォ、今は最高にイイ女だ。戦い終わるまでな。」


「そりゃアリガトよ。」


皮肉った笑みを浮かべてバットを握り締める。


「ヤろうぜレッドマン、相手はイイ女だ。ベッドの上じゃあないが戦い終わるまではイイ女でいてアゲルから……かかってこい。」


臨戦態勢に入った羅刹はベッと地面にツバを吐いた。

顔の前に中指を立て、その指をクイクイと動かしレッドマンを挑発する。


サングラスで目元を隠し、表情が読めないレッドマンだが、唇をむき出し明らかにキレているのが分かる。


レッドマンもまた自らの喉をかっ切る仕草をし、親指を下に向けた。


「ラァァアァ アァァッ!!」


羅刹から先に動き、先手を取った。

レッドマンはまだ何も用意してはいない。

羅刹はバットの先を擦りながらレッドマンとの距離を詰め、バットを片手で下から上へと振り上げた。


「ハン!」


紙一重で(もっとも、そうなるように見切ったのだが)かわしたレッドマンを更に追撃すべく羅刹はバットを両手に持ち変えその場で回転をし、野球選手のようなスイングでバットを真横に振った。






ダコッ!!



レッドマンは柔らかな動きでバットを屈んで避け、足払いを放って羅刹を転かした。


空振りしたバットは壁に叩きつけられた。


「疾いな。キレもあるし動きに滑らかさすらある。だが……力が足りんか。」


羅刹を見下ろした状態のレッドマンはニヤリと笑うが、羅刹のほうも笑い返し壁のほうを指差した。

そこにはレッドマンの代わりに砕かれた壁がパラリと破片を落とし、佇んでいた。


「……なるほど。そうでもないか。」


「力なら……無尽蔵に有り余ってる。」


レッドマンは背筋に嫌な汗が流れているのが分かった。

もし、体のどこかにでも当たれば打撲では済まない。

骨折ならばまだいい、当たった箇所は吹っ飛んでもおかしくはないだろう。


「さぁ、続けようか。終わりにはまだ程遠いよ?」


「ク……ハハハハッ!!いいぞ、もっとイイ女になったなお前。全力で、貴様を殺す。」

















「陽介、突入してから……どの位経った?」



牛頭は両手にマシンガンを持ちながら俺に聞いてきた。


「10分……位じゃないすかね?」


銃撃戦の中、至って冷静になっていた俺は体内時計の感覚で答える。


今は物陰に隠れて防戦一方だが、時間的にそろそろこの状況を打開しなければならなかった。


「メンデェ……メンド臭ェ……!!」


ガシャッと部品が外れるような音と共にマシンガンからマガジンが落ち、新しい弾が装填される。



「陽介、俺はもう突っ込むぜ!!あと何秒待ちゃあいい!?」


「あと……4・27秒待って。それで突っ込めるはず。」


相手の次弾が装填されるタイミングを予知した俺は『フール』と『サイレントマジョリティ』を握りしめた。


「行くぞ陽介ェェ!!援護しろ!!」



狭い路地での撃ち合いは物陰に隠れての銃撃戦が定石となる。


ならば大事なのはタイミングだ。


相手の銃を撃つ、弾を込める、身を出すタイミング。

それが何より重要視されるのだ。



すぐさま物陰から姿を現した牛頭はマシンガンを構えて突撃していった。

俺は後ろから銃を構えて牛頭のサポートに徹する。


「ウラァァァアアァァ!!」


「ギャアァァ!?」


「ギャブッ!?」


姿を現した相手を片っ端から撃ち砕いて牛頭は進んでいった。


銃を撃たれたても怯むことはなく、恐れなきその歩は退くことは決してなかった。


「スゲェ……すげーよ牛頭さん……。」



日輪の鬼は決して退かない。

殺戮と破壊を、意思もなく実行する。それこそが日輪の『暴力』であると聞いたことがある。



「グァッアァ……」


「助けてくれ!お、鬼だ!悪鬼がくる!逃げ……」


容赦なく牛頭はマシンガンを振り回し弾雨を撒き散らして、数々の悲鳴と様々な阿鼻叫喚の中、敵を撃ち砕いていく。


やがて悲鳴も銃声も鳴り止むと、全く無傷で立つ牛頭の姿が目に入った。


「牛頭さん、大丈夫っすか?」


「あぁ。全く以て無傷で勝った。だがもう弾切れでな。これからは……切り捨てて進む。」


牛頭は一度結っていた髪を解いてもう一度キレイにオールバックにし直した。



「早いとこ俺らも俺らでタタ・ヤングを見つけないとな。あくまで狙いはアイソマー爆弾だが……。」


「ここは敵地。時間が経てば経つほど逃げられる可能性が高い。おそらくはタタ・ヤングがアイソマー爆弾を所持しているっつぅことですね。」



俺の言ったことにコクリと牛頭は頷いた。

薄暗い地下シェルターを革靴でカツカツと歩く牛頭の後ろを俺は静かに付いていった。















ダダダダダダダッ!!


「どぉ〜〜したよ羅刹!?さっきみたいに勢いよく突っ込んでこいよ?」


サブマシンガンの乱射音が地下に響いた。


「ふ〜…やなこった。」


レッドマンに見つからないよう物陰に隠れていた羅刹はバットを持つ手を緩め、溜め息をついた。


「あの野郎……具現化する力がこれほどとは……。」


レッドマンが自ら吐露した自分の力……全てを具現化する力は無尽蔵に武器を生み出せる。


弾切れはない。故に近距離先攻型である羅刹にはまず近付かない限り勝ち目はない。

但し具現化には『絵』を描いてそこから取り出さなければならないらしいが、元ペインターのレッドマンには造作もないことだった。


「完全に油断してたわ……。どうにかして致命傷を与えないと……。」


あれこれとパターンを思い付くが何も良い手は思い浮かばない。

時間稼ぎにはなっているが、奴をこのまま放置するのはかなり危険だと判断した羅刹だが今、レッドマンを殺す手は思い付かなかった。


「全く……難儀だ。最悪だ。無傷はまず無理……。ならば……ダメージ覚悟で行くしかない。」


ふぅ〜…っともう一度溜め息をついた羅刹は覚悟を決めて物陰から出た。


「っ!!」


レッドマンはすぐさま具現化したサブマシンガンを羅刹に撃つが、隠れる所が多いこの地下シェルターは弾を避けるには理想的だった。


「オラァ!出て来いよ羅刹ぅ!!無駄弾撃たせようってつもりなら意味ねぇぞ!?」


レッドマンは叫ぶが体勢の整ってない羅刹が出るはずもなく、かといってレッドマンも接近戦に長けた羅刹に下手に近付くことが出来なかった。


「そうかよ、出て来ねぇならよォォォ。出すしかねぇなァァァ!!」




物陰に隠れていた羅刹はレッドマンの言葉に警戒心を強めた。




出すしかない。



あぶり出すのか?




いや、奴の口振りから見て、具現化させる力を使うのは必至。




つまり……つまり……私を!?




羅刹はいきなり首筋を掴まれたかと思うと誰かに『引っ張られた』。


「いらっしゃい羅刹。ようこそ俺の腕の中へ。」


目の前の視点が変わり、羅刹はレッドマンに掴まれた状態で、目の前には真っ暗な銃口が口を開けていた。


「アッラーよ、この鬼に審判の日までの安眠を。」


「ファック!!」


羅刹はハンドガンの銃身を掴み、なんとか頭部への着弾を阻止するが流れ弾は無情にも羅刹の左肩に着弾した。




「くっ……あぁ!!」


激痛が羅刹に声を漏らさせた。

痛みがほとばしる傷口からは熱い血がダクダクととめどなく流れている。


「この……野郎!!」


なんにせよレッドマンへの接近が叶った今、羅刹は好機とばかりにレッドマンの顎を右腕で打ち抜いた。


「ふぶっ!!」



レッドマンは顎を抑えながら怯み、羅刹を放す。

流石の羅刹も肩を撃ち抜かれて体勢も悪い状態からの攻撃だったので、レッドマンをダウンさせるにはいたらなかったが、互いに距離と体勢を整えさせるには十分な攻撃だった。


「はぁ…はぁ……ッタァ……。クソ。クソ!」


「カハハハ……!!ダメージの量ではお前の方が上だ。神に祈れ、殺される前にな!!」


「生憎と私は神を否定する派なんでね。そういやぁテメェに一つ聞きたかったんだけどさ、なんで(アッラー)を具現化させようとしている?」


戦闘態勢の構えを解かず、羅刹はレッドマンに尋ねた。

素朴だが気になることだった。


「神を……超えるためかな?もしくは……まだ誰も成し遂げてないことを俺はやりたいだけだ。」


「神を越えるか……。アッハハハハハッ!!テメェにゃ無理だ!!」


羅刹は高らかに笑いながらバットを握りしめ、レッドマンとの距離を詰めた。


「クックッハハハ!羅刹よ。オメェが隠れてる間によォォォ、色々と仕掛けさせてもらったンだぜ。」


羅刹は急に足に違和感を覚えた。固くゴツゴツとしたそれは地雷で、剥き出しの状態から見て大方、踏むと地雷として具現化されるようレッドマンが仕掛けたのだろう。


「吹っ飛べ羅刹!!」


迷いは無かった。


羅刹は地雷を踏むと同時にバットの先端を下にし、突き刺すように地雷に叩き付けたのだ。


地雷はなんの反応も示さなかった。


強いていえばただ粉々に砕けただけで、爆発もせず羅刹はダメージを負うことはなかった。

「不発……!?ンなワケねェェェェ!!俺が具現化させた地雷だぞ!?」


「私の力を教えようかレッドマン?エネルギーを操作する私は爆発のエネルギーを効果的にこのシェルター内に散らした。バットは起爆を抑えるためと散らすために。」


羅刹は地雷を指差し、クルクルとその指を回した。

まるで指がエネルギーはシェルター内に散ったのを示すかのように。


「ただ生じたエネルギーは巨大なものだ。当然散らしたエネルギーは範囲も威力もある。そしてそのエネルギーは……。」

ここまで説明した羅刹はクルクル回していた指を止め、レッドマンを指差した。


「あんたもその範囲内。当然あんたの所にも及んでる。」




「なっ……!!」


レッドマンは足に弾かれるような衝撃が走るのを感じた。


「広範囲に散った分威力も減ったが……取り合えずは十分ってとこね。テメェの足をしばらく使い物にならなくするにはさァァァ!!」


レッドマンの足には自分の足が耐えれる衝撃の許容値を大きく上回る衝撃が襲ったため一時的に立つことが不可能になった。


だが羅刹は近付くことはせず、それはレッドマンが手負いの獅子とて油断ならない相手と分かっていたからだった。


「まだ、まだ近付かない。確実に、仕留める状態になるまで。」


羅刹は手にしたバットを片手で握りしめ、体全体を捻ってそれを投げた。


(俺に向けて投げた?避ける?違う、当たらない。どこに投げた?)


瞬時にレッドマンの頭の中では様々な疑問が浮かんでは消え、次の行動に移ろうと考えた。

だがそんな暇はなくバットはレッドマンの斜め上を通り過ぎた。


バギン!!と金属同士がぶつかる鈍い音がし、続いてシュー…っと勢いよくボンベから気体が流れ出すような音も聞こえた。



そしてさほど時間が経たずして二人の周辺に白く濃い霧のような(もや)が立ち込め、周囲の視界を奪う。


(これは……スチーム!?さほど熱くないが……これに乗じて俺を殺る気か?)




「これに乗じて俺を殺る気かァァァ!?甘ェェ、ブチ殺してやンぜビッチがァァァ!!」


レッドマンは羅刹を引きずり出す為に、あらかじめ仕込んでおいた羅刹の『絵』を具現化させた。


「出て来やがれェェェェ!!」


レッドマンは『絵』に手をかけて羅刹を引きずり出そうとするが、その手が羅刹を掴むことはなかった。




「なッ……にィ!?」



「過信のし過ぎだレッドマン。もう羅刹は『居ない』。」


レッドマンは背後からの声に驚き、振り向いた瞬間に自身の左胸に掌底が叩き込まれた。


だが只の掌底ではない。


エネルギーの操作で通常の何倍にも威力が高められた掌底は、レッドマンの左胸、心臓に多大な衝撃をもたらした。



律動的に動く心臓に多大な衝撃を与えると、心臓はその衝撃で自らの運動をやめてしまう。


レッドマンに放たれた掌底はレッドマンの心臓に典型的な心震盪(しんしんとう)の症状を引き起こさせた。




「ガフッ……お前……誰だ…………?羅……刹じゃ…………ないの……か?」


「私は阿防。阿防羅刹の片割れ、日輪の狂鬼だよ。残念ながらアンタの力で『羅刹』を引きずり出そうとしたらしいけど、私は羅刹じゃないンでね。」


「クソ……ッたれ…………!……!」


レッドマンは最期の最期に悪態をついて息絶えた。

手は心臓部を抑え、服を強く握りしめながら、絶命していた。

阿防はクシャクシャになった大麻を取り出し、火を着けて一服をする。


「ふぅぅ〜……レッドマン、羅刹からの伝言。『神にすがった者が神を超えることは出来ない。神を否定して自力で立ち上がる奴が神をブチ殺す資格がある。』ってさ。冥土の土産に覚えときなよ。」


阿防はもう一度大麻を深く吸うとふぅ〜っ……と煙を宙に吐き出した。

薄く実体のない煙は拡散しながらその姿をどんどん希薄にし、最期は消えて無くなってしまった。


「レッドマン。こいつも土産。イイ女の吸いかけのハッパだからね、あの世で大事に吸いな。」



阿防は最後に大麻を一息吸って吸いかけの大麻をレッドマンの口にくわえさせた。


「線香代わりだ。……さてと、のとを探しにいかないとねぇ。」


痛む左肩を抑えつつ、阿防は適当に歩き出した。

地下へ、地下へと向かって。






「追い詰めたぜェェェェ!!タタ・ヤングよォォォォ!!観念して殺されろや!!」


臭いを追っていたのとは、阿防羅刹と別れた10分後にタタ・ヤングの元へと辿り着いた。

タタ・ヤングは手に小型のケースを持ち、おそらくアイソマー爆弾が入っているのがうかがえる。


『まさか貴様が侵入者だったとはな……。覚えているぞ、あの紅髪の日本人と一緒にいたヤツだ……。狙いはなんだ?俺か?武器か?』


「何言ってっか分かンねぇよテメェ。」


のとは刀を構えて下半身に、特に後ろ足に力を入れた。


これでいかなる攻撃にも臨機応変に対応ができ、最初の一手は爆発的な素早さで先攻できる。


言葉がわからないタタ・ヤングも闘いの雰囲気を感じ取っていた。

タタ・ヤングは手にしたケースを床に静かに置いて腰から二本の歪曲した短剣を取り出す。



「ほぅ……闘る気か。上等上等。」


先に動いたのはのとだった。

体勢を低くしたまま疾走し、間合いにはいると刀を真横に薙払った。


だが刀はタタ・ヤングを両断することはなく、タタ・ヤングの手にする曲刀によって軌道を変えられ受け流されてしまった。


『お前の刀はデカいからな。軌道をみて焦らずに受け流せば……』


刀を受け流されたのとは刀に釣られて体勢を崩し、そのスキにもう一本の曲刀が上から襲いかかりのとの右肩に刺さった。


「グッ……!」


『後手で十分に倒せる。』


ズグッ……と鈍い感触とともに切っ先が肩から引き抜かれた。


幸いまだ傷は深くはなく、かといって浅くもない。

動かせることはできるが鈍痛がのとを襲う。


『降参すれば見逃す。俺を追わないならな。退け小僧。』


傷口から出血する血を抑えていたのとはその手を離し、血を舐めとって刀を構えた。


『死ぬまで続ける気か。』


「だから何言ってっか分かンねぇっつーの!!生きるか死ぬか、テメェを殺す。」



先程と同じようにタタ・ヤングに詰め寄り刀を大きく振りかぶった。


上から一刀両断にするつもりなのは明らか。

タタ・ヤングは曲刀を構えて受け流そうとしていた。

振り降ろされた刀が曲刀に触れる。


『今度はその首飛ばしてやる!!』


「ウラァァァアアァァァアッ!!」


刀を受け流そうとしたタタ・ヤングは金属の触れ合う音ではない音を聞いた。



金属の折れる音を。



のとの刀は曲刀を叩き折り、勢いを殺すことなくそのままタタ・ヤングを二つに切り裂いていた。


剛剣、タタ・ヤングは頭から股までゴミの如く切り捨てられた。


のとが刀に付着した血糊を払うと、背後からパチパチと手を叩く音がした。


「凄い凄い。まさしく亜獣の剣だね。」


「阿防……か。勝ったンだなお前も。」


のとの振り向いた先には阿防が立っていた。

肩から血を流してはいるが、大麻を吹かしている辺りまだ余裕があるのが見て取れる。


「勝った勝った。私達は最強だから。で、これが問題のアイソマー爆弾ね。」


床に置かれたケースを開けて、中の確認をする。

手榴弾型の3つのアイソマー爆弾が、規律正しく並べられている。


「よし。帰ろうか。のと、陽介と牛頭の臭いを探して。」


「オッケ。じゃ早いとこ陽介と牛頭に合流するか。ここよォォォ、なんか臭ェからあんま居たくねェンだわ。」


阿防はケースを持ち上げ、のとの後ろに付いていった。











「そろそろっすかね牛頭さん。」


「あぁ、そろそろだな。」


存分に斬り倒し、存分に撃ち砕いた牛頭と俺は周りを見渡した後呟いた。


何人殺しただろうか。


見渡す限り死体、そして紅く染まった血の海。


ムカッとする血生臭い臭いが俺の鼻を突いてくる。


この臭いは何度嗅いでも慣れないものだ。

それがまだ自分が狂気ではないという証なのだろうが。


「阿防とのとは……成功させることが出来たンすかね。」


「あの二人は日輪で特に異質だからな。まぁ大丈夫だろ。」


全く無傷な牛頭は内ポケットからクシャクシャになった和紙を取り出して、刀に着いた血糊を拭き取る。



「うはっ!!クセェ!!なんだ皆殺しじゃンよ。」


7mほど先にあるT字の廊下からのとが姿を現した。

その後ろからはケースを引っ提げた阿防が大麻を吹かしてい付いてきている。


「や。勝ったよ牛頭。『力』使う奴居たけどさ、ブッ殺してやった。」


阿防も余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で笑っている。


全く無傷ではないがとりあえず二人が無事だったことにホッと一息付いた俺に、急に疲れが押し寄せてきた。


「もう……さ、牛頭さん。こんな陰気クセェとこ早いとこ出ない?俺疲れたッス。」


「そーそー陽介の言う通りだ。ここクセェってマジで。出ようぜ。」


のとも俺の意見に賛成し、早く出るように急かした。


「だな。俺も早く日本に帰りてぇし。」



牛頭は阿防からケースを受け取ると、そのまま出入り口の方へと歩き出した。


出入り口付近で戦っていたので直ぐに地上に出ることができた。

陰気臭いところに居たせいか、太陽の光が懐かしく感じる。







そのまま俺達4人はなんの滞りもなく空港までいく事ができた。


空港には迎えに来たアメリカの使者が俺達を出迎え、VIP待遇で専用旅客機に乗せて貰えた。

阿防ものとも機内で応急処置だけしてもらい、今回の任務は無事果たすことが出来た。


「ではこれが約束のものです。」


牛頭はケースを黒いスーツを来た男性に手渡した。

服装からしてCIAだろうか?

まぁ今は関係ないが。


「あぁ、一つだけいいかな?」


手渡したと同時に阿防が口を開いた。


「実はそン中の一個を使っちゃってさ。」


「ど、どこで!?」


俺は驚き阿防に尋ねた。

もし使ったならば俺達は無事では無いはずだ。

だが、使った形跡はない。


「ン〜?アソコから出るときにさ、ちょっと細工してね。天井に……。仕掛けておいた。証拠隠滅と……最後の一人まで全滅させるためにね。」


阿防はカラカラと笑いながら説明をしてくれた。







同時刻、パキスタン郊外のシェルター内の中枢、天井に引っかかっていたアイソマー爆弾のピンが外れた。







「私の『力』でピンを引く力が込められている。そして『力』を解除したならば……。」







アイソマー爆弾は静かに落下し地面とぶつかった。








「地面とぶつかってBOMB!!ってな感じにね。」










阿防が話し終えるのと同時に遥か後方にあるパキスタンで小さな爆音が響いた。


俺たちを乗せた旅客機が離陸してから5分後の事だった。


「ひとまずは終わったな。」


席について落ち着いた俺達は牛頭の言葉にウンウンと頷いた。


CIAらしき男性は、アイソマー爆弾を見ながら腑に落ちないような表情をしていたが、考えても無駄と思ったのかそのままケースを閉じてしまった。


「まぁこれでアメリカも面子を守れたし、日輪には後盾(バック)が付いた。有森法務大臣に変わってアメリカという巨大なバックがな。」


「とりま一安心ね。あとは……マートゥリサイドをどうするかね。」




マートゥリサイド……。

それは欧州最凶最大の犯罪組織だ。

日輪がアメリカをバックに付けた今、タイラントなど恐るるに足らないが、もしタイラントがマートゥリサイドと組んでしまえば話は変わる。

互角、もしくは最悪、今の日輪すら対抗できないほどになるだろう。


それだけは絶対に避けなければならない。


「最悪の事態を想定しないとな……。」


俺はのとが隣で呟いたのを聞いて、無言で外を見た。



何があろうとも、必ず天浪は守りきる。


明日などという果てしなき未来を見据えて不安がるより、昨日という遠い過去を省みて後悔するより、今はただ敵対する奴らを潰していくしかない。



タイラントだろうがマートゥリサイドだろうが、必ず奴らは来るのだ。

最悪の形を迎えようとも、それは俺達には終焉ではない。


奴らにとっての終焉だ。

撃ち砕いてやる。


生きるために……天浪のために……。








次はウァラウァラ達の視点でお送りします。



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