第31節:果てしなき奈落への潜入
今目標の為に何をするって言われたら突っ走るって答えるだろう。
なんか説明しにくいんだけど自分はキャラクターを創るときまず一番初めに考えるのが能力。
で、個性やら性格やらはなんか後から考えるのが普通なんだけど、これがまた決められたかのように思いついてしまう。
つまりロードのキャラクターは能力によって個性や人格が、もっといえば人生が変わっていくのだ。
でもこれって現実にもあるように能力が高い人ほど良い仕事に就けるっての同じだ。当たり前のことなんだけど、しかし一概にはそうも言えない。
むしろその性格や個性だからこそ能力が活きてくる、開花するってのもあるわけだ。
今のまま突っ走っていけば必ずそーいうものになれると思うからやはり今突っ走っている。
あとは突っ走っていく持続力、つまり忍耐が欲しい。
「……という訳だ。明日の朝には此処を発ち、パキスタンへと飛ぶ。」
陽介とのとが帰ってきたその日の夜、アフガニスタンに着いてから利用しているホテルの一室で、牛頭、のと、阿防がテーブルを囲むように座り、牛頭の話を聞いていた。
「のと、タタ・ヤングの臭いと風貌は覚えてきたか?」
「あぁ完璧。ヤローを見つけるのは容易いぜ。なんせクッセェからなァァ。」
クカカッと笑うのとを見て、牛頭はウン…と小さく頷いた。
「陽介。お前の独断で連れてきたその双子、密輸人に頼んで日輪に送ってもらうが、それでいいな?」
牛頭はベッドの上で双子と戯れている俺を見ながら聞いてきた。
「いいっすよ。つぅか他に方法は無いだろうし思い付きませんし……。ウッ!?」
「キャハハハハハッ!」
双子の姉、黒い長髪の『蒼空』が俺の腹にのし掛かり双子の妹、シャギーを入れた髪の『海祢』が俺の顔にのし掛かる。
今でこそ無垢な笑顔だが、先程までメソメソしていたのが信じられない。
今は安心からか、それでももう笑顔になれる二人は見上げた精神力だと思う。
それか、ただお気楽なだけか……。
「くくっ…陽介、懐かれてンじゃん。良かったねぇ。未来の若い愛人が二人もできて。」
「アホか。ンなつもりでこの二人を『引き取った』ワケじゃねぇよ。」
阿防の冗談に、俺は海祢を退かして阿防を見据える。
どうやら二人は俺に懐いたらしく、片時も俺から離れようとしなかった。
それどころか俺に構ってほしいのか先程からやたらと絡んでくる。
「……ならさ、なんで陽介はこの二人を買ったのさ?」
「『引き取った』の。」
『買った』という言葉を使うのを嫌った俺は敢えて引き取ったという表現で阿防の言葉を正す。
「……夢によ、出てきたンだ。こいつら二人が。」
上半身だけ起こし、腰に抱きつく二人の頭を優しく撫でる。
「琴那……天浪琴那ン時もそうだったンだけどよォォ。夢の中で絶対に泣いてたンだワ。俺はそれを救ってやることが出来た。天浪をな。だから……。」
そこまで話して俺は優しくもう一度、二人の頭を撫でた。
「俺は夢に出てきたこいつらを闇から救い出したかった。強いて理由挙げるならこんなモンだな。」
二人の容姿に比例するようなきめ細やかな髪は撫でた手にさらりと覆い被さる。
「……羨ましいね。とても……。」
目を細め、どこか悲しく笑う阿防。
その瞬間だけ阿防ではなく別の『誰か』に俺は感じた。
だがすぐにいつもの笑顔に戻り、腰を上げた。
「さ、明日は早いし。もう寝るわ。御嬢様方、あなたたちはどうする?一応女よあなたたちは。」
「私はこの人と」
「一緒に寝る。」
一層ギュッと俺に抱き付く二人を俺は少し困惑した表情で見下ろし、次に阿防を見た。
「お〜お〜モテモテじゃんよ陽介さ。私はフラレちゃったから後は頑張って調教でもしなよ。じゃね。オヤスミ。」
「だから調教とか言ってんじゃねェェェ!」
笑いながら阿防は部屋を後にし、俺を見上げる二人を置いといて牛頭を見る。
「俺は知らンぞ陽介。お前の責任だ。お前のものだ。」
「ガキのお守りなんか出来ねぇからな俺は。」
俺が口を開く前に真っ先に二人は非協力的な態度を取った。
期待はしていなかったがここまで突き放されると軽く泣きたくなる。
「陽介は私達と」
「一緒に寝るの駄目?」
「ぬぐっ……」
いきなり呼び捨てで呼ばれたが今それ以上に困るのはこの二人が頑なに俺から離れまいとしていることだった。
いくらなんでも四六時中、常にまとわりつかれたらストレスが溜まるだろうし肉体的な疲労もある。
「……あぁいいよ。一緒に寝よ。今日だけな。」
そうだ。責任は俺にある。
少なくともこの二人を日輪へ引き渡すまで。
「つぅわけで牛頭さん。俺先寝るよ。明日の為に。」
「おぅ。まぁ俺らも寝るし。電気消すぞ。」
カチッと壁に付いているスイッチを押し、部屋の電気を消した。
暗闇の中、見えるのは窓から見える月明かりだけで。
俺は半円になった月から発する月明かりを眺めていた。
「む〜……」
「くぅ……」
夜も遅かったせいかすぐに寝付いた二人は小さな寝息を立て深く眠っている。
だがやはり寝ていても離れる気はないようで、蒼空と海祢の二人は俺を挟んで抱き枕のようにして動かない。
そんな二人を見て、俺はふと思う。
「こいつらに会ったのも……運命で決まっていたことなンかな……。」
奴隷オークションにこの二人がいる予知夢を見て、この二人を引き取った。
だが別に予知夢を見ていようが見ていまいが、引き取らなくてもよかったはずだ。
だが運命は、俺とこの二人を引き合わせ、運命は俺にこの二人を解き放させる意志を持たせたのだ。
今わかった。
初めて確信した。
俺とこの二人は出逢うべくして出逢う運命だったのだと……
この二人もそれを感じたはずだ。
天浪と同じ様に、この二人も俺と出逢うべくして出逢ったのだ。
それが、今後の二人にとって幸か不幸かは定かではないが…………
「はぁぁっ…〜……ッ」
今日一日で色んな事が起きたせいか、体が安息を求めている。
俺は大きく欠伸をし、毛布を引き寄せるとゆっくりと目を閉じ眠りに堕ちた……。
翌日の明朝、現地の住人から車を買い取り俺達は国境を超えパキスタンの国境の都市『ペシャーワル』へと入った。
入国後直ぐにペシャーワル国際空港に行き、ターミナルにいた密輸人と落ち合い双子を引き渡した。
「言うこと聞いて、ちゃんとしてろよ。日本に帰れるからな。」
「私達」
「家に帰りたくない。」
突然暗い顔をしだした二人は手を握り合い、俯いてしまった。
予想外の反応に俺と牛頭、阿防は顔を見合わせる。
普通この位の年頃ならば、まだ親や家が恋しいものだ。
ましてやこの二人は国外まで連れ去られた身だ。
よほどの事情があるのだろうか?
多少困惑しつつも俺は腰を低くし、二人と同じ目線になって二人の顔を覗き込んだ。
「なんでだ?なんで帰りたくない?それは本心か?」
真剣な顔で問い詰める。
だが二人はだんまりを決め込み何も喋らなかった。
「黙り込んだらわかンねぇだろ?なんか言わなきゃ伝わンねぇだろ!?」
俺は真っ直ぐ二人の顔を見据える。
「お父さんが……乱暴する……から。」
「お母さんは……いないから。」
ぎゅっ……と胸を掴まれた気分になった。
虐待……それも性的虐待を受けていたのか……。
同じだ。
この二人も俺と同じように……いや俺なんかよりも親の慈愛を受けていない。
母親は逃げたのか、他界したのか。
それは分からないが聴こうとはしなかった。否、聴くことが出来なかった。
あまりにも……重すぎて。
それが耐え難く、俺は一筋の涙を流した。
「?」
「?」
二人は俺が泣いたのを見てどうしよう……というような顔をしたが、俺はその二人を強く抱き締める。
「大丈夫だって……。お前等が行くのはそんなとこじゃあない。心配すンな、安心しろ。」
「うん。」
「わかった……。」
頷く二人を放し俺は二人の頭を優しく撫でる。
「では……。行きます。」
「あぁ。頼みます。」
密輸人は双子を引き取り、次に牛頭の方を見た。
「それと……頼まれていた物です。」
密輸人は細長い包みを牛頭に渡した。
それはなかなかの重量感がありそうだったが牛頭はそれを軽々と小脇に抱えていた。
「確かに。」
荷物を受け取った牛頭はさっさと車へと向かった。
阿防とのともそれに続き、俺は蒼空と海祢を一瞥した後、ターミナルを後にした。
「行きましょうかお二方。」
密輸人は優しい笑顔で二人を見下ろしたが一言だけ付け加えた。
「だけどこれだけは覚えていてください。」
腰を低くし、密輸人は二人と同じ目線になる。
「あなた方二人はもう『こちら側の人間』、避けられぬ事なのです。それがあなた達の『運命』なのです。ツラいこと苦しいこともあるでしょう。受け入れて耐え抜いて生き抜いてください。それが君達を救ってくれた人に対する礼儀なのですから。」
打って変わった密輸人の真剣な表情に二人は無言で頷いた。
蒼空と海祢にはもう分かっていたのだ。
周りの大人が予想する以上に賢い二人には、うまく説明出来なくとも分かっていたのだ。
自分達で『生き残らなければ』ならぬということを……。
蒼空と海祢、共に七年と二ヶ月。
今日より修羅の道を歩み始めた。
パキスタン北西部にあるカイバル峠。
そこにタタ・ヤングの率いる組織が潜伏している。
カイバル峠は19世紀前半、アフガニスタンまでその影響力を広げようとしたイギリスがアフガン人と戦争になり戦場になった場所である。
二度の戦争を経て、事実上アフガニスタンはイギリスの保護国となり、イギリスはカイバル峠の交通網を整理した。
今はアジア・ハイウェイの一部となっている。
「まぁ国境にあるだけに避難はしやすいンだろーなきっと。」
俺は車から降りて切り立った崖にある穴を見つめながら言う。
第三次大戦に備えて造られた核シェルター。
今はタタ・ヤングらのアジトとなり、本来の意味を果たしてはいない。
「さて……と。問題はどうやって中にはいるかだな。」
鉄製の扉の前で牛頭は腕組みをし、チラリと阿防の方を見る。
阿防は先程から何十回もバットの先で軽く地面を叩いていた。
その光景は実に不思議で、バットで地面を叩いているにも関わらず地面には何も変化はない。砂埃すら舞う事はなかった。
更に言えば叩きつける度に出るはずの音すらない。
「そろそろいいかな。うん、いいって事にしておこう。」
阿防はバットを引きずって扉に近付き、バットのグリップを力強く握った。
「核シェルターごとき薄ら暗いお家にたてこもって……こんな鉄板で私達を?」
そう言いながら阿防は扉を調べるようにバットでゴンゴンと殴りつけた。
金属同士のぶつかり合う特有の音がし、阿防はバットの先で分厚い、冷たさを感じさせる扉をなぞる。
「飛ばすよ派手に。そして……静かに。」
秘密裏に敵アジトへと侵入する今回の作戦。
しかし絶対に目立つようなことは控えねばならない。
ましてや入る前から敵に俺達のことを知られるなどもってのほかだ。
阿防の行為は正にそれに当てはまるものだった。
しかし阿防が殴った扉は文字通り、一切の音を出さない無音で、沈黙を守っていた。
鉄製の扉はひしゃげ、今にも外れそうな程に大破している。
にも関わらず阿防は涼しい顔をし、バットも相変わらず無傷のまま。
扉を殴った音すらない。
「おっほぅ!!やるッ!!でもなんでこんな……音がないンだ?」
「生じたエネルギー全てが同じエネルギーになるわけではない。熱になったり音になったりと様々だ。だがな、阿防の”力”ならエネルギーは全て、熱も音も自身に掛かる反作用ですら阿防は『操作』し、扉を破壊した。アイツにしか出来ねぇことだ。」
「ま、ともかくとして中に入れンだ。手筈どーりにいこまえや。」
のとは勇み立って刀を握りしめ、首を鳴らす。
牛頭も邪魔にならないように刀を腰に差し、先程密輸人から引き取った長い包みを解いた。
「スッゲ……。」
取り出した現物を見て思わず声を漏らしてしまう。
牛頭の両手に握られていたのはアサルトライフルに酷似した短機関銃だった。
黒い銃身にはウィンチェスター社の刻印が刻まれている。
「アメリカウィンチェスター社の傑作、DW6。全長1024mm、重量3340g、発射速度1000発/分、銃口初速1210m/秒、有効射程950m。
M16を改良した化け物だ。」
マガジンを装填し、コッキングレバーを引いて頼もしそうに銃を見つめながら牛頭は渇いた笑いを飛ばした。
だが俺にはその化け物銃を軽々と二つも扱う牛頭のほうが化け物に思えてくる。
「のと、阿防。お前等はタタ・ヤングの首を取りに行け。何があろうとそっ首を取って来い!!のとがいりゃあ追い詰められンだろ。そして俺と陽介は正面を突破する。真正面から敵に突っ込んで迎え撃つ!!」
「……アイソマー爆弾は取り返すっつぅぅ方向でいいんだよなァァ?」
のとが刀を抜き、入り口からシェルターの中を覗きこんだ。
シェルターの入り口から先は地下へと続く階段になっており、足元が見える程度に薄明かりがともってはいるが頼りない明かりだった。
「どう……のと?臭う?」
阿防がのとの隣に立ちのとと同じように中を覗き込む。
別段、敵が動く気配は無かったのでまだこちらの侵入がバレた訳ではないようだ。
「臭うぜ……。こびりついた様な腐臭と、鉄と血……。」
まるで香気を楽しむかのようにのとは目を細め、一旦間をおいて目を見開いた。
「行け阿防!!暴れて来いのと!!俺とテメェ等は日輪からの鬼の軍勢だ、ブッ殺して来い!!!」
「「応ッ!!!」」
素早く阿防とのとは中に入って行き、姿が見えなくなった。
俺は両手で『フール』と『サイレントマジョリティ』を握り締めた。
おそらく、この任務は日輪に入ってから初めての破壊工作活動になる。
そのせいかいつも以上に汗が垂れ、銃を握る手には力が込められる。
「緊張してるか?陽介。」
「まぁ……少しは。」
していない、といえば嘘になる。
実際どんな任務でも緊張はするのだから。
だが、今回は本格的な武装勢力と戦うのだ。それも真正面から。
アメリカのマフィア、『ゴブ・ディーヴォ』のときとはワケが違う。
「いくら緊張してようが、気張ろうが、死なない程度に頑張るしかねぇンだよ。俺もお前も。……シャラァ!!いくぞ、俺等は主役だけどよォォォ、阿防たちのために花添えるしかねぇだろ!!」
ガチャっと重く機械的な音をさせ銃を肩に乗せる。
そんな牛頭を見てやはり頼りになる、と改めて俺は再認識させられた。
「死にに逝くンすか牛頭さん?」
「いいや。死地に行くンだ。ここを地獄に変えるンだよ。日本の鬼が血と火の粉と弾丸の雨を降らすためにな!!」
視点は変わり時間差で先に侵入を果たした阿防とのとは物陰に隠れながら、耳を澄ましていた。
使う機会がなく廃棄同然の扱いにされたとはいえ要人の核シェルターだけあって中には様々な機材があり、また薄暗く最低限の明るさしかないシェルターは隠密行動にはうってつけの場所だった。
「あぁ……派手にやってンなァァァ陽介と牛頭たち。」
「くくくっ!アンタも上で暴れたかった?」
ある程度敵地の中枢まで潜り込むことに成功した阿防とのと。
上の方では慌ただしい足音とけたたましい銃の乱撃の音がする。
そして、猛々しい雄叫びに、死に逝く者の苦痛の悲鳴。
既に上が戦場と化したのが伺える。
「のと……早くタタ・ヤングを見つけ出して殺そう。時間がない。」
「上もいつまで保つか……わかンねぇしな。」
今回タタ・ヤングの抹殺を確実にするために、あえて敵の目を陽介と牛頭な向けたのだが、それは同時に敵に感付かれるばかりか敵の逃亡時間を稼ぐことになるのだ。
一刻の猶予もない。ましてや仲間を危険に晒してまで取った作戦なのだ。
「だからこそ!!相手も油断している。殺るなら今しかない。」
「あぁ。後には引けねェェェ。ここが地獄に変わってくなら、俺らは奈落へと堕ちて進まなきゃなんねぇからな。」
別れ道でタタ・ヤングの臭いをクンクンと嗅いでいたのとは右を見て身構えた。
右は更に地下へと、下へ下へと続く階段がある。
「こっち?のと?タタ・ヤングいた?」
「うん。多分な。つぅか敵が来るぞ阿防。数は4人……。早駆けでかなり急いでる。」
「そう…。ま、来るってンならお出迎えしないと……。」
阿防は一旦灰色の髪をかき揚げ、手製の大麻の巻き煙草に火を付けた。
段々と複数の足音が阿防とのとに近付いてくる。
そして、灯りによって伸びた影が視界に入ると同時に阿防とのとも同時に地を蹴った。
「早く……早くしねぇとな。敵が来るなんて初めてだからな。」
「だから場所移した方が良いっつったのになァァァ。タタ・ヤング聞かねーからこうなんだよ。」
愚痴りながら階段を登る男達の手には各々サブマシンガンやら使い勝手のよい小機関銃が握られている。
「大体敵なんて……」
男はそう言って階段の終わりを見上げる。
(なんだ……こりゃ?)
突然、先頭に立っていた男は足を止め、体を強ばらせた。
視線の先にはこちらに疾走する二つの影。
片方の影が横に飛んで消えたかと思うと男の首筋に何か熱い痛みが走った。
そのあと直ぐ視点は急に揺れ、落ちる様に目まぐるしく回転し、いつの間にか地面を横にして見ていた。
(床?地面?いや、つぅか俺なんで……体が動かない?)
(何も聞こえない……?)
(いや、なんか眠く……)
(暗い……)
(………)
男の意識はここで途絶えた……
「グギゃッ!?」
阿防が振り抜いたバットは髭の生えた男の頭蓋骨を陥没させ、頭を弾き飛ばす。
どす黒い血が耳から流れ出し、眼球が飛び出ている。
おそらくは再起不能だろう。
「残るは……二人か。」
のとは素早く跳躍して壁を蹴りその勢いのまま刀で相手を切り捨てた。
「弱ぇ。」
着地をし、刀に付着した血糊を払いながら吐き捨てるように言った。
斬った死体の傷口からは血が湧き出るように噴出し、床を真っ赤に染め上げていく。
「テ メェェェエェ!!」
残った一人はやっと攻撃に移るが、既に阿防は動いており、男はのとか阿防か、どちらを先に攻撃すればよいか、男の頭の中には一瞬の迷いがあった。
その迷いが仇となり阿防にサブマシンガンの銃口を向けたが、時既に遅く飛んできた煙草に怯み、その僅かな隙を突かれた。
「ラ ァァァ アァァァ!!!」
阿防の渾身の力が込められたバットは男の体ごと頭を吹き飛ばし、壁に叩きつける。
グシャっと鈍い音と共に壁一面に真っ赤な血しぶきが飛び散り、返り血か阿防の顔にかかった。
「あ〜あ……顔射かねこりゃ……。」
顔にかかった返り血を指で拭き取りながら呟いた。
阿防は壁を真っ赤に染めたグシャグシャの死体を見て閃いたようにのとを見る。
「なかなか良い出来栄えじゃない?題して『我が血の散り際の爆華』みたいな?」
「ンなこたぁ、どーでもいーだろーがよ。行こまえや。タタ・ヤングの臭いが強くなってきた感じがする。」
「……さよか。つぅかさ、のと。アンタが居て良かったよマジで。こんな迷路みたいなアジトで臭い嗅げるアンタが居なかったら私迷子だったもんね。」
のとが階段に足をかけた瞬間、急に180度振り向いて、阿防の背後を見た。
阿防も殆ど同時に自分の背後を見る。
先ほど、文字通りつい先刻までは感じなかった『気配』、感じなかった『臭い』が突然現れたのだ。
タンッ!!
気配を感じたと同時に阿防は物陰に隠れようと動くが一発の銃声が響き、阿防の脇をかすった。
「……ちっ、避けられたか。それとも……俺が外したか?」
突然現れた男はかけていたグラサンを外し、頭をかきむしる。
「どーいうことだよのと!!なんであいつは突然現れた!?なんでアンタの鼻に引っかからなかった!?」
「ンなもん知るかよッ!!俺だってよォォォ、ワケわかんねぇンだよ!!」
物陰に隠れていた阿防は少しだけ顔を出し相手を見る。
男は懐からいくつかの錠剤を取り出し、それを服用している所だった。
奴も自分と同じ薬物中毒者だろうか?
それともドーピングか?
物陰に隠れながらも阿防はそんなことを考えていた。
「どーする阿防?ここで一気にアイツを片付けるか?それとも先を急ぐか?」
「先に行ってのと。時間がないから。私がここでアイツを殺す。アンタはアンタでタタ・ヤングをぶっ殺す。別に不可能じゃない。任務の難易度が上がっただけだ。」
現時点で一番最悪な結果はタタ・ヤングに逃げられてアイソマー爆弾を持ち去られることだ。
既に侵入から10分は経過している。
迷路のように入り組んだ敵地では相手に地の利があるため、逃げられる可能性が高い。
だからこそここはのとにタタ・ヤングを追わせるべきだ、と阿防は判断したのだ。
「行けのと。お前にかかってるンだ。頼んだよ。」
阿防は笑いながらそう言ってのとの頬をプニッとつついた。
「死ぬなよ。阿防。」
「ククッ……だいじょぶだいじょぶ。『私達』が負けるわけないっしょ。行きなよ。」
のとはコクリと頷いて別のルートからタタ・ヤングを見付けるため、駆けていった。
阿防はそれを見送ると髪をかき揚げて目を閉じる。
深く、闇に落ちていくように、限りない闇の中に落ちていくように、夢限へと落ちるような顔だった。
「出てこい!!女!!危害は加えないと約束する。」
男の呼ぶ声が聞こえる。
うっすらと目を開き体をほぐすと物陰から姿を現した。
「出てきたか……女。そして……雰囲気が変わったな。さっきの雑魚共を殺したときとはまた違う雰囲気だ。お前何者?」
「知りたいか?」
「是非とも。」
男が肩をすくめながら答える。
「私は『羅刹』。阿防羅刹の片割れ。お前をブチ殺す完全な、日輪の悪鬼だ。」
羅刹は髪をかき揚げバットを男に向ける。
「自己紹介をしたンだ。アンタの名前くらい聞いといてやるよ。地獄に落とす前に。」
「そうか……。礼節をわきまえてるな日本人は。俺の名前はルスル。『ルスル・レッドマン』まぁ名前から分かるとおり俺はアメリカンだ。ンでさ、戦う前にちょっとお話いいかな?」
レッドマンはおどけながらそう言うと警察に銃を突きつけられた犯人のように両手を頭の後ろに組んだ。
羅刹は一瞬顔をしかめ警戒をし、疑問を抱いた。
こいつは余程のバカか、それとも自信があるのか。
どちらにせよ負けるつもりはない。
だが時間はないが今はこいつを足止める時間が必要だった。
「……OK。私の時間を少しだけあげる。ただね、下らない話しだった……即殺だ。」
「OK。サンキュー。じゃあ……聞こうか。」
レッドマンは頭の後ろに手を組んだまま話し始めた。
ルスルとはイスラム教の教えで使徒という意味であります。