表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/39

第2曲:SHE

前と比べかなり長くなってしまいました^^;

「おうテメェ。新人だな?」


俺にそう声をかけてきたのはこの部屋の先住人だった。

歳は22・3といったところか。

二段ベッドの下で寝ていた俺を睨みながら覗き込んできた。


「いい身分だぁねぇ?挨拶なしで俺より後に起きるんだぁ?お前はどこぞのVIPの坊ちゃんか?」


そう因縁をつけながら俺に舌打ちをした。


「えぇ、昨日深夜にここの刑務所のこの部屋にあてられました。深夜だったので起こしては悪いと思いまして……挨拶なしですいません。」


俺は棒読みで事なきを得るため挨拶をした。

とにかく今はあまり面倒なことにはしたくない。


「チッ……まぁいいや。ここの先輩に挨拶なしで寝るとはな。いや俺のことじゃあないぜ?ムショでの常識だ。権力のあるやつには逆らうなよ。いいか?これは俺の命令じゃあない。忠告だ。聞く聞かないはお前の自由だがね。」


そうここの先輩とやらは念を押した。

俺はここに来る前に聞いた弁護士の話を思い出した




(決して独りになってはいけません…。)



当面の当てのない俺だ、とりあえずこの先輩とやらに従うことにしよう。


「ご忠告どうも先輩。できれば名前を教えてもらってもいいですかね?このまま先輩って言う続けるのもなんですから。」


このときの俺は従うってことに乗り気がしなかったせいか、少し生意気な口調で喋ってしまった。


だがここの先輩とやらはその喋り方ともうひとつのことについて俺にキレだした。


「おいテメェェェェ!!自分は名乗らず先輩に先に名乗らすってことはな、俺が忠告してやったのをまったく無視しているってことになるンだぜェェェ!?早速反抗するってことかぁ?あぁ?」


先輩は俺の髪の毛をわしづかみにし、ブローを腹へと叩き込む。


「ウグぅッ!?」


油断していた俺は一気に体の力を失い腹を抱えて痛みにこらえた。


(ウゼェ……。ブチ殺してやろうか?)


自然と俺の握り拳に力が入る。

しかしここに来たばかりで問題を起こしてはこれからのムショでの暮らしは家畜以下の生活になるだろう。



(キレンな俺……ダメだ。あと10年はここで暮らすんだからな………)


心の中で俺は自分を皮肉った。


十年……とても長い時間だ。

先に俺の精神がやられちまうンじゃねぇのかと思う。


キレないよう気を落ち着かせ為深呼吸をする。



「すいません。これからは気をつけます!先輩に従います!!」


そう言うと先輩は手を離した。

その表情はなぜか少し誇らしげで、優越感に浸っているのが窺える。

さてはこの野郎、ここでの地位はあまり高くないと見える。


「そぉーそぉーそれでいーンだ。これからは口の効き方に気をつけろよ。わざわざ赤信号飛び出したくなかったらな。俺は優しい方だから今回はこれで許してやるよ。ンでお前の名前を聞かせてちょーだい。」


(クソが、このやろう……いつかぜってー潰してやる!)


「…御守地です。御守地陽介です。」


ただそれだけ、必要なことだけしか俺は喋らなかった。

こんなやつに必要以上に従う必要はない。


「ふーん、ヨースケっつーンだ?けっこーいい顔してんじゃん?気ィつけろよ〜。ここにいるやつ等は大体イカれたやつ等ばっかりだかンな。カマ掘られても知らねぇよ?うひゃひゃひゃ!!せーぜー気ぃつけろよ。俺の名前は佐世保だ。佐世保清二。とりあえずここには半年入っている。」


そういって佐世保は房を出て行った。時計を見ると6時半を回っている。

おそらく朝食の時間だろう。

俺も後についていった。



食堂では多くの囚人達が、長い列をつくって飯をもらっていた。

どうやら配給制らしい。

「さてと……いいかヨースケ?ここでは順番を守るのが第2だ。必ず抜かすんじゃねぇぞ。他のやつともめちまうかンな。」


「じゃあ第1に守ることは何スか?残さず食べろとか?」


俺は冗談に佐世保は笑いながら返した。


「ちげェーよ、第1に守ること。それは『力のあるやつに先に行かせろ』だ。逆らうなといったがそれと同時にそいつ等の機嫌を取らなきゃなンねぇ。じゃねぇと目ぇつけられてあとで殺されちまう。見てろ。」


そう佐世保が言った後、後ろから一人大柄の男が来た。



デケェ……185…………いや、190はあるだろうか。

佐世保はと言うとゴマをすりながらその大男に話しかけている所だった。


「あ、錦山さん。おはようございます!朝食をとるンですね?どーぞ俺の前に並んでください。」


佐世保はへコヘコしながらそういうと、錦山とかいう男の後ろに並んだ。なるほど、囚人たちは錦山という男を恐れている。錦山に取り入れば自分も順番を抜かすことができる。


虎の威を借る狐状態というわけか。

したたかな野郎だ。


「へっ、狸め。」


そう俺は呟くと佐世保の後ろに並ぼうとした。

しかし他のやつが割り込んできた為、あえなく断念。


ちっ、と俺は舌打ちすると割り込んだやつが急に俺のほうに振り向いた。


「なンすか?」


俺は一瞬あせった。その男は俺のほうによってくる。


「テメェ何俺に舌打ちしてんだ!?あ?ガキが勝手にはねてンじゃねぇゾ!!」


男はいきなり俺にキレ始めた。

もう見た感じアブナそうな感じのやつだ。

早速ケンカをはじめるつもりだ。

初日からイザコザとは俺もツイていない…。

しかしすぐに異変に気づいた看守がそれを止めに入る。


「おいお前等何してる!?さっさと席につかンかぁ!!」


看守が怒鳴り声で周りのギャラリーも皆席に着く。



た、助かった……のか?


一瞬、安堵の溜め息を吐いたが男は席に着く前に俺にこう囁いた。




「今日の自由時間、テメェのそのツラ崩してやっからな……。」


(ジ・エンド俺……さらば平穏な生活……)



震える足でやっとのこと席に着き、とりあえず刑務所名物くさい飯を口に運んだ。

……うまくはないがまずくもない。

それに臭くもなかった。




房に戻ると佐世保のやつが俺に慌てて話しかけてきた。

「おま…………!バカか!!あれほど気をつけろっつたのに!!あぁもうクソ!あいつはな、樋口っつってシャバではヤクやっててヤーさん2人刺し殺してここに入ってきたやつだぞ!?しかも刺した理由がな、話しかけられて因縁つけられたと思ったからだぞ!?キレてンだよやつァ!!とにかく地面に頭こすり付けて謝って来い靴でもなめろ!!」



そう言われ俺の脚は更に震えていた。

情けない話、ビビッていたのだ。

そのうち誰もが望む自由時間になったが陰鬱だった俺は呼び出しをくらった。

運動場の人目のつかないところへと。



「さてと、今からお前殺すわ。俺に逆らったから当然だよな。」



そう言うと樋口は殴りかかってきた。

情けないことだが俺はチキっていた。


(謝ってもこういうやつは無駄っぽいな…………。とりあえず耐えよう……)


俺は覚悟を決めただじっと耐える。

ボコボコに殴られ、腹を蹴られ、地面に叩きつけられた。

だんだん意識が遠のいていく…



(やっべ…どんどん意識が…こいつ……しつ…こ…い…)


だが殴る勢いを弱める兆しはない。

限界の近付いた俺は意識が飛ぶのを感じた。

だが瞬間、今までよりも意識がはっきりとし立ち上がる力が沸いた。

当然樋口は驚いている。

自分でも驚いた。

ただ今ならこいつを半殺しにできる自信がある。


「ゴラテメェ!!なんで立てンだ?」


俺はその問いに答えなかった。


「ッッアアァァアッ!!」


ただ力任せにとりあえず樋口の顔面を思い切り殴った。

手には生々しい肉と鼻の骨が折れた感触が走る。


「ゲベァッ!!」


軽く宙を舞った樋口はそのまま地ベタを転げまわった。

そこに更に横っ腹に蹴りを数十発、しこたま入れてやった。血反吐を吐いてもやめなかった。

多分中はイカレただろうが関係ない。


「ユ、ユルヒテ…」


「あ?テメェ何眠てぇこと言ってンだボケ!!立てよ、グシャグシャにしてやっからよォ!!」


無様に泣く樋口。

俺はそんな樋口を無表情で髪をつかみ、樋口を持ち上げた。

「やりたいだけやりやがって、やられて都合が悪くなったら許してくださいだァッ!?情けなさ過ぎンぞテメェ!!」


「ギャアッァッ!!」


樋口は痛みで悲鳴を上げたが、俺はかまわずにそのまま壁に叩きつける。

樋口は失神し小便を漏らすという痴態を曝していた。

歯が数本、地面に落ちている。


情けない。

俺はこんなやつにビクビクしてたのか。

本当に情けなく思えてくる。


俺は樋口をそのままにし、痛みで朦朧とする意識の中、自分の房へと戻っていった。






「うお、派手にヤられたなぁ?大丈夫か?許してもらえたか?」


房に戻った俺に佐世保が心配そうに訪ねる。もう意識ははっきりとしていた。が、体中が痛い。

 

「あぁ、だいじょうぶッス。あン野郎は半殺しにしてきましたし。多分しばらくは飯も食えねぇと思います。一人で便所も行けねぇっすよ。顔面整形してやりました。」


俺は痛みで顔をしかめながら言った。

佐世保はと言うと、信じられないという表情で俺を見ている。


「半殺しって………オメェ、あの樋口をか!?おまえ…………何者ヨ?あいつ、シャバじゃケンカは負けなしのキレた野郎なンだぞ!?それをお前みたいなガキが……」


「すいません。俺……ちっとばかし疲れたンで先休んでいいスか?」


休みたい、というよりも今は誰にも話しかけられたくない。

疲れもあるが、それ以前にここで問題を起こしたのだから樋口一派から必ず報復があるだろう。

それが不安でならなかった。



「あ……あぁ、いいよ。」


佐世保の声には間違い無く恐れが混じっている。



ベッドの中、痛む傷口を押さえて俺は考えていた。




……なぜあんな力が?



御母呂高校で不良をトバした時もそうだ。


アドレナリンとかエンドルフィンってやつが大量に出てたのか?



それとも火事場の馬鹿力ってやつか?




そんなことを考えながらも俺は右手を見つめる。


まだ殴ったときの感触が鮮明に残っている。


あの何とも言えない拳がめり込む感触…………

痛めつけるにつれてこみ上げてきたあの快感…………




あれこれ考えて見るも俺の頭では答えなど導き出せるはずもなく、布団を頭まで被り俺はすぐに眠りに落ちた……









…………暗い……。


視界には何も映らない。

敢えて言うならば闇だけか。



しかし夢の中にも関わらず意識だけはハッキリとしているのがわかった。



ただそれは俺の意識ではない。(もういやだ!!こんな眼いらない!!もう何も見たくない!!)


他人の意識の中に自分の意識が飛び込んでいる。

そんな感じだった。

その内声が聞こえてきた。

野太い男の声…………誰の声だっただろうか?



「お前の眼は強力過ぎる。命は取らないし眼も奪わない。ただ……少しばかり記憶を貰う。」


「もういや!!死にたいの!!死なせてよぉぉ!!」







目が覚めた。

いつもの夢とは違い、妙にリアルな感じのする夢。


「なンだ…今の夢は…?」



少女が……目を……?

それにあの男の声……誰の声だったか……思い出すことができない。



俺はいつものクセで目をこすった。

なぜかぬるぬるとしている。

目を開けると手には血がついていた。

目から涙のように流れていたがさほど血は出ておらず痛みもない。


「なんで血がでてんだ!?昨日のケンカのせいか?」


俺は手探りでベッドのはしごを見つけ、慎重にベッドから降りたが体中が痛い。

それでもやっとのこと洗面所まで辿り着いて顔を洗うことが出来た。



固まっていなかった血は存外綺麗に流れた。



同時に目が覚めてきて昨日のことを思い出す。



……樋口をボコボコにトバした…………。


多分樋口一派の報復が来るだろう。


刑務所で力のあるやつにはそれなりについてくるやつ等もいる。

樋口みたいなやつの舎弟ならタチの悪いやつ等ばかりだろう。


「成るようになりやがれや。」


そう吐きつつ佐世保のベッドを見た。

佐世保は既にいなかった。

どうやら朝食を食べに行ったらしい。


「ちっ、ンだよ……行くなら起こせっつの。」


文句をタレながら俺は食堂へと向かった。



食堂は朝食を食べている囚人達でごった返している。

座れるところがありそうにない。

俺は出直そうかと思ったが腹が減っていたのでとりあえず朝食だけもらうことにした。


食堂に入るとまず全員の視線が俺のほうに集まった。

そして飯を食いながら隣のやつ等とヒソヒソ話をするようになった。




「…………なんだ?こいつら樋口のこと知ってンのか?そういや樋口はどうしたンだ?)




そう思いながら飯をもらった。

心なしか配給係の態度も少しばかり違うように思える。


席を探していると遠くから佐世保が声をかけてきた。



「ヨースケ!!ここ来いヨ!!ここ!!」


そう言って佐世保は自分の隣の席を指差した。

しかしその席はまだ他のやつが座っている。



と思ったらそいつはいきなり席を立って俺に席を譲った。

俺は少し申し訳なさそうにそこに座らせてもらった。


「スンマセン席つくってもらって。」


俺は佐世保に感謝した。

しかし佐世保はそれは違うと言った。


「ちがうって。これはお前がやったみたいなもんなんだって。いいか、お前はあの樋口を潰したんだ。

つまりお前は好戦的で樋口以上にキレたやつっつぅ印象与えたンだ。当然看守共の対応も変わってくる。お荷物な問題児なんだってな。まるで便所のゴキブリふんだ靴みたいにお前のことを見てくる。気をつけろよ。」


俺は話を聞いて周りを見回した。皆一斉に俺から目を背けたのが分かる。

ムカついた俺は適当に前に座っていた気の小さそうな男に舌打ちしてニラミを効かせた。


気の小さそうな男は目を合わせまいと気づかぬフリをしながら必死に飯を食い続ける。


「クソ虫どもが…。」


そう呟くと俺は朝食に手をつけた。




その日の午後、俺は特別房棟へ収監されることになった。

初日からいきなり囚人の一人を半殺しにしたのだ。

どうやらクサレ看守共はそれを十分問題児の素質ありとみなしたらしい。


「ここでしばらくの間過ごしていれば素敵な先輩がお前を矯正してくれるだろうよ。だがなぁ、お前が俺たちに反抗的な態度をとるっつぅンならよォォォ、ここの囚人共がお前に『行き過ぎた矯正』をしても俺たちはお前を助けたりしない!!分かったかぁ!!?」


「えぇ、じゅ〜〜ぶん分かりましたよ看守さん。それとですね、俺に問題児としての素質があることを見抜いて新しい住居を提供していただいたあんた方には感謝しておきますよ。これからもその節穴な目で他の囚人達を見張っておいてくださいよ。」


俺は不敵な笑みを浮かべながら看守に毒づいた。

看守は舌打ちをし、そのままどこかへ行ってしまった。

看守が視界から消えたとき、後ろのほうで声がした。


「かははははは、お前新入りだな?ケッコー可愛い顔してンじゃん。俺が矯正してやンよ。」



見た目30代後半の男がそこにはいた。

かなりの筋肉質だが多分ホモだろう。


「あんたとは俺の覚えてるかぎりでは初対面だ。ここで初めて会うんだから新入りに決まってンだろ?」


俺はそう男に言った。

男はキレるどころか笑っていた。


「かははは!!いいなぁ…そのナマイキな性格。いじめたくなってきたぜ。」


俺の背筋に寒気が走った。

ホモだけじゃなく思いっきりネジぶっ飛ンでやがる。

こんなのと同室だと夜なんか眠れねぇ。

ケツをおさえて寝るなら話は別だが。


「おいッッ!!俺に近づくんじゃあねーぞ!!近づいたらテメェェ、一生足腰と一物がたたねぇ身体にしてやンぜ!!」


俺は必死だった。

とにかく自分の身を守らなければ。

と、その時ホモ野郎の更にまた後ろのほうで声が聞こえた。


「キャンキャン吠えてンじゃねぇガキが。ルーキーはルーキーらしく素直に隅のほうでビクビク縮こまってりゃいいンだよ、チキンが。」


そう言い放ったのはのはホモ野郎より一回り小さい20代後半の男だった。


たたんだ布団を枕代わりにして寝転んでいる。

樋口やこのホモ野郎より強いってことが本能でわかった。

だが今の俺はケンカに負けなしだ。

こいつも樋口のように潰してやろうと思った。


「あ?テメェ今何つったヨ?俺がチキンだァッ?確かめるか?チキンかどうかよ!?」


そう言って俺は男に近づいた。

今の俺は刑務所に入れられた怒り、馬鹿にされたムカつき、ここに来てからのストレス、そして自分の強さの驕りで極度の興奮状態にあった。

男は立ち上がり、拳を構える。

俺は男の顎に右ストレートを入れようとした。

が難なく交わされ顎にカウンターをモロに喰らった。


「ウグッ!!」


「メデテー野郎だ。ンなもんでサカってたンかよガキ。」


意識が朦朧としたがすぐにまたあの時のように意識がハッキリとしてきた。

体が軽くなり力がみなぎってくるあの感覚を!!

男も俺の変化に少し驚いていた。


「終わったぞテメェ!!うりゃああああ!!はらわた吐きやがれぇぇ!!」


俺の渾身のブローが男のみぞおちに入った。

が男は俺の腕を掴み今度は俺のみぞおちに鋭い蹴りを入れた。


 「………ッカ…」


俺はそのまま畳の上に倒れこんだ。

意識が遠のいて……いく……。



意識のなくなった陽介にホモ野郎が近づいた。


「西園さぁーーん。こいつ、落ちてますぜ。俺がここらで灸を据えておきましょうか?」


「やめろタコ。そいつに手ェ出すな。カマ掘ろうとしたらテメェのタマ蹴り砕くぞ。」


それを聞いた瞬間、ホモは陽介から離れた。

西園と呼ばれた男はまた布団に横になりそのまま寝てしまった。







翌朝目が覚めると西園が壁際に座っていた。

一晩経って落ち着いた俺はまずは謝った。



「昨日はスイマセンでした。新入りの俺がいきなりでしゃばって…」


「気にすンな。別に仲良くするつもりもねぇし、お前をボコるつもりもねぇ。」


西園はそういうと、たたんだ布団を枕に寝転がった。

ホモは相変わらずこっちを見ている。


「なンすか?まだなんか俺に因縁つけるんスか?」


俺は睨みつけながら言った。

ホモはニコニコ笑いながら綺麗な宝石を見るかのように俺に言った。


「強気もいいけど、苦悶してる時のお前もよかったなぁ。かははは!」


ふざけンな。テメェにだけは掘られてたまるか。いや、他の誰でも嫌だが……


と、心の中でそう思った俺の顔は引きつっていたと思う。



看守が房の鉄格子を叩いた。


「おい御守地!!面会だ!!今すぐ出て来い!!」


看守は吐き捨てるように言った。


面会?

特別房棟に入れられている俺に面会が許されるのか?

そもそも誰が来たンだ?

親父か!?

俺はそう思いながら房を出た。

手には手錠がかけられ、看守の後ろを歩きながら面会室へと歩いていく。



面会室に入った俺は一瞬立ち止まった。






女がいた。

だが母親ではない。

まったく知らない女だ。

着物を着ていて髪は黒くて長くとてもさらさらしていた。

ただ着物はきちっと着ている訳ではなく少しはだけていて両肩が露出していた。

なんとも言いがたい妖しさと色っぽさを醸し出している。


「御守地……陽介君ね?」


女の声は容姿に比例したどこか艶のある声だった。

俺はしばらく見とれていた。


「何を立っているの?さ、座って。あなただけ立って話をするのは失礼でしょ?」


俺はとりあえず席に着いた。

向かい側に座っている女の瞳は深い深海のような蒼い目をしていた。

俺はまず真っ先に、今の俺にとって最も必要なことを聞いた。


「あんた……誰?」


女はフフッと軽く笑うと微笑みながらこう答えた。


「そうね、初めて会うのだから自己紹介がいるわよね。でも今は去蝶とでも呼んどいて。重要なのは私の名前なんかじゃなくて私がここに来た意味だから。」


そう答えられ俺はしかめっ面をした。

一体全体誰なんだこのヒトは?


「あのさぁ、俺アンタに会ったことすらないわけヨ。だからアンタがここに来た意味なんて初対面のお互いにとっては意味ないっしょ?分かるよね?」


俺はそう言って席を立とうとした。


「まぁ話だけでも聞いてくれないかしら?あなたには結構意味のある話よ。あなたが聞けば……だけれど。」


落ち着いきはらった声で去蝶と名乗る女は俺を制止した。

俺は話だけでも聞くだけにした。


「いい子ね。その前に看守さん、席を外してもらえないかしら?」


そういうと看守は黙って出て行った。

普通は出て行かないものなのだが。


「……どんな意味のある話ッスか?ここを出してくれるとか?」


「ええ、そうよ。あなたをここから出してあげるわ。」


去蝶は相変わらず落ち着き払った声で微笑みながら言った。


「……は!?出すって……マジ出してくれンのか?おい!!マジなんだろうな!ァッ?」


俺はこの話に食い付いた。

話がうまかろうがこんなチャンスを逃すわけにはいかない。


「ふふ、だから意味があるって言ったじゃない。まぁその代わり条件があるのだけれどね。別に無理難題を押し付けるわけじゃないわよ。あなたが首を縦に振ってウンと言ってくれればいいの。いい?」


「どんな条件ヨ?」


俺はとにかく話の内容を聞きたかった。

内容如何では却下するが。


「アナタ、ここに入る理由は傷害事件だったンだってね?しかも初日で問題を起こしている。受刑者の一人を半殺しにして。」


「ああ…でもそれは俺が悪いわけじゃあ…」


去蝶は俺の話をさえぎった。


「まだ話の途中よ御守地君。それにね、刑務所に入っているのはみんな悪いヒトばかりよ。誰が悪いとか関係ないわ。

これから話す話にもね。」


なにやら諭された気分だ。



「あなた、ケンカのときものすごく自分が強くなったと思ったでしょう?ちがう?」


ハッと驚愕した顔で去蝶の顔を見る。

まさに最近の俺の状態だ。


「あぁ、意識が飛びそうになったりキレたりしたら自分が分かンなくなった。意識はあるンだけど衝動っていうのかな、それを抑え切れなかったっていうか……。」

俺はこの症状について知っているのなら教えてもらおうと思った。

しかし去蝶はそれだけ聞くと次の話に切り替えた。


「いいわぁ……。すごくいい……その歳でねぇ。条件はね、うちの組織に入ること。どう?」


このままだとこの女、一方的に話を進めていきそうなので俺はひとつ質問した。


「組織ってなんの仕事するんだ?」


この質問の答えは驚くべきものだった。


「暗殺。殺人。その他諸々の汚れ仕事を請け負う組織よ。ただ一般には知られてないけどね。まぁあとは怪物退治とかかな?」


俺は呆然と、愕然としていた。


殺し?

怪物退治?なにを言ってるんだこの女は?


「はは、は……は。何言ってンだあんた?頭おかしいんじゃねェの?そんな仕事聞いたことねぇよ!!」


去蝶のふざけた答えに俺は半ギレした。

しかし相変わらず去蝶は落ち着いている。


「いいわよ。別に信じなくても。ただあなたが組織に入れば分かることなんだから。あなたはなンにも知らないし知らされてないだけ。ヒトは目の前に事実を突きつけられても自分の目で真実を見ないと認められないものなのよ。」


「…………」


俺は言葉を失い席に座る。


本当にそんな組織があるのだろうか?

いやあるのだろう。

じゃなければここにこんな女はこない。


「さぁどうするの?組織に入る?それともこの社会の汚物どもがひしめく檻の中で10年間、同じくゴミみたいに過ごす?あぁ……でもちょっと待ってよ。思い出したけど断ればうちのやつを派遣してあなたを消しに行くわ。組織のことを知ったあなたをそのまま生かしておくことはできないから。」


「じゃあ俺には選択権ハナっからねぇンじゃねぇか!!!」


「あら、あったわよ?最初に話を聞いてっていったわよね?そのまま聞かなければよかったのよ。」

去蝶はさらりと言った。

このアマ!!いてもうたろか!!


「ちなみにね、真実を教えるわ。アナタが留置所に入ったのも、裁判で有罪になって刑務所に入ったのもすべて私が仕組ンだものだから。でも特別房棟に入っちゃったのは計算外だけどね。」


俺は一瞬何を言い出したのかよく把握できなかった。


「は!?どこからテメェらが関わってきやがったンだ!?誰がそんなことを考えた!?そもそもなんで俺なんだぁぁぁ!!?」

俺はキレた。

今までになくキレた。

しかしそんなことなどお構い無しに去蝶は話を続ける。


「不良は我々が金で雇ったの。あと何度も言うけど考えたのはあたし。」


去蝶はにっこりと微笑んだ。


「あなたを選んだ理由はね、あなたが御守地だったからよ。」


「はぁ!?」


ますます意味が分からなかった。


「さぁ!話はこれでおしまい!!どうする?組織に入る?少なくとも今までロクな人生を歩めなかったあなたにとってやりがいのある仕事だと思うけど?」


答えは決まっていた。

最初から決まっていたのだ…

選ぶ余地などない。


「入るよ。入らせてもらう。1度だけの人生で、つまんねぇ人生を歩むつもりはねぇ。例え後悔することになっても、他のやつ等とは一味違う人生を歩めるんだ。楽しませてもらう。」


俺は不思議と不安や恐怖などはなかった。あるのはこれからの人生が続いていくのではなく違う形に創り変わっていくのだという期待があるだけだった。


「よかったわぁ!!断られたらあなた消さないといけなかったから。フフッ!」


看守が入ってきた。

「面会時間終わりです。面会人はそろそろお引取り願います!!」


そういって俺は特別房棟へと連れて行かれた。

去蝶は面会室を出て行った。




俺は房の中で座禅を組んでいた。


俺のこれからの人生、何かが変わっていきそうな感じがして気が奮い立っている。

それを落ち着かせようと俺は座禅を組んでいるのだ。


俺はここから、人生を創り変える。

今のヘトヘトな人生を歩むつもりは毛頭ない!!







刑務所の外壁で、去蝶は振り向いて刑務所の方を見て微笑んでいた。


「ふふ。存分に働いて頂戴ね。ふふ、ふふふ。」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ